執筆者:上山卓真(CTO兼CAIO)
KDDI×アクセンチュアのDX専門ベンチャー「株式会社ARISE analytics」に約7年間在籍。データサイエンティストとして、約200名の副事業部門長を担い、データ・AIの専門家として活躍
bloom株式会社にてCTO兼CAIOとして、データ・AIを含むテクノロジー全般の活用を推進
1. はじめに
人材紹介事業において、求職者に最適な求人を提案することは成約率を左右する重要な業務です。しかし、この「最適な求人を見つける」という作業は、キャリアアドバイザー個人の経験や知識に大きく依存しがちです。
経験豊富なキャリアアドバイザーであれば、求職者の職務経歴書を見た瞬間に「この人にはあの企業が合いそうだ」と複数の候補が頭に浮かびます。過去の成功事例や業界知識が蓄積されているからこそできる判断です。しかし、この属人的なスキルに頼った体制では、組織としてのサービス品質を安定させることが難しくなります。
bloom株式会社では、キャリアアドバイザーの経験値に左右されず、求職者一人ひとりに合った求人を提案できる仕組みを構築しました。本記事では、AIを活用した求人レコメンドシステムの導入背景から、技術選定、運用の工夫、そして導入後に見えてきた課題までを詳しくご紹介します。
2. 抱えていた課題
2-1. 採用拡大と育成のギャップ
事業拡大に伴いキャリアアドバイザーの採用を進める中で、育成体制の整備が追いつかないという課題が生じていました。人材紹介業において、キャリアアドバイザーが一人前になるまでには相応の時間がかかります。求人企業の特徴、業界の動向、求職者のキャリアパターンなど、習得すべき知識は多岐にわたるためです。
経験豊富なメンバーであれば、求職者の職務経歴書を見た瞬間に複数の求人候補が頭に浮かびます。一方で、経験の浅いメンバーは自分が知っている範囲の求人しか提案できず、結果として提案の幅に差が出てしまう状況でした。
2-2. 「そもそも合う求人がわからない」という壁
経験の浅いメンバーが直面していた最大の課題は、「この求職者にどの求人が合うのかがそもそもわからない」というものでした。職務経歴書を読んでスキルや経験は把握できても、それがどの企業のどのポジションにマッチするのかを判断するには、求人側の深い理解が必要です。
また、人間の認知には限界があります。経験を積んだメンバーであっても、自分がよく紹介している企業を優先的に提案してしまう傾向がありました。過去に成功した企業、よく知っている企業に意識が向きやすいのは自然なことですが、結果として求職者にとってより良い選択肢を見逃してしまうリスクがあります。
2-3. 数千件の求人を把握しきれない構造的な問題
当社が扱う求人は数千件に上ります。業界や職種、勤務地、求めるスキルなど、求人ごとに条件は多岐にわたります。これらすべてを一人のキャリアアドバイザーが把握することは現実的ではありません。
どれだけ優秀なメンバーでも、記憶に頼った提案では抜け漏れが発生するリスクを完全には排除できません。新しく追加された求人、しばらく紹介していなかった求人、自分の担当領域外の求人など、視野から漏れてしまう求人は必ず存在します。
2-4. 求職者へのサービス品質のばらつき
求職者の立場から見れば、担当するキャリアアドバイザーによってサービス品質が変わることは望ましくありません。「たまたま経験豊富な担当者に当たったから良い求人を紹介してもらえた」という状態は、サービスとして健全ではありません。
誰が担当しても一定水準以上の求人提案を受けられる状態を実現することが、事業として取り組むべき課題でした。
3. 解決策:AIによる求人レコメンドシステムの構築
3-1. 職務経歴書から求人を自動提案する仕組み
この課題に対して、職務経歴書の情報をもとにおすすめの求人を自動で提案するシステムを構築しました。キャリアアドバイザーが求職者の情報を入力すると、数千件の求人データの中からマッチ度の高い求人が提示されます。
このシステムの役割は、キャリアアドバイザーの判断を代替することではありません。膨大な求人データの中から「検討に値する候補」を抽出し、キャリアアドバイザーの視野を広げることが目的です。最終的にどの求人を提案するかは、あくまで人が判断します。
3-2. 普段の業務環境から使えるUI設計
システムの利用にあたっては、Google Chatから直接操作できる形にしました。新しいツールを導入しても、普段の業務環境から離れた場所にあると使われなくなることが多いためです。
キャリアアドバイザーが日常的に使っているチャットツールから、そのまま求人レコメンドを受け取れる設計としています。専用のアプリケーションを立ち上げる必要がなく、業務の流れを中断することなく利用できます。
さらに工夫したのは、みんなが見れるオープンなチャットスペースで運用したことです。個人のダイレクトメッセージではなく、チーム全体が見れる場所でやり取りすることで、「こういう入力をするとこういう結果が返ってくる」という情報が自然と共有されます。誰かが使っている様子を見て「自分も使ってみよう」と思える環境を作ることで、行動変容を促しやすい設計にしました。
3-3. 多様な選択肢を提示する設計思想
1回の問い合わせで約20件から30件の求人を返すようにしています。これは意図的に幅を持たせた設計です。
少数の求人だけを提示すると、キャリアアドバイザーの視野がそこに限定されてしまいます。「AIがこれを勧めているから」と、提示された求人だけで検討を終えてしまうリスクがあります。多様な選択肢を提示することで、自分では思いつかなかった求人に気づくきっかけを作っています。
また、様々な企業の求人が出てくるように設計しています。特定の企業に偏らず、業界や規模の異なる企業を含めることで、キャリアアドバイザーの「知っている企業に偏る」という課題を解消することを狙いました。
4. 技術構成の概要
4-1. Vertex AI Searchによるハイブリッド検索
技術基盤にはVertex AI Searchを採用しました。ベクトル検索とキーワード検索を組み合わせたハイブリッド検索により、意味的な類似性と具体的なスキルワードの両面からマッチングを行っています。
ベクトル検索は、単語の完全一致ではなく意味的な近さで検索できる手法です。たとえば「営業経験」と「セールス経験」、「プロジェクトマネジメント」と「PM経験」といった表記揺れがあっても、意味的に近い求人を抽出できます。一方、キーワード検索は特定の資格名や技術名など、正確な一致が重要な条件を拾い上げるのに有効です。
この2つを組み合わせることで、求職者のスキルや経歴に対して、多角的な観点から適合度の高い求人を抽出できる仕組みとなっています。
4-2. 求人データの構造化とサマリー生成
レコメンドの精度を高めるうえで重要だったのが、求人データの整備です。求人票は企業によってフォーマットが異なり、記載の粒度もばらばらです。これをそのまま検索対象にすると、検索精度にばらつきが出てしまいます。
そこで、求人データをなるべく構造的に整備することに注力しました。職種、業界、必須スキル、歓迎スキル、勤務条件といった項目を統一的なフォーマットで整理しています。また、各求人についてAIでサマリー(求人のディスクリプション)を生成し、検索に活用しています。これにより、求人票の書き方の違いに左右されにくいマッチングが可能になりました。
4-3. Geminiによるプロンプトチューニング
検索の品質自体はVertex AI Searchの機能に委ねていますが、その前段階でGeminiを活用しています。求職者の情報をどのように検索クエリに変換するか、どのような観点でマッチングを行うかといった部分は、Geminiのシステムプロンプトでチューニングしています。
このアプローチを採用したのは、検索エンジン自体のチューニングには専門的な知見と工数がかかるためです。Vertex AI Searchは汎用的な検索エンジンとして一定の品質が担保されており、その品質を活かしながら、プロンプトの調整で業務に合った出力を得るという方針を取りました。結果として、大きな開発工数をかけずに実用的な精度を実現できました。
4-4. 個人情報への配慮
レコメンド処理においては、求職者の個人情報を除去した状態で実行しています。氏名や連絡先といった個人を特定できる情報はマッチング処理に不要であり、スキルや経歴といった業務に必要な情報のみを用いる設計としました。
AIを業務に活用する際、個人情報の取り扱いは慎重に検討すべき事項です。マッチングに必要な情報と不要な情報を明確に分け、必要最小限のデータのみを処理対象とすることで、リスクを低減しています。
5. 運用における工夫
5-1. 最終判断は人が行う原則
このシステムが提示するのは、あくまで「選択肢」です。どの求人を求職者に提案するかの最終判断は、必ずキャリアアドバイザーが行います。
AIは人の判断を代替するものではなく、判断の材料を提供するツールとして位置づけています。この原則を明確にすることで、「AIに仕事を奪われる」という懸念を払拭し、現場に受け入れられやすい形での導入を実現しました。
5-2. 「答え」ではなく「視野の拡張」
運用にあたって意識したのは、システムの位置づけを「正解を教えてくれるもの」ではなく「視野を広げてくれるもの」として伝えることです。
AIが提示した求人がすべて正解というわけではありません。中には求職者に合わない求人も含まれています。しかし、それでも「こういう求人もあったのか」と気づくきっかけになれば、システムとしての価値は十分にあります。完璧な精度を求めるのではなく、見落としを減らすことに価値を置いた運用としています。
5-3. 育成ツールとしての副次的効果
運用を続ける中で、想定していなかった効果も見えてきました。経験の浅いメンバーが、AIの提案する求人を見て「こういう求人もあるのか」と気づくことで、業界や求人に対する理解が深まっていくのです。
AIが提示する求人を見ながら、「なぜこの求人が候補に上がったのか」を考えることで、求職者のスキルと求人の関係性を学ぶことができます。システムが育成ツールとしても機能している側面があり、これは嬉しい誤算でした。
6. 導入の進め方
6-1. 3週間で本番稼働
企画から本番稼働までは約3週間で完了しました。長期間の検証期間を設けるよりも、小さく始めて早く現場に届けることを優先しました。
完璧なシステムを作ってからリリースするのではなく、まず使える状態にして現場に出し、フィードバックを受けながら改善していく方針を取っています。実際に使いながら改善点を見つけ、継続的にアップデートしていく方が、結果的に現場にフィットしたシステムになると考えています。
6-2. PoCを経ずに本番導入した理由
今回のプロジェクトでは、いわゆるPoC(概念実証)のフェーズを経ずに本番導入を行いました。これは、Vertex AI Searchの検索品質が一定水準を満たしていることが事前に確認できたためです。
検索エンジンの性能検証に時間をかけるよりも、実際の業務で使ってもらいながら、プロンプトや求人データの整備を改善していく方が効率的と判断しました。もちろん、すべてのプロジェクトでこのアプローチが適切とは限りませんが、今回のケースでは早期に現場投入することのメリットが大きいと考えました。
7. 導入後の変化と現場の声
7-1. 「知らなかった企業を紹介できた」という声
導入後、キャリアアドバイザーからは「広くおすすめできる求人が見つかるようになった」という声が上がっています。特に印象的だったのは、「そもそも知らなかった企業があって、それを紹介できたのは嬉しい」というフィードバックです。
これはまさにこのシステムが狙っていた効果です。自分の知っている範囲に限定されず、数千件の求人の中から候補を見つけられることで、求職者により良い選択肢を提示できるようになりました。
7-2. 提案の幅が広がった実感
経験の浅いメンバーだけでなく、ベテランのキャリアアドバイザーからも「提案の幅が広がった」という声があります。長年の経験があっても、すべての求人を把握しているわけではありません。AIのレコメンドをきっかけに、これまで提案してこなかった企業に目を向けるようになったという変化が生まれています。
8. 今後の展望と課題
8-1. 求人検索アプリへの導線設計
現在のシステムはチャットベースで求人を返す形式ですが、求人を一覧で比較したいというニーズも高いことがわかっています。チャットで20〜30件の求人が返ってきても、それを一つひとつ確認するのは手間がかかります。
今後は求人検索アプリへの導線をレコメンド結果に組み込み、より多くの求人に触れる機会を創出していく予定です。チャットでのレコメンドをきっかけに、アプリでさらに深く求人を探索できる流れを設計していきます。
業務環境と独立した場所にアプリケーションを置くと使われないという課題がわかっているため、レコメンドをフックにしてアプリへの導線をつなげることで、自然な形での利用を促進する狙いです。
8-2. 企業理解を深める仕組みの必要性
レコメンドシステムを運用する中で見えてきた次の課題は、「求人は見つかるが、知らない企業をおすすめすることが難しい」という点です。
AIが「この求人が合っています」と提示しても、キャリアアドバイザーがその企業について深く理解していなければ、自信を持って求職者に提案することができません。求人を見つける仕組みだけでなく、知らない企業をしっかりと理解するための仕組みもセットで整備していくことが、次のステップとして重要だと考えています。
9. まとめ
キャリアアドバイザーの経験やスキルに依存していた求人提案の業務を、AIレコメンドシステムによって底上げすることができました。重要なのは、AIを導入したからといって人の判断が不要になるわけではないという点です。
AIは視野を広げ、選択肢を提示するツールです。最終的な判断は人が行い、求職者との信頼関係の中で最適な提案を届ける。この役割分担を明確にしたことで、現場にも受け入れられる形での導入が実現できました。
本プロジェクトを通じて得られた知見を整理すると、以下の3点に集約されます。
1つ目は、業務環境に自然と溶け込む形でAIを組み込むことの重要性です。Google Chatという日常的に使っているツールから利用できるようにしたこと、オープンなチャットスペースで運用することで自然と使い方が共有される設計にしたことが、定着につながりました。
2つ目は、人とAIの役割を明確に分けることです。AIは「候補を出す」役割、人は「判断する」役割と切り分けることで、現場の抵抗感を減らし、AIを道具として使いこなす文化を作ることができました。
3つ目は、完璧を求めず小さく始めることです。3週間という短期間で本番稼働にこぎつけ、使いながら改善していくアプローチを取ったことで、早期に現場の課題を解決する価値を届けることができました。
AIの活用は、導入して終わりではありません。今後も現場の声を聞きながら、求人検索アプリとの連携や企業理解を深める仕組みの整備など、継続的に改善を進めていく予定です。