執筆者:上山卓真(CTO兼CAIO)
KDDI×アクセンチュアのDX専門ベンチャー「株式会社ARISE analytics」に約7年間在籍。データサイエンティストとして、約200名の副事業部門長を担い、データ・AIの専門家として活躍
bloom株式会社にてCTO兼CAIOとして、データ・AIを含むテクノロジー全般の活用を推進
本記事のサマリ
コンサルティング業界への人材紹介事業において、ケース面接対策の実施が特定のキャリアアドバイザーに依存していた課題に対し、OpenAI Realtime APIを活用した音声対話型のアプリを構築しました。音声でリアルタイムに対話しながら練習できる環境を提供し、難易度調整機能により初級から上級まで段階的にスキルアップできる設計としました。
課題: ケース面接対策はコンサルティングファーム出身のキャリアアドバイザーでしか対応できず、求職者の不安に応えられない状況が続いていた。外注に頼るとコストがかさみ、対策の機会が限られていた。
解決策: OpenAI Realtime APIを活用し、音声でリアルタイムに対話しながらケース面接の練習ができるWebアプリケーションを1週間で試験的に活用開始。難易度調整、評価・フィードバック機能を実装し、一人で繰り返し練習できる環境を整備。
成果: 対応可能なキャリアアドバイザーが2名から20名に拡大。求職者が自分のペースでケース対策を実施できる環境を実現し、対策実施率が向上。浮いた時間を個別サポートに充てることで、支援体制全体の質も向上。
1. 導入の背景・課題
bloom株式会社では、コンサルティング業界への人材紹介事業を展開する中で、ケース面接対策の提供体制に関する課題を抱えていました。ケース面接はコンサルティングファームの採用選考で実施される特殊な面接形式で、架空のビジネス課題を提示され、その場で論理的に解決策を導き出すプロセスが評価されます。たとえば「コンビニエンスストアの売上を2倍にする施策を考えてください」「国内の美容室の市場規模を推定してください」といったお題が出され、限られた時間の中で構造的に思考し、面接官と対話しながら解を導いていくことが求められます。
この選考形式は、通常の職務経歴や志望動機を問う面接とは性質が大きく異なり、論理的思考力、仮説構築力、コミュニケーション能力が総合的に試されます。単に正解を導き出すだけでなく、思考のプロセスを明確に説明し、面接官からの質問に的確に答えながら議論を深めていく能力が求められるため、事前の練習なしに対応することは非常に困難です。求職者にとっては、ケース面接の対策をどこまで行えるかが選考通過の鍵を握ると言っても過言ではありません。しかし、以下のような課題により、十分な対策を提供できない状況が続いていました。
・対応できるキャリアアドバイザーがコンサルティングファーム出身者の2名に限られていた。
・ケース面接対策には高度なスキルが必要で、一般的なキャリアアドバイザーでは対応が難しかった。
・求職者全員に対策を提供したいが、日程調整が難しく対応しきれなかった。
・特定の人材に依存した体制では、事業拡大の障壁となっていた。
ケース面接を控えた求職者にとって、対策の機会が限られていることは大きな不安材料となります。「練習する機会がないまま本番を迎えることになるのではないか」「他の候補者は十分な対策をしているのに、自分だけ準備不足で臨むことになるのでは」という懸念を抱える求職者は少なくありませんでした。対策を提供できるキャリアアドバイザーが2名しかいないという状況では、すべての求職者に対して十分な時間を割くことができません。対策を受けられる人数には限界があり、タイミングが合わない求職者はサポートを受けられないまま選考に臨まざるを得ない状況が発生していました。
こうした課題を解決するため、AIを活用したケース面接対策アプリの構築を決断しました。属人的なスキルに依存しない仕組みを構築し、誰でも一定水準のサポートを提供できる環境を整備することが、事業成長のための重要なテーマとなっていました。
2. 導入したAIソリューション
2-1. 使用技術
この課題に対して、OpenAI Realtime APIを活用したケース面接対策アプリを構築しました。Realtime APIは、音声入力と音声出力をリアルタイムで処理できるAPIです。テキストベースのやり取りではなく、音声で自然に対話しながらケース面接の練習ができることが最大の特徴です。
ケース面接は本質的に対話型の選考手法です。面接官と言葉を交わしながら思考を深めていくプロセスそのものが評価対象となります。テキストでのやり取りでは、この対話の臨場感を再現することが難しく、実際の面接に近い練習環境を提供することができません。音声でのリアルタイム対話を実現することで、より実践的な対策が可能になると考えました。従来のテキストベースのチャットボット形式では、タイピングに時間がかかり、思考の流れが中断されてしまう問題がありました。また、実際の面接では声のトーンや話すスピード、言葉の選び方なども評価されるため、音声での練習が不可欠です。
技術構成としては、フロントエンドにNext.js、バックエンドにNode.jsを採用しました。Webアプリケーションとして構築することで、求職者は特別なアプリケーションをインストールすることなく、ブラウザからアクセスするだけで利用できる形としました。スマートフォンやタブレットからもアクセス可能な設計とすることで、移動中や隙間時間にも練習できる柔軟性を確保しました。セキュリティ面では、求職者の音声データや練習履歴を適切に保護するため、通信の暗号化と認証機能を実装しています。
2-2. 導入プロセス
システムは企画から試験的に活用を始めるまで1週間で進めました。短期間での立ち上げを実現できた背景には、Realtime APIの活用があります。音声認識、自然言語処理、音声合成といった複雑な処理をAPI側が担ってくれるため、開発側はアプリケーションのロジックとユーザー体験の設計に集中することができました。従来であれば、音声認識エンジンの選定、自然言語処理モデルの学習、音声合成の品質調整といった個別の技術要素をそれぞれ実装し、統合する必要がありましたが、Realtime APIを使うことでこれらの工程を省略できました。
開発の流れとしては、初日にRealtime APIの仕様を理解し、2日目から3日目でプロトタイプを作成、4日目から5日目でプロンプトのチューニングとUI調整、6日目に社内テスト、7日目に試験運用を開始という進め方でした。特に時間をかけたのは、AIの応答品質を高めるためのプロンプト設計です。どのような言葉遣いで求職者に接するか、どのタイミングでヒントを提示するか、どのように評価をフィードバックするかといった細かな調整を繰り返しました。
長期間の検証期間を設けるよりも、小さく始めて早く現場に届けることを優先しました。完璧なシステムを作ってから展開するのではなく、まず使える状態にして現場に出し、フィードバックを受けながら改善していく方針を取っています。実際に現場で使ってみると、想定していなかった使い方や改善点が見えてくるため、早期に試験運用を開始して実際の利用状況を見ながら育てていくアプローチが有効です。
2-3. アプリの主要機能
アプリには以下の機能を実装しました。
難易度調整機能:
初級、中級、上級という3段階の難易度を設定し、求職者の習熟度に合わせた練習環境を提供します。初級モードでは、AIが頻繁に詳しいヒントを提示します。「まず課題を分解してみましょう」「この要素について数値で考えてみてください」といった具体的な誘導を受けながら、ケース面接の基本的な進め方を学ぶことができます。中級では適度なヒントを提供し、上級ではヒントを最小限に抑えることで、実際の面接に近い環境での練習が可能です。
評価・フィードバック機能:
1セッション約10分の練習後、AIが評価点数を提示し、模範解答とフィードバックを返します。論理性、構造化、仮説の妥当性、コミュニケーションといった観点から総合的に評価され、次回の練習に活かせる気づきを提供します。
一人で繰り返し練習できる環境:
キャリアアドバイザーと日程を調整する必要がなく、求職者が自分の好きなタイミングで、好きなだけ練習できる設計としました。
3. 具体的な取り組み内容
3-1. 直感的なUIで初めてでも使える設計
アプリの設計で最も重視したのは、初めて利用する人でも迷わず使えるという点です。ケース面接対策という専門的な内容を扱うアプリだからこそ、操作方法で迷わせたくないと考えました。
画面を開くと、難易度を選択し、スタートボタンを押すだけで対策が始まる設計としました。複雑な設定や事前準備は不要です。音声での対話が始まったら、普通に話しかけるだけで練習が進んでいきます。技術的な知識がなくても、直感的に使える体験を目指しました。
3-2. AIの振る舞いをプロンプトで制御
Realtime APIを業務で活用するうえで重要だったのが、AIの振る舞いをどのように制御するかという点です。単にケース問題を出題するだけでなく、適切なタイミングでヒントを出し、論理の飛躍があれば指摘し、求職者の思考を深める問いかけをする必要があります。
この制御は、システムプロンプトのチューニングによって実現しました。AIがどのような役割を担うのか、どのようなタイミングで介入するのか、どの程度のヒントを出すのかといった振る舞いを詳細に定義しました。難易度ごとにプロンプトを調整することで、初級では親切に、上級では厳しく、といった対応の差をつけています。
3-3. 学びを定着させる工夫
ケース問題に取り組んだ後、AIが評価点数を提示し、模範解答とフィードバックを返す仕組みとしました。評価点数は、論理性、構造化、仮説の妥当性、コミュニケーションといった観点から総合的に算出されます。模範解答では、どのように問題を分解し、どのような順序で考えれば良かったのかを具体的に示します。フィードバックでは、良かった点と改善すべき点を明確に伝えることで、次回の練習に活かせる気づきを提供します。
この評価とフィードバックの仕組みがあることで、単に練習するだけでなく、自分の課題を理解し、改善していくサイクルを回すことができます。
3-4. 一人で繰り返し取り組める価値
このアプリは、求職者が一人で取り組むことを前提に設計しました。キャリアアドバイザーと日程を調整する必要がなく、自分の好きなタイミングで、好きなだけ練習できます。
一人で練習できることには大きな価値があります。人前で話すことに緊張する人でも、まずはAI相手に練習を重ねることで自信をつけることができます。何度も繰り返し取り組むことで、ケース面接の型を身につけ、本番で力を発揮できる準備が整います。
4. 成果・効果
4-1. 対応可能なキャリアアドバイザーが10倍に
最も大きな成果は、ケース面接対策に対応できるキャリアアドバイザーの人数が2名から20名に拡大したことです。システムがケース対策の中核を担うことで、コンサルティングファーム出身でないキャリアアドバイザーでも、求職者に対策の機会を提供できるようになりました。
これにより、求職者が対策を受けられるタイミングの制約が大幅に緩和されました。これまでは特定の担当者の空き時間に依存していた対策が、いつでも提供できる状態になったことで、サービスの提供体制が安定しました。
4-2. 求職者の主体的な学びを促進
一人で取り組める環境を提供したことで、求職者の学習スタイルにも変化が生まれました。自分のペースで繰り返し練習できるため、納得がいくまで取り組むことができます。
従来は、キャリアアドバイザーとの対策セッションは限られた回数しか設定できませんでした。しかし、アプリを使えば何度でも練習できるため、実際に何回も取り組む求職者が出てきています。主体的に学びを深める姿勢を引き出すことができた点は、想定以上の効果でした。
4-3. ケース対策実施率の向上
アプリ導入前は、ケース対策を希望しながらも日程が合わずに実施できない求職者が一定数存在していました。導入後は、アプリを案内することで、ほぼすべての求職者が何らかの形でケース対策に取り組める状態になりました。
対策の実施率が向上したことで、求職者の面接通過率にも良い影響が出始めています。まだ定量的なデータとして明確に示せる段階ではありませんが、現場のキャリアアドバイザーからは「アプリで練習した人は本番でも落ち着いて対応できている」という声が上がっています。
5. 運用における工夫
5-1. 最終確認は人が行う体制
アプリで一人で練習できる環境を提供していますが、本番前の最終確認はキャリアアドバイザーが人として行う体制を維持しています。AIとの練習で基礎を固めたうえで、人との対話で最後の仕上げを行うという役割分担です。
AIは繰り返しの練習や基礎の定着には非常に有効ですが、求職者の個別の状況や不安に寄り添うという点では、やはり人によるサポートが重要です。AIと人の役割を明確に分けることで、効率的かつ質の高い支援体制を構築しています。
5-2. 利用状況のモニタリングと改善
現在、一部のキャリアアドバイザーが求職者にアプリを案内し、活用が広がっている段階です。利用状況をモニタリングしながら、どのような使い方が効果的か、どの部分に改善の余地があるかを継続的に検証しています。
求職者からのフィードバックを受けて、プロンプトの調整や評価基準の見直しを行っています。一度作って終わりではなく、使いながら育てていくアプローチを取ることで、実際の業務にフィットしたツールへと進化させています。
6. 今後の展望
6-1. 一般的な面接対策への拡張
ケース面接対策で培った知見を活かし、一般的な面接対策にも展開していく予定です。志望動機の整理や、職務経歴の効果的な伝え方など、コンサルティング業界以外の面接にも対応できる機能を追加していきます。
音声でのリアルタイム対話という形式は、面接練習全般に有効です。テキストでの準備だけでは得られない、実際に話す練習の機会を提供することで、より多くの求職者の支援につながると考えています。
6-2. 企業特化のカスタマイズ
今後の展開として検討しているのが、企業ごとにカスタマイズされた面接対策の提供です。企業によって評価のポイントや求める人材像は異なります。その企業特有の選考スタイルや重視する要素を反映した対策を提供できれば、より高い価値を届けることができます。
たとえば、特定のコンサルティングファームでよく出題されるケースのパターンを学習させたり、その企業が重視する思考フレームワークに沿った評価を行ったりといったカスタマイズが考えられます。企業ごとの特性を踏まえた対策を提供することで、求職者の選考通過率をさらに高めていきたいと考えています。
7. まとめ
コンサルティング業界への人材紹介において、ケース面接対策の属人化という課題に対し、OpenAI Realtime APIを活用した音声対話型のアプリを構築しました。1週間という短期間での構築を実現し、対応可能なキャリアアドバイザーを2名から20名に拡大することができました。
7-1. 成功のポイント
本プロジェクトを通じて得られた知見を整理すると、以下の点に集約されます。
音声でのリアルタイム対話が持つ価値:
ケース面接という対話型の選考形式に対して、テキストではなく音声で練習できる環境を提供したことが、実践的な対策につながりました。技術の選定が、提供する価値を大きく左右することを改めて実感しました。
難易度調整による段階的な学習設計:
初めての人でも取り組みやすく、習熟した人には実践的な練習を提供する仕組みを作ることで、幅広い求職者のニーズに応えることができました。一律のサービスではなく、利用者の状況に合わせた体験を設計することが定着の鍵となります。
AIと人の役割分担を明確化:
AIは繰り返しの練習と基礎の定着を担い、人は個別の状況に寄り添った最終サポートを行う。この役割分担を明確にしたことで、効率的かつ質の高い支援体制を構築できました。
7-2. 今後の展開
AI活用は、導入して終わりではありません。今後も現場の声を聞きながら、一般的な面接対策への拡張や企業特化のカスタマイズなど、継続的に価値を高めていく予定です。属人化していた業務をテクノロジーで標準化し、より多くの求職者に質の高いサービスを届けていきます。