VCD(ボイスコイル・ダイアフラム) スピーカー

新たな基本コンセプト

音と音場の再現性を低下させる「遅れた波形の音」。

スピーカーの音は直接耳に到達する場合に比べ、反射して耳に到達する場合は経路が長くなるため時間的に遅れています。直接耳に到達する音に時間的に遅れた音が重なると、音や音場の再現性が低下してしまいます。従って、音や音場の忠実な再現のためには、反射をできるだけ少なくした方が良い筈です。

にもかかわらず、現状では、音に対して厳しいことを売りにしているところでも、音響パネルを積極的に販売していたりします。また、点音源が良いと言われていながら、殆どのスピーカーシステムでは複数のユニットが共通のバッフル板に取り付けられ、スピーカーユニットの周囲は、反射板で囲まれているような状態になっています。

このように、再生時の反射の影響について現状ではそれほど大きな問題として捉えられていないようです。その理由は、反射音と同じ種類の遅れた波形の音が様々なパターンで発生していて量的にも多いため、反射音によって多少の増減があっても分かり難いからだと考えています。

ここで「遅れた波形の音」とは、「音の波形が本来の音よりも時間的に遅れた状態にある音」という意味で使用しています。遅れた波形の音については多くの発生パターンがありますが、ここで説明するものは音や音場に対する影響が大きい「Ⅰ.制動への影響」によるもの、「Ⅱ.振動板内の振動の伝搬」によるもの、「Ⅲ.振動板の背面側の音」によるもの、「Ⅳ.音が放射された後の反射」によるものです。前述の反射板やバッフル板による反射は、「Ⅳ.音が放射された後の反射」によるものです。

VCDスピーカーでは、この遅れた波形の音に焦点を当て、できるだけ取り除くことを基本コンセプトとして対策を講じてきました。その中で、ユニット部の問題に対しては新たな技術で対処することにより解決しています。

遅れた波形の音が全体的に多い段階では、対策を行ってもその効果が分かり難く感じます。対策を進めるにつれて音場に関しては音で表現される空間が広くなってゆき、その様子が徐々に感じられるようになります。また、音の質(再現性)に関しては、鮮鋭度、繊細さが増し、空気に溶け込んだ感じになってゆく様子を感じるようになります。ある程度の段階まで進むと、スピーカーユニットの周囲の環境が少し変化しただけでも、そのまま音と音場の変化として現れるようになり、問題の原因と改善効果を把握することが比較的容易になってきます。ただ、同時にそれまでの多くの対策を最善の状態で網羅することがかなり難しくなってきます。

ここでは、前記Ⅰ.~Ⅳ.の要因とそれに付随する問題点について説明すると共に、解決方法について記述してゆきます。

「Ⅰ.制動への影響」で増加する遅れた波形の音。

スピーカーユニットに供給される電気信号が止まっても振動板の振動は慣性によって継続するため、それによって遅れた波形の音が発生します。駆動系回路部でインピーダンスが上昇すると、この慣性による振動を制動する電流が流れ難くなるため収束が遅くなって遅れた波形の音は増加してしまいます。このようにして増加する遅れた波形の音Ⅰ.制動への影響」によるものです

制動への影響が最も大きな要因はLCネットワークを使用した場合で「①LCネットワークは採用できない」のように回路のインピーダンスが大きく上昇し、制動電流が流れ難くなって遅れた波形の音はかなり増加してしまいます。このような理由でLCネットワークは採用できず、チャンネル・ディバイダーを使用するマルチアンプシステムが不可欠となります。

その他にも、制動に影響を及ぼすものとして「ボイスコイルの比抵抗」「磁気回路の磁束密度」「振動系の質量」等があります。因みに「ボイスコイルの比抵抗」「磁気回路の磁束密度」「振動系の質量」は能率とも関係が深く、それらの数値によって能率が高くなると制動力も高くなる関係にあります。かねてより能率の高いスピーカーユニットは音質が良い傾向にあると言われてきましたが、その理由について、能率とともに高くなる制動力で遅れた波形の音が減少するためだとも考えられます。

「Ⅱ.振動板内の振動の伝搬」により発生する遅れた波形の音。

遅れた波形の音は、振動が振動板内を伝搬して経路が長くなることによっても発生します。このようにして発生する遅れた波形の音Ⅱ.振動板内の振動の伝搬」によるものです。具体例については「音の質が変わる振動板」を参照してください。

振動が振動板内を伝搬している代表的なものは、コーン型やドーム型のスピーカーです。コーン型スピーカーは、「コーン型スピーカー」に示すようにその原理では振動板に振動を伝搬させることが前提となっています。分割振動がよく問題視されていますが、これは振動が振動板内であらゆる方向に伝搬し、周縁部で反射を繰り返すことによって発生しています。即ち、分割振動が発生しやすい構造ということは、構造自体に振動の伝搬と反射が多いということであり、従って、経路が長くなって遅れた波形の音が発生しやすい構造でもあるということが言えます。

なお、この要因による遅れた波形の音は、分割振動と同じ原因で同時に発生しているため、分割振動に隠れてしまって認識されてこなかった問題でもあります。また、分割振動については振動板の剛性を高めることによって防げる場合もありますが、その場合でも振動の伝搬自体が減少したわけではないので遅れた音は減少しません。

以上のように遅れた波形の音は、コーン型やドーム型のスピーカーにとって振動を伝搬して音を出すという原理自体に発生の原因があるため、根本的に解決できない問題でもあるということが言えます。

全面駆動方式でも振動板内を振動が伝搬している。従来の全面駆動方式が本来の特長を活かしきれない理由その1。平面磁界駆動型について。

コーン型やドーム型のスピーカーでは、原理的に避けられない「Ⅱ.振動板内の振動の伝搬」によって遅れた音が発生していることを説明してきました。これに対して、全面駆動方式は振動板の全面で駆動力を発生させているため、振動を伝搬させる必要がないという点で理想的な振動板を実現できる可能性を秘めています。ただ、振動は、伝搬させる必要がなくても振動板が面状であるため伝搬してしまいます。

「平面磁界駆動型スピーカー」では全面駆動方式の平面磁界駆動型スピーカーについて記述していますが、この構造でも導電体を振動板の全面に分散して駆動させているため、その駆動力で生じた振動は別のところに伝搬させる必要がありません。ただ、振動部は、支持部として使用されている素材がポリエステル等で、その支持部にアルミ等の導電体が貼り付けられていますが、このポリエステルやアルミはコーン型やドーム型スピーカーの振動板で振動を伝搬させるための素材として使用されているものです。つまり、この平面磁界駆動型スピーカーの振動部は、振動を伝搬して音を出す原理の振動板と素材や構成がほぼ同じということです。従って、導電体で発生した振動は別のところにかなり伝搬してしまい、振動が伝搬している証でもある分割振動も発生します。

このように、平面磁界駆動型のスピーカーは振動板内で振動を伝搬させる必要のない駆動方式ですが振動はかなり伝搬しており、コーン型やドーム型スピーカーに対する全面駆動方式としての優位性が発揮できていません。また、平面磁界駆動型スピーカーに限らず、その他の全面駆動方式であるリボン型や静電型でも、程度は異なりますが振動板内で振動が伝搬しています。このことは、従来の全面駆動方式スピーカーが本来の特長を活かしきれていない理由の一つ(その1)でもあります。

「Ⅲ.振動板の背面側の音」により発生する遅れた波形の音。従来の全面駆動方式が本来の特長を活かしきれない理由その2。平面磁界駆動型について。

振動板の背面側の音は周囲の障害物で反射した後、振動板を通過して前面側の音としても放出されます。 この音は、障害物に反射して経路が長くなっているため、位相が反転した状態で時間的に遅れており、これがⅢ.振動板の背面側の音による遅れた波形の音となって音や音場の再現性を低下させます。

スピーカーユニットの背面側が密閉型の場合、背面側の音は厚さ数cmの板からなるエンクロージャーや丈夫な金属製のバックチャンバーで囲むことによって遮断されています。振動板もこのエンクロージャーやバックチャンバーと同様に、背面側の音が前面側に通過しないように遮断する役目を担っています。ただ、振動板の遮音性能はかなり劣るため、背面側の音の大部分は振動板を通過して前面側に漏れ出てしまいます。単位面積当りの質量が低下するほど遮音性能は劣る傾向にありますが、例えば、ドーム型スピーカーで使用されている一般的な厚さ30μmのアルミ(比重2.70)振動板は、この単位面積当りの質量がエンクロージャーやバックチャンバーに比べ1/100程度にまで低下しています。

他の振動板の遮音性能について単位面積当りの質量で比べてみると、コーン型スピーカーの振動板では殆どの場合、前述のドーム型スピーカー用アルミ振動板の2倍以上となります。これに対して「平面磁界駆動型スピーカー」の振動板は、使用されているフィルム部の厚さが10μm程度と薄いため、フィルムとしてポリエステル(比重1.38)が使用されている場合では、前述のドーム型スピーカー用アルミ振動板の1/5程度となり遮音性能はかなり劣ってしまいます。

平面磁界駆動型スピーカーは、このように振動板の遮音性能が劣っているため「Ⅲ.振動板の背面側の音」による遅れた波形の音は他の方式よりも多く発生しています。この点についても、平面磁界駆動型スピーカーが全面駆動方式であるにもかかわらず、その音に全面駆動方式らしさが感じられない要因となっています。

なお、「Ⅲ.振動板の背面側の音」は、振動板の背面側の構造において周囲に障害物が多くなることによっても増加します。振動板の背面側で音の反射が多く発生するようになるためです。従来の全面駆動方式スピーカーは全般的に、この要因までも含めた「Ⅲ.振動板の背面側の音」による遅れた波形の音が発生しやすく、そのことは全面駆動方式スピーカーが本来の特長を活かしきれてこなかった理由の一つ(その2)にもなっています。

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