①LCネットワークは採用できない

LCネットワークを採用すると、そのインピーダンスが影響してスピーカーの制動電流が流れ難くなります。特にクロスオーバー周波数近くではインピーダンスが非常に高くなるため、かなりの影響が出るようになります。さらに、LCネットワークを採用する場合にはアッテネータも使用することが多く、そのインピーダンスまでも影響してきます。この制動電流の音への影響はウーファーでなければ少ないと思われがちです。しかしながら、スピーカー・システムが高音質になればミッドレンジやトゥイーターでも鮮鋭度に対する影響はかなり大きく、制動力が低下するとぼやけた感じの面白くない音になってしまいます。そして、スピーカー・システムがこのような問題を抱えた場合、音質の進化はそこで止まってしまいます。ということで、ここではLCネットワークの採用によって、制動に影響するインピーダンスがどの程度まで増加するのか調べてみることにします。

ウーファー用LCネットワークによるインピーダンスの増加

図は、インピーダンス8Ωのウーファーに12dB/Oct型、クロスオーバー400Hz のハイカット用LCネットワークを接続する場合の回路です。

この回路において、ウーファーの制動電流に影響する合成インピーダンス、即ち、ウーファーの制動回路の合成インピーダンスを求めてみます。

この測定回路の赤い部分から信号を供給し、電流を測定することによってウーファーの制動回路の合成インピーダンスを求めることができます。

前記の測定回路をシミュレーションで実現できるようにして、合成インピーダンスを描かせたものです。

確認のために、測定回路を実際にコイル(5.9mH)、コンデンサ(47μF)、抵抗(8Ω)を使って構成し、測定によって描かせた合成インピーダンスのグラフです。シミュレーションで描かせたものとほぼ同じ結果となっています。

このように、LCネットワーク回路の合成インピーダンスは、計算(シミュレーション)によっても実際の回路に近い結果を得ることができます。

ここでLCネットワークを接続することによる影響を調べるために、接続による合成インピーダンスの増加分のみをシミュレーションにより描いてみました。即ち、前述のグラフからウーファーのインピーダンス8Ωを差し引いたグラフです。

グラフでは100Hzでインピーダンスが約1Ω増加しており、それ以上の周波数では急激に増加していることが分かります。このように、LCネットワークの採用によって、制動回路では制動電流に影響を及ぼすインピーダンスがかなり増加します。

なお、100Hz以下では、後述のようにキャビネットに取り付けた状態の共振周波数に近付いてゆくため、スピーカー・ユニット自体のインピーダンスが高くなってゆきます。結局、ウーファーでは12dB/Oct型のLCネットワークを採用した場合、殆どの帯域でインピーダンスが増加して制動電流が流れ難い状態になってしまいます。

比較のためにコイル1個(3.2mH)だけで構成する6dB/Oct型についてシミュレーションを行ってみました。

グラフではインピーダンスが1Ω増加するのは約200Hzからで、クロスオーバーの400Hzでは3.3Ωと、12dB/Oct型に比べるとインピーダンスの増加が少なくなっています。ただ、減衰率が少ないため影響の範囲は広がり、約-6dBとなる600Hzではインピーダンスが約6.5Ω増加しています。

低音域では、スピーカーで発生する制動電流が流れ難くなると音質が悪化すると言われてきました。従って、制動電流を流れ易くするためにその経路のインピーダンスはできるだけ低くする必要があります。これまで制動電流にダンピングファクターが大きく関係しているということで、パワーアンプの出力インピーダンスとスピーカーケーブルのインピーダンスがよく取り上げられてきました。パワーアンプの仕様にダンピングファクターが100と記述されている場合、その出力インピーダンスは0.08Ωです。また、直径Φ2mmのスピーカーケーブルでは往復10m分のインピーダンス(直流抵抗)が約0.26Ωとなっています。これまで述べてきたLCネットワークによるインピーダンスの増加分は、これらのインピーダンスに比べ、かなり大きくなる場合があり、その影響の大きさをご理解頂けると思います。

ちなみに、LCネットワークに使用されるコイルとして空芯コイルを使用するか、それともコア・コイルとするか、また、コイルの線径は太い程インピーダンス(直流抵抗)が低くなって好ましいがどの程度まで太くする必要があるのか、迷うところです。線径 Φ1.4mmを使用した5.9mHのコイルとして、空芯コイルでは約0.9Ω、コア・コイルで約0.3Ωの例があります。確かに空芯コイルとした方が直流抵抗が0.6Ω高くなってその影響も考えられますが、それに比べると100Hz以上の帯域におけるLCネットワークによるインピーダンスの増加分はさらに大きなものであり、こちらの音質への影響の方が大きな問題と言えます。

ミッドレンジ用LCネットワークによるインピーダンスの増加

次に、同様にしてインピーダンス8Ωのミッドレンジについて調べてみます。図のような12dB/Oct型、クロスオーバー400Hzのローカット用 と、12dB/Oct型、クロスオーバー4KHzのハイカット用LCネットワークを接続する場合について、ミッドレンジの制動電流に影響する合成インピーダンスのLCネットワークによる増加分を調べてみます。

グラフの赤い線が合成インピーダンスの増加分です。

400Hz~4KHzの再生帯域に対して、736Hz~2191Hz以外の帯域では、LCネットワークによるインピーダンスの増加分がミッドレンジのインピーダンス8Ωを上回っています。

ミッドレンジではこれまで回路のインピーダンス増加による音質への影響はそれほど問題視されてきませんでした。例えば、レベル調整ではアッテネーターが採用されてその分インピーダンスは増加していました。しかしながら回路のインピーダンスが増加して制動電流が流れ難くなると音質にとって最も大事な鮮鋭度が大きく低下し、高音質になればなるほどその影響は大きくなります。たとえ高音質なスピーカーユニットを採用したとしても回路のインピーダンスが増加すると音場空間は膜がかかったようになり、再生音には切れがなくなるとともに付帯音が発生して音像がぼやけた感じとなります。このように回路のインピーダンスが増加してゆくと高音質化にとって最も大切なところが徐々に消滅してゆき、面白みのない音になってしまいます。

このような音の差を確認する方法として、スピーカーシステムをマルチアンプシステムによって構成し、スピーカーユニットとアンプの間に抵抗を挟む場合とそうでない場合で比較試聴できるような装置を使用すると便利です。この装置を使った比較では、スピーカーとアンプの間の抵抗値を徐々に増加させてゆくことによりLCネットワークを使用したときの音に近づいてゆく様子が良く分かるようになります。

トゥイーター用LCネットワークによるインピーダンスの増加

最後に、同様にしてインピーダンス8Ωのトゥイーターについて調べてみます。図のような12dB/Oct型、クロスオーバー4KHzのローカット用LCネットワークを接続する場合について、トゥイーターの制動電流に影響する合成インピーダンスのLCネットワークによる増加分を調べてみます。

赤い線のグラフで示している合成インピーダンスの増加分は、3541Hz~7794Hzというトゥイーターにとって非常に重要な帯域で、トゥイーターのインピーダンス8Ωを上回っています。

制動回路のインピーダンス増加によってトゥイーターの制動電流が流れ難くなると、音の繊細さや軽快さが減少するとともに、音場空間の広がりが感じられなくなってしまいます。

LCネットワークを採用した3ウェイスピーカーシステムのインピーダンス増加の例

ここで、増加するインピーダンスの状況をスピーカーシステムの全帯域で表示してみます。

これまでLCネットワークによるものを説明してきましたが、その他にもキャビネットに取り付けたウーファーの共振によるものがあり、200Hz以下は、ほぼそのインピーダンスの増加分となります。グラフではウーファーの例として Fostex FW208HS を使用し、その取扱説明書に紹介されているバスレフ型キャビネットに取り付けた特性を元に表示しています。

LCネットワークでは、レベルを調整するためにアッテネーターを用いることが多くなりますが、その場合はさらにインピーダンスが増加することになります。

以上のようにスピーカーシステムにLCネットワークを採用すると、ほぼ全域に渡ってインピーダンスが増加するようになります。従って、全帯域で制動力が低下するという影響を受けてしまいます。

LCネットワークではこの他にも位相のズレ、コンデンサーの材質による音の影響、コイルやアッテネーターの直流抵抗によるインピーダンスの増加等様々な問題が存在しています。これらは音や音場にとって弊害となり、採用しているスピーカーユニットが高音質になる程、その影響は大きくなってきます。そしてスピーカーユニット等が改善されたとしてもその質ある一定のレベルを超えることができなくなってしまいます。これらの問題は殆どが原理に起因するものであるため改善の余地は少なく、即ち、スピーカーシステムで音や音場の進化を目指すのであれば「LCネットワークは採用できない」ということになります。

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