博士研究員から助教ぐらいの方に向けた文章です。主に私の同世代~10年程度若い方(2000年以前に生まれた方)を想定しています。現在の島根大・助教を得る際に私が考えたことや行ったこと、当時知りたかったことの概要を書き残します。N = 1 の知見に過ぎないことに留意して、参考にしていただけますと幸いです。
よい業績があれば採用される、という単純な対応関係はありません。もちろんより良い業績があれば、より応募先の選択肢は広がります。一方で就職は需給に沿ったマッチングにすぎないので、業績が良いからと言って採用されるとは限りません。悲観せずに応募と研究を続けましょう。
自分が欲しいものが何かをはっきりさせる、まずはこれが重要だと思います。
様々な観点があると思います。例えば
・特定のテーマで研究を続けることが重要なのか、実験動物が同じであることが重要なのか、あるいはテーマについては柔軟に調整する用意があるのか。
・"良い"大学で研究をすることが重要なのか、その分野において"優秀な"研究者に囲まれていることが重要なのか、あるいは周囲の人脈よりは自分の研究室の獲得が重要なのか。
・海外で採用されたいのか、日本国内が良いのか。
・大学教員になりたいのか、研究所で研究をしたいのか、研究者であることを継続できれば機関の詳細は問わないのか。大学ならば国公立大学が良いのか、私立大学が良いのか。
・都市部での採用が望ましいのか、地方でも良いのか。
・賃金に関する要求はあるのか。
などなど。
私の場合は、まずは自分の研究室が欲しい、という願いが先立っていました。というのも、コオロギの連合学習を中心とした研究を推進しているラボは世界でもごく限られていたので、自分のラボがない限りは、そのテーマを続けることが困難だったためです。それ以外の要素は二の次として、国内の国公立・私立を問わず、また分野も幅広く応募を行いました。結果的に理解のある先生方に囲まれた環境を得られており、感謝しております(したがって本文章は、私の経験と立場によりバイアスしている可能性を留意してください)。
給与について、ある程度の推定ができる場合があります。
着任まで給与条件の詳細を明かさないことは、大学の悪癖の一つだと私は感じています。とはいえ、慣習化しているのですぐに状況が変わることは期待しにくいです。
国立大学では給与の統計が公開されているため、大まかな額は推定できます。例えば、島根大学では以下の通りです。職員給与規定を見る手もありますが、評価基準が必ずしも明瞭でないまたは公開されていない部分があるため、推定しにくいかと思われます。私立大学の場合、より推定が困難な場合もありますが、公募で目安が公表されている場合もあります。
役員の報酬等及び職員の給与の水準の公表 | 国立大学法人 島根大学
https://www.shimane-u.ac.jp/introduction/information/hourei_jouhoukoukai/legal05.html
キャリアに関連する書籍に目を通すことで、自分の目指す方向性の妥当性や位置づけを確認する助けとなるでしょう。
ポスドクの流儀〜悩みを解きほぐして今日から行動するためのチェックリスト - 羊土社
https://www.yodosha.co.jp/yodobook/book/9784758121040/
今後のキャリア形成と、それに必要な要素の整理に役立ちました。
大切なことだけやりなさい | ディスカヴァー・トゥエンティワン - Discover 21
https://d21.co.jp/book/detail/978-4-7993-1920-8
いわゆる自己啓発本。何冊か確認しましたが、多くの書籍で内容は似ているので、1冊読めば十分だとは思います。とかく実践するのが難しい。本書はプライベートも含めた全体的なバランス取りについて論じていたことを好感。
自分がなにかの目的を持ってポジションを探すように、公募を出している大学や研究機関も、その目的があるはずです。その目的を把握し、自らの目的と一致するのであれば、協力関係を構築することができるでしょう。
個人的な伝手で公募の情報を教えてもらえるのであればそれに越したことはありませんが、多くの場合、公募の情報は Jrec-in で獲得することになるでしょう。
JREC-IN Portal
https://jrecin.jst.go.jp/seek/SeekTop
まずは公募要項を読み込みましょう。どのような要件を満たす人物を雇用するかの情報が記載されています。この際、当然のことながら書かれているのは、求めている人物の専門とする研究分野や授業の割り当てなどです。したがって、どのような意図でこの公募が出されているかを読み解く必要があります。限定的な対象が求められている場合もあれば、幅を持たせている場合もあります。これは、現在のファカルティーの構成や大学の置かれている状況等に依存するものだと考えています。例えば特定の教員の転出等に伴って特定の分野の専門家が必要となるケース、ある程度の幅広く学部教育を担当できるものを探しているケース、刷新のために若手を求めているケースから指導力のあるシニアを探すケースなど、求めている人物像は状況によって様々に異なってくるかと思われます。
その公募を出している大学または研究機関、そして想定される担当学科等について、ディプロマポリシーをはじめとした各種資料を読みましょう。ここには、建学の理念を始めとした、どのような目的と思想の下でその組織が運営されているかの情報が記載されています。こういったコンテキスト情報の理解は、同僚と共に働いていく際の前提となる部分もあるため、把握が必要かと思われます。以下は島根大学の例です。
学部・研究科の3つの方針、カリキュラムツリー、カリキュラムマップ | 国立大学法人 島根大学
https://www.shimane-u.ac.jp/education/school_info/curriculum/
一緒に研究と教育を進める先生方の情報も、もちろん把握しておくことが望ましいです。その組織ではどんなことに興味があるか、どんなことを一緒に実現できるか、どんな話題は伝わりやすいかを考える材料となります。
公募の意図を読み解く際には、応募する大学の状況・状態について把握しておくと有利になる可能性があります。この点についてもう少し掘り下げましょう。正直、私自身はこういった発想があまりなかったのですが、当時から念頭においておければよかったなと思う事項です。
大学の評価として、最近よく取り上げられる指標の一つに 世界大学ランキング / 日本大学ランキング が挙げられます。この指標は大いに批判があることには注意すべきですが、しかし、目安の一つとしては使えると思います(主要なランキングは3種とされるが、今回はうち1つに絞っている点に注意)。この際に重要なのは、いわゆる有名大学というより、それ以外の大学の評価を測り、検討することができる点でしょう(旧帝大やRU11はご存じかと思いますし、調べるまでもないでしょう)。
大学ランキング|THE 日本大学ランキング
https://japanuniversityrankings.jp/rankings/total-ranking/
World University Rankings | Times Higher Education
https://www.timeshighereducation.com/world-university-rankings
文科省の政策における位置づけなども、気にかけてもいいでしょう。
第4期の中期目標・中期計画:文部科学省
https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/houjin/detail/1386169_00003.htm
Nature Index なんかも使えますね。
Institution tables | Nature Index
https://www.nature.com/nature-index/institution-outputs/generate/all/global/all
科研費の応募・取得状況も確認して損はありません。その大学の雰囲気の一端を掴めると思います。
経営状況も確認する余地があります。私立大学へ行く場合は、経営状況を確認しておいても損はないでしょう。定量的な経営判断指標に基づく経営状態の区分 を見てみるのが良いかと思われます。あまりに財務状況が悪い場合、給与などの上限が悪い可能性や、設備等に恵まれない可能性があります。国公立大学については、ただちに潰れる可能性は低い...と信じたいところですが、昨今はかなり金銭的にひっ迫しているようです。各大学が出している運営状況を簡単に確認してもよいかもしれません。
ポジション獲得に当たって、教育歴はあって損はありません。経験則的にも、もちろん狙う大学のレベルにもよりますが、研究のみで採用されるポストは限られる印象です。採用された今だからこそ感じますが、教育経験がある教員を取りたい気持ちはよくわかります。
助教相当ならば、大学において1-2種類の講義経験があれば十分ではないでしょうか。専門学校等での指導は、大学によって評価が分かれる可能性はありますが、カウントされる可能性はあるでしょう。指導教員等から講義を分けてもらえればそれに越したことはありません。それができない場合は、伝手をたどって探すか公募に出すかかと思われます。私の場合は伝手で大学の情報科学の非常勤講師を回していただけたこと、専門学校の統計学の公募に出したことなどが、今のポジションにつながったと受け取っています。
大学教員という立場ついても少し触れてみます。当時、私が理解しておくべきだったと後から 気づいた話です。
唐突ですが、小説の話をしましょう。狼と香辛料という書籍があります。ライトノベルに分類されるかと思いますが、経済の話題を巧みに織り込んだ物語と鈍器になる程度のヘビーさを併せ持っています。旅商人のロレンスが狼の化身ホロと共に旅する物語の、その第3巻に記載された話です(支倉凍砂(著)、文倉 十(イラスト) KADOKAWA/アスキー・メディアワークス 2006)。
『この露店にかかっている名誉は俺の名前だけじゃない。この露店には俺と俺の嫁、それに血のつながる全ての者たちの名誉と、この店と懇意にしてくれている者たち全ての名誉がかかっている。(中略)これくらい小さな店でもな、その看板の値段というものは驚くくらいに高い。傷をつけたらその修理の費用は十や二十の金貨ではとても足りはしない』
この後には『ロレンスとマルクが同じ商人であっても全く住む世界の異なる者であるということをまざまざと知らしめた。』とも書いてあります。
大学の教員として働くだとか、研究室を持つPIになるということは、店を開くことに似ています。旅商人ロレンスと露店の店主マルクの感覚の違いを想像することは重要かもしれません。
商人にとっての金のように、我々研究者にとって、研究報告、特に論文は重要です。ポスドクにとってまず重要なことは論文を報告することであり、それは大学教員にとっても同じです。Publish or Perish. しかし、大学教員は必ずしも短期的な研究成果だけでなく、そのコミュニティを育て、長期的にそこで研究が継続される場を作る必要があります。一つに連なった研究成果とコミュニティの発展を望むならば、その分野から、その大学から、その関係者とのしがらみから、逃れることがより困難になります。その中で生き、折り合いをつけながら双方の望みを叶えることがより求められるのではないでしょうか。
私自身が当時にその重みと価値に十分気づけていたかと言えば怪しいですが、今ならば少しは分かります。そして、その重みと価値が分かる者にこそポジションを提供したいと、審査をする先生方はきっと感じているでしょう。
双方の希望が出そろったら、落としどころとして応募先を決めるステップが始まります。
自分が望む要件を満たしたポジションを得るためには、大学の状況を踏まえて「採用したい」と思ってもらえる"自分の売り方"を考える必要があります。
繰り返しになりますが、よい業績を持っていれば採用されるはずだというナイーブな信仰は、就活においては捨てたほうがいいと私は考えます。なぜならば、教員採用は需給のマッチングであることに加えて、教員に複数の役割があるからです。大学教員は研究者としての側面だけではなく、教師としての側面、研究室を運営する経営者としての側面、学務を処理する官僚 / 事務担当者的側面など、複数の顔を持つからです。これを踏まえ、論文において自身の研究をどのように位置づけるかが重要であるのと同じように、自分を採用してもらえるように売り込むための位置づけとストーリーが必要となります。
なぜ、私を採用するのか? という問いに対する答えを持っているでしょうか。その問いの答えにおいて、自分の強みが大きな要素を占めるはずです。
なお、本人が強みだと思っていること(あるいは信じたいこと)が必ずしも採用の理由になるとは限らないようです。私自身は、採用されてしばらくしてから、その乖離に気づいた印象があります。この乖離可能性については、後述の通り、応募先を広げることでフォローされる可能性があるのではないでしょうか。
自分が採用されない理由についても考える必要があるでしょう。これを潰す方法、採用されない応募を避ける方法を考える必要があります。また、教員の業務として苦手なタスクがあれば、これも把握が必要です。フォローする方法を検討する余地もあるでしょう。ちなみに、ここで詳細は書きません。私は自分の弱みを皆さんにさらせるほど優秀ではありません。
売り文句に沿って、応募分野を整理しましょう。
もしかしたら、どこに応募すれば取ってもらえるのか、マッチする分野や応募がない、と頭を抱えるかもしれません。少なくとも、私は初期にそう感じていました。初期は主に生物学系に応募していましたが、かなり苦戦しました。
結果的に、生命科学系の分野が出身ではありますが、統計学をテコとして情報・データサイエンス系に足場を広げたのはご覧の通りです。私にとっては、応募分野の選定・拡張は自分の研究キャリアを多角的にとらえなおすチャンスになりました。もし初期の採用に苦労するならば、応募する大学や分野を広めに取ることを検討しても良いかもしれません。
正直、情報系への就職に不安を感じなかったわけではありません。今はそれなりにしっくり来ています。存外、自分よりも就職市場の方が、自分の得意・不得意やマッチする場所を提示してくれる可能性は否めません。
採用される方が稀です。アカデミアでの就職を望むならば、あきらめないでください。私の戦績はナイショですが、少なくとも応募は20回を超えています。
採用はマッチングに過ぎません。内部事情を明かしている大学は限られますし、公募の事情を正確に読み解くスキルを持っている人はごく一握りです。事情を勘案した文章を限られた時間で用意しつつ、あとは数を撃ってマッチングする場所に巡り合うことを祈りましょう。
ヒトは環境や立場によって変わります。現職になって痛感しています。もちろん、良くも悪くも変わります。
研究の方向性やテーマの選び方が変わってきます。周囲の先生や学生の影響を受けて、予想外の発見、思いもよらない方針転換があるかもしれません。セレンディピティに恵まれることを願っています。
ただし、合わない環境では力を発揮できない場合もあります。関係者がその環境の良くない点を明かしてくれない場合もあります。慎重に情報収集を進めて、素敵な研究生活を継続してください。
le hasard ne favorise que les esprits préparés Louis Pasteur
チャンスは備えあるところに訪れる ルイ・パスツール
この文書について、概要しか書いておらず、不足も多いことを承知しております。過不足ない内容が知りたければ、やはり名著とされる書籍に当たるのが早いかと思います。あとは、多読で補うのはいかがでしょうか。当時の私はとにかく情報が欲しくて端から検索して読み漁っていました。こうして皆様が情報を残してくださることが、あるいは私が残すことが、将来への後押しになることを期待しています。
生命科学分野におけるキャリア形成の一事例:前編|UJA
https://note.com/uja_career/n/ne1072e440320
海外PIになるために知っておいて損は無い十項目 | UJA web site -
https://www.uja-info.org/finding-our-way-8-7
大学教員になる方法「強化版」 -
https://imnstir.blogspot.com/2013/02/blog-post_28.html
年俸が前の職場に追いついた - 武蔵野日記 -
https://komachi.hatenablog.com/entry/20250128/1738058400
テニュアトラック助教の研究室立ち上げ: 目次
https://30pi.blogspot.com/2017/12/blog-post_1.html
※本文章は個人の見解として作成されたものであり、所属する大学の意向等を反映していません。その責は著者のみに帰していただけますようにお願い申し上げます。