島根大学 総合理工学部
助教着任のご挨拶
助教着任のご挨拶
2024年1月1日 付けで島根大学 学術研究院理工学系に助教として着任いたしました。総合理工学部および大学院自然科学研究科の担当として、任期のないポジションをいただきました。したがって、原則としては約30年間、給与を得ながら研究・教育・大学運営などに携わり続けることになります。より長期的な視点で学術へ貢献することが求められる立場として理解しています。より基礎的な、すぐには芽が出なくとも必要な研究成果の報告にも取り組んでまいります。
ここに至るまでに教育を頂いた先生方に改めて御礼申し上げます。まずは学位取得まで一貫してご指導をいただいた水波誠先生(北海道大)、そして現在までメンターとしてのサポートを頂きました松本幸久先生(東京医科歯科大)に御礼申し上げます。コオロギを実験動物とした連合学習という、現在の私の研究のメインフィールドは主にお二人の力によって成熟してきました。コオロギは複雑な学習実験系が実現可能でありながら動物の飼育・管理が簡便であること、薬理学や分子生物学の技術が適用可能であることなどを先生方は示して、実験動物としての基盤の確立に尽力いただきました。私は実験と理論の両面から神経行動学について学ばせていただきました。また、学位審査の副査をしていただき、その後の研究にも多大な影響を与えてくださいました松島俊也先生(北海道大)と神前裕先生(早稲田大)にも御礼申し上げます。ほ乳類・鳥類を主な対象とした心理学・生態学・経済学などの広汎な視野と深い理解を持つお二人から学んだ知見は、現在の私の研究の基盤となっています。東北大学所属時にご指導頂きました谷本拓先生と山方恒宏先生(現・秋田大)にもお礼申し上げます。スピードが早く、複数の技術に基づく多角的な研究を求められるショウジョウバエを対象とした学習研究を経験したことは、世界の広さを認識すると共に、自分の研究への認識と態度を改める機会となりました。統計学を学ぶに当たっては、水波研の博士課程在籍時にご一緒した大久保祐作先生(現・岡山大)の影響を受けました。彼から学んだ統計学とその哲学の基礎の知見は、私が生物学と統計学の両方を学んでいく助けとなりました。
現在までに共同研究で関わってくださった皆様、学生およびポスドク在籍時に関わってくださった北海道大学、東北大学、東京医科歯科大学、早稲田大学の皆様、講義の機会を頂きました順天堂大学および東京医薬看護専門学校の皆様にお礼申し上げます。サポートを頂いた秘書・事務補助の方や、一緒に研究に取り組んだ学生さん、高校時代からサポートいただいた今は亡き恩師に感謝いたします。私が所属する日本動物学会、日本比較生理生化学会、日本動物心理学会で関わってくださった皆様、その他にサポートをいただいた皆様にも御礼申し上げます。最後に、研究者としての生活を支えて不安定な暮らしに付き合ってくれた妻、放浪する私を見守ってくれた両親と妹、長年の私の愚痴と相談に付き合ってくれた友人にも感謝を捧げます。皆様のご協力のおかげで、こうした立場に至ったと感じております。
私は科学の利益を享受する側ではなく、伝達する側となります。これまでに述べた通り、私は多くの先生方を通じて、幸運にも科学の知を受け取る機会に恵まれました。恩師と出会いに恵まれたことも、あるいは両親や妻の助けによって(ここ数年のように苦労することはあったものの)金銭的な観点でも、私は幸運に恵まれてきました。教育を受け、研究を実現する機会を得ました。その機会は私だけではなく、より多くの人、特に若い人に公平に与えられることが望ましいでしょう。研究や教育、そして学内や学会等における業務を通じて、私はその機会創出に貢献します。私はもはや若者ではなく、機会創出の苦労を受けて立つべき側です。科学に必要な過程に貢献します。
私は主に島根大学総合理工学部の情報知能デザイン情報学科を担当します。総合理工学部の情報知能デザイン学科には情報システムデザインとデータサイエンスのコースを有していますが、なぜ生命科学を専門とする私がこの学科の担当として採用されたのかと疑問を持つ方もいらっしゃるかもしれません。私は生命科学と情報知能デザインやデータサイエンスとの関わりを以下のような例から理解しています。
機械学習は、工学研究の重要テーマの一つです。機械学習の基礎として深層学習や強化学習が挙げられますが、これらの知見は心理学や神経科学の知見に由来します。連合学習の研究はパブロフの古典的条件づけに端を発します(Pavlov1927) 。連合学習を説明する理論として contiguity や contingency といった概念の提唱、そして後に error-based learning theories のような心理学の学習理論の発展がありました(Rescorla 1966; Rescorla and Wagner 1972)。この延長線上に、ヘブ則やその実態の一端としての長期増強およびアデニル酸シクラーゼによる同時性の検出、ほ乳類中脳ドーパミン系の予測誤差に基づく学習制御などの知見が見いだされ、今日活用される深層学習や強化学習の基盤となりました(Blissand Gardner-Medwin 1973; Bliss and Lømo 1973; Kandel 2001; Schultz 1997; Waetti et al., 2001; Hebb 1949;Sutton and Barto 1998)。
他の例についても考えてみましょう。Google を始めとする情報検索の基盤である情報採餌理論は、行動生態学の最適採餌理論に由来します(Sandstorm 1994; Agata and Kim 1996)。フィッシャーは生命科学を研究対象の一つとして統計学の基礎を発展させ、後に集団遺伝学の基礎を築いたと言われます(Fisher and Yates 1953; なお、優正論については私は明確に否定します)。
つまり、知能情報デザインやデータサイエンスを学ぶにあたって、その基礎として生命科学は絶ち難い縁を持つのです。私の役目は知能情報デザインやデータサイエンスのような工学領域と、行動学・心理学・神経科学のような生命科学領域の境界を橋渡しし、その両者の研究と教育の発展を促進するように調整することと位置づけています。
学者は学ぶ者です。学び続け、その知を必要な場所に運ぶ者として私は歩みます。より正確な未来への予測と、それに基づく妥当な行動決定を研究します。その成果を、平和で安定した豊かな暮らしに繋がるような教育や産業へ結び付けていきます。至らぬところもありますが、まだまだ学んでいこうと思います。今後とも、学問の世界にてお付き合いいただけますと幸いです。
2024年1月4日
寺尾勘太