私の考える、役に立つ研究?

神奈川工科大学は工学系の大学です。この大学に来て、今まで意識していなかった、研究に対する見方を実感することになりました。

私はこれまで生物の構成原理を探るような研究をしてきました。一方、多くの研究室では、応用研究に近い研究テーマの研究が進んでいます。私は、神奈川工科大学では珍しいタイプの研究者のようです。


基礎と応用の線引きはできないのでは?

世の中では、基礎研究を「役に立たない研究」とみる見方があります。基礎研究は本当に「役に立たない」のでしょうか。私は、すべての研究は繋がっていて、基礎と応用の線引きはできないと考えています。私たちの研究室では、顕微鏡で見るのに有用な、細胞の内部のさまざまな部分を光らせた細胞の改良を行っています。この細胞は細胞分裂のしくみを研究するためにも使えますが、顕微鏡開発のテストサンプルとしても使われています。また、細胞分裂に影響する新規阻害剤の効果の検証に使われたこともありました。私たちの作った細胞は、他の研究者の助けとなり、機器開発や薬剤の研究に役立っています。

10年以上前に、コケの細胞を顕微鏡で見ていた時、細胞をある薬剤で処理すると細胞の奥深くまできれいに見えることを見つけました。学会発表しましたが、時期尚早のため大きな展開ができず、論文化できませんでした。数年後、東京理科大のグループがこの薬剤は様々な植物で有効なことを示し、透明化試薬として論文発表、試薬メーカーの商品開発にこぎつけました。自分の手では世に出せなかったものの、小さな発見が試薬開発につながることを実感しました。


みんなつながって科学研究を支えている

学生のみなさんはBtoBという言葉を知っているかもしれません。Business to Businessの略で、企業向けのサービスを行う企業を指します。一般の人が知らない企業でも、多くの企業に役立つサービスを提供している企業や、オンリーワンの技術を提供する企業があります。これらの企業は世の中にとってとても大切な企業です。科学研究の世界でも、世の中に直接役立つ研究を行う研究室や、教科書を書き換えるような大発見を行う研究室のほかにも、さまざまな研究室があります。これらの研究室の多くは、互いにつながって協力しています。現代の生命科学の技術は多様化したため、一つの研究室ですべての研究を行うのは、ほぼ不可能になりました。村田研は小さな研究室ですが、他の研究室に役立つ技術と研究材料を提供することにより、科学研究を支えていると自負しています。


新しい研究の種

基礎研究の研究者は、みんな「ほかの研究者が行わない独創的な研究」を狙ってさまざまなアイデアを練っています。独創的な論文は他の研究者に読まれ、新しいアイデアにつながります。これらの中から、誰も知らなかった、生物の新しいしくみが見つかります。新しいしくみが見つかると、有用な生物を扱っている研究者が新しい研究を行ったり、GFPやゲノム編集のような新しい実験技術が開発されたりします。私たちも、他の研究者が行わない独創的な研究を目指しています。

私は、かつて、植物の細胞で細胞骨格(微小管)のできる新しいしくみを見つけました。動物の細胞分裂の研究をしている研究者が、私の論文を参考にして、同じようなしくみが動物にもあるのではないかと、研究を始めました。やがて、私の見つけたしくみは、動物の細胞分裂でも働いていることがわかりました。動物の細胞分裂のしくみは、がんの理解のための基礎情報になるため、活発に研究されています。将来、私の発見から、新しい抗がん剤が生まれる可能性もあるかもしれないと期待しています。


まとめ

現代の科学研究は一人で行うものではありません。一見関係ない研究が互いにつながって、最後に目に見える形の技術開発や機器開発につながっていきます。この流れを踏まえ、学生のみなさんには、「役に立つ研究」の範囲を、もう少し広くとらえてほしいと思っています。


参考論文

Murata et al. (2005) Nature Cell Biol. 7, 961-968

Kamasaki et al. (2013) J. Cell Biol. 202, 25-33

Kamada et al. (2022) Sci. Rep. 12, 809 

Kimata et al. (2023) Life Sci. Alliance 6, e202201657