研究紹介の前に,我々の担当分野である「機械」について,少し紹介したいと思います.
「機械」の定義は,一通りではありません.機械工学のなかでも分野によって定義は変化します.さらには年代による変化もあります.
沼にはまりそうなので,ちょっと工夫したいと思います.
機械の定義を考える代わりに,「機械にできること」の実例を見せます.
「機械力学・制御」の範囲に話題を限定します.
それでは,年代を追うような形で,「機械にできること」を見ていきましょう.
まずは,昔からある機械にできることです.これは次のようなものです.
形状(位置関係)を保つ
力を動きに変える (逆も)
動き方を変換する
次の動画をご覧ください.ある自転車競技の映像です.
出典:リンク切れ
この自転車は,間違いなく,上述の役割を果たしています.
まず,自転車がグニャグニャだったら,このような運動は作れません.すなわち,形状を保つ役割を果たしています.
この自転車のクランクは,サイクリストの踏力を回転運動に変換しています.
チェーンがそれを車輪の(速度が異なる)回転運動に変換し,車輪の転がり運動がそれを(近似的な)直進運動に変換しています.
すなわち,自転車は(古典的な)機械です.
1960年代にかけて,電気電子工学が実用の域に達し,機械の「電子制御」が可能になっていきます.
この時代の機械にできることは,ざっくり言って次の通りです.
古典的な機械にできること.
電気回路による「四則演算」.
このような,機械と電気を合せた技術を「メカトロニクス」といいます.※和製英語でしたが今は英語です
「四則演算」が追加されたことで,反射神経に相当する機能を,機械に搭載できます.実例を見てみましょう
このカラクリを,台車型倒立振子(とうりつしんし)といいます.
棒の倒れ角を,抵抗値もしくは電圧等に変換して測定します.※測定値は倒れ角の定数倍
測定値を増幅した入力をモーターに与え,車輪を回します.※推力は測定値の定数倍
適切な比例定数のもとで,棒立てに成功します.※比例定数=掛け算の倍率
1960年代の後半ぐらいから,計算機工学が実用の域に達し,「知的制御」が可能になっていきます.
この時代の機械にできることは,次の通りです.
メカトロニクス
古典的な機械にできること.
電気回路による四則演算.
コンピュータによる「条件分岐」.
このような,メカトロニクスに計算機工学をプラスした技術体系を「ロボティクス」といいます.
新たに「条件分岐」が追加されたことで,機械に知能(条件によって行動を変える機能)を持たせることが可能になりました.実例を見てみましょう.
出典:リンク切れ
このカラクリを,車輪型倒立振子といいます.
まず,前述の「メカトロニクス」によって,車体を倒立状態に安定化します.
その上で,「条件分岐」を使って,地面の曲線をトレースしています.
両輪の内側に,計2個のセンサーを設置します.
センサーが曲線を検知すると,そちら側の車輪を多めに回します.※条件分岐
このカラクリは,地面の曲線を変更しても機能します.※ロボティクスの特徴
AIを活用すると,ロボットの「条件分岐」を高度化することができます.この方向で高度化したロボティクスを「知能ロボティクス」と呼んだりします.
実例を見てみましょう.これは,著者の研究室 で開発したカラクリです.現時点では,原理の段階なので,まだ実機はありません.
このカラクリにおいては,2つの倒立振子が,自律的に手押し相撲(的な対戦)を始めます.人間は操作していません.
独立した意思をもつ倒立振子を2台,棒で結合しています.※古典的な機械構造
それぞれの振子は,メカトロニクスによって倒立安定化されています.※メカトロニクス
それぞれの振子は,棒を突くことができます.作用反作用により,突くと自分もバランスを崩します.
自分は立ったまま,相手を倒せるタイミングを予測する人工知能を開発し,両振子に搭載したのがこの動画です.※人工知能による条件分岐
※計算機科学の学会(ACM)が,紹介記事を書いてくれていました.
https://cacm.acm.org/news/175721-the-complex-mathematics-of-robot-wrestling/fulltext
記事の元になった論文 http://dx.doi.org/10.1299/mej.14-00518 ※あまりに数学的に書き過ぎため,理解されずに苦労しました.
AI といえば,情報分野や計算機分野のほうが,本家だと思うかもしれません.しかし,実はそうとも限りません.
例えば,手押し相撲 AI(上述)の開発において,使えそうな既存の研究やソフトウェアは,世界中のどこにも見つかりませんでした.
結局,手押し相撲 AI はゼロから自前で書きました.かなり高度なソフトウェア技術を駆使しています.
というのも,現在の AI は,「特化型 AI」と呼ばれるもので,SF に出てくるような全知全能の「汎用型 AI」ではありません.したがって,機械の問題を解かせるには,それ専用の AI を開発する必要があるのです.(この状況はしばらく続くでしょう)
このようなニーズを受けて,機械システム工学コースでは,AI が専門の教員(でありながら機械もできる)を計画的に増やしてきました.その結果,現在では,AI をゼロから自前で書ける教員が5名もいます(基礎研究2名,応用研究3名).これはコース教員の 1/4 にあたります.