お次は,異分野融合型の研究テーマです.力学とは一見関係のない,心理学の話.
BigFive という性格検査法があります.これは,人間の性格を5種類の特性で表し,それぞれの強度をアンケート形式で測定する検査法です.様々な言語に翻訳されており,心理学分野では世界的に広く認知された検査法です.
5種類の特性とは次のようなものです.
開放性 目新しさや多様性を好む傾向
勤勉性 計画的な行動を好む傾向
外向性 他人との付き合いに刺激を求める傾向
協調性 思いやりがあり協力的である傾向
神経症傾向 心理的ストレスを受けやすい傾向
世界的に定評ある BigFive ですが,言語を用いたアンケート形式のため,次のような問題を抱えています.
言語の壁(1) 異なる言語で,等価な設問を作るのは容易ではありません.実際,新しい言語に翻訳されるたびに検証論文が出ているようです.
言語の壁(2) 設問を理解できない幼い子供には使えません.
回答操作の可能性 公開された検査法で,設問のバリエーションもそう多くないので,試験対策?が可能です.ある特性を強く見せたければ,この設問にこう答えればよい等です.就活経験のある4年生が見たら,ああ,あれかと思うかもしれません.
そこで,著者の研究室では,次のようなコンセプトに基づいて,新しい検査法を考えることにしました.
図中の「人間」を差し替えても通用する,青矢印が見つかれば,赤の測定(アンケート)は必要なくなります.すなわち,性格検査から言語を切り離せます.
こんなことを思いついたのは,当初,人間が機械を操作するときの普遍性を研究しようとしたら,個人差が出すぎて失敗したからです.逆転の発想で,これだけ操作に個人差が出るなら,性格検査の個人差と相関するに違いない,そう考えたのです.性格検査って,むしろ個人差が出るように作られるので,相性いいかなと.
そのための測定システムについては,様々なタイプを開発して試してきましたが(PC型,ネットワーク型,タブレット型,・・・),ここでは,PCとマウスを使うシステムを紹介します.
次の動画は測定中の様子です.
力学的には,棒立て遊びと同じ状況にしてあります.それを天井から見た配置で表示しています.
青線(棒の先端)は,赤線(手元)から逃げようとします.
被験者は,赤線(手元)をマウスで動かして,青線が画面から出ないように(棒がたおれないように)がんばっています.
がんばってる最中の棒の運動や,マウスの運動を測定しておきます.(力学測定値)
回答操作は不可能です! 母国語によらず測定できます! 対象年齢もだいぶ広くなります!
同じ被験者に,性格検査(BigFive)を受けてもらいます.(心理学測定値)
以上の実験により,1人の被験者から,力学測定値と心理学測定値のセットが得られます.同じ実験を多くの被験者に対して実施しました.
得られた大量のデータに対して,重回帰分析という手法を適用して,力学測定値から心理学測定値を求める推定式を,1つ作りました.
その結果がこちらです.
レーダーチャートは,性格の5因子(BigFive)の強度を表しています.
灰色の線は,アンケート式の性格検査から求めたレーダーチャートです.
オレンジの線は,バランスゲームから推定したレーダーチャートです.
左が最悪ケース,右の結果が最良ケースで,どちらも推定式は同じです.
さて,この結果をどう見ればよいでしょうか?
だいたい合ってるようにも見えますが,統計的仮説検定に掛けたところ,イマイチな結果が出てしまいました.
今後は,AI 技術を駆使して,推定式を作る計画です.仮説検定がイマイチだったのは,非線形性という性質が原因かも知れないのですが,AI は非線形に強いので,うまくいっちゃうかも知れません.乞うご期待!
似たような感じで,他にも色々と研究しているのですが(イライラ棒,スマホによるストレス診断,・・・),今回はこれくらいで止めときます.
《次の内容へ》 ※次で本編は最後です