ここからは事例紹介になります.まずは,いかにも機械力学らしい,共同研究ネタを紹介しましょう.著者の研究室と,自動車メーカーとの共同研究です.知能ロボティクスには夢がありますが,実際のところ,企業さんから頻繁に相談を受けるのは,ここで紹介するような地味ネタです.一家に一台,家電や自動車はあるが,ロボットはない,そんな市場原理が垣間見えますね.さておき,話を進めましょう.
アクセルペダルを踏み込むと,自動車は加速します.理想的には,踏み込みと同時に滑らかな加速を得たいのですが,踏み込み直後に加速度がギクシャクする現象があります.これを,しゃくり振動といいます.これが大きいと危ないですし,たとえ小さくても乗りにくいと売れません.
下図は,ある市販車から測定した,しゃくり振動のデータです.横軸は時間です.
出典 http://dx.doi.org/10.1007/s11071-016-2917-8 ※この研究内容の論文です(著名な論文誌に掲載されました)
このなかで,乗り心地に最も強く影響するのが,赤線(ドライブシャフト)の振動です.上段の黒線がアクセル開度で,滑らかに増加させているのに,赤線はプラス・マイナスを行ったり来たりしています.これが,しゃくり振動の測定結果です.
赤線のプラスは加速,マイナスは減速を表すので,体感上は,加速直後に一瞬ブレーキを掛けられたような感じになります.
自動車業界には,このしゃくり振動を抑制してきた苦難の歴史があり,様々な経験則が乱立していました.この経験則というのが曲者で,車種が変わると,またゼロからやり直しという状況が続いていました.
そこで共同研究では,しゃくり振動の数理モデルを作成して,車載コンピュータに搭載し,プログラムで押さえ込む方法を検討中です.これまで経験則だった部分が,数学(微分方程式)に置き換わるので,車種ごとの試行錯誤が不要になるかも知れません.
著者の研究室が開発した数理モデルで推定した赤線を,下図に示します(詳細は 出典 参照).灰色の線が上述の実験データです.この結果は,世界的にみてもダントツで良い結果となっています(だから著名な論文誌に掲載された).
※このグラフでは,振動波形を少しだけ上に平行移動して表示しています
この数理モデルは,具体的には,次のような機械構造の運動方程式です.実際には自動車の駆動部分というのは,数百個の部品からなるのですが,それを僅か6個の部品で近似できたことになります.(このシンプルさにおいても世界ダントツ)
実は,最初の2年くらいは,なかなか良い近似が得られなかったのですが,ある AI 技術(粒子群最適化法)を応用することで,うまく近似できました(実験データに合うような運動方程式の係数が求まった).
「地味ネタにも AI」 そんな時代の到来を感じます.
今後は,この数理モデルに基づいて,しゃくり振動の抑制方法を,数学的に検討していく計画です.