作物のミネラル輸送体に関する研究
植物は生育に必要なミネラルを根から吸収することで変動する環境や様々なストレスに柔軟に対応しています。また、私たちは作物を摂取することで栄養を得て、その恩恵を受けています。一方で、植物が人体に有害な金属を区別できずに吸収してしまい、私たちが食物として摂取することで健康を損なうことも報告されています。植物のミネラル輸送体の立体構造を解明し、植物におけるミネラル吸収の分子メカニズムを深く理解することによって、輸送体の機能を自在にコントロールできれば、作物の生産性の安定や安全性の向上に役立つことが期待されます。私たちの研究室では作物の安定な生育に欠かせない輸送体タンパク質を大腸菌,酵母,昆虫細胞,哺乳細胞,植物などを用いて異種発現させ,単離精製して立体構造や生理機能を解析する技術があります。
ケイ酸チャネルLsi1
植物は土壌からケイ素(Si)をケイ酸 Si(OH)4 の形で吸収して体内に蓄積し、表面にシリカ SiO2 として沈着させることで害虫や病原菌などの生物学ストレスや高温、乾燥、倒伏などの非生物学ストレスに対して耐性を獲得しています。そのなかで、特にイネは大量のケイ酸を吸収・蓄積することが知られており、美味しい米を安定して生産するために田んぼではケイ酸質肥料が広く使われています。イネの根で発現する Lsi1(Low silicon rice 1)と呼ばれるケイ酸チャネルタンパク質が発見され、このチャネルがケイ酸を効率良く取り込むために必要であること、Lsi1 が機能しない変異体イネ(lsi1)では深刻な生育障害が起きることなどが知られていました。しかし、Lsi1 の立体構造がわかっておらず、ケイ酸取り込みの詳細なメカニズムは謎でした。
我々はイネ由来のケイ酸チャネルLsi1の立体構造をX線結晶構造解析と呼ばれる手法を用いて1.8 Åの分解能で決定し、その輸送基質の選択性を解明しました(Saitoh, et. al., Nature Com., 2021)。その結果、イネの根では4つのLsi1が集合して機能しており、それぞれのLsi1にケイ酸が透過する穴(チャネル)が見つかりました(図1a)。このチャネルのもっとも狭くなっている部分に注目すると、Lsi1では5つのアミノ酸によって取り囲まれていました(図1b)。Lsi1と進化上共通の祖先をもつ水チャネル(アクアポリン)では当該部分は4つのアミノ酸によって取り囲まれていますが(図1c)、Lsi1では5つ目のアミノ酸(65番目のThr)が別に存在し、そこに水分子が結合することでケイ酸が透過するのに最適なかたちをしていることがわかりました(図1b)。そこで今回新たに見つかった5つ目のアミノ酸を人為的に変えてLsi1の機能を調べたところ、この部分がケイ酸の透過に重要であることが確認されました。アクアポリンの発見が2003年のノーベル化学賞に選ばれているように、細胞への水や物質の取り込みは生物学の重要な研究テーマとなっています。今回の研究は、イネLsi1の立体構造を明らかにしただけではなく、アクアポリンが透過する物質を決める要因として5つのアミノ酸が関わることを示した初めての例になります。
クエン酸輸送体AACT1
土壌の酸性化は、世界中の作物生産に深刻な影響を及ぼす広範な問題です。耕作可能な土地のおよそ30〜40%が酸性土壌であり、その主な原因として、降雨、肥料施用、有機物の分解、農作物の収穫などが挙げられます。特に日本は多雨な気候のため、土壌中のカルシウムやマグネシウムなどの塩基が雨水により流出しやすく、酸性化が進行しやすい傾向があります。酸性土壌ではアルミニウムがイオン化し、植物の根に吸着してその成長を阻害します。
一方で、酸性土壌に適応し、その環境ストレスを緩和するように進化した植物も存在します。オオムギはイネや小麦と比べて酸性土壌での生育が難しいとされていますが、一部の品種では、根からクエン酸を分泌することでアルミニウムの毒性を軽減し、生育を可能にしています。オオムギは古くから世界各地で栽培されてきた作物であり、ビールや味噌の原料として私たちの生活に欠かせません。
特定のオオムギ品種ではアルミニウムイオンを感知すると、これを無毒化するためにクエン酸を根から放出し、クエン酸がアルミニウムと結合することで、生育阻害を回避することがわかっていました。このクエン酸の放出には、AACT1(Al-Activated Citrate Transporter 1)と呼ばれるアルミニウム活性型クエン酸輸送体タンパク質が関与することがわかっていましたがAACT1タンパク質の立体構造は明らかにされておらず、クエン酸放出の分子メカニズムは不明でした。
我々はオオムギ由来のクエン酸輸送体AACT1の立体構造を、X線結晶構造解析という手法により3.2 Åの分解能で決定し、その構造的基盤を明らかにしました(Tran, et. al., PNAS, 2025)。その結果、AACT1タンパク質はアルファベットのV字型をした構造をもち、細胞の外側に大きく開いた状態をとっていました。輸送体の中央には大きなくぼみが形成されており、その内側には一方に正電荷、他方に負電荷が分布していました(図2)。クエン酸は負の電荷をもつため、この正電荷を帯びた領域に引き寄せられ、結合した後、細胞外へと輸送されると考えられました。加えて、くぼみの負に帯電した領域は、輸送体の動作に必要な正電荷をもつ水素イオンを引き付けている可能性も示されました。
この仮説を検証するため、クエン酸が結合すると考えられるアミノ酸を人為的に変異させたところ、その部位がクエン酸の効率的な輸送に不可欠であることが明らかになりました。さらに、理論化学計算によっても、その部位にクエン酸が結合することが裏付けられました。細胞膜を介した物質の輸送は、生物学における基本的かつ重要な研究テーマです。本研究は、AACT1の立体構造を初めて明らかにしただけでなく、クエン酸の輸送において、構造中の正電荷および負電荷を巧みに利用する仕組みを示した、初の報告となりました。
土壌の酸性化は、作物生産において世界的な課題であり、主な原因はアルミニウムのイオン化による植物根への吸着と、それに伴う成長阻害です。一方で、植物は進化の過程でアルミニウム耐性を獲得し、酸性土壌に適応してきました。AACT1タンパク質のように、アルミニウム耐性に関与するタンパク質の立体構造と機能の詳細を解明することは、酸性土壌でも健全に育つ作物の開発に直結する重要なステップです。この知見は、農業の持続可能性向上や食糧安全保障の強化に資するものであり、今後の品種改良や農地利用の最適化において大きな社会的意義を持つといえます。
これらの研究は岡山大学馬建鋒研究室をはじめとする、多くの研究者との共同研究によるものです。
図1. ケイ酸チャネルLsi1の立体構造と水チャネルとの比較
(a) Lsi1の立体構造を細胞の外側の向きから見たものを分子表面図(左)およびリボン図(右)で表示させた。実際の大きさのおよそ1000万倍に拡大して表示している。生体内では4つのLsi1が集合して機能しており、Lsi1の単量体ごとに色分けしている。Lsi1にある、ケイ酸が透過する穴の位置を赤い星印で示した。ケイ酸チャネル(b)と水チャネル(c)のもっとも狭くなっている領域の比較。水チャネルでは水が通る場所(黒色三角印)は4つのアミノ酸が取り囲んで狭くなっているが、ケイ酸チャネルではケイ酸が通る場所(赤色星印)は4つのアミノ酸に加えて5つ目のアミノ酸である65番目のスレオニン(Thr 65)に取り囲まれて大きく広がっていており、Thr 65に水分子が結合した特殊な構造をしている
図2. クエン酸輸送体タンパク質AACT1の立体構造とその中央部に見つかったくぼみ
(上) AACT1タンパク質の立体構造を細胞膜に対して横側の向き(左)と細胞の外側の向き(右)から見たものをリボン図で表示させた。実際の大きさのおよそ1000万倍に拡大して表示している。(下) AACT1の細胞表面の電荷の分布を(A)と同じ方向で表示させた。AACT1タンパク質は細胞の外側に開いており、中央部には大きなくぼみがある。このくぼみにはプラスの電荷に帯電した領域とマイナスの領域に帯電した領域がある。マイナスの電荷を持つクエン酸はAACT1タンパク質のプラスの電荷の領域に結合し、プラスの電荷を持つ水素イオンはマイナスの電荷の領域に結合する。