2025年8月3日 瀧川宣之(M1・中川研究室・TA)
2025年6月28日、横浜国立大学キャンパスにて
講師:ニック・ラスコム(Nick Luscombe)
司会・通訳:中川克志
本ワークショップは、ニック・ラスコム(Nick Luscombe)さんによるフィールドレコーディングのレクチャーにはじまり、各自が録音・再生を実践するワークショップへと展開する、二部構成で実施されました。
レクチャーは「サウンド・アーティスト、フィールド・レコーディスト、BBCラジオのDJ・プロデューサー」であるラスコムさんの活動紹介から始まります。ラスコムさん自身が参画する主な団体には、OIST(沖縄科学技術大学院大学)内のラボであるOIST sonic lab、イギリスと日本を拠点とする「プロダクションエージェンシー」であるMSCTYがあるといいます。これらの団体では、フィールドレコーディングした音を、さまざまな形に加工し(ラスコムさんはのちに作曲のようなものである、とも仰っていました)、リリースしているそうです。レクチャーではそのような作例[1]を実際に試聴しながら、フィールドレコーディングの豊かな可能性を確認しました。
その後、レクチャーのテーマはフィールドレコーディングの歴史へと移りました。フィールドレコーディングを用いて音響的アヴァンギャルドの芸術を制作した作家として、ピエール・シェフェール、ピエール・アンリ、フランチェスコ・ロペス(Francisco López)の名前が挙がったほか、フィールドレコーディング作品の作家として、ルドウィック・コック(Ludwig Koch)、クリス・ワトソン(Chris Watson)、ヒルデガルド・ウェスターカンプ(Hildegard Westerkamp)が紹介されました。ここで、ラスコムさんはサウンドアートとフィールドレコーディングを区別する姿勢を示しました。
レクチャーを終えた後半ではいよいよ各自がフィールドレコーディングの実践[2]に移りました。ワークショップの形式は、〈各自が個別にキャンパス内でフィールドレコーディングを実践する〉〈収録した音を他の参加者の前で再生し、その音について説明する〉というものです。32度の外気温にも関わらず、参加者は各自活発に録音を行いました。
再生の時間には、古い蛇口が軋む音、マンホールに響く音、掲示板が震える音、黒板にチョークで文字を書くときの音など、さまざまな録音が共有されました。説明には各々の視点が反映されており、同じ対象であっても異なるアプローチで録音が行われていたのが印象深い点でした。
このように、今回のワークショップでは、録音と再生を通じて、キャンパス内のサウンドスケープの複層性が浮き彫りになっていきました。
[1] 北海道、宇都宮の石切場(MSCTY x Utsunomiya)、神奈川県済生会病院(Otocare at Saiseikai)、日本橋三越(MSCTY x Nihonbashi at Tokyo Biennale 2023)、瀬良垣島の珊瑚礁等でのフィールドレコーディングを元にした作品やプログラムが紹介されました。その他に、MSCTYの作品として、Robin the Fog《bay bolete》、Nick Luscombe《Tokyo TR》も紹介されました。
[2] 録音のルールは以下のようなものでした。
・場所も録る音も自由。
・各自は個別に行動する。
・様々な場所で録音する。
・合計10分間の録音を作る。
・聴き直して良い場所をピックアップする。
・聴いてみて良くなかったらもう一度録音に行く。
また、録音には各自が持参した機材(スマートフォン、ハンディレコーダー等)を用いました。
いつも歩いているキャンパスに、あらぬ方向を見ながら(聞きながら?)歩く人々が突然現れる、という状況はそれ自体フィクションじみたものでした。そうなってくると周りの人は何を聴いているんだろう、あの人は何にマイクを向けているんだろう、と、色々気になってきます。そうしたこともあって、フィールドレコーディングの最中からなんとなく当たりをつけていたのですが、実際再生の時間に入ると、予想とかすりもしないような録音ばかりでした。
今回のワークショップの魅力は「他人が何を聴いて・聴こうとしているのかわからないことを知り、他人の聴いた・聴こうとしたものを実際に聴く」という一連の流れを濃密に経験できる点にあったと思います。
参加者の中にはYNUに1度もいらしたことのない方から、YNUにお勤めの方までがいらしていて、そういうコントラストが録音に反映されていることもこのワークショップにとって重要な点だったと感じます。さまざまな場所で実施してみたいこのワークショップを次に行うなら、その場所に親しんだ方に(そして、全く親しみのない方にも)お越しいただくとより豊かなものになるのではないかと思いました。