近年の日本社会における人口移動がもたらす地方過疎化の問題に対して、地方創生の対策が採られている。そこで、弱体化する地域の新たな担い手として視線を向けられているのは、都市部から地域へ移住する人々である。日本における移住者の変遷において、地方移住の高まりは何度も見られたが、近年みられる移住形態は、これまでの移住者の特徴や移住理由とは異なる傾向を示している。彼らは、20歳代~40歳代の若者で、とりわけ、理想的な暮らしや働き方、自己実現を求めて移住するのである。そこには、社会構造の変化や災害、パンデミックなど、人々の価値観を変容させるほどの社会背景があった。そして、近年の移住者は、地域活性化、協働、人材といった文脈で語られ、地域は彼らへ「期待」のまなざしを向けている。
一方で、理想的な暮らしや自己実現を求める移住者が、必ずしも地域に関わり、地域活性化に寄与する存在であるとは限らない。また、結果的に地域活性化に寄与している移住者も、必ずしも移住時の段階で地域課題の解決に興味関心があったとは限らない。しかし、理想的な暮らしや自己実現を求めて地域へ移住する人々と地域との関わりについて、ミクロ的な視点で、質的に調査した事例は少ない。そこで本研究では、移住者の地域における役割に着目し、ライフスタイル移住やクリエイティブ・クラスの文脈から、移住の過程における移住者と地域の関わりについて、質的研究を通して考察を試みる。
本研究で用いる地域活性化という用語は、学問の中で幅広い意味を持つ。本研究では、具体的な数値等は用いず、既に議論されてきている人々の「地域への関わり」の文脈から、地域活性化を表現する。そこには、全国的に総人口や生産額等の減少が見られる状況で、絶対的に数字を検討し、地域活性化を推し測ることは困難であると解釈したためである。
本研究は、ライフスタイル移住とクリエイティブ・クラスの議論を軸に理論研究を進める。双方の概要や、研究の歴史的変遷を整理することで、本研究においてライフスタイル移住とクリエイティブ・クラスが重視される意義を示す。また、近年求められている移住者像の具体的な特徴や移住動機を明らかにするため、移住雑誌メディア『TURNS』の分析を行い、文献調査を進める。そして、理想的な暮らしや自己実現を求めて移住した人々を対象に参与観察とインタビュー調査を行う。本研究においては、福島県白河市の事業団体Mを調査対象とし、移住者であるスタッフ8名に調査を実施した。調査期間は2024年9月6日~10月8日の約1か月間で、筆者はインターンシップ生として参与観察とインタビュー調査を行った。事業団体Mは、高校生の居場所の提供や、彼らの探究学習の伴走支援を役割としており、コミュニティ・カフェとして機能している。そのため、地域における事業団体Mの在り方や意義について考察するため、高校生や地域の利用者を中心に参与観察とインタビュー調査を実施した。加えて、事業団体Mが所在する福島県白河市は、高等教育機関を持たない自治体であることから、若者が市外へ流出することが地域の課題として挙げられている。
本論文第1部では、日本社会における人口移動現象がもたらす地方過疎化、地域コミュニティの弱体化について触れ、国による対策や、人口移動に関する議論について整理した。また、日本社会における人口移動現象の変遷について整理し、近年の日本社会にみられる移住者とその役割について論じる。そこで、移住者は、理想的なライフスタイルや自己実現を目的とした移住と類似性を持つと考察し、ライフスタイル移住について、その概要と研究の変遷について論じる。また、新しい働き方を模索するという点でライフスタイル移住と類似性を持つと考えられるクリエイティブ・クラスについて、その概要と議論を整理した。
本論文第2部では、第1部にて議論されてきた「地域に求められている移住者像」を明らかにするべく、移住に関する雑誌メディアの分析を試みる。また、具体的な移住者像を明らかにするための雑誌メディア分析の意義や、分析対象となる雑誌『TURNS』について詳しく論じることで、近年の日本社会における移住者像の変遷や、注目度の高さについて示唆する。次に、メディア雑誌分析において明らかになった具体的な移住者像について整理し、その特徴を論じる。最後に、ライフスタイル移住研究における移住者像を整理し、ライフスタイル移住研究における3点の論点を整理する。論点として、LM者の自己実現と地域活性化の実態をめぐる論点、LMの場所や地理的特性における移住動機の要因をめぐる論点、LM者の生計をめぐる論点を挙げる。
本研究における論点として、以下の3点が挙げられる。
①LM者の自己実現と地域活性化の実態をめぐる論点
②LMの場所や地理的特性における移住動機の要因をめぐる論点
③LM者の生計をめぐる論点
1点目の、LM者の自己実現と地域活性化の実態をめぐる論点である。日本社会における田園回帰や地方移住は1990年代からみられるようになり、地域おこし協力隊や継業など、地方移住者は地域活性化への貢献ありきの移住者であることが研究の上で前提とされていた。一方、2000年代にLMが国際的に研究され始め、日本においても2010年代にはLMの研究が積極的に行われるようになった。しかし、LMは、自己実現やライフスタイルの向上を目的とした比較的広範な移住を指す概念であり、田園回帰も包摂されている。そのため、地域活性化の担い手として研究されていた地方移住者の文脈と同様に、日本のLM者も地域活性化の担い手として期待されることが前提とされている潮流も見受けられる。一方で、「自己実現を目的として移住したLM者=地域振興に資する存在」とする議論の在り方に疑問を提示する研究事例もあり、本研究においては、LM者の移住動機と地域活性化への価値観に関して、移住先における活動や価値観の変化や、彼らの活動そのものが地域に与える影響について、その実態を明らかにすることを試みる。
2点目は、LMの場所や地理的特性における移住動機の要因をめぐる論点である。LM研究において、移住先の選定にプル要因が影響を与えていることが明らかになっている。一方で、移住前の地域が持つプッシュ要因の影響について論じる研究もあることから、本研究においては、移住者の移住動機において、移住前のライフストーリーを調査し、移住に繋がる要因に着目してその実態を明らかにすることを試みる。
3点目は、LM者の生計をめぐる論点である。先行研究の整理では、LM者の形成プロセスや移住動機に関する研究が数多く散見されたものの、LM者の生計に着目した質的な調査の研究の余地を感じた。そのため、本研究においてはまとまった期間をかけて調査を実施し、移住者の暮らしや経済的な価値観、生計の実態について明らかにすることを試みる。
本論文第3部では、調査手法について論じ、調査対象が所在している福島県白河市の概要や、移住政策、教育政策について整理し、現段階の課題について指摘する。また、調査対象である事業団体Mの概要や取り組み、移住者であるスタッフの属性について整理し、課題についても指摘する。加えて、スタッフの具体的な役割への理解を深めるため、インターンシップを通した筆者によるフィールドワークを記述する。最後に、事業団体Mの代表者であるAさん、B、C、E、Hさん、D、F、Gさんのライフヒストリーや移住動機、移住後の価値観に関するインタビュー調査や参与観察の結果を記述し、彼らの移住形態や事業団体Mの影響について考察する。また、地域の利用者と高校生を対象に、事業団体Mの印象や価値観に関するインタビュー調査を行い、事業団体Mが地域や高校生にもたらす影響について考察する。
本論文第4部では、これまで議論したライフスタイル移住やクリエイティブ・クラス、メディア研究における移住者像の分析と、福島県白河市や事業団体Mの実態、事業団体Mにおけるスタッフ、利用者、高校生を対象とした調査結果をもとに、地域における移住者の役割をめぐる考察を行う。最初に移住者の特徴や移住動機を整理し、ライフスタイル移住の実態について明らかにする。次に、移住者によって立ち上げられた事業団体Mの地域における影響について考察する。また、これまでの考察をもとに、移住者の価値観や地域との関わりや、移住者の生計について明らかにする。最後に、ライフスタイル移住とクリエイティブ・クラス研究において議論される移住者の役割について考察し、今後の移住者研究や移住政策の在り方について検討する。
第15章では、第2部、第3部にて整理した論点や調査結果を基に、詳細な移住者の特徴や移住経緯、価値観の変容を通して、白河市の事業団体Mを通じた移住者と地域の関わりについて3点を具体的に考察した。一点目は、事業団体Mのスタッフの特性や移住プロセスを整理し、とりわけ、移住者が移住時に持ち得た自己実現の価値観や白河市への拘りについて考察し、彼らの移住形態の在り方の多様性や地域にとって流動的な存在であることを示唆した。加えて、スタッフが事業団体Mでの活動を通して変容した価値観について考察し、事業団体Mにおける高校生支援の活動が、結果として移住者に新たな目標や高校生への関心の高まりを創出し、かつ、白河市への愛着を持つように変化した移住者が居ることを指摘した。
2点目は、事業団体Mの取組を通じた地域の変容に着目し、事業団体Mが高校生の居場所やコミュニケーションの場として機能していることを指摘した。加えて、事業団体Mの活動や、存在によって、地域の人々が地域への愛着を持ち始めたことを指摘した。また、インターンシップや視察などを目的とした人々が白河市へ来訪することにより、新たに白河市に関わる人々を創出していることを指摘した。
3点目は、事業団体Mの事例にみるライフスタイル移住に着目し、移住者の特徴や移住経緯の考察を基に、必ずしも移住者が地域活性化の寄与を目的に地域へ移住するとは限らない点を指摘した。一方で、事業団体Mでの活動を通して高校生支援に興味を持ち、移住者の自己実現は結果的に地域の高校生支援に繋がっていった変容を考察した。また、ライフスタイル移住者の生計をめぐる論点に着目し、彼らの移住後の生活において、彼らが経済的な成功より、社会的な利益の追求や自己実現を求めていることを考察した。最後に、本研究の論点である「移住者の役割」における考察では、地域活性化の側面で語られることへの違和感を指摘し、一方で、結果として移住者が地域活性化へ興味関心を抱いていく過程を指摘し、移住政策における移住者の在り方を再検討する必要性を指摘した。加えて、クリエイティブ・クラスやライフスタイル移住の観点から移住者の在り方を検討し、社会構造が変化する中で、特徴の枠組みで彼らを捉えることの脆さを指摘した。
本論文の今後の展望としては、今後の移住政策における移住者の在り方を再検討する必要性を指摘したうえで、将来的に日本のライフスタイル移住が、どのような人々に実践され、彼らが移住先で何を生み出し、何を変化させていくのか、地域や日本の人口移動現象へ与える影響を踏まえて考察を試みたい。移住研究の今後の発展において、質的研究の積み重ねは必要不可欠であることを指摘したうえで、多くの人々が、自身の能力を活かし、自身の理想的なライフスタイルや自己実現を目的として日々を過ごす世界になることを願っている。
本論文では、訪日観光客市場における中国人観光客に焦点を当て、国際観光市場における観光情報の役割について明らかにする。その際、単なるヒトの移動とは異なった、観光行動のもととなる観光情報の流通と消費の仕方に注目することで、訪日観光客市場を考察してきた。
第1章では、訪日観光客市場における中国人観光客に関する先行研究をまとめていくなかで、研究上の特徴を明らかにした。中国人観光客の内実は多様であるにも関わらず、観光の現場においては訪日中国人観光客の多様な趣向を必ずしも分析し切れていない部分がある。さらに、個々の趣向に合わせた観光マーケティング・プロモーション戦略及びその成果は、研究の現場においては必ずしも明示されていない部分も多いことを、観光情報という観点から明らかにした。
第2章では、国際観光市場における中国人観光客の形成と隆盛について、ビザ制度と訪日指定旅行社の制度的発展から論じてきた。中国側の経済発展にともなうアウトバウンド観光への需要の高まりのなかで、日本と中国におけるビザ制度や訪日指定旅行社の制度が徐々に整備されてきた点を論じた。しかし、ビザの発給要件が団体から個人へ、1回から複数回へと緩和されていくなかで、受入環境も変化してきた点を論じた。さらに、ソフト面では、中国人のライフスタイル・意識の変化や、インターネットの発展等について述べた。
第3章では、日本政府観光局(JNTO)が行っている中国人観光客向けの観光マーケティング戦略とプロモーション活動について概観した。その際、日本観光にとって欠かせない存在となった中国市場に関するデータの収集や分析を徹底的に行うとともに、変化する中国人観光客市場に合わせた形でファネルとペルソナを設定し、観光マーケティング戦略も変化させている点を明らかにした。
第4章では、行政機関である日本政府観光局や観光庁だけではフォローできない観光情報の収集や発信を行っている、民間の観光プロモーション会社について概観した。ここでは実際に活動を行っている民間の観光プロモーション会社を4社取り上げ、観光プロモーションの内容を比較・分析していった。その結果、4社とも観光プロモーションを行うために観光マーケティング活動にも積極的に従事するとともに、その過程で観光情報の収集・発信だけでなく、市場に適した形に編集していくことも積極的に行っている点を明らかにした。そこから、市場調査やデータを通じて個々の観光情報を編集していくことで、観光情報や観光プロモーションの付加価値を高め、さらに他領域にも広がりをみせる可能性について指摘した。
第5章では、民間プロモーション会社A社への半構造化インタビュー調査の結果ついてまとめた。本調査により、①アウトプットとインプット両方の重視(情報の取集と発信)、②国別対応(各国の情況によって、発信する情報が異なる)、③収入源(業務内容)、④今後の課題(ライター不足)と意義(日本のことを知ってもらうこと・交流の架け橋・世界平和)が明らかとなった。
第6章では、日本の大手シンクタンクであるJ社のインタビュー調査の内容を記した。調査の結果、J社では、①中国人観光客に関するJ社の調査内容、②アフターコロナにおける中国人観光客に関する新たな捉え方(中国人のライフスタイル、意識が変化しつつであり、それに合わせた旅行のしかた)、③モノ消費からコト消費の観光変化、④持続可能な観光(中国人の意識不足)、という4つの領域を詳しく語ってくれた。
第7章では、これまでの議論を踏まえたうえで、民間の観光プロモーション会社の果たす役割についてまとめた。観光プロモーション会社による観光情報の流れは、消費者に最も身近な存在である。それゆえ、個別具体的な観光情報をそれぞれの顧客に合わせて編集することが可能となり、日本政府観光局や観光庁による行政レベルでの画一的な観光情報とも異なった形で提供できる利点を有している点を示した。また、これらの民間の会社はプロモーションや情報発信を行うだけではなく、市場調査やデータを分析・編集し、マーケティングや誘客の企画作成まで全般的に行う会社である点を示した。それゆえ、民間の観光プロモーション会社の役割として、観光情報の編集を通じて付加価値を高めていくことによって、観光情報や市場の価値そのものを高めていく可能性を秘めた存在であると結論づけた。
以上の議論をふまえたうえで、本研究の研究目的であった国際観光市場における観光情報の役割について、マーケティング戦略を通じて観光情報の編集にコストを費やしていくなかで、観光情報を通じて観光市場の付加価値を高める役割を果たしている、と結論づけた。