修士論文要旨

修士論文要旨

2023年度:尹思源「中国人観光客に向けた観光マーケティングをめぐる研究-観光プロモーション会社の観光情報戦略を事例に-」

 本論文では、訪日観光客市場における中国人観光客に焦点を当て、国際観光市場における観光情報の役割について明らかにする。その際、単なるヒトの移動とは異なった、観光行動のもととなる観光情報の流通と消費の仕方に注目することで、訪日観光客市場を考察してきた。

 第1章では、訪日観光客市場における中国人観光客に関する先行研究をまとめていくなかで、研究上の特徴を明らかにした。中国人観光客の内実は多様であるにも関わらず、観光の現場においては訪日中国人観光客の多様な趣向を必ずしも分析し切れていない部分がある。さらに、個々の趣向に合わせた観光マーケティング・プロモーション戦略及びその成果は、研究の現場においては必ずしも明示されていない部分も多いことを、観光情報という観点から明らかにした。

 第2章では、国際観光市場における中国人観光客の形成と隆盛について、ビザ制度と訪日指定旅行社の制度的発展から論じてきた。中国側の経済発展にともなうアウトバウンド観光への需要の高まりのなかで、日本と中国におけるビザ制度や訪日指定旅行社の制度が徐々に整備されてきた点を論じた。しかし、ビザの発給要件が団体から個人へ、1回から複数回へと緩和されていくなかで、受入環境も変化してきた点を論じた。さらに、ソフト面では、中国人のライフスタイル・意識の変化や、インターネットの発展等について述べた。

 第3章では、日本政府観光局(JNTO)が行っている中国人観光客向けの観光マーケティング戦略とプロモーション活動について概観した。その際、日本観光にとって欠かせない存在となった中国市場に関するデータの収集や分析を徹底的に行うとともに、変化する中国人観光客市場に合わせた形でファネルとペルソナを設定し、観光マーケティング戦略も変化させている点を明らかにした。

 第4章では、行政機関である日本政府観光局や観光庁だけではフォローできない観光情報の収集や発信を行っている、民間の観光プロモーション会社について概観した。ここでは実際に活動を行っている民間の観光プロモーション会社を4社取り上げ、観光プロモーションの内容を比較・分析していった。その結果、4社とも観光プロモーションを行うために観光マーケティング活動にも積極的に従事するとともに、その過程で観光情報の収集・発信だけでなく、市場に適した形に編集していくことも積極的に行っている点を明らかにした。そこから、市場調査やデータを通じて個々の観光情報を編集していくことで、観光情報や観光プロモーションの付加価値を高め、さらに他領域にも広がりをみせる可能性について指摘した。

 第5章では、民間プロモーション会社A社への半構造化インタビュー調査の結果ついてまとめた。本調査により、①アウトプットとインプット両方の重視(情報の取集と発信)、②国別対応(各国の情況によって、発信する情報が異なる)、③収入源(業務内容)、④今後の課題(ライター不足)と意義(日本のことを知ってもらうこと・交流の架け橋・世界平和)が明らかとなった。

 第6章では、日本の大手シンクタンクであるJ社のインタビュー調査の内容を記した。調査の結果、J社では、①中国人観光客に関するJ社の調査内容、②アフターコロナにおける中国人観光客に関する新たな捉え方(中国人のライフスタイル、意識が変化しつつであり、それに合わせた旅行のしかた)、③モノ消費からコト消費の観光変化、④持続可能な観光(中国人の意識不足)、という4つの領域を詳しく語ってくれた。

 第7章では、これまでの議論を踏まえたうえで、民間の観光プロモーション会社の果たす役割についてまとめた。観光プロモーション会社による観光情報の流れは、消費者に最も身近な存在である。それゆえ、個別具体的な観光情報をそれぞれの顧客に合わせて編集することが可能となり、日本政府観光局や観光庁による行政レベルでの画一的な観光情報とも異なった形で提供できる利点を有している点を示した。また、これらの民間の会社はプロモーションや情報発信を行うだけではなく、市場調査やデータを分析・編集し、マーケティングや誘客の企画作成まで全般的に行う会社である点を示した。それゆえ、民間の観光プロモーション会社の役割として、観光情報の編集を通じて付加価値を高めていくことによって、観光情報や市場の価値そのものを高めていく可能性を秘めた存在であると結論づけた。

 以上の議論をふまえたうえで、本研究の研究目的であった国際観光市場における観光情報の役割について、マーケティング戦略を通じて観光情報の編集にコストを費やしていくなかで、観光情報を通じて観光市場の付加価値を高める役割を果たしている、と結論づけた。