「櫻井和上法語
観音の自在力」
観音の自在力
第二次上海事変当時の話です。日本へ大使として来たこともある許世英が、政治的意見の違いで、蒋介石のため牢屋へ入れられていた。それを聞いた水野梅暁さんが、お見舞いとして浅草観音の小さなお姿を入れたお守り袋を派遣軍司令官として赴任する白川義則?大将に言付けたところまもなく返事が着いた。それによると、牢屋では夜は逃げられぬようにと手足にカセをはめられて不自由で困っていたのに、あのお守り袋をいただいた夜からカセがはめられているのに、手足が自由に動かせる。お経のとおりだ、と喜んで書いてあった。これを中国つう仲間の遠山満や犬養木堂に話たら、「そんなこと迷信さ」と、受け付けぬ。それを大谷光瑞さんに話たら「うん、それはそうだろう。彼らの頭では解かるまい」と言われた、とこんな話を水野さんが聞かしてくれた。ナムナム(こごえのネンブツ)……
(真仏教119 号)
オウムの念仏
オウムを飼っている人がいました。そこへ、お坊さんが来て、からかいはんぶんに、オウムにナムアミダブツというたんだ。そのお坊さんはすっかりうれしくなって、このオウムをもらって帰り、オウムに引き立てられて、自分もいっそうお念仏を称えたそうです。そのうちとうとうこのオウムが死んだので、土に埋めて、墓を作ってやった。すると、やがて墓の中から蓮華が一本すくすくと伸びて出て、りっぱな花を咲かせたので、不思議に思って掘り起こしてみると、蓮華はオウムの口から出ていたんです。お坊さんは、念仏は称えるものとは関係なく、それ自身が尊いということを知り、いっそうお念仏を喜び、大往生を遂げた、というお話が昔の中国の本に書いてあります。ありがたいお話ですなー、ナムナムナム(つぶやきねんぶつ)…
(真仏教118 号)