「櫻井和上法語
五色の水晶玉」
五色の水晶玉
「五色の色紙の上に、水晶の玉を置いてみると、赤い紙の上に置けば赤く見え、青い紙の上に置けば青く見えるが、手に取ってみれば玉は色に染まっていない。客が来た時は念仏も遠慮がちになるが、客が帰れば声をあげてお念仏。今日は会社の宴会というような席では、は歌の一つも歌って手を打つ姿は、これが念仏の行者かいなァと見えるけれど、宴席が終わって帰りの道すがら、月を仰いで念仏する姿は色の着かないスキスキの水晶玉じゃ」と、これは七里和上さまのお例えです。ナムナム(つぶやきネンブツ)ありがたいなァ
(真仏教115 号)
古仏の道場
「寺ありて法なきはこれ魔の棲み家、寺なけれども法あるは古仏の道場」これは蓮谷先生のお言葉ですが……
ある時、お釈迦さまが光明を放ってあちらこちらをお照らしになると、その中にポツリポツリと蛍の光のようなものがいっぱい見えるので、アジャセという大王さまが「あれはなんでございますか」と、たずねられました。するとお釈迦さまは「あれはなァ、久遠の昔からのもろもろの仏さま方の修業された御旧蹟だよ。今にあそこにお寺が建つんだよ」と言われたとお経さまに書いてあるそうです。お寺とはこんなに尊い謂れのあるものですが、中に棲む者に仏法を崇める心がないと、悪魔の棲み家に変わってしまう。お寺の形はしていなくとも、念仏の声のするお家は、皆お寺です。ナムナムナム……(つぶやきネンブツ)
(真仏教114 号)