桐野行廣
2022.3.26 18:00~
はじめに:
いつもは1つの国について取り上げ、その国の音楽を中心にお話頂いていますが、今回は特別編として「ヴァイオリンの魅力」についてです。ヴァイオリンという楽器、またヴァイオリンの名曲についてです。ヴァイオリンは「楽器の女王」と呼ばれ、その音は作り手が亡くなってからでないとわからない、とも言われています。「リウタイオ」とは、弦楽器製作者の事です。桐野さんは、リウタイオ石井髙氏とある展示会で出会い、ヴァイオリンの修理と新しいヴァイオリンの製作を依頼しました。故石井氏は当時イタリアのクレモナに工房をもち、キリシタン少年使節がクレモナを訪れ持ち帰ったであろう楽器に非常に興味をもち、それらの古楽器の復元をしました。桐野さんが出会ったのはその復元楽器の展示会でした。クレモナはヴァイオリンの名器といわれるアマティ、ストラディバリやグァルネリを生んだ町です。
講師:桐野行廣氏
1950年北九州市生まれ、東京都足立区 在住。 洗足学園音楽大学ヴァイオリン科卒業。 草加市の市立中学校音楽教員として30年 勤務。 在職中、退職後も音楽家の足跡を訪ね、 日本各地、ヨーロッパの各地を旅している。
内容
①ヴァイオリンの構造 ②名器 ③ヴァイオリン物語 ④黄金期のストラディバリ2022.6月競売へ
⑤リウタイオ石井高氏との思い出 ★歴史的名演奏の紹介
ヴァイオリンの表板材料は樅(モミ)。軽いわりに柔軟性や強度があり音響特製に優れています。北イタリアの「ドロミテ」が良質の産地。表板は2枚の板を縦に貼り合わせて作ります。理由はヴァイオリンの中央から左右対称に木目をあわせ、音の均一性を保つため。
裏板とネックは楓(カエデ)が使われます。光沢があり木目の美しい木でニスを塗ると美しさが際立ちます。バルカン半島のものが良いとされる。裏板は表板と違い、1枚板もあれば2枚板もある。
ヴァイオリンの木は5年~10年、20年と自然感想させてから使います。
内部には、魂柱という直径6ミリ程度の柱が立てられて、表板の振動を裏板に伝えます。もう1つ、表板の裏側に、一番低い音が出るG線側に、バスバーと呼ばれる板が貼られています。これは低音の音を豊かにするためと、ヴァイオリンの強度を高めるためです。ヴァイオリンの4本の弦の張力は30kg弱あります。
ストラディヴァリ
・ ストラディヴァリと言ったり、ストラディヴァリウスと言ったりしますが、これはStradivariの語尾にusを付けてラテン語風に書いた物をラベルにして貼っていたことからそう呼ばれています。彼のことをストラディヴァリ、彼が作った楽器をストラディヴァリウスと言うこともありますが、どちらも同じことです。また短くストラドと言ったりもします。
・.楽器の音を言葉で言うのは難しいのですが、ストラディヴァリの音は美しく、低音は潤いと幅のある音で、高音は輝かしく伸びのあるのが特徴だと思います。演奏者のどんな要求にも答えられる楽器ではないかと思います。良い楽器であればあるほど、楽器から学ぶことが多くあります。
・ ストラディヴァリが生まれたのは1642年~1644年とはっきりしていません。それは、彼の楽器に貼られたラベルに89歳で、92歳で、93歳でと、製作した年齢と西暦年号とを書き込んでいる楽器が有るのですが、それらの年号と年齢に矛盾があるからです。しかし亡くなった年は1737年とはっきりしています。
グァルネリ・デル・ジェズ
・ 本名はバルトロメオ・ジュゼッペ・アントーニオ・グァルネリ(1698年~1744年46歳死去)と言いますが、ヴァイオリンのラベルに〈 IHS 〉(ギリシャ語のイエスを意味する初めの3文字)に十字架を組み合わせたロゴマークを入れたので、そう呼ばれるようになりました。グァルネリ一家には沢山のヴァイオリン製作者がいたので、そうしたのかも知れません。
・ グァルネリ(Guarneri)も語尾にusを付けてラテン語風にグァルネリウスと言ったり、また単にデル・ジェズと言ったりもします。
・ 彼はストラディヴァリのように緻密な作風ではなく、それぞれの違った表情があると思います。ネックの渦巻きの作りの彫りが浅かったり、f字孔が左右対称でなかったりなどが見られますが、躍動感があり、生命力を感じます。
・ グァルネリ・デル・ジェズの音は、幅広く深みのある音で、ややほの暗い感じがするように思います。
・ パガニーニがグァルネリ・デル・ジェズを愛用していたことで一層有名になっています。デル・ジェズは46歳で亡くなっていますから、ヴァイオリンの製作数が少なく、100数十挺と言われています。デル・ジェズを愛用する著名な演奏家も多く、その数が少ないこともあって、今日では入手し辛くなっています。価格もストラディヴァリと変わりません。演奏家によってはストラディヴァリより高く評価する人も少なくありません。
ストラディヴァリのヴァイオリンはいい材料を厳選して使い、非常に丁寧につくられ、そして美しいニスが塗られています。音だけでなく姿・形も美しく作られています。ある意味ヴァイオリンの理想形がストラディヴァリです。そんなことからヴァイオリン製作者は、まずはストラディヴァリを手本に作る人が多いようです。
・ あるヴァイオリン製作者に、「ヴァイオリン作りで、何が一番難しいのですか?」とインタヴューしたところ、「ヴァイオリンを売ることだ」と答えたそうです。
・ ストラディヴァリはヴァイオリン(約600挺)だけでなく、ヴィオラ(8挺)、チェロ(63挺)〈ダヴィドフ〉の銘を持つ物は現在ヨー・ヨー・マが使用、マンドリン(2挺)、ギター(演奏可能なもの1挺)、アルペッタと呼ばれる小さなハープ1台が現存しています。
・ストラディヴァリやグァルネリが活躍した時代は、日本でいえば生類憐みの令を出した、5代将軍、徳川綱吉(1646∼1709)とほぼ同じ時代です。
・ ヴァイオリンといえば、ストラディヴァリとグァルネリが両横綱です。私が学生の頃はこれにアマティを加えて、3大ヴァイオリン製作者といわれていました。
・ アマティは軟らかく優しい音がしますが、現代の広いホールでは少し物足りないかも知れません。とは言え、ギドン・クレーメルは以前ストラディヴァリを使っていたのですが、今はアマティを使っています。ヴィーンの楽友協会で彼の演奏を聴いたのですが、本当に綺麗な音でした。
👉ここで紹介された、アインシュタインの演奏するモーツァルト、美しくてびっくりしました。
【 石井髙さんとの出会い 】
・ 石井さんに初めてお会いしたのは、1989年9月です。港区赤坂のアーク森ビルで、「甦る天正古楽器の音色」というヴァイオリンの展示会で声をかけ時でした。その後、石井さんの実家と私の住まいが近いこともあって、何度となくお訪ねしました。その後、草加市や春日部市でも同様な展示会をおこなう時にお手伝いをすることとなり、いろいろ石井さんからヴァイオリンの話を聞きながらの楽しい時間を過ごすことが出来ました。
・ その頃、私のヴァイオリンは大きな修理が必要な時期でした。思い切ってイタリアのクレモナにある石井さんの工房を訪ね、修理が終わるまでヴィーン、ザルツブルク、ボンなど、音楽家の足跡を訪ねました。
・ いいヴァイオリンを作る人がいい修理が出来るとは限らないし、反対にいい修理が出来る人がいいヴァイオリンを作れるとは限らないところが難しいところです。
・ ヴァイオリン製作家は必ずといっていいほどニスについて悩みます。
天正10年(1582年)に九州のキリシタン大名大友宗麟らの名代としてローマ教皇、グレゴリウ13世に謁見するためにバチカンに向かいました。8年後の1590年に帰国しましたが、持ち帰った弦楽器の演奏を秀吉の前で演奏をして3度のアンコールを受けたそうです。石井さんはヴァイオリンの祖と言われている、アンドレア・アマティの楽器を持ち帰ったのでは・・・?と思い、ニスの茜色のことについて何か書き残しているのではないか考え、日本やイタリアの図書館を随分巡ったりまた、学者の松田毅一先生に伺ったりと、6年間を費やしましたがそれらしきものは見つけることが出来ませんでした。その後少年団を取り巻く世の中がだんだん禁教の時代へと移り変わり、最後は中浦ジュリアンのように拷問の末処刑された者もいました。ニスのことを調べていた石井さんはだんだん少年たちの霊を慰めるためのレクイエムとして、当時の楽器を復元したのでした。これらの楽器は日本の幾つかの博物館で保存されています。
・ ヴァイオリンは作られてから経年変化で音が良くなっていきます。石井さんはこんなことを言っていました。「私の命を1週間早く神様にお預けします。そうしたら200年後に、1週間預けた命を生き返らせてください。その時に私が作ったヴァイオリンがどんな音がするのか、ニスがどんな色になっているのか、聴いてみたいし、見てみたい」と。職人魂を感じた言葉でした。
・ 1996年に石井さんにお願いしていた新作のヴァイオリンが完成したので、クレモナに受け取りに行きました。石井さんが精魂込めて作ってくださったこの楽器を弾く度に石井さんの思いを感じています。
2022.6/10 追記
日本から出品されたこのストラディバリウス「ダ・ビンチ」は、「カレーハウスCoCo壱番屋」の創業者が2007年から所有。9日、ニューヨークの競売で1534万ドル(約20億6000万円で落札されました。
☆歴史的名演奏 音源リスト☆
どれもすばらしい名演奏です。どうぞお聴きください。
1.〈クライスラー〉自作自演「愛の喜び」
https://youtu.be/LWV2WFW0PVQ?list=RDLWV2WFW0PVQ
2.〈ティボー〉ファリャ作曲「スペイン舞曲第1番」
3.〈エネスク〉ヘンデル作曲「ヴァイオリン・ソナタ第4番」
https://youtu.be/qPw0p92eYvk?list=RDqPw0p92eYvk
4.〈ハイフェッツ〉ヴィエニャフスキー作曲「スケルツォ・タランテラ」
https://youtu.be/bv5XZbgNWEo?list=RD22YUP0zQ3sA
5.〈ベル〉シューベルト作曲「アヴェ・マリア」
6.〈ギトリス〉ヴィエニャフスキー作曲「カップリツォ・ヴァルス」
7.〈アッカルド〉パガニーニ作曲「ネル・コル・ピウ・ノン・ミ・セント」による変奏曲
8.〈アインシュタイン〉モーツァルト作曲 ヴァイオリンソナタ 変ロ長調 KV378 2楽章
視聴者の感想:
アインシュタインの音色は浪漫と哀愁を帯びた優しい響きで感動しました/アインシュタインのバイオリンの音を初めて聞きました。200年後の自作の楽器の音を聞きたい、といったリウタイオの職人魂が素敵でした/音楽は、時代を超え、場所を越え、年齢を超えますね。心が豊かになりました。 /ベルの「アヴェマリア」も美しかったです。