舎利石

このサイトは、近年、舎利石という名で違う石を販売・出品したり、浜で拾ってきただけの舎利石を仏舎利だとして流通させている出品者が続出しているため、偽舎利石と偽仏舎利の排除および、購入者がショップや出品者の誤った売り文句に騙されないよう正しい知識を身に付けるために作成した。

舎利石とは何か

舎利石("しゃりいし")とは、溶岩が地表に噴出し減圧で溶岩内に発生した気泡(空洞)へ、後から石英質(SiO2:二酸化ケイ素)が入り込み粒状に結晶化した石である。(※1)

粒状の舎利石を孕んだ母岩は舎利母石(”しゃりもいし”、”もいし”、”しゃりぼいし”、”しゃりのははいし”)と呼び、今別町で産出する母岩は白、緑、灰色などの安山岩である。(※2)

母石である安山岩は水を吸うと脆くなる特徴があり、海水で浸食されることによって母石より舎利石は零れ落ち、波によって海岸へ打ち上げられ他の礫と擦れあって磨かれていく。

日本に於いて舎利石は仏舎利(ぶっしゃり:釈迦の遺骨や遺灰)の”代替品”として古来より利用され、日本に仏教が伝わったのちに利用されはじめた石である。(※3)

舎利石の産地は青森県の今別町で仏教関係者の間では有名である。最も有名な産地である袰月(ほろづき)にあった舎利浜(しゃりはま)であるが、護岸工事により消滅し主産地は山崎湾の沿岸など周辺の海岸へと移った。

舎利石は 明治天皇へと献上され、世界遺産登録の真言宗総本山 東寺〔教王護国寺〕 (とうじ/きょうおうごこくじ)に奉納された石である。

また、仏塔や寺を建てるときに地の神を鎮めるために埋められる”鎮壇具(ちんだんぐ)”の一つとして利用されることもあり、国宝としては法相宗大本山 興福寺が22個を所蔵している。

青森県の狭いごく一部地域でしか採れないこの舎利石は、パワーストーンとしても人気が出ているも、市場流通量が極端に少なく、偽物や開眼していないものを仏舎利と表示して販売している出品者が後を絶えない。(※4)

舎利石は瑪瑙や玉髄であるため広義では錦石(にしきいし)とも呼べなくもないが、錦石は鑑賞石や装飾・宝飾品であるのに対し、舎利石は仏舎利の代替え品(仏具)として利用されるものであり、基本的に用途の違いから錦石のような用途には当て嵌まらない。(※5)

※1:岩盤の隙間を熱水が通過した時に結晶化した石英(玉髄および瑪瑙)が浸食により割れ、海岸で他の小石と擦れあって丸くなった水摩礫(すいまれき)とは形成過程がまるで異なる石。主に玉髄。縞や丸い模様が入る瑪瑙である場合もある。色は様々。(後述)
※2:舎利母石の読みについて一部の資料では「しゃりぶいし」という表記があるが、「ぶ」が「ぼ」の崩し字ではないかという意見がある。一般に真言宗や高野山真言宗では「もいし」。広報いまべつでは「しゃりもいし」という読み方を用いる。今別産の舎利石は玉髄や瑪瑙であるが、下北半島の九艘泊産のものは沸石が混じりの石英質の何かであり、母石は玄武岩らしい。
※3:仏舎利の代替え品として使用する際には舎利石に魂入れを行なう「開眼(かいげん)」という儀式(お祀り)が寺院にて必要である。開眼は寺院にて行なわれるもので、一般人が開眼を行なうことはできないため、基本的にショップでの販売。オークションやメルカリなどで出品されているものは仏舎利ではない。
※4:パワーストーン浄化用のさざれ石。スモーク水晶のさざれを舎利石と名付けて販売していたショップもあった。瑪瑙の破片などのただの屑石を舎利石として多数流通させている業者もあり。いずれにしても購入者が正しい知識を得ないことには、こういった詐欺は無くならない。
※5:一部サイトにて、舎利石と錦石を同列、または錦石を舎利石と呼んだりしているが、理由はこれら用途の違いからここでは別のものとして見る。また、基本的に人の手で加工(裁断・研磨)して利用される錦石と、自然のままで光り輝く舎利石をそのまま利用するという点でも採取してから利用されるまでに人の手が加わる・加わらないなどの違いも大きい。

仏舎利と舎利石の歴史

紀元前500年頃

釈迦が入滅され(お亡くなりになり)、その後に荼毘(だび)に付された。釈迦の入滅の年代については紀元前400年という説もあり、正確な情報は残されていない。

本物の釈迦の遺骨・遺灰・髪の毛や歯などは真舎利(しんしゃり)や真身舎利(しんしんしゃり)と呼ばれる。 釈迦の遺骨である真舎利は最初に8つの部族の寺院へと分骨され舎利塔へ納められた。遅れてきた9つ目の部族には遺灰が与えられたという。

後に世界中へ仏教を布教するため8つの舎利塔のうち7つの舎利塔から取り出された真舎利は、仏教の不況のため世界中にある8万4千基の舎利塔へと分骨されたが、すべての寺院に分配しても真舎利の量には限りがあるため、各地(各国)で真舎利の代わりとなるものを利用することとなった。


<千年ほどの空白域>


西暦600年頃(飛鳥時代)

日本に仏教が伝来したのはこの頃と言われている。釈迦の入滅より千年前後と随分と後の事である。

西暦700年台(奈良時代)

舎利石が仏舎利として利用され始めた年代は不明であるが、この頃には既に仏舎利として利用されていた。(リンクを参照

また、本州の北端に位置する青森県の、しかも当時は海岸線を干潮の間隙を縫って通行しなければならないほどの険しい場所で採れる小石が選ばれたのか謎である。(事例:松陰くぐり


西暦1681~1702年(延宝~元禄 )

津軽藩主である津軽信政公は、当時、江戸などへの輸出品として人気の高かった特産の錦石(にしきいし)の需要増により、土淵川(現、弘前市中心部を流れる川)で採れるものだけでは不足し、今別の浜にて採れる良質な今別石(今別産の錦石)と舎利石の採取を禁じる命を下した。


西暦1782年(天明2年)~1790年(寛政2年)

江戸時代後期の京の儒医である橘南谿(たちばな なんけい)が日本各地をめぐり奇事異聞を収集した東西遊記はこのときの体験記を纏めたもので、東遊記には袰月の舎利浜(黒い浜と小さい滝(滝はおそらく袰月海運洞釈迦堂の脇の滝のこと))。そこで採れる舎利石を紹介した記録があった。

同じころ、近江の人で石の長者といわれた木内石亭(きうち せきてい)が記した著には下北半島の恐山やその付近の海岸にて採取される石という表記があるも詳しい場所は記載されていないが、霊場恐山の前に広がる宇曽利湖(宇曽利山湖:うそりやまこ)の極楽浜が産地と言われる。(後述)



西暦1901年6月(明治34年)

なお、本物の仏舎利である真舎利は日本にも祀られている。同じ仏教国として日本がタイに真舎利を分けてほしい旨を打診した結果、タイ国王より友好の記念として譲り受け、1918年6月(大正7年)覚王山日泰寺(かくおうざん にったいじ:名古屋市)に建立された奉安塔(ほうあんとう)に納められた。タイ国王の提示した条件によりこの寺院は日本で唯一どこの宗派にも属していない。

西暦1961年2月(昭和36年)

舎利浜のあった大泊地区はに当時の建設省により海岸保全区に指定された。

西暦1963年8月(昭和38年)

大泊地区の護岸工事着手。防波堤や消波ブロックが敷設された。これによりかつての舎利浜だった場所の真上には国道280号線が通っている。 舎利浜はかつての面影を残さず完全消滅した。

[今別町の歴史を参照]

仏舎利とは何か

基本的に信仰の対象である釈迦の遺骨(遺灰)などを指す。しかし、各仏教寺院や仏教を崇拝する個人にまで遺骨が遍く行き渡る訳がない。そこで遺骨の代替え品を用意することとなる。

本物の仏舎利である真舎利(しんしゃり)の代替品には経典。宝石類であるダイヤモンド(金剛石(こんごうせき):炭素)、オパール(蛋白石(たんぱくせき):二酸化ケイ素+水分)。パール(真珠(しんじゅ):カルシウム+タンパク質)のような宝石類が主に使用される。

オパールについては津軽半島の先端部(特に龍飛周辺)で産出するというデータがあるも、角度によって虹色に輝くようなイメージのものではない。(龍飛で採取済み)

日本ではダイヤモンドは産出しないため、今別町などで採れるこの舎利石(しゃりいし:二酸化ケイ素)を一般に利用されるようになった。


西暦774年に没した密教の重要人物「不空」の記述「若無舍利、以金銀琉璃水精馬腦玻梨衆寶等、造作舍利。珠如上所用。行者無力者。即至大海辺拾清浄砂石即為舍利。 」が、舎利石を仏舎利として使用する最初の記述であるとみる意見もある。


舎利石はその特異な形成過程(後述:図解あり)によって生まれた石であり、人工的に作り出すことはできない。 仏具店で入手できる舎利塔の殆どが瑪瑙や玉髄を整形、研磨した人工舎利石を用いている。

舎利石入りの舎利塔を購入する際には「これは人工舎利石ですか?」「これは開眼(かいげん)されていますか?」を確認する。開眼されていると言う場合は「どこのお寺で開眼されましたか?」まで確認する。


舎利石は拾ってきたものはただの舎利石という石である。舎利石が仏舎利としての役割を果たすのは開眼という魂入れを行なった後のものであり、お寺以外から入手される場合は仏舎利ではなく、パワーストーン的用途や鉱物標本的な価値しか無い。


<知らなかったでは済まされない景品表示法違反のケース事例>

1.全く無関係の石を舎利石という名前で販売(出品)した。(最も多い事案)

2.浜から拾ってきただけで開眼していない石仏舎利と偽って販売(出品)した。

3.より価値の高い産地名を謳って販売した。(事実と異なる産地表示:産地偽造)

4.瑪瑙や玉髄を丸くなるように裁断・研磨した加工品を人工舎利石ではなく舎利石として販売した。


最も神聖視されているのは袰月の舎利浜である。この浜は既に昭和中期に消滅しているので、デッドストックが民家や寺から発見でもされない限りほぼ市場には出回らない。 次に袰月産。これも同じ意味でほぼ消滅に近く、山崎湾の沿岸で日に300~2000粒を拾ったことがある自分ですら滅多に拾えない。それが纏まった数で出品されるのは考えにくい。恐山も同じく。宇曽利山湖の湖底から打ち上げられる舎利石はガラス原料として明治初年に大量採取され、これも絶滅したのは実地調査済み。下北半島で採れるのは未確認であるが脇野沢地区の九艘泊(未調査)と佐井村の仏ヶ浦(未調査)だけの模様。
偽物を入手したので「真贋」の項を見て欲しい。あまりに大きく、あまりに「ちゃんと磨きました!」的に光り過ぎ。母石から零れ落ちた直後のものを除き、本来は敢えて磨く必要は無いほど光っているものだ。

舎利石の特徴

舎利石

舎利石の大きさはケシ粒大から鶏卵(Sサイズ)ほどの大きさで、主に採れるサイズは2~15ミリ程度であり、最も多いのは3~7ミリほど。 1~2ミリの価値が最も高く。大きくても5~6ミリまで。それ以上のものは利用価値が無いとされ、主にパワーストーンや鉱物サンプルとしての用途に限定される。

日本で用いる舎利石の最大で5~6ミリというのは、舎利を収める舎利塔に入れられる限界という話もある。溶岩内の気泡にできる石のため、潰れ気味のものもあり、直径50ミリをこえるものもある。

舎利石は粒の中心部が低密度なものも少なくないため衝撃や圧力に弱いものもあり、中には袋や容器に入れて振ったり、洗ってかき混ぜただけで簡単に砕けるものもある。

この写真を見ての通り、中心部分まで単結晶とならないものも多く存在する。これは海岸で他の礫と一緒に波に揉まれた際に砕けたもの。色も品質も良いため非常に惜しい。拾う時に割れた部分が見えなかったため糠喜びしてしまった。

なお、この割れた舎利石の表面がザラザラしているのは、母石より零れ落ちて間もない状態であるため。

代表的な舎利石の見た目

舎利石の表面は母石内に生じる気泡の内壁に凹凸があるため舎利石の表面も凹凸がある。その痕跡は波に揉まれて摩耗し消え去るものも多い。 また、気泡内に結晶化する過程でいくつかの共通点(規則性)があり、表面の状態以外に透かして見るなど内部構造により舎利石であるか否かをある程度判別することができる。

形状は真円、楕円、雫型、米粒型など丸みを帯びているが、石の形は気泡の形そのものであるため潰れた気泡内に生じたものは歪な形状となり必ずしも球体になるとは限らない。中には2つ以上の気泡がくっついてできたダルマ型も存在する。

また、全く特徴がなく濁りもない無色透明なものもあり、摩耗により表面の特徴が消え去った場合には判断が難しいが、内部に舎利石特有の濁りなどの痕跡が見られるものもあり、真贋の判断材料となる。

ただし、共通して言えるのは、石英質の石ころの破片が削れて球体に近い形状になったものと最初からほぼ球体に形成された舎利石とでは結晶構造の違いがあり、光沢にも違いが出るので削れ方を含み真偽はある程度見分けられる。

無色透明で光沢を帯びた真球の舎利石も存在する。基本的に熱水から形成された瑪瑙の破片はその結晶構造から綺麗な真球になることは考えにくい。考えられるのは、元から真球に近い無色透明の舎利石が水摩礫となって均等に削れたものである。その場合、表面の光沢はどの方向から見ても均一である。

舎利石

表面の微小な穴と黒い粒のような母石の痕跡。

舎利石

半透明な白。表面の凹凸と汚れのようなものは母石の痕跡。

舎利石

黄色味ががった透明に中心部に濁りが有る。かなり摩耗している。

舎利石

黄色味がかった半透明で中心に濁り。表面の痕跡。そして中に気泡がある。

※ 当サイトに掲載している「舎利石」として紹介している写真はいづれも自然のままの状態であり、一切研磨していない。

舎利石の形状

真球に近い

大きいほど真球に近いものは少なく、小さいほど多く採れる。一般に最も価値が高いとされる形状。大きいもので真球に近いものは非常に稀である。逆に極小サイズでは真球に近い舎利石は多いが、極小サイズほど拾える数は少ない。

丸いがやや潰れ

最も多く採れる形状。大きなものから小さなものまで、採れる舎利石の中で半数はこれ。

楕円形

そこそこ採れる形状。

雫型

やや少なめではあるが、珍しくもない形状。薄いと割れやすい。

米粒型

日本の米粒(ジャポニカ種)のような形状から、東南アジアの長粒米(ちょうりゅうまい)のような形状のものまで。数は比較的少ない。舎利(シャリ=米粒)に似ているとはいえ、あまり価値が無いようだ。

その他

2つの気泡がくっついたため、舎利石も2つくっついたダルマ型。 気泡が大きすぎると変形しやすいためハマグリのような形状になるものもある。たまに3つ以上の舎利石がくっついたものも採れる。

遺骨と身舎利と仏舎利の代替え品

火葬場でお骨を拾った経験のある方は本物の火葬された骨の状態をご存じだろう。本来はそうであるように、舎利(遺骨)とは舎利石のような形状をしていない。インドなどの仏舎利の代替え品を見ると大きさも材質も様々で、中には貝殻の破片のようなものも見受けられる。そちらの方がよほど遺骨に似ている。(Wikipedia

ただ、非常に徳の高い僧侶の遺骨には丸い小さな石のような結晶が燃え残っているという。医学的にこれが何であるか諸説あるが、この燃え残った小さな球体が舎利石の由来なのではないかという。

真舎利としてのこの小球は何人も傷つけることも破壊することもできないとも言われる。それに該当する石といえばモース硬度10の金剛石(ダイヤモンド)である。ダイヤモンドも海外では実際に仏舎利の代替え品として使用される。しかしダイヤモンドは純粋な炭素である故に燃える。引っ掻き強度は最強であるも、実は衝撃には弱い。

舎利石は逆に熱には強いものの、硬度は低く衝撃や圧力に弱い。見た目では真珠が最も適当であるようにも思える。真珠は丸く、光り、組成も骨に近いカルシウムとタンパク質である。ただ、真珠のモース硬度は3.5~4と非常に柔らかい。

舎利石の産地について

公共の交通機関で東京駅~各地最寄駅

・今別町 :3時間40分+車で15分

・九艘泊 :6時間+車で1時間~

・仏ヶ浦:6時間+車で1時間半~

(交通費は概ね2万円弱+レンタカー)

車で新青森駅から各地へ

・今別町袰月:1時間~

・九艘泊:3時間~

・仏ヶ浦:3時間半+階段

(レンタカー1日概ね6~8千円+給油)

袰月の舎利浜。写真の中央付近が舎利浜があった場所。この写真は複数枚の方向が異なる写真をソフトウェアを使用して合成(ステッチング)したもの。

青森県東津軽郡今別町袰月周辺の浜で産出する珍しい石で、言い伝えの多い「舎利浜(しゃりはま)」という浜は 現在も今別町大字袰月字舎利浜という地名として残っており、かつては波打ち際に多数の舎利石が打ち上げられていたという。 その位置は袰月海雲洞釈迦堂(ほろづきかいうんどうしゃかどう)の前で、幅50間(90メートル)であったとされる。

舎利石を産み出す舎利母石の岩塊は舎利浜の沖の海底にあり、その広さも50間と言われている。

青森県の石である「錦石(にしきいし)」を採取、加工、販売している青森県指定伝統工芸士の方でさえ舎利母石の岩塊は「おそらくこの辺にあるのではないか?」という曖昧な情報しかない。

かつての舎利浜についての記述を見つけた。「滝のある沢の河口に黒い砂浜があって、その黒い砂を掘ると舎利石が出てきた」とされる。 袰月海雲洞釈迦堂の脇にある滝のことだと思われる。

そういえば黒い砂浜には見覚えがある。軽石のような軽く気泡だらけの礫で火山性の岩石だと思われる礫で覆われた海岸だ。もしかしてこの浜を掘ったら今でも舎利石が出てくるのかも知れないと思って掘ってみたが、岩盤が出てきただけで何も出てこなかった。ただ、海が荒れたあとに非常に稀ではあるが、波打ち際に僅かに落ちていることがある。ただし、いつでも見つけられるとは限らない。

実地調査により袰月付近で舎利石を拾える確率は1回につき0個。または多くて3~5個程度という私の調査は概ね正解であろう。それほど袰月では舎利石は採れないと言える。・・・その後、2019年11月現在。あれから1個も拾えないので袰月で舎利石を探すのは労力の無駄と判断した。つまり、袰月ではほぼ舎利石は採れないと言える。

実地調査

今別町の海岸線は全域で採れる可能性が高い。岸に近い海底に露出した舎利母石の岩塊があるためだ。現在は「広報いまべつ」で紹介されているとおり「山崎湾」が主な産地である。

袰月の集落および袰月海岸については労力に見合わない量しか採れないため、山崎周辺を探索するのが最も確実である。過去の資料によると平舘も産地に含まれているようだが、せいぜい地質を見る限り「綱不知海岸」(つなしらずかいがん)が南限であろうと思われる。実際に舎利母石になりかけの黒い母岩に白い粒の入った石も鬼泊巖谷観音堂付近の海岸で採取したことがある。

ネットオークションからの情報では仏ヶ浦付近で採れたとされる舎利石の出品がある。資料によれば脇野沢地区の九艘泊(くそうどまり)でも採れるらしい。袰月などで採れる母石は安山岩質であるが、九艘泊産母石は黒っぽく玄武岩質。舎利石は沸石(ゼオライト)も混じっているらしい(今後調査する)。

また、恐山の宇曽利山湖(うそりやまこ)の極楽浜ではかつて湖底から打ち上げられた舎利石がみられたらしいが、明治初年にガラス原料として採取され荒廃したとあり、2019年9月16日の実地調査の結果、一粒も見つけられなかったことから恐山の舎利石は絶滅したと言っても差し支えない。余談であるが恐山の菩提寺(ぼだいじ)の宗派は曹洞宗(そうとうしゅう)である。

2019年10月28日、三厩の役場がある市街地から今別の漁港まで海岸線を調査した。結果として採取0個で終わる。三厩地区では舎利石は採れないと判断した。

現在の産地:今別町山崎産(主産地) / むつ市 脇野沢 九艘泊産(未確認) / 佐井村 仏ヶ浦産(未確認)

絶滅(消滅): 袰月 舎利浜(今別)

ほぼ絶滅:袰月海岸(今別)/ 平舘(外ヶ浜) / 極楽浜(恐山 宇曽利山湖)

舎利石ができるまで

舎利石ができるまでの様子を図解化してみた
  1. 地表に向かって溶岩が押し上げられてくる。溶岩内部は非常に高圧高温である。
  2. やがて溶岩が噴出。一気に圧力が下がる。
  3. 圧力の下った溶岩内部は炭酸飲料の蓋を捻った時のように一気に気泡が発生する。(沸騰する)
  4. その気泡(空洞)に、溶岩に含まれる石英(二酸化ケイ素)が後から入り込む。
  5. そして溶岩が冷えるまでに気泡周囲の石英質が十分に充填された場合は中心付近まで詰まった舎利石となる。石英質の量が不十分であった場合には中心が空洞になったり空洞の一部や内壁に充填された不完全な舎利石となる。
  6. やがて母石である安山岩が水を吸って脆くなり、波によって母石が侵食。露出した硬い舎利石は母石より零れ落ち、海岸に打ち寄せられ、波の作用により他の礫と擦れあって磨かれていく。

瑪瑙の水摩礫や人工舎利石と舎利石の違い

一般的な石英質の水摩礫は石英の成分を含む熱水が地層の亀裂などに沿って上昇し岩盤表面に沿って結晶化することで生まれ板状となる。

それが岩盤の風化や波の浸食によって割れて波打ち際で削れたもの。

成分は同じ二酸化ケイ素であるが形成過程および性質が異なり、結晶の構造が平面的で平行である。

一方で舎利石の場合はどうか。 後述の不完全な結晶から想像した舎利石ができるまで、③~⑤までのプロセスをもっと解り易くしてみた。

溶岩が熱く噴出した直後は気泡は膨らむ。そして冷えるときは空洞の内圧が下がる。このとき空洞の内壁から染み出した二酸化ケイ素が冷えるまでに十分な量があることで硬い結晶となり、途中で不足したり急激に冷えて充填が中断すると④のような状態(なり損ない)で終わるのではないか。

舎利母石について

舎利母石

石が石を生むから母石。これは舎利母石である。見ての通り、石の彼方此方に舎利石を孕んでいる岩石である。 この舎利母石も現在は非常に希少。かつては絶滅したとも言われており発見は困難とされる。

また、この舎利母石も海底に有るとされる岩塊が侵食で欠けたものであり、舎利母石もまた稀に海岸に打ち上げられる。 舎利母石の色は様々で、黒っぽい灰色、明るい灰色、白と緑の縞模様、緑、青、茶色、肌色。白と灰色の幾何学模様と様々である。

舎利母石

母石が孕んでいる多数の舎利石をよく見ると、空洞の内壁に薄く石英が張り付いたものもある。それらは二酸化ケイ素が足りずに粒として成長できなかったもの。非常に固く粒のまま形を維持しているもの。強度が十分なものに成長できず、飛び出た部分が他の石とぶつかった際に砕けたものが見られる。本当に良質な舎利石を孕んでいる母石は舎利石が削れずに綺麗に丸く飛び出している。

こちらは一粒として舎利石になれなかったもの。 舎利石になれていたのなら、さぞや青緑色の美しい舎利石になっていたかも知れない。こうした「成り損ない」のお蔭で舎利石がどのように成長して結晶化したのかが良く見て取れる。これはこれで鉱物サンプルとしては十分に価値がある。

含まれる微量な金属や不純物により色が出る。青や緑であれば銅などが考えられるが鉄であるという記事もある。で、調べてみると鉄は含まれる微量元素でかなりカラフルな変化をするようで、赤や橙、黄であれば鉄(酸化鉄)と考えるのが普通であるが、酸カリウムが混じるとヘキサシアニド鉄という名前になり緑色や青緑色にもなるようだ。実に興味深い。参考サイト

舎利石は透明、半透明、不透明なもの。無色、白、黄、橙、赤、青、茶、黒、緑など多彩である。 含まれる不純物の違いや入るタイミングによって色づきや模様が出ものも多く、2色以上のパーティカラーになるものもある。(写真は2~3ミリの舎利石)

色の好みは様々で、白が良いという人も居れば、黒が良いという人も居たり、透明の中心に黒っぽい濁りがあるものが良いという人も居る。飴色の舎利石は肉舎利と呼ばれているところもあるようだ。

舎利母石から露出した舎利石

特に硬く綺麗な舎利石を孕んだ母石の写真。中に濁りが生じている様子がよく分かるもの。これが母石より零れ落ちると、舎利石表面に目玉の模様が浮き出ているものになるだろう。

開眼(魂入れ)

開眼(かいげん)とは、新しく作った仏像などに魂入れを行なう儀式のこと 開眼が済んでいない舎利石はただの希少な小石でしかなく、仏舎利ではない。

仏舎利の代替え品である舎利石を仏舎利とするには、一説に真舎利の納められた仏舎利塔で一緒に儀式を行なうという記述が一部サイトにあるが、現状は各お寺にて舎利石をお祀りして開眼されている模様。

そして開眼した舎利石は「生きている」とも言われている。毎日きちんとお祀りすることで増え、何もしなくなれば減るとも言われている。

舎利石を開眼させる儀式については真言密教により秘法とされており、これはおそらく聞いても教えてくれないであろう。 ただ、毎日舎利石に繰り返し唱える必要があるようで、「お経を読み聞かせる」「お経を覚えてもらう」という表現をされるようだ。

現在これら開眼に関しての情報は密教ゆえに一切表に出ていない。また、普通に考えてもご本尊の前にお納めしてお祀りされるのが普通であり、一般人(出品者)がむやみやたらと「仏舎利」と表示するのは不自然と考え、開眼を行なったお寺の名前を質問した方が良い。

ギャラリー

袰月海雲洞釈迦堂

袰月海雲洞釈迦堂

この前にある海がかつての舎利浜である。沢は国道280号線の下を通り、かつての浜だった場所に流れる。橋の下に潜って探索してみたが、舎利石はひとつとして落ちてはいなかった。

拾った舎利石はここの滝で洗ってお浄めすることが定番とされている。

袰月産 舎利石

舎利浜周辺で拾った舎利石

如意宝珠にも似た形状をしており、一番最初に見つけた袰月産の舎利石である。これは西の外れの磯に落ちていた。

瑪瑙や玉髄で言うところの皮かむりと呼ばれるタイプで、中は透明だが、表面が白く濁っており、そして、この皮もかなりの耐摩耗性がある。

舎利石に成れなかった黒耀石に似た石で小指の先ほどから鶏卵のSサイズまで。

黒耀石は石器の矢尻やナイフにも使われる天然のガラスであるが、それにかなり近いものである。

比較は500円硬貨。これが何であるかは現在調査中。

袰月産 舎利石

舎利浜産 舎利石

黒い濁りが入っている

西の外れで拾う

袰月産 舎利石

舎利浜産 舎利石

スモークのような濁り

西の外れで拾う

袰月産 舎利石

舎利浜産 舎利石

全体が桃色

西の外れで拾う

舎利石

OLYMPUS TOUGH TG-5 による顕微鏡モードで撮影した舎利石のマクロ写真。

まるでアステロイドベルトにある小惑星のよう。これは山崎湾沿岸で採集した舎利石。 全体にこういった痕跡が残っていることで、溶岩の気泡内に生じた石であることが伺い知れる様相をしている。

中心に濁り、表面の凹凸、中に気泡が見られるという3つの特徴を併せ持っている。

舎利浜の西の外れ

舎利浜の西の外れ

奥まで歩けば鳥居と祠がある

かつての舎利浜だった場所

かつての舎利浜だった場所

袰月開運洞釈迦堂の前に広がる護岸

鬼泊巌屋観音

鬼泊巌屋観音

津軽三十三所 二十一番札所

綱不知海岸

今別町~外ヶ浜町平館地区に広がる綱不知海岸

真冬の袰月海岸

高野先キャンプ場の西側 ”袰月海岸”

真冬の袰月海岸は荒波で石を撹拌してくれる。こうして浜の石はかき混ぜられて新しい舎利母石が地表に現れる。ただ、かなり大きめの轢がごろごろ落ちているので探すのは至難を極める。写真中央の巨大な岩から剥がれ落ちた岩を何気なく手に取ってみたところ、硬度はやや低めであるが黄色い玉髄や碧玉であった。錦石が目当てなら探してみると良いだろう。

春先の高野崎の東側

春先の高野崎の東側

ちょっと降りるのが面倒な未調査エリア。

貴方が求めるもの

  1. 貴方が求めているものは、「舎利石」という名前で出品されている偽物や人工的に似せて(?)作られた人工舎利石や、ただの瑪瑙の破片である屑石ですか?。
  2. 貴方の求めているものは、販売者の都合で「舎利石」と勝手に名前を付与された舎利石とは全く関係のない水晶や玉髄。瑪瑙などの石ころや、お土産として売られている着色された石ですか?。
  3. 貴方の求めているものは、タイ原産の「龍宮舎利石」ですか?。日本で仏舎利の代替品として知られているる舎利石ではなく、タイでは高僧の遺骨が化石化したなどという言い伝えがあり、組成や形成過程が良くわからない石(鍾乳石?)です。風水やラッキーアイテムをお探しでしたら龍宮舎利石をどうぞ。
  4. 貴方の求めているものは、日本で仏舎利の代替品として広く用いられることで知られる本物の「舎利石」という鉱物ですか?。(開眼前の状態)
  5. 貴方の求めているものは、本物の舎利石をお寺で魂入れした「仏舎利の代替品となった舎利石」ですか?。(開眼後の状態)

舎利石がもたらす効果とは

パワーストーン的に見た舎利石は、魔除け、厄除け、金運アップ、財運アップ、招福、健康、長寿など、及びあらゆる災厄から守ってくれると効用が謳われている・・・ちょっと万能過ぎない?。個人的には幾ら何でも盛り過ぎだろうと思う。これじゃ他のパワーストーンの立場が無い。

一方で仏教的に見た舎利石は、開眼されたものは如意宝珠(にょいほうじゅ )として功徳を得るという。如意宝珠とは「意のままに願いをかなえる宝」とされているが、 但し願い事は欲張ってはいけないとも言われており、そこが仏教らしい控えめな印象を受ける。 きっとパワーストーンの効用を考えた人は、この何でもアリ!な感じを参考にしたものと思われる。

正しい知識で本物を手に入れよう

このウェブページは、本物の舎利石を広く正しく知ってもらうことで、偽物や名ばかり舎利石の流通を駆逐するために作成した。

Sarira(シャリーラ)は仏舎利の意味で、日本の仏舎利である舎利石についての解説を行なっているのでページ名はSarira_Jpとした。

あくまでも舎利石にまつわる情報。歴史。仏舎利などを客観的に記述している。一部に主観が入っているが、基本的に筆者である私の立場は中立だ。

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