三原麗珠,社会選択理論,2013年度


社会選択理論の基礎

筑波大学大学院人文社会科学研究科

科目番号 01DG109

Foundations of Social Choice Theory

三原麗珠 (香川大学図書館)

1単位,秋学期集中 (2013年12月と2014年1月の15時間)

人文社会学系A棟 A302 (経済教官討論室)

講義概要

経済学を学ぶ大学院生なら知っておくべき社会選択理論の主要結果である,アローの定理とギバード=サタースウェイトの定理を証明もふくめてきちんと理解する.これらを学べば社会選択の論文をかなり読めるようになっているはずであり,そうなることがこの科目の重要な目標である.そのため授業の後半では,最近の社会選択理論の論文を数本取り上げて講師とともに検討して行く.

この科目では主として有限で抽象的な選択肢集合を対象とする古典的な社会選択理論を扱う.したがって配分を選択肢とする経済環境の理論と異なり,連続性など位相数学や微積分の知識はほとんど要求しない.また,ゲーム理論の知識が理解を助ける場面もあるだろうが,不完備情報のゲーム理論については知っていても知らなくても差が出ないように題材を選んである.

成績評価

授業中の質疑応答,練習問題の解答 (筆記あるいは口頭),そして既存論文のプレゼンテーションを元に評価する.論文のプレゼンテーションでは関連文献を紹介したあと,最低限フレームワークと主要結果をきちんと理解したことをしめすこと.いちぶの結果の証明は解説できることが望ましい.発表用のレジュメやスライドを作成した方がやり易ければ作成すればいいが,必須ではない.たとえば参照したい箇所をハイライトした論文を配布するだけでもいいし,それさえ必要ないと判断したら,現場で参照箇所を口頭で述べてもいい.

講義計画

日程は2013年12月21日と22日の土日,2014年1月11日,25日の土曜日

予備日として1月12日日曜,26日日曜と2月1日土曜

10-12時と13-15時が講義で,昼の一部と15-16:30はオフィスアワーズ/宿題などの口頭試問の時間とする.

参考までに講師のつくば滞在予定を知らせておく.宿泊は大学会館なので,朝講師が遅刻した場合はそちらに連絡を (笑)

  • 12月20日金曜夜着23日月曜発3泊

  • 1月10日金曜夜着13日月曜発3泊

  • 1月24日金曜夜着26日日曜発2泊

以下,具体的な日程

12月21日

  • 林貴志『ミクロ経済学 増補版』ミネルヴァ書房,2013. 30章「選好の集計と社会的選択」

    • アローの定理をふくむ章

      • 予備知識は初歩的な集合論と林 3.1節

    • 三原「林『ミクロ経済学 増補版』へのコメント」hayashi13comm.pdf を参考 (旧版との違いはこのページ下の更新情報を参照)

12月22日

  • 林貴志『ミクロ経済学 増補版』ミネルヴァ書房,2013. 31章「社会的選択の遂行可能性」

    • ギバード=サタースウェイトの定理をふくむ章

      • 三原「林『ミクロ経済学 増補版』へのコメント」hayashi13comm.pdf を参考 (旧版との違いはこのページ下の更新情報を参照)

    • 定義31.2, 31.3, 31.4 と定理31.1 は省略するかもしれない.

    • 31.3節「ナッシュ均衡による遂行と複数均衡の許容」は省略する予定.

    • Ning Neil Yu, 2013, Social Choice and Welfare: Difficulties Made Clear (Lecture 1 Social Choice and Welfare Notes & Slides; yu1304lect-sc.pdf and yu1304lect-sc-slides.pdf)

      • アローの定理とギバード=サタースウェイトの定理の簡単証明. スタンフォード大学のコア科目で用いた模様.

    • この日主要結果を解説し,この日または1月11日に Theorem 2 の証明を発表してもらう予定.

1月11日,1月25日

    • Ning Neil Yu, 2013, Social Choice and Welfare: Difficulties Made Clear

      • Theorem 2 の証明を説明してもらう.1時間程度.

  • 「自分たちをランクしたり,自分たちから選ぶ」問題その他のトピックをあつかった論文から3本以上取り上げる.

    • 具体的な論文を以下にいくつか例示する.もっと多くの論文を例示して欲しければ連絡のこと.これら論文の詳細は Google Scholar などで探すとよい.刊行分は筑波大学 EJ・DBリモートアクセスサービス(Tulips Warp) で学外から全文ゲットできるはず.

        • Ando, K., Ohara, A., Yamamoto, Y., 2003. Impossibility theorems on mutual evaluation [安藤・小原・山本「相互評価の下での不可能性定理」]. Journal of the Operations Research Society of Japan 46, 523-532. [参考スライド]

        • Shohei Tamura, Shinji Ohseto, 2013, Impartial nomination correspondences. Social Choice and Welfare.

          • あるいはこの参考文献にある Holzman, R., Moulin, H. 以下の4本のいずれか

        • Michel Balinski and Rida Laraki, 2007, A theory of measuring, electing, and ranking. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 104: 8720-8725. [解説文]

        • A.D. Miller, 2013, Community standards, J. Econ. Theory 148:2696–2705

        • Alan D. Miller and Shiran Rachmilevitch, 2013, A Behavioral Arrow Theorem

        • John W. Patty, Elizabeth Maggie Penn, 2011, A social choice theory of legitimacy, Social Choice and Welfare 36:365–382. (Social Choice and Legitimacy: The Possibilities of Impossibility という本が Cambridge UP から出版される模様.その原稿らしきものは今のところダウンロードできる.)

      • 受講生は上に例示した中から好きな論文を一本以上取り上げ,1月11日にフレームワークと結果の説明を1-2時間ですること.どの論文を取り上げるかを1月5日までに講師に連絡してもらえるとありがたい.

      • 取り上げる論文について特に希望がなければ安藤・小原・山本「相互評価の下での不可能性定理」を丁寧にやるか, Ohseto らの「自分たちをランクしたり自分たちから選ぶ」関連研究もふくめて発表することを薦める.

      • 証明は1月25日でいい.たとえばフレームワークと結果の説明については2本分準備しておいて,証明については理解できた方をやればいい.ただしアローの定理やギバード=サタースウェイトの定理と関連性が強い結果 (安藤・小原・山本, 2003 など) についてはフレームワークについて説明することがあまりないので,それ一本だけやる場合は1月11日から証明に入れるように準備した方がいい.

      • 講師も好きな論文を1本以上取り上げ,1月11日にフレームワークと結果の説明を1-2時間でやり,1月25日に証明を2時間ほどやる予定.

講義記録

12月21日土曜日

予定どおり人文社会学系A棟 A302 (経済教官討論室) でやった.週末のため局所煖房のヒーター2台しかなかったが,十分暖かかったので移動はしなかった.講義ノートは準備せず,林テキストを参照しつつ理解しにくいところのみアドリブで板書した.受講生が予定どおり一名だったので (科目開講の掲示も見当たらなければ教務 Web にも未だ載ってなかったし),時間を自由に調整して tutorial 形式でやった.ただしこの言葉が具体的にどんな意味かはよく知らないが.

1020-1255 (2h35min) 林3.1節と30章449頁から461頁定義30.5まで.「本文」に当たる.

1400-1550 (1h50min) 林30章461頁定義30.1から464頁まで.アローの定理の証明に当たる.

以上,林3.1節と30章を4h25min.

以上の部分にかかわる練習問題 (三原「林『ミクロ経済学 増補版』へのコメント」) は31頁に関するものは上記時間内にやってもらった.464頁最終段落に関するものは1550以降にやってもらった.

1645-1830 (1h45min) 林31章465頁から470頁31.2節最後まで.「本文」に当たる.定義31.2-31.4は軽く,定理31.1 は証明抜きでカバー.31.3節は省略.けっこう余計な話もアドリブで挟んだため,それらに25分はかかったはず.

12月22日日曜日

1015-1235 (2h20min) 林31.4節証明はじめから476頁補題31.4まで.

それ以前の練習問題は上記時間内にやってもらった.475頁にかんする練習問題は上記時間内に,

補題31.3の推移性にかんする練習問題は穴埋め形式にして14時より前にやってもらった.

1400-1440 (40min) 林証明続き.476頁補題31.5から477頁31.4節最後まで.

昨日分と合わせると,31.3節以外の林31章を「本文」1h45min (1h20minくらいにはできるか), 証明3h,合計4h45min (4h20minくらいにはできるか) でやったことになる.

1445-1610 (1h25min) Sections 1-4 of Yu's notes, including proofs, except those of Theorems 1 and 2.

このあと Theorem 2 の証明をその場でできないかと思い自力で読んでもらったが,よく分からないというので前半を本日解説することにした.

1645-1710 (25min) The proof of Theorem 2, up to the end of page 4.

リマーク.Arrow & GS theorems の証明の理解を深めるにはたとえば証明を理解しつつ写経するとか,英訳しつつ実際に書き下してみるといった原始的な手もある.原始的ではあるけど,数学の授業では板書とそのノート取りという形でそれに近い作業をよくやる.証明の途中でもっとストレートにできそうに思える箇所があれば,そのやり方を押し進めてみるのもよい.どこで失敗するかが分かると証明の理解も深まるだろう.

1月11日土曜日

    • アローの定理の証明の2分類: 林ミクロに載っているのと Yu や Geanakoplos によるものとのちがい.1000-1015

    • Yu, Ning Neil, 2013, Social Choice and Welfare: Difficulties Made Clear. 1015-1125 (1h10min).

      • Theorem 2 の証明を説明してもらった.Yu のレクチャーノートの該当部分にもとづく説明.

      • Yu のノートにかけた時間は前回分と合わせて 3 hours.

      • [感想] Yu の証明はひとつのプロファイル表示が多くのプロファイルを表しているため,初心者には難しいかもしれない.将来「怪しい奴を見つけ,そいつが独裁者であることを立証する」タイプの証明を教えるとしたら Jehle and Reny (2011) Chapter 6 のものの方がいいかも.ただし学生は Yu のを「分かってしまえばそんなに難しくない」とも言ってた.

    • Ando, K., Ohara, A., Yamamoto, Y., 2003. Impossibility theorems on mutual evaluation [安藤・小原・山本「相互評価の下での不可能性定理」]. Journal of the Operations Research Society of Japan 46, 523-532. [参考スライド]

      • Sections 1-3 を証明をふくめて学生に説明してもらった.1130-1235 (1h5min)

      • 補題 3.6 で「一般性を失うことなく」とできる理由は次のように考えるとよい: 1'=i, 2'=j, i'=1, j'=2, k'=k for others のように選択肢のラベルを書き換え,その 1', ..., n' でできる循環プロファイルを考える.

      • Section 4 のプレビュー.1235-1245 (10min)

    • Ohseto, S., 2007, A characterization of the Borda rule in peer ratings. Mathematical Social Sciences 54:147-151

      • 証明もカバー.1330-1530 (この論文にかけた時間は 2 hours)

      • 証明のはじめの部分はプロファイル P^[ij] をもっと具体的にして書き直した方が分かりやすいのでそうした.

    • Ohseto, S., 2012, Exclusion of self evaluations in peer ratings: monotonicity versus unanimity on finitely restricted domains. Social Choice and Welfare 38:109-119

      • 証明以外すべて 1540-1640 (1 hour)

1月25日土曜日

    • Ando, K., Ohara, A., Yamamoto, Y., 2003. Impossibility theorems on mutual evaluation [安藤・小原・山本「相互評価の下での不可能性定理」]. Journal of the Operations Research Society of Japan 46, 523-532. [参考スライド]

      • Sections 4-5 を証明をふくめて学生に説明してもらった.1010-1130 (1h20min)

      • この論文にかけた時間は前回分と合わせて 2h 35min.

      • 学生は式番号のある数式をホワイトボードにあらかじめ書いておいて発表した.なかなか使えるスタイルだと思った.

      • 定理4.6の場合分けは木を描いてみるといい.i=k or i=l or i \notin {k, l} のケースが j=k or j=l or j \notin {k, l} の3つに枝分かれして9つのケースができるが,うち3つの組合せはありえない.

      • 将来この論文を取り上げるとしたら,Section 3 までで十分だろう.Section 4 の証明はいろんなケースに分類するなど力技みたいなところがあって,講師の能力では証明が分かった実感を持たせるのは困難に思えた.

  • Ohseto, S., 2012, Exclusion of self evaluations in peer ratings: Monotonicity versus unanimity on finitely restricted domains. Social Choice and Welfare 38:109-119

      • Theorem 2, 3, 1* の証明をカバー.1250-1415 (1h25min)

      • この論文にかけた時間は前回分と合わせて 2h 25min.

      • 講師が注釈を入れた pdf を学生も印刷して持参しており,それを参照しつつ教えた.

  • その他

      • 上記論文を離れて, 個人集合と選択肢集合が一致する状況をあつかった研究をいくつか口頭で紹介. Web ページランキングとか Group Identification とか.1420-1440 (20min)

      • 雑談 1455 まで (15min)

この授業全体についての受講生の感想は,「論文を読んだ後の方が面白くなって来た」「修士一年のときに受講したかった」など.講師としては,アローとGS定理の直後に相互評価をあつかったのは教育的には成功だったという感想を抱いた.アローの定理の証明で用いたテクニックも出て来たし,まったくちがったかなり初歩的なアプローチも出て来たし.社会選択理論のいろんな可能性を例示できたと思う.個人的には,気になっていた論文の証明を読むいい機会にもなった.この授業をやっている期間の体調はあまり良くなく,最初から最後まで風邪をひいていて,ときどき咳をしたり鼻を噛んだりしつつ教えた.特に最終日はほとんど座ったままで授業をしたため板書が少な過ぎたかもしれない.


三原「林『ミクロ経済学 増補版』へのコメント」hayashi13comm.pdf の更新情報

v.4 における主な修正項目は以下の通り:

  • 選好記号を林ミクロのものに合わせた.

  • 455 頁, 定理 30.1

    • 456 頁, 定理 30.3

    • 461頁, 独立性

    • 461 頁, 定義 30.1

    • 462–3 頁, 補題 30.2 の証明

    • 474 頁. 付録の冒頭

    • 474 頁, 定義 31.11

    • 475 頁 9 行目

    • 475 頁, 定義 31.12

    • 475 頁, 定義 3.13

    • 476 頁, 完備性

    • 476 頁, 強選好

    • 476 頁, 推移性

v.6 (2013年12月31日) における主な修正項目は以下の通り:

    • 462 頁最初.アローの定理のこの証明では,まず決定権が「伝染する」ことをしめし,次に決定権を持つ集団が「縮小する」ことをしめしている.

v.7 (2014年1月17日) における主な修正項目は以下の通り:

    • 461頁.「順序性」は集計ルール R の定義にふくまれている.これは新しい要件というよりは,すでに仮定して あることの再確認である.

    • 453 頁最終段落へのコメントの最終段落に追記.個人の選好で x が y よりどれだけ好ましいかを, x, y の間にどれだけ選択肢があるかで表現していることになるが,これは序数的選好の枠内でできる.少なくとも選択肢の全体集合が固定されていれば問題なくできる.