研究トピック

黄砂が海の生態系を育むって本当?
海水中の石英粒子から海洋への黄砂沈着フラックスを推定
(低温科学研究所 教授 西岡純)

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長大和裕幸、以下「JAMSTEC」という。)地球環境部門地球表層システム研究センターでは、現在進行するさまざまな環境変化が海洋生態系に与える影響を調べるため、観測点K2(北緯 47度、東経 160度、図1)を中心とした西部北太平洋亜寒帯域での大気・海洋観測を2005年から行っています。同センターの長島佳菜副主任研究員らは、北海道大学、広島大学、九州大学の研究者と共同で、海洋に沈着する黄砂のフラックスを定量的に評価する分析手法を新たに開発し、海洋への黄砂沈着フラックスとその季節性の解明に成功しました。

本研究ではさらに、黄砂が海洋へと沈着した際に、一部の鉱物粒子から海水へと溶け出す“鉄”(溶存鉄※4)の量が、西部北太平洋亜寒帯域の海洋の基礎生産(※5)に影響を与えるほど多いかを調べました。鉄は、植物プランクトンが光合成を行う上で必須の栄養素ですが、北太平洋亜寒帯では海洋表層の鉄の不足によって基礎生産が制限されています。一方、海洋の基礎生産は、二酸化炭素の取り込みを通じて、大気中二酸化炭素の海洋吸収を促進する役割を果たしているため、黄砂による鉄供給は、基礎生産を通じて、当海域の二酸化炭素の吸収量にまで影響を及ぼす可能性があります。

そこで、海洋への黄砂沈着フラックスを基に、黄砂が当海域の表層に供給する溶存鉄の量を計算しました。その結果、海洋の基礎生産が高まる4-7月において、1日あたり0.9 ± 0.3 μg m−2であることが分かりました。この量は、当海域の主要な鉄供給源として近年大きな注目を浴びている、海洋中層から表層へと供給される溶存鉄の量(本研究での推定:1日あたり約 2.2 μg m−2)の半分近くに達し、黄砂は海洋中層水に次ぐ溶存鉄の供給源であることが分かりました。大気を介した海洋への鉄供給源として、黄砂に加え化石燃料の燃焼過程などに伴う人為起源エアロゾル(※6)が知られています。人為起源エアロゾルによる溶存鉄の供給量は、黄砂の半分程度と見積もられており、これに黄砂による溶存鉄を合わせた“大気を介した溶存鉄供給”の総量は、海洋中層からの溶存鉄供給を含めた全体の鉄供給の4割程度を担っていることも明らかになりました。

この結果は、東アジアに住む人々の健康に悪影響を及ぼす“悪者”と捉えられてきた黄砂や人為起源エアロゾルが、海洋においては、鉄の供給を通じて海洋基礎生産を支える大きな役割を果たしていることを意味します。黄砂や人為起源エアロゾルの将来的な発生量・輸送量の変化が、西部北太平洋亜寒帯域の生態系やこの海域の二酸化炭素量吸収量を変えることが予想され、今後注視していく必要があります。

本成果は、「Scientific Reports」に9月29日付け(日本時間)で掲載される予定です。なお、本研究は日本学術振興会科学研究費(JP19H05669、JP20H04329、JP20H04350)の助成を受けました。

タイトル:Asian dust‐deposition flux to the subarctic Pacific estimated using single quartz particles
著者:長島佳菜 1、川上創 1、杉江恒二 1、藤木徹一 1、西岡純 2、岩本洋子 3、竹村俊彦 4、宮 川拓真 1、竹谷文一 1、野口真希 1
1. 海洋研究開発機構、2.北海道大学、3.広島大学、4. 九州大学 DOI: 10.1038/s41598-023-41201-6

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