1)に関して、海況変動を把握しサハリン油田開発による油流出汚染事故などに備えるためには 海氷の物理的な特性のみならずオホーツク海南部において海氷が生態系の中で果たす役割を理解 することが必要不可欠である。このため、アイスアルジに代表されるような海氷内部に生息する 生物の種類や(栄養塩や鉄などの)生息環境、バックグラウンドとして海水中に含まれる化学物 質、また海氷がオホーツク海の生態系に与える影響を知ることを目的としている。
そこで今回も例年通りバスケットを用いて海氷コア採取を行う。海氷コア採取は測点周辺の海 氷域でなるべく多くのサンプルを採取したいと考えている。さらに、海氷内に取り込まれる化学 物質を明らかにすることを目的として、海水を採取したいと考えている。採水は原則として船舶 が停船するバスケット観測および ADCP 観測を実施する観測点で行い、ケプラーワイヤーとキャ プスタンを利用することで、通常の測点では表層と水深 10 m の2層から採水する。またクリル海 盆に差し掛かる St.11, 12, 13 のいずれかの測点では最大で6層(最深で 400m)からの採水を希望 する。なお、採水直後のサンプル処理を行う必要があるため、前回(2018 年 2 月)で実施したよ うに後部甲板にテントを設置する。(添付資料1)
2)に関して、今回初めての試みとなる観測である。氷縁域では波浪-海氷の相互作用が活発で あり、グリースアイスが卓越する海域でははす葉氷の生成に関与し、発達した氷盤が卓越する海 域では破砕作用により海氷の融解を促進する。海氷域面積の消長は基本的には氷縁の前進か後退 で決まるのであるから、地球温暖化に伴う海氷域面積の減少の要因を正しく理解するためには、 氷縁域を対象とした本研究は大変重要な課題と考えられる。
そこで今航海では船体に設置するステレオカメラや波浪計測ブイ、それにバスケットを使って 氷上に設置する波浪計測ブイを用いて、氷縁域における様々な氷況における波浪の特性や海氷と の相互作用のデータを取得し、波浪-海氷相互作用のプロセスを定量的に明らかにすることを目 的とする。海氷分布の変動や海洋生態系に及ぼす影響について、本観測が何らかのヒントを与え ることが期待される。観測機器をアッパーデッキに設置し、基本的に常時観測を行う。船上・氷 上ブイのデータはイリジウム通信を介して取得する予定。(添付資料2)
3)に関して、これまでの観測からオホーツク海の海氷成長は下面結氷よりもフラジルアイスが 集積して凍結する過程が卓越することが明らかになった。従ってオホーツク海の氷況変動を予測 する上ではフラジルアイスの生産量や分布状況を知ることは大変重要な課題である。しかしなが ら、この生成過程は十分な理解が進んでおらずオホーツク海の海氷生産量を定量的に見積もるこ との支障となっていた。また、フラジルアイスが集積する過程で多くの化学物質を効率よく取り 込むことが知られているが、観測データが不足しているため詳細は分かっていない。
そこで本観測ではフラジルアイスが生成する過程および化学物質を取り込む過程を解明するた めにバスケットやタモを用いて表層約1mの海水を採取してフラジルアイスの分布状況を探るこ とを目的とする。過去5年間この観測に取り組んできたが、まだ十分なデータが得られていない ため、本年も引き続き実施する。一回の観測に要する時間は 30 分程度である。できれば早朝、船 舶の周りにグリースアイスが存在してバスケット観測が実施可能な状況の時に実施するのが理想 である。(添付資料3)
4)に関して、今回初めての試みとなる観測である。最近の調査から、オホーツク海で見られる クリオネには日本海中層以深を起源とするものと東樺太海流を起源とするものがあり、各々の起 源に対応してクリオネの種類が異なることが分かってきた。クリオネは飢餓耐性が強いことから、 それぞれの海流の指標種になる可能性が極めて高いと考えられる。すなわちオホーツク海でクリ オネを採取して種類を特定することにより、それぞれの海域における水塊形成過程の解明に役立 てられるため、海の環境のなりたちや変動を知る上で重要な課題と考えられる。
そこで本観測では定点の観測点でプランクトンネットを用いて海洋表層(表面~水深 30m)に 生息するクリオネを採取してその種類を特定することによりクリオネの種類の分布特性を調べて オホーツク海南部の水塊形成過程の理解に貢献することを目的とする。クリオネは採取後に船上 で保存に必要な処理を行い、研究施設に持ち帰った後に最新の手法を用いて種類を特定する予定 である。
5)に関して、一昨年から導入した観測の継続であり、海氷域に存在する個々の海氷盤の形状や 大きさの特性を明らかにするための観測である。これまでにヘリを用いて実施した観測により、 オホーツク海の海氷盤は比較的大きな氷盤に関しては自己相似性の特性を持つことが明らかにな ってきた。しかしながら、直径数 m 以下の比較的小さな氷盤に関しては水平分解能の問題があって未解決の問題であった。海氷域の変動を理解するためには、海氷域を構成する比較的小さな氷 盤の特徴を捉える必要がある。このことはまた、海氷盤の形成過程についても手がかりを与えて くれると期待される。これまでは氷盤分布を観測する手段が大きな障壁であったが、近年ドロー ンの出現に伴い無人で安全にビデオ画像を取得することが可能となった。
以上のことを踏まえ、本観測ではドローン(DJI 社製 Phantom4)を用いて停船中に「そうや」 船体周辺に存在する比較的小さな氷盤分布のビデオ観測を行う。観測前の準備として、寒冷な環 境下でのドローンの動作確認を行い、ドローンを飛行させるために必要な法的な手続きは東京航 空局を通して済ませてある。観測時間はセッティングも含めて 20 分程度である。ヘリの運用に差 し障りのない時間帯に天候状況が問題ないことを確認した上で ADCP 観測と並行して実施したい と考えている。
6)に関して、2014 年に ALOS 衛星 PALSAR の後継機として ALOS2 衛星 PALSAR2 が打ち上げ られ、オホーツク海南部の海氷分布把握のための有力なデータとして大いに期待されている。こ のデータを有用に活用するためには現場検証観測は大変重要である。そこで可能であれば、昨年 同様に ALOS2 衛星観測日時に合わせてヘリコプターを用いて現場の氷況をカメラで撮影して衛 星データとの比較検証を実施したい。一回のフライトは1~2時間で船の航路に沿った飛行コースで可能な限り広い範囲をカバーできれば有り難い。
上記5項目のうち、特に 1)~4)のバスケット観測、波浪-海氷相互作用の計測、フラジルアイ ス調査、クリオネ採集調査を優先的に取り組みたいと考えている。
具体的な観測内容は次の通りである。
1 海洋観測
・メモリー式CTDおよびケプラーワイヤーとキャプスタンを用いた採水
(STDおよびADCP観測の停船時に平行して行う) オホーツク海の生物化学的な成分の分析
2 海氷観測
・船上からの氷況モニタリング観測
アッパーデッキに監視カメラ、舷側の手すりにビデオカメラを設置して氷況をモニターする。 各々、船舶前方の氷況と氷厚を記録する。氷厚用ビデオカメラは左舷側に取り付ける。画像は ケーブルを通してブリッジ後部に据え付けたPCに録画する。(小樽入港時に設置作業を行う)
・バスケット観測(右舷側)
海氷の構造特性を調べるために比較的厚い海氷のサンプリングを行う。また、グリースアイス が卓越する状況下ではフラジルアイスの分布特性を調べるために専用サンプラーを用いて表面 約1mの海水を採取する。原則として観測はバスケット内で実施する。観測時間は厚い氷の場 合には全体で約一時間程度、フラジルアイスのサンプリングでは約30分程度。可能であれば一 日に2~3回程度実施したい。 また、十分な氷厚(約30cm以上)の氷盤で行う最初の機会に、併せて氷上波浪ブイの設置も 実施したい。これは海氷の上下運動を計測することによりその海域の波浪データを取得するた めの装置である。データはイリジウム通信を介して取得する。
・衛星画像の受信
航海期間中、昨年同様に衛星画像データ(Terra衛星のMODISなど)を受信して日々の運航 の参考資料とする予定である。受信用のアンテナはアッパーデッキに設置する(小樽入港時)。
・目視による氷況観測(ブリッジより)
海氷域内で日中、南極標準方式(ASPeCt)に従って1時間毎にブリッジから氷況を記録する。
3 大気観測
海氷の成長環境の変化を知るために海氷域における表面熱フラックスの経年変動を見積もることを目的として下記の観測を行う。以下の観測は昨年の観測と同様である。
・風向風速(アッパーブリッジ)
・温湿度観測(マストの上下2カ所に設置)
海氷...氷厚、密接度、衛星モニタリング、サンプリング、目視
気象...気温・湿度(2 高度)、風向・風速、目視 海洋...水温・塩分プロファイル(海洋情報部)、波浪ブイ(東大)、クリオネ(蘭越町)、
採水観測(表面と 10m 深の 2 層、ただし St.12 では最深 400mで 6 層)
担当(敬称略):
全般... 豊田
気象機器... 豊田、井上
ビデオ関連... 豊田、井上
波浪観測(東大)... 早稲田
バスケット観測(基本的には観測定点で)... 全員体制(搭乗者は原則西岡、伊藤;豊田は補)
(海氷コア採取、フラジルアイス採取、氷塊採取、採水観測)
サポートは全員体制(記録、写真)
採水観測・処理... 西岡、三浦、渡邊 クリオネ観測・処理... 山崎(観測時の補助に三浦か渡邊) フラジルアイス観測・処理... 伊藤
ドローン観測... 豊田、井上
目視観測... 豊田、希望者
GPS、衛星画像の受信... 井上、豊田
観測定点での観測要領:
1)XCTD、STD、ADCP 観測(海洋情報部) 薄氷採取(伊藤)
ドローンによる氷盤観測(豊田・井上)
後部甲板から表面採水の観測(西岡・三浦・渡邊・山崎)
波浪計の調整(早稲田)
2)バスケット観測(北大関係者全員)
各定点で停船後、1)の項目はそれぞれ並行して観測を実施する。
1)と 2)のどちらが先になるかは、船の運航と氷況次第。バスケット観測は基本、日に 2 回。 なお、観測中は可能な範囲でエンジン主機の停止、2)の観測中は廃水排出の停止 をお願いして あります。前者は人為的な汚染の影響を避けるため、後者はバスケット観測で採取する海氷コア への影響を避けるためです。