オレさまはパーフェクトだ。顔が良いし性格だって悪くないし、金銭面でも家事面でも自活してるし、バトルだって強いし、勤務態度だって真面目な方だと思う。少なくとも開会式をエスケープするだとか、試合に遅刻してくるだなんて問題行動は一度もしたことがない。バトルやポケモンに関係のないジムチャレンジを課したことだってない。おふざけでも「オレさま何歳でしょう?」なんてバトル中に聞いたこともない。まして答えによってポケモンにバフやデバフをかけるなんてこと、今後もする予定はない。そんなぶっとんだことを態々しなくたってオレさまは十分にチャーミングだから問題ない。そう、オレさまはパーフェクト。ゆえに同時にチャーミングでもあるわけだ。
オレさまという人間は何をしてもしなくてもこんなにパーフェクトなのに、人生に悩みは尽きないんだから驚きだ。そう、オレさまは悩んでいる。ずっとずっと悩んでいる。ダンデに恋をしてしまったからだ。
想像できるだろうか。恋をしてしまった相手が終生のライバルだった時の、あのどうしようもない虚脱感。そう、虚脱感だ。分かるか? 恋の自覚をした瞬間の、「うわー、これもうダンデにオレさまの人生半分以上握られたようなもんじゃんうわー」っていう、あの何とも言えないかんじ。恋ってもっとウキウキハッピーな気分になるものだと思ってたよ。でもさ、実際に出てくる言葉は「うわー」だ。げんなりってワケじゃないけど、うまく言葉にできない、体中から力が抜ける感じ。
そっかー、オレさまそんなにダンデが良いんだーって。こんだけライバルやってて、それでも足りなくなって、それでそういう方面でも好きになっちゃったらさあ、逃げ場ないじゃん。自分でも呆れるくらいダンデが好きなんだなあ。どうしたってオレさまはダンデを選びたいんだなーって思う。まあ、残念ながらそこに恋っぽいぽわぽわした感触っていうのはあんまりない。ずしんと重たくて、もっと切迫した希求だったりする。うわ、マジで重い。ウケるー。
まあ、そんなん言っててもさ、オレさまは良いんだよ。好きになっちまったんだから腹括れば。でも問題はダンデだ。ライバルから恋をされたらさすがに迷惑なんじゃないかなーって考えた。想像してみろよ。ちょっと困った顔したり、嫌な顔するダンデ。想像だけでへこむ。
ほら、ダンデってオンとオフめちゃくちゃ使い分けるヤツじゃん。なのにオレさまがダンデに恋をしたらさ――――まあ、恋をしたなりに努力するじゃん。好きになってもらおうとか、ちょっとでも一緒にいようとかさ。そうやって一緒に……まあネガティブな言い方するなら「付きまとう」ワケだよ、ビジネスでもプライベートでも。でもそういうことされるの、ダンデは嫌いかもしれないじゃん。重いって思われるかもしれないじゃん。それがパーフェクトでチャーミングで最高のライバルであるオレさまであってもだよ、いやオレさまだからこそ許せないかもしれないじゃん! そうしたらさ、好かれようって健気に頑張ってるオレさまの努力虚しく嫌われるだけじゃん!
「そんなの耐えられないんだけど!!」
「うっせえ寝ろこの酔っ払い」
げんなりした顔のネズが容赦なくオレさまの頭をはたいた。ぐわん、て変なカンジに頭が揺れる。やばい、呑みすぎたかも。でも、酔わなきゃこんな相談できない。オレさまは呑みかけの安いエールをもう一度煽った。口の端からこぼれそうになって、乱暴にぐいっと拭う。視界がぐらぐらする。ネズの輪郭が水彩絵の具みたいにぼやぼやしてる。ヤバい。結構まわってる。
「いやでもさー、オレさまのパーフェクトな顔と性格とその他諸々があればよっぽどのことがないかぎりすぐに嫌われるってことはないと思うんだよ。それならとりあえず押せばよくない? 押して反応見てからでも遅くはなくない?」
「あーはいはいはいはい。好きにしたら良いんじゃないですか? 押そうが引こうが」
「引くなら俺もちょっと考えるけど、押される分には嬉しいぜ!」
「マジ? じゃあ押しとこ。いきなりデート誘ってもイケる? 引かれない?」
「引かないぜ」
「イケるイケる。イケるそうですよー」
ネズはもう投げやりになって、がぶがぶエールを呑んでる。で、そのネズの向こう側からなんか声がする。なんだろう、ダンデっぽい声だけど、でもオレさまにめちゃくちゃ都合の良いことしか言ってないんだよな。誰だろう。と思ってそっちを見てみるけど、ネズより向こうはぼやぼやしてて分からない。見慣れた紫色があるような、ないような……。うーん。色だけで言うならダンデに似てる。でもダンデにしたって、いつもとシルエットの形がだいぶ違う。具体的に言うなら、紫面積が狭すぎる。ダンデはあのボリューミーな髪が特徴なのに、ネズの向こう側にはほんのちょっぴりしか紫がない。だからこれは本物のダンデじゃない。たぶん。
これってアルコールが見せてる幻的なやつかな。うわ、そう考えると怖いな。ここはひとつ、イマジナリーフレンド……いやフレンドって間柄でもないな。そこにオレさまとダンデの軸足はあんまりない。じゃあ、イマジナリーライバル? うーん、バトルの戦略練ってるみたいで嫌だ。イマジナリーダンデ。そういうことにしとこう。これはオレさまの溢れる恋心と酩酊が生み出したイマジナリーなダンデ。オレさまにとって都合の良い合いの手を入れてくれるチャーミングなダンデだ。
……ダンデ恋しさもここまで来たか。恋って怖いな。
でも、良いこと聞いた。押して大丈夫だって。ネズもイマジナリーダンデも言ってくれてるなら大丈夫だろう。一回くらいならきっとダンデも嫌な顔しないだろうし。うん!
「じゃあ、ダンデの迷惑にならない範囲でのデートってどんなの? こう、ライバルとして許される、でもちょっとこう、意識してもらえるようなさあ~」
「知るか!」
「え~~一緒に考えてくれよネズぅ~~~~~」
オレさまが甘えた声を出してネズの腕に取りすがるとネズはぎょっとした顔をして、それからものすごい勢いで腕を振り払って後ずさった。それから向こう側―――イマジナリーダンデの声がする方に向かって元気よく「不可抗力です!」と叫んだ。なんでそんな弁明してるんだよ。誰にもそんなの必要ないだろうに。変なネズ。
「オレは望んでませんしそんなつもりは微塵もねえしコイツにまったくそういった趣向の興味はありませんのであしからず、いやおまえの趣味をどうこう言っているわけではなくてですね、これは」
「なあ、ネズ、聞いてる?」
ネズはずっと誰かに言い訳をしてる。変なの。
まあ、一回くらい腕を振り払われてめげるオレさまではない。もう一回取りすがってやろうと手を伸ばすと、ネズはバッと素早く両手を挙げて、オレさまが取りすがれる箇所をなくした。ステージの上のネズだってこんなに素早くは動いてないだろうってくらい早かった。そんな動き出来たのかよ。びっくりしてネズの顔を見ると、真っ青になって歯を剥き出しにしている。めっちゃ威嚇されてる。そんなに嫌か。それにオレさまは唇を尖らせる。なんだよ、ケチ。ちょっとふざけて絡むくらい良いじゃんか。
「で、ダンデとデートってどこ行けばいいと思う?」
「っキャンプ!キャンプとか誘えば良いと!」
「そんないつもの感じじゃヤダ~!!もっとデートっぽいのがいいー!」
「あークソめんどくせえ!!」
ネズが叫ぶと、ぐるんと向こう側を向いた。それから、イマジナリーダンデに向かって叫ぶ。
「ダンデ!」
「うん?」
「キバナとデートするならどこが良いと!?」
「どこでも大歓迎だぜ。でもキバナが行きたいところが良いんじゃないか?」
「だそうです!ハイ解決解散!!」
ネズはそう叫んで、サッと席を立った。それからイマジナリーダンデをどん、とオレさまの方へ押し出す。ぼやぼやの向こう側からひょいっと現れたイマジナリーダンデは、オレさまにとっては馴染みの薄い格好をしていた。白いTシャツ、ジーンズ。深くかぶったキャップ。アクセサリーの類はつけてない。もったいない。髪は首の後ろで無造作にまとめているらしい。紫の面積がいつもより少なく感じたのはそのせいかもしれない。オレさまは驚いてニ、三度瞬きをした。
……似合ってる。さすがダンデ。本人ではないにしろ、オレさまを恋に落とすだけある。こんな深夜にぶらっとコンビニ行くときみたいなテキトーなファッションでも最高の輝きを放ってくる。ヤバい。
なんだか新鮮だ。イマジナリーとはいえ、こんなラフな格好のダンデを見るのは初めてだ。ダンデはプライベートのキャンプの時だってユニフォームを着ていることが多いから、こういうなんでもない格好が見れると嬉しくなる。
もっといろんなダンデが見てみたいな。晴れてダンデとお付き合いできたら、ブティックを回ってダンデの服を選ぶのも楽しいかもしれない。オレさまの趣味で、好きな人を全身コーデ。男のロマンだ。考えるだけでも楽しい。
オレさまがへらへら笑ってイマジナリーダンデを見ていると、イマ……めんどくさいな、(略)ダンデもにこにこ笑いながらオレさまの頭を撫でた。
「キバナが行きたいところへならどこでも付き合うぜ」
そう言って(略)ダンデは大きな口を開けて笑う。あ、チャンピオンスマイルだ。こういう笑い方をオレさまに向けるのってレアだから嬉しい。イマジナリーって凄い。こんなに都合のいいことが何の脈絡もなく起きる。すごい。アルコールと恋心を極限まで煮詰めて出来る奇跡だ。明日の二日酔いが怖い。それでもエールをちびちび舐める手は止まらない。
「ホントにぃ? オレさま、国立美術館の展覧会行きたいんだけど、それでも良い?」
オレさまが小首を傾げると、ダンデは嬉しそうな顔をした。それでオレさまもすごく嬉しくなる。
で、一回嬉しくなると、箍が外れたみたいにずっと嬉しくて楽しくなる。あんまりにも嬉しくて「んふ、」て声が漏れた。感情のブレーキが全然ない。フルアクセルだ。うーん、酔ってる。このままだとまずいなーとは思うけど、エールは美味しいし、(略)ダンデは優しいし、もっと酔っていたくなる。
「良いぜ。なにがやってるんだ?」
「中世ガラル美術展。宝物庫の展示品もいくつか貸し出しててさ~、仕事でも行くけどでも一回くらい一般客として回りたいんだよな~」
「きみ、本当に宝物庫が好きだな」
そう言って、(略)ダンデはやさしく、ほんとうにやさしく笑った。まるで、自分のリザードンに向けるみたいな、そういう笑顔だ。試合後にポケモンたちを褒めるときの、あの笑顔。きゅんってする。恋を自覚したときから、いつかこういう顔でオレさまに笑いかけてくれないかなって、ずっとずっと思ってた。ひとつの憧れだったんだよ。それがまさか、ここで、しかもイマジナリーなダンデによって叶えられるなんて思いもよらなかった。
ありがとう、店で一番安いエール。お前のおかげでオレさま、悩み多き恋がなんかちょっと報われたりしたような気がしましたがこれはオレさまの生み出したイマジナリーなのでオレさまとダンデの仲は1ミリも深まっていません。ちくしょう。安い酒だからか、ときどき中途半端に理性が戻ってくるのがつらい。
「……ウン、好き」
もう一回へらっと笑おうと思って、なんかちょっと失敗した。ぼろっと片目から涙が出る。そう、目の前のダンデはイマジナリーなんだよ。だから、好きって言葉もこんなに簡単に言える。文脈に乗せてるのもあるけど、でもライバルのキバナはダンデの前でこんなに素直な「好き」を表現できない。だって、オレさまとダンデはライバルだから。
友達でもあるかもしれないけど、でもまず第一に競い合う相手だから、好きなものを共有しあったりっていうことはあんまりしない。オレさまから見て、ダンデはきっとコレが好きなんだろうなってものはたくさんある。でも、それをひとつひとつ、こんなふうに言葉にして確認することってなかったんだよ。踏み込みすぎかなって。趣好ってけっこう大きな情報じゃん。だからどこまで聞いて良いのかな。これは駄目かな、あれは駄目かなって。
ダンデのことは知りたいけど、でもそれはオレさまの恋心がそう思ってるのか、それともライバルとして知りたいのかいつのまにかぐちゃぐちゃになってたんだ。プライベートとビジネスがぐちゃぐちゃで、そんなのパーフェクトなオレさまは経験したことがなくて、どう整理をつけたら良いのか分からなくなって。気が付いたら、どこまで踏み込めばいいのか分からなくなってた。
失敗したくない。嫌われたくない。好きになって欲しい。
だったら時間をかけるべきだ。それでいて、慎重になるべき。話をして、一緒にいて――――ゆっくり好きになってもらう。アプローチとしては弱いけど、でも確実にやらないといけない。勇み足で大失敗して、ライバルまで失うわけにはいかないんだから。不自然じゃないように、ゆっくり距離を詰めていくべきなんだ。
―――――でも、不自然じゃない匙加減がもうわからない。
一度涙が出ると、不思議と止まらなくなった。ぼろぼろぼろぼろ、際限なく涙が溢れる。そう、オレさま、ダンデとこういう会話がしたいんだよ。好きなものを、気楽に好きだって教え合うような仲になりたい。
イマジナリーなダンデは急に泣き始めたオレさまを見ても、少しも迷惑そうな顔をしなかった。困った顔もしなかったし、笑いもしなかった。ただ真顔でオレさまの頬の涙を拭うと、オレさまの持っていたエールの瓶をそっと奪って机の向こう側に押しやった。
「キバナ、呑みすぎだぜ。そろそろ帰ろう」
イマジナリーなのに、ダンデはどこまでもダンデだった。オレさまが急に泣いた理由を聞いたり、慰めたりしない。ただ次にするべきことを言う。そういうヤツだ。そういうところが少し冷たいって思う。でも、そういうところが好きだ。
オレさまはゆるゆる首を振って、それに抵抗する。
「ん~、やだ。もっとこのダンデと一緒にいる」
言いながら、オレさまは机の上で行儀よく揃えられているイマジナリーなダンデの手を握った。オレさまの観察眼とイメージ力はなかなかのもので、タコの出来ている場所や皮膚の堅さまでそれっぽく出来ている。立派なトレーナーダコができているところを、指でなぞる。イマジナリーでもくすぐったいのか、(略)ダンデは身を捩った。それがなんだかおかしくて笑う。その拍子にまた涙がぼろんと零れた。
「このって、俺は一人だけだぜ」
「うん、そうだけどそうじゃないかもだし」
オレさまは言いながら、もじもじとダンデの手を握る。あたたかい。一緒にキャンプをしているとき、ダンデがグローブを外すところを見た。レア感があって、どきどきしたのを覚えている。ファンはほとんど見たことがないだろうなって、少し優越感があったんだよな。
ダンデはしばらくオレさまがダンデの手を弄っているのを好きにさせていた。オレさまの顔を覗き込んで、それからなんでか納得したようにこくんとひとつ頷いた。それから、オレさまの手をぎゅっと握り返すと、にっこり笑った。
「……じゃあ俺の家に来るか? それなら俺と一晩中一緒だぜ」
オレさまはその申し出にびっくりした。
イマジナリーダンデに家? そんなのあるわけない。イマジナリーに誘われるまま行ったところで、せいぜいオレさまの家に辿り着くか、ホテルか、最悪裏路地だろうな。でも、嘘でも幻でもダンデの家だ。ちょっと見てみたい。きっとオレさまのイメージ通りか、それ以上の豪邸に辿り着くに違いない。酔いが醒めたら消える。いや、どうせ消えちゃうんなら見ておきたい。
「マジ? 行くぅー」
オレさまはへらへら笑いながら挙手した。そうするとダンデは立ち上がって、オレさまの手を取って自分の肩に回させるとゆっくりとオレさまを立ち上がらせる。ぶっちゃけ身長差の関係でこの体勢だと歩きにくいんだけど、それはまあご愛敬だ。ゆっくりと歩いてくれてるのは酔ってるのを気遣ってるのか、それともゆっくりしか歩けないのか。まあ、オレさまの一人芝居だから後者だろうけど。一歩歩くたびに足元がぐにゃぐにゃする。破れかけの靴底で歩いてるみたいだ。
ダンデは退店間際、入り口のところでふと足を止めてちらりと席に振り返った。そこに座っていたのはネズだ。店の隅まで移動してたらしい。オレさま一人っきりにして、恋心と酩酊の産物イマジナリーダンデに任せるなんてとんでもない薄情者だ。
ネズはゆっくりと鬱陶しそうにオレさまとダンデの方を見て、それから深々と溜息を吐いた。ダンデはそんなネズに輝かんばかりの笑顔を向ける。
「ネズ、これ合意だよな?」
聞かれて、ネズはオレさまの顔をチラッと見た。もう涙は引っ込んでるし、イマジナリーとはいえダンデと密着できてる現状は満更でもない。オレさまもにっこりわらって見せる。
ネズはそれに呆れたような顔をして、もう一度これ見よがしに長々と溜息を吐いた。
「アーはい。合意なんじゃないですかね。知りませんけど」
「だよな。それじゃあ悪いが、抜けさせてもらうぜ。支払いは全員分済ませておくから」
「そりゃどーも。ご馳走さまです」
ネズがひらひらと手を振る。ダンデはスマートにレジで決算を終わらせると、オレさまを担ぎ直して、「行こうか」とやさしく言った。その声が耳の近くだったから、オレさまは無駄にどきどきしたし、どうしようもなく浮かれた。イマジナリーだと分かっていても……分かっていてもだ! それでも胸の高まりはどうしようもない。
オレさまは調子に乗って、ぎゅーっと(略)ダンデに体重をかけた。密着度が上がる。ダンデの体温が心地いい。
「ふふ、」
「どうした? 歩けないか?」
「んー、そういうんじゃなくて」
「なんだ、甘えてるだけか」
オレさまは否定も肯定もせずに、声を上げて笑った。ダンデはオレさまを担ぎ直すと、ゆっくりとタクシー乗り場まで歩いていく。タクシー乗り場に置いてあるベンチにオレさまを座らせると、ダンデもぴったりとオレさまにくっつくように座る。甘えてるのはどっちだよ。オレさまはくすくす笑いながら、横に座ったダンデにしなだれかかる。ダンデは笑ってオレさまの前髪を少し掻きあげると、ちゅ、と素早く頬にキスをした。
キスされた。イマジナリーなダンデに。
オレさまはびっくりして、それから腹を抱えて爆笑した。本物だったらときめきで心臓が破れそうになってたかもしれないけど、イマジナリーだから全然平気だ。でも嬉しい。だってオレさまの恋心と酔いの結晶とは言えダンデだ。ダンデにされて嬉しくないことって、きっとあんまりないと思う。
オレさまが腹を抱えてひーひー笑っているのを見て、ダンデは少し困ったような顔をした。
「きみ、俺のことが好きなんじゃないのか?」
「うん? 好きだぜ。でもオレさまが好きなのは、お前じゃなくてダンデな」
オレさまが答えると、ダンデはますます困惑したような顔をしてオレさまの顔を見上げた。睫毛が長い。金色の目が街頭を反射して静かにきらきら光ってる。すごく綺麗だ。こんなふうに間近でダンデの瞳を覗き込んだことなんてなかったから、今、すごく幸せだ。
「……俺のこと誰だと思ってる?」
「ダンデ」
「オーケー。この酔っ払いめ」
ダンデは深々と溜息を吐いて、がっくりと大きく項垂れた。項がちらっと見える。レアな角度だ。オレさまのイマジナリーの力って、こんなにダンデを細かに構築できるんだな。我ながらすごい執念と恋慕だと思う。本人にはこんなふうに好きだなんて絶対に言えない。絶対引かれる。
ダンデはゆっくりと体を起こすと、睨み上げるようにオレさまの顔を見上げた。そして不敵に笑って見せる。
「酔いが醒めたら覚悟しておけよ。好きだってもう一回言わせてやるから」
すごい強気だ。ドラマみたいな胸キュンな決め台詞までついてきて、オレさまのテンションはマックスまで高まった。高まりついでにイマジナリーなダンデを思いっきり抱きしめる。髪の間から、微かな汗の匂いがする。夏に一緒にキャンプしていた時に、すれ違いざまにこういう香りがした記憶がある。再現性がえぐい。
これ、全部オレさまの想像なんだからヤバいな。ダンデのこと、どんな解像度で記憶してるんだか。今のところ本人に被害が出てないから捕まってないけど、でもわりとアウトラインを大きく踏み越えてる感じする。
でもまあ、酔ってるから。ちょっと悪酔いしてるだけだから今夜は許してほしい。
「うん。朝までお前がいたら、もう一回言う」
ぎゅうぎゅう(略)ダンデを抱きしめていると、だんだん瞼が重くなってきた。あったかい。安心する。そんで、ずっとこのままでいたかった。なに言ってもダンデに許されてたい。そういう、傷付かない恋がしたい。「―――キバナ?」って、ダンデの声がするけど、もう駄目だった。睡魔にあらがえずに、その日の記憶はここで途絶えた。
次の朝、とんでもないことになるなんて、思いもよらなかった。
(2022.9.30 がおがおハッピー☆dnkbTIME!AUTUMN FES. 無配
狩谷ニコ)