薬品製造化学研究室
Laboratory of Organic and Medicinal Chemistry
薬品製造化学研究室
Laboratory of Organic and Medicinal Chemistry
Research
光を駆動力とする分子変換反応の開発
光のエネルギーを利用する反応の開発はサステナビリティ(持続可能性)の観点から注目を集めています。特に、光によって励起された触媒を用いた酸化還元反応は光レドックス反応と呼ばれており、有機化学におけるホットトピックのひとつになっています。そのため、光レドックス反応をスムーズに進行させる光レドックス触媒の開発が世界中で行われてきました。当研究室でも、光エネルギーを駆使した化学反応を追求すべく、独自の視点を基に光レドックス反応の開発を行っています。
これまで数えきれないほどの光レドックス反応が世界中で開発されてきましたが、励起状態の触媒が有するエネルギーは一定であり、酸化力を高めれば還元力が低くなり、還元力を高めれば酸化力が低くなるトレードオフの関係にあります。そこで、反応系内で高い還元力をもつ触媒を発生させる「間接還元クエンチ法」が開発され、光レドックス反応におけるスタンダードな手法として利用されています。しかし、この手法は還元剤として過剰量のアミン類が必要になるため、サステナビリティの観点から改良が望まれてきました。
当研究室では、アミンの代わりに触媒量のスルフィドを利用した「触媒的」間接還元クエンチ法を開発し、様々な光レドックス反応への応用研究を行っています。また、触媒量のスルフィドから生じるEDA錯体(電子ドナー・アクセプター錯体)を利用した「触媒的EDAプラットフォーム」を開発し、分子変換反応への応用も研究しています。
体内での代謝安定性を向上させるトリフルオロメチル基と化学変換の足掛かりとなる塩素原子をアルケンに一挙に導入するクロロトリフルオロメチル化反応を報告しています。
K. Matsukuma, M. Tayu, Y. Yashiro, T. Yamaguchi, S. Ohrui, N. Saito, Chem. Pharm. Bull. 2023, 71, 695-700.
分子内にヒドロキシ基を有するラジカル源を用いることで、環化反応による含酸素複素環の構築法を開発しています。この手法を用いて、多環式フラン誘導体の合成やノルアドレナリン再取り込み阻害活性を示すタロプラムのグラムスケール合成も達成しています。
K. Matsukuma, M. Tayu, T. Ogino, S. Ohrui, M. Noji, S. Hayashi, N. Saito, Chem. Asian J. 2025, 20, e202401442.
アルケン、フタルイミジルエステル、カルボン酸、ニトリルを用いた四成分連結反応を開発しています。この反応は各成分を完璧な位置選択性で結合させることができ、複雑な構造のイミド類を一挙に構築することができます。特に、カルボン酸部位を有する医薬品分子の変換にも応用可能です。さらに、ラジカルリレー戦略に基づき基質として電子不足アルケンも加えることで、報告数の非常に少ない五成分連結反応へも展開することもできました。
K. Matsukuma, M. Tayu, R. Itai, K. Imai, S. Ohrui, N. Saito, J. Org. Chem. 2025, 90, 10454–10464.
触媒量のスルフィドを電子ドナーとするEDA錯体を反応系内で形成させ、そこに光照射を行うことでラジカルイオンペアを発生させて様々な分子変換反応に応用する「触媒的EDAプラットフォーム」を開発しました。触媒量のEDA錯体を利用するプラットフォームは世界的にも報告例の少ないものであり、さらなる研究を進めています。
K. Matsukuma, M. Tayu, S. Hayashi, M. Noji, S. Ohrui, N. Saito, Adv. Synth. Catal. 2025, 367, e202500196.
K. Matsukuma, M. Tayu, K. Nakai, M. Yamano, S. Ohrui, T. Yamaguchi, N. Saito, ChemRxiv 2025: 10.26434/chemrxiv-2025-gtsz2
光レドックス触媒は光励起された状態から一電子酸化や一電子還元を行いますが、一電子による酸化還元力には限界があります。また、励起状態の触媒は高反応性なため、反応してほしくない試薬と反応して副反応が起きることもあります。我々は電子ドナーと電子アクセプターが会合してEDA錯体を形成しているときにだけ光を吸収するという特徴に着目し、会合ゲート型の二光子励起光触媒系を開発しました。
スルフィド、ナフチルイミド、ハロアレーンが連続的に会合してEDA錯体を形成し、その都度光を吸収してエネルギーを蓄積していくため、通常では還元できないハロアレーンの脱ハロゲン的官能基化反応を開発しました。
K. Matsukuma, M. Tayu, K. Muto, R. Itai, M. Noji, S. Hayashi, S. Ohrui, N. Saito, ChemRxiv 2025; doi:10.26434/chemrxiv-2025-1386d
基質とラジカル源とでEDA錯体を形成させ、そこに光を照射することで電子移動を起こす反応の開発も行っています。この反応系は触媒すらも不要であり、基質と反応剤の混合溶液に光を照射するだけで反応が進行するため、高効率的な反応です。
アルケンとアミノ基を有するN-ヒドロキシフタルイミドからEDA錯体が形成されることを見出し、原料と光のエネルギーだけで薬学的に重要な含窒素複素環を構築することに成功しました。
Masanori Tayu, Kakeru Matsukuma, Takumi Ogino, Sayaka Ohrui, Nozomi Saito, Chem. Pharm. Bull. 2025, 73, 738–744.