RESEARCH

生態発生学 Eco-Devo とは

What is Eco-Devo?



2001年に発生学者のS. Gilbertにより生態発生学(ecological developmental biology略してEco-Devo;エコデボ)という分野が語られ始めた。生物の形質が環境要因に左右されることは古くから知られていたが、それを発生学の土俵の上に乗せるという動きである。「環境による揺らぎまでを視野に入れた新しい発生学」と言うこともできるだろう。


様々な生物種において、それまで「オフ」であった発生プログラムが環境の変化により「オン」になり,それまでは存在しなかった新規の形態が生じることがある(表現型可塑性 phenotypic plasticity)。Eco-Devo はその名前からも生態学と発生学の融合であることがわかるが、当然「進化発生学 Evo-Devo 」の潮流も受けているので、生態学・発生学・進化学の融合と言うことができるだろう。


これまでの研究から、昆虫を含む節足動物では幼若ホルモンという液性因子が、環境を媒介する生理因子として脱皮変態を制御することで、環境変化による表現型可塑性を実行させる役割を果たすことがわかってきた。しかし、幼若ホルモンをもたず脱皮を行わない動物分類群でも表現型可塑性は見られる。


昆虫類における表現型可塑性の機構と、脱皮変態を行わない動物門とでのゲノムやトランスクリプトーム、そして生理因子による制御機構の比較を幅広く行うことで、動物に共通する表現型可塑性・環境応答性の原理を探ることを目的として研究を進めている。

EcoDevo = 生態学・発生学・進化学の融合

シリス科多毛類の特異な発生および繁殖様式

Stolonization in syllid polychaetes


シリス科のグループは極めて特異な繁殖様式を示す。卵から発生した個体は成長して成熟個体となる。成熟個体は生涯を通じて底生性であり自らが産卵や放精を行うことはなく、生殖腺を発達させた尾部に新たに頭部や遊泳肢が形成され、これが親個体から乖離して遊泳し、雌雄の個体が遭遇したのち放精・産卵を行う。この遊泳個体はストロンと呼ばれており、個体自体は完全に親個体(ストックと呼ぶ)とクローンである。どのような環境要因が引き金となり、いかにして尾部がストロンへと発生していくのかなど、ストロナイゼーションと呼ばれるこの繁殖様式には進化生態発生学的な多くの疑問を見いだすことができる。本研究課題では、ミドリシリス Megasyllis nipponica の飼育・誘導系を確立し発生学的な研究を推し進めることで、ストロナイゼーションの生理発生機構に迫る。


担当:中村真悠子(D3),佐藤大介(M2)

ミドリシリス Megasyllis nipponica

ミドリシリスの採集と飼育方法

シロアリのカースト分化

Caste differentiation in termites


シロアリのコロニーでは形態・行動が異なるカーストに仕事が割り当てられることによって、秩序ある社会行動が実現している。例えば,攻撃に特化した兵隊では,大顎などの武器に相当する構造を肥大化させるなどの形態形成の過程が存在するはずである.


シロアリでは,幼若ホルモンはカースト分化に関与することが多くの知見から支持されている.我々の研究によって感受期における幼若ホルモン濃度の変動パターンがカースト分化運命を決定することが明らかとなっており、個体間相互作用によって幼若ホルモン濃度が制御されることも示されている(Cornette et al. 2008, Watanabe et al. 2014)。


これまでの研究では、カースト特異的遺伝子発現の同定、兵隊分化における形態形成とインスリンツールキット遺伝子の発現と機能、補充生殖虫分化におけるホルモンの役割と生殖腺の発達、フェロモン分泌腺の発達と個体間コミュニケ−ションなど、多岐にわたる研究テーマに取り組んでいる。


担当:小口晃平(特任助教)

シロアリに特有な退行脱皮の解明

"Regressive" molt specific to termites


シロアリでは、社会であるコロニーを維持するうえで、ワーカー個体が一定数巣内に存在することが重要である。そのためシロアリには、「退行脱皮 regressive molt」と呼ばれる翅芽のある個体(成虫の前段階)からワーカーに逆戻りする特殊な脱皮が存在する。シロアリにおいて社会性の維持にこの脱皮は重要であると考え、この脱皮の生物学的なメカニズムの解明に取り組んでいる。


担当:小林拳大(M2)

群体動物コケムシの異形個虫分化に関する発生学的研究

Developmental studies on the heterozooid differentiation in the colonial bryozoans


群体を形成するコケムシ動物(外肛動物門)の多数の種において、群体内の個体間分業が高度に発達し、多様な異形個虫が出現する。異形個虫は、常個虫の組織や構造が改変されて進化したことが示唆されているが、異形個虫の発生過程については明らかになっておらず、その真偽は不明であった。そこで本研究では、異形個虫の一種である鳥頭体の発生過程に着目し、全ての常個虫が鳥頭体を持つ(これを「付属性鳥頭体」と呼ぶ)ナギサコケムシを材料として、鳥頭体の発生プロセスを解明することを目的に研究を行う。まず付属性鳥頭体が形成される過程を詳細に明らかにし、常個虫の発生過程との比較を行うことで、鳥頭体特異的な発生過程を明らかにする。さらに、得られた知見をもとに、鳥頭体形成に関わる分子発生機構を解明する。


担当:山口悠D2)

コケムシの異形個虫

ナギサコケムシ Bugulina californica

棘皮動物における五放射相称ボディプランの発生機構と獲得過程

Developmental mechanism and evolutionary process of pentaradial body plan in echinoderms


ウニ、ナマコ、ヒトデなどを含む棘皮動物は、五角形あるいは星形に代表される“五放射相称”の特徴的な体の構造をもつ。しかしながら、五放射相称の形態を生み出す発生学的な仕組みや、その進化の背景は謎に包まれている。棘皮動物の幼生は左右対称で、発生が進むと変態して五放射相称の成体となる。我々は、この過程で最初に五放射相称の構造が観察される「水腔」と呼ばれる組織に注目し、5組の突起が形成されるプロセスを明らかにした。現在は、水腔において“5”というパターンが決まるメカニズムを明らかにするべく研究を進めている。


担当:宇田川澄生 (PD)

A: 主な研究材料として用いているマナマコ Apostichopus japonicus

B: マナマコの幼生と、水腔(オレンジで囲んだ部分)の拡大図。

マナマコの発生過程の模式図。左から右に向かって発生が進むにつれ、オレンジ色で示した水腔に突起が生じ、また環状に変形することで五放射相称の形態が生じる。

頭足類における吸盤の形成機構・獲得過程の解明

The evolutionary process of sucker acquisition in cephalopods


軟体動物門頭足綱に属するイカやタコの仲間は、他の軟体動物と異なり貝殻を退縮させ、発達した脳や、墨袋、色素胞など様々な新規形質を持つ。複数の腕を持ち、物を器用に持ち運ぶなど様々な行動をとることも知られているが、このような行動の実現に欠かせないのが腕の上に並ぶ "吸盤" である。知能が高く、俊敏な捕食者として海洋において繁栄してきたイカやタコの進化を考える上でも重要な新規形質である吸盤に着目し、その形態形成過程の観察や分子発生学的な解析により、頭足類における吸盤獲得過程の解明を目指している。


担当:金原僚亮 (D2)

(A) マダコOctopus sinensisの吸盤。 (B) アオリイカSepioteuthis lessonianaの吸盤。(C) コウイカSepia esculentaにおける吸盤形成過程。先端に吸盤形成領域があり、基部側に向けて未分化な吸盤原基が形成される。

ワレカラの特異なボディプランの創出機構:胚発生〜後胚発生を通じた形態形成

Developmental mechanisms unerlying the unique bodyplan in caprellids: from embryogenesis to postembryonic development


端脚類に属するワレカラ類は、近縁なヨコエビと比較して、以下の点で特異である:1) 細長く円柱状の体節、2) 一部胸脚の退化とエラの発達、3) 退化して痕跡的な腹節などの特異なボディプランを持つ。本研究では、実験室での飼育系を確立したトゲワレカラ Caprella scaura を対象として、ワレカラ特異的なボディプランの形成機構を胚発生から後胚発生までの生活史に着目して解明することを試みる。胚発生では、上記のワレカラ特異的なボディプランの形成を、後胚発生では性特異的な形態発現に特に着目し、組織形態、生理、分子発生など、多角的な解析を行い、ヨコエビの発生機構のどのような改変がワレカラという特異な動物の出現に至ったのかを考察する。


担当:大友洋平(D2

トゲワレカラの雌雄

ワレカラ特異的ボディプランと性的二型

等脚目ワラジムシ亜目甲殻類における陸上進出と空気呼吸器官進化

Terrestrialization in oniscid isopods and evolution of air-respiratory organs


等脚目ワラジムシ亜目の甲殻類は、甲殻類としては特異に陸上環境に適応し多様化した一群である。本群の一部の種は肺または偽気管と呼ばれる空気呼吸に特化した器官を腹肢に持つことが知られている。この器官は水分を十分に利用できない乾燥した陸上環境への適応形質であり、陸上進出に伴いどのように空気呼吸器官が獲得されたのかを進化発生学的な観点から研究している。


担当:乾直人(D1)

ワラジムシPorcellio scaberの肺(矢印、白色部)

形成された直後の肺(自家蛍光像)

多足亜門ヤスデ綱における増節変態の進化発生学的研究

Evolutionary developmental studies on anamorphosis in millipedes


節足動物門に見られる「体節制」は、進化発生生物学の重要なテーマとして盛んに研究されてきた。実は節足動物の体節形成には大きく2つのパターンがあり、1つが胚発生で体節形成を完了する「整形変態 epimorphisis」、そしてもう1つが後胚発生過程で脱皮のたびに体節や付属肢を増やしながら成長する「増節変態 anamorphosis」である。

多足亜門ヤスデ綱は増節変態をすることが知られ、さらに複数の増節変態のパターンがヤスデの中で進化している。本研究課題では、ヤスデを用いて増節変態のメカニズムを明らかにし、さらには多足類における変態様式の進化はどのような発生機構の獲得・改変によって起きたのかを明らかにすることを目指す。


担当:千代田創真(M1)

マクラギヤスデ Niponia nodulosaの1齢幼体と成体

ヤマシナヒラタヤスデ Yamasinaium noduligerumの1齢幼体と成体

性転換する魚類における両性生殖腺形成機構の解明

Physiological and developmental mechanisms of ovotestis formation in sex change fishes


我々ヒトを含む脊椎動物の多くの種では、個体の性は確実にメスまたはオスのいずれかに一方になるよう制御されている。しかし、魚類の一部は成熟後に性を変化させる性転換を行う。さらに、性転換する魚類の多くの種では、個体としてはメスまたはオスとして繁殖に参加しているにもかかわらず、卵巣組織と精巣組織が共存した「両性生殖腺」を形成する。この現象は、個体の性を決める脊椎動物の通常のメカニズムから逸脱した特異な事例であり、性がどのようにして決められ、それに応じて細胞や器官が形成されるのかを理解するための興味深いモデルとなりうる。そこで、組織形態の観察やホルモン投与実験、遺伝子発現解析などを通じて、両性生殖腺において異性の細胞の共存を可能にするメカニズムの解明を目指している。


担当:八尾晃史D1)

(A) モデルとして利用しているトラギスParapercis pulchella,(B) トラギスのメスの両性生殖腺,オスの生殖細胞である精母細胞(黒矢印)とメスの生殖細胞である卵母細胞(白矢印)が同居している。