1. 序論
本補論は、2025年6月13日から24日にかけてイスラエルおよび米国がイラン・イスラム共和国の核関連施設に対して実施した武力攻撃について、国際法の観点から体系的な分析を行うものである。本分析は、関連する条約法、慣習国際法、国際司法機関の判例法理、および国家実行を検討し、当該攻撃の合法性を評価することを目的とする。
2. 事実関係の概要
2025年6月13日、イスラエル国防軍は200機以上の戦闘機を投入し、イラン国内の核施設、軍事基地、インフラ施設に対して大規模な空爆を実施した。標的にはナタンズ核施設、フォルドゥ濃縮施設、イスファハーン転換施設等が含まれた。6月22日には、米国がB-2爆撃機を用いて地下核施設3か所に大型貫通爆弾による攻撃を加えた。これらの攻撃により、イラン側公式発表で610名が死亡、4,746名が負傷した。
3. 適用される国際法の枠組み
3.1 条約法
3.1.1 ジュネーヴ諸条約追加議定書
1977年ジュネーヴ諸条約第一追加議定書第56条1項は以下のように規定する:
「危険な力を内蔵する工作物、すなわち、ダム、堤防及び原子力発電所は、これらの物が軍事目標である場合であっても、これらの物に対する攻撃が危険な力の放出を引き起こし、その結果文民たる住民の間に重大な損失をもたらすときは、攻撃の対象としてはならない。」
同条2項は、この保護が失われる例外的状況として、当該施設が「通常の機能以外に、軍事行動に対し常時の、重要なかつ直接の支援を行うために使用されており、これらの物に対する攻撃がそのような支援を終了させるための唯一の実行可能な方法である場合」を規定している。
第85条3項(c)は、第56条違反のうち、文民に死亡若しくは身体の傷害を与え又は民用物に損害を与えることを知りながら行われるものを「重大な違反行為」と規定し、同条5項はこれを戦争犯罪と位置づけている。
3.1.2 核不拡散条約(NPT)
NPT第6条は、「各締約国は、核軍備競争の早期の停止及び核軍備の縮小に関する効果的な措置につき、並びに厳重かつ効果的な国際管理の下における全面的かつ完全な軍備縮小に関する条約について、誠実に交渉を行うことを約束する」と規定する。国際司法裁判所は1996年勧告的意見において、この規定を「交渉を追求し、かつ完結させる二重の義務」と解釈した(ICJ Reports 1996, para. 99-100)。
3.2 慣習国際法
3.2.1 武力行使禁止原則
国連憲章第2条4項は、「すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない」と規定する。この原則は慣習国際法上のjus cogens(強行規範)として確立している。
この原則の例外として、国連憲章は二つの場合における武力行使を認めている。第一に、第51条は「国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない」と規定し、自衛権の行使を認める。第二に、第7章(特に第42条)は、安全保障理事会による集団的強制措置としての武力行使を認めている。本件においては、安保理決議は存在せず、自衛権の要件充足のみが問題となる。
3.2.2 自衛権の要件
慣習国際法上、自衛権行使が認められるためには、以下の要件を満たす必要がある:
武力攻撃の発生(国連憲章第51条)
必要性(necessity)の要件
均衡性(proportionality)の要件
即時性(immediacy)の要件
国際司法裁判所は、ニカラグア事件判決(1986年)およびオイル・プラットフォーム事件判決(2003年)において、これらの要件を確認している。
3.2.3 国際人道法の基本原則
慣習国際人道法として確立している以下の原則が適用される:
区別原則:文民と戦闘員、民用物と軍事目標を区別する義務
比例性原則:予期される具体的かつ直接的な軍事的利益との比較において過度となる文民の死亡、文民の傷害、民用物の損傷を引き起こすことが予測される攻撃の禁止
予防原則:攻撃の手段及び方法の選択に際し、文民及び民用物への付随的損害を回避し、少なくとも最小化するための実行可能なすべての予防措置をとる義務
4. 法的分析
4.1 核施設攻撃の違法性
4.1.1 第一追加議定書第56条の適用可能性
イスラエル、米国、イランはいずれも第一追加議定書の締約国ではない。しかし、赤十字国際委員会の慣習国際人道法研究(2005年)は、核施設への攻撃に特別の注意を払う義務(規則42)を慣習法として認定している。さらに、国際原子力機関(IAEA)総会は、平和目的の核施設への攻撃が国連憲章と国際法の原則に違反することを繰り返し決議している(GC(XXXI)/RES/475等)。
4.1.2 攻撃対象施設の性質
イランの核施設は、NPT締約国としてIAEA保障措置協定の下で運営されている。IAEAは、イランの核計画が平和目的から逸脱した証拠を有していないことを報告している。したがって、これらの施設は民用物としての地位を有し、攻撃は国際人道法上の区別原則に違反する。
4.1.3 イランの濃縮活動に関する法的評価
イランが60%レベルのウラン濃縮を行っていることについて、包括的な法的評価を行う必要がある。イランはNPT第2条に基づき核兵器を製造しない義務を負う一方、第4条により平和的原子力利用の権利を有している。60%濃縮ウランの保有は、通常の民生用原子炉燃料(3-5%)や研究炉用燃料(最大20%)の必要性を大きく超えており、国際社会から懸念が表明されている。
しかしながら、以下の理由により、この濃縮活動を明確な国際法違反と認定することは困難である。第一に、NPTは具体的な濃縮レベルの制限を規定していない。第二に、イランはIAEA包括的保障措置協定(INFCIRC/214)に基づく査察を受け入れており、核物質の軍事転用は確認されていない。第三に、IAEAは継続的にイランの申告済み核物質が平和的活動にとどまっていることを検証している。
国際原子力機関理事会は2025年6月12日、イランの核義務違反を指摘する決議を採択したが、これは主に追加議定書の批准拒否やIAEAへの協力不足に関するものであり、濃縮活動自体を違法と認定したものではない。さらに重要なことに、このような懸念は外交的・平和的手段により対処されるべき性質のものである。
2015年のJCPOA(包括的共同行動計画)は、まさにこのような懸念に対する外交的解決の成功例であった。同合意はイランの濃縮活動を3.67%に制限し、国際的な検証体制を強化した。しかし、2018年の米国による一方的離脱により、この外交的枠組みが崩壊し、イランは段階的に制限を超過するに至った。この経緯は、軍事的手段ではなく外交的関与の重要性を示している。
したがって、イランの60%濃縮活動は国際的な懸念事項ではあるが、それは国連憲章第33条が規定する平和的紛争解決手段(交渉、審査、仲介、調停等)により対処されるべきものであり、武力行使を正当化する根拠とはなり得ない。実際、IAEA事務局長ラファエル・グロッシは、イランが「体系的に核兵器に向かって進んでいる証拠はない」と明言している。
4.2 自衛権援用の検討
4.2.1 武力攻撃の不存在
イスラエルおよび米国は、イランからの現実の武力攻撃を受けていない。将来の核兵器開発の可能性は、それ自体では国連憲章第51条の「武力攻撃」を構成しない。国際司法裁判所は、武力攻撃の概念について厳格な解釈を維持している(ニカラグア事件、para. 195)。
4.2.2 予防的自衛の違法性
いわゆる「予防的自衛」または「先制的自衛」の概念は、現行国際法上確立していない。国連事務総長の「より大きな自由」報告書(2005年)も、予防的軍事行動は安全保障理事会の承認を要することを確認している。
4.3 NPT体制との関係
イスラエルはNPT非締約国でありながら核兵器を保有している一方、イランはNPT締約国として非核兵器国の義務を負っている。この非対称的状況において、NPT非締約国がNPT締約国の平和的核活動を攻撃することは、NPT体制の信頼性と有効性を損なう行為である。
5. 国際司法機関の関連判例
5.1 核兵器勧告的意見(1996年)
国際司法裁判所は、核兵器の使用および威嚇の合法性に関する勧告的意見において、以下の重要な判示を行った:
核兵器の使用は一般的に国際人道法の原則に反する(para. 95)
核軍縮交渉を誠実に追求し完結させる義務が存在する(para. 105(2)F)
5.2 パレスチナ占領地に関する勧告的意見(2024年)
2024年7月19日の勧告的意見において、国際司法裁判所はイスラエルによるパレスチナ占領の違法性を確認した。この判断は、イスラエルの国際法遵守に関する全般的な評価に影響を与える。国際法違反を継続する国家による新たな武力行使は、国際法秩序に対する体系的な挑戦として、より厳格に評価される必要がある。特に、ICJが占領の違法性を確認してから1年も経たないうちに行われた主権国家への攻撃は、国際司法機関の判断を無視する態度の表れとして、国際法の支配に対する重大な脅威となる。
6. 結論
以上の分析から、2025年6月のイスラエルおよび米国によるイラン核施設攻撃は、以下の点で国際法に違反すると考えられる:
武力行使禁止原則違反:国連憲章第2条4項およびjus cogensとしての武力不行使原則に違反する。
自衛権の要件不充足:武力攻撃の不存在により、自衛権行使の前提条件を欠く。
国際人道法違反:民用物である核施設への攻撃は、区別原則および比例性原則に違反する。
NPT体制の毀損:核不拡散体制の信頼性を損なう行為として、国際公共秩序に反する。
国際社会は、このような国際法の重大な違反に対し、国連憲章第41条に基づく集団的措置を含む、適切な対応をとる責任を負う。特に、核施設への攻撃がもたらす放射能汚染の危険性を考慮すれば、このような先例を許すことは、国際の平和と安全に対する重大な脅威となる。
参考文献
International Court of Justice, Legality of the Threat or Use of Nuclear Weapons, Advisory Opinion, ICJ Reports 1996
International Court of Justice, Military and Paramilitary Activities in and against Nicaragua, Judgment, ICJ Reports 1986
Jean-Marie Henckaerts and Louise Doswald-Beck, Customary International Humanitarian Law, ICRC, 2005
IAEA General Conference Resolution GC(XXXI)/RES/475, "Protection of Nuclear Installations Against Armed Attacks" (1987)
Additional Protocols to the Geneva Conventions of 12 August 1949, 1977
作成:ハディ ハーニ(Hani ABDELHADI, 明治大学特任講師)