米国とイスラエルによるイラン攻撃に抗議し、国際法の遵守と中東の平和を求める声明(第五報)
米国およびイスラエルが2月28日に開始したイランに対する一方的な攻撃を契機に、中東全域に戦火が広がり、子どもや女性を含む民間人にも多大な犠牲が生じている。私たち中東研究者有志は2023年10月以来、ガザをめぐる情勢を憂慮し、国際法の遵守と人命の尊重、人道支援を求めて4回のアピールを発出してきた【注】が、米国・イスラエルのイラン攻撃の結果、今また同様の深刻な事態が生じ、さらに戦争の激化に伴い、中東および世界の平和と安定を脅かす混乱が広がっていることを深く憂慮する。
外交交渉が続いている中で突如行なわれた今回の攻撃は、国連憲章をはじめとする国際法に明らかに違反する暴挙、明白な侵略行為である。国連に対する事前の説明が一切なされなかっただけでなく、米国議会の承認を求めていない。
戦争の理由や目的について、米国大統領は公的な場で首尾一貫した説明をしていない。「切迫した脅威」との見解を裏付ける客観的な証拠は示されず、「核開発」問題に関しては、昨2025年6月に米国がやはり一方的に行なった攻撃の際に「完全に破壊した」と発表したはずである。今回の事態は、中東で唯一核兵器を保有しているイスラエルと、それを黙認する核保有国の米国とが、イランに核保有の嫌疑をかけて攻撃を仕掛けるという理不尽なものである。
また、米国やイスラエルはイラン国内の人権状況を口実に「体制転換」を掲げたが、体制転換を行なう権利があるのはイラン国民だけであり、外部から武力で政権を転覆することは国際法違反である。イランの憲法に規定される「最高指導者」の殺害や、児童を含む市民に対する殺戮は戦争犯罪である。これだけ明白な国際法違反や戦争犯罪を放置すれば、法に基づく世界秩序全体が崩壊することになりかねない。
忘れてはならないのは、今回の攻撃の一方の当事者であるイスラエルのネタニヤフ政権は2023年10月以来、占領下のガザ住民に対する死者7万人を超える殺戮と破壊を行なってきており、国際社会ではこれがジェノサイド(集団殺戮)として批判され、国際司法裁判所でも審理が進行中だという事実である。今回のイラン攻撃や、並行して開始されたレバノンへの空爆・侵攻は、ガザへの弾圧と一体の作戦として遂行されている。問題の根底にはパレスチナ問題が存在し、国際法違反の占領を続け、パレスチナの人びとの権利を否定し続けると共に、自らに批判的な国家や勢力を中東から消し去って自らを中心とする「新中東」秩序を作り出そうとするイスラエルの政策が存在する。これはイランにとどまらず中東全体の平和を脅かし、地域の将来に深い影響を及ぼすものであり、「法の支配」を踏みにじり世界秩序の根幹を揺るがすことで、中東を越えてグローバルに負の連鎖を引き起こす可能性を有している。
戦火の拡大の結果、域内の石油・天然ガス施設に甚大な被害が生じ、世界のエネルギー供給の大動脈であるホルムズ海峡の通航が困難になるという事態も生じている。米国大統領はホルムズ海峡の「安全確保」のための関与を欧州・アジア諸国の政府に求めているが、これは対立をさらに拡大・激化させ、世界を分断することにつながるだろう。ホルムズ海峡の安全を回復するために必要なのは、イランに対する攻撃の即時停止である。
米国による「自由」や「民主化」を掲げたアフガニスタンやイラクへの軍事介入は、その目的を達成することなく終わった。武力やそれによる威嚇では、紛争は解決しない。現在進行中のイランへの攻撃・介入も、中東にさらなる混乱を引き起こし、人類の将来に深い禍根を残すと考えられる。
このような認識に基づき、私たち中東研究者有志は以下のことを求める。
国連をはじめとする国際機関や各国政府は、米国およびイスラエルによるイラン攻撃が国際法違反であることを批判し、攻撃の即時停止を求めること。
各国政府は、米国およびイスラエルによるイラン攻撃に対し支援を行わないこと。軍事基地の使用許可や便宜の提供、共同軍事行動等を行わないこと。
米国およびイスラエルによる攻撃発生後にイランによって開始された軍事行動の結果、周辺諸国の民間施設や市民への被害も発生している。イランには自衛権行使の対象を、自国に対し直接攻撃を行なっている軍事基地に限定することが求められる。同様に近隣諸国には、イランに対する攻撃への軍事協力を行なわないことが求められる。1980年代のイラン・イラク戦争以来、アラブ諸国とイランとの対立がことさらに煽られ、中東諸国が分断・弱体化されてきた現実が存在するが、ペルシア湾/アラビア湾に面する地域のすべての当事者が、武力の応酬につながる行動を自制し、友好関係を回復すること。
イラン攻撃の帰趨にかかわらず、パレスチナに対する占領の終結を求めた国連総会決議(2024年9月18日)が遵守されること。パレスチナ人の民族自決権の実現、完全な主権を備えたパレスチナ国家の樹立によって中東に平和と公正がもたらされること。
日本政府は、国際法違反のイラン攻撃に加担せず、在日米軍基地がイランや中東への出撃基地として用いられないようにすること。ホルムズ海峡情勢等を理由に自衛隊の中東派兵を行なわないこと。
日本はこれまで中東外交の場では豊かな実績を積み重ね、中東諸国と友好関係を築き、パレスチナ問題をはじめとする中東地域の課題に関しても平和で公正な解決を求めて努力してきた。3月20日には、高市首相が訪米しトランプ米国大統領との首脳会談が行われた。今回、米国と歩調を合わせて軍事介入に参加するようなことがあれば、このような蓄積を台無しにして中東の人びとの信頼と友情を一瞬で失う結果となり、日本の社会・経済に深刻な影響が及ぶことになるだろう。今、日本外交が果たすべき役割は、今回の中東不安定化の最大の原因であるイラン攻撃を停止することを求め、パレスチナ問題の平和的かつ公正な解決のために働きかけ、かつ事態の鎮静化と緊張緩和とを求める諸国・諸機関と協力して、地域安定化のための調整、対話の試みに率先して取り組むことではないか。
中東の平和と繁栄、中東に生きる人びとの命と幸福のために、日本が外交、経済、そして文化面で貢献できることは多い。日本の中東研究の蓄積もそのためにこそ活用できるはずだと、私たちは信じている。
2026年3月24日
飯塚正人(東京外国語大学)、鵜飼哲(一橋大学)、臼杵陽(日本女子大学)、大稔哲也(早稲田大学)、岡真理(早稲田大学)、岡野内正(法政大学)、栗田禎子(千葉大学)、黒木英充(東京外国語大学)、酒井啓子(千葉大学)、長沢栄治(東京大学)、長沢美抄子(ライター)、奈良本英佑(法政大学))、三浦徹(お茶の水女子大学)、山岸智子(明治大学)、山本薫(慶應義塾大学)以上15名
【注】
「即時停戦と人道支援を求める中東研究者有志アピール」(第一報、2023年10月17日、賛同者総計4929名)、「即時停戦と人道支援を求める中東研究者有志アピール」(第二報、2023年12月25日)、「ガザ危機の深刻化とイスラエルによる戦争拡大を憂慮し、日本政府および国際社会に行動を求める声明」(第三報、2024年11月7日、賛同者総計1455名)、「ガザにもイランにも平和を:イスラエルによる中東戦争拡大と米国のイラン攻撃を非難する」(第四報、2025年6月30日)