ガザにもイランにも平和を:
イスラエルによる中東戦争拡大と米国のイラン攻撃を非難する
(中東研究者有志アピール 第四報)
ガザにもイランにも平和を:
イスラエルによる中東戦争拡大と米国のイラン攻撃を非難する
(中東研究者有志アピール 第四報)
イスラエルは6月13日、イランに対する一方的攻撃を開始した。核関連施設攻撃に加えて科学者や政府要人を殺害し、その後さらに放送局やエネルギー関連インフラも標的となって、多くの市民が死傷した。さらに6月22日にはイラン国内3か所の核施設に対し、米国も直接軍事攻撃を加えるに至った。6月24日にイスラエル=イラン両国間で停戦合意が成立した旨が米政権により発表され、停戦はこれまでのところ維持されているようだが、今後の展開は予断を許さない。
イスラエルおよび米国による今回の対イラン攻撃は明確な国連憲章違反、国際法違反の暴挙である(※補論「イラン核施設攻撃の国際法上の評価」参照)。イスラエルは「自衛権」を口にし、米国の攻撃も「集団的自衛権」の発動と説明されているが、国連憲章は「自衛」の名のもとの「先制攻撃」を認めていない。さらに核関連施設に対する攻撃は、ジュネーヴ条約をはじめとする国際法で固く禁じられた行為である。「イランの核兵器保有を防ぐため」だと主張されているが、イランは自国の核開発は平和目的だと説明してNPT(核不拡散条約)に加盟し、査察を受入れていること、核開発問題をめぐっては欧米等との間で合意(2015年)が成立しており2018年に米トランプ政権(第一次)が一方的に離脱するまで有効に機能していたことを想起する必要がある。かつて米国がイラク戦争の口実とした「大量破壊兵器疑惑」が、事実に反するものであり、大国による無法な軍事介入を正当化する隠れ蓑だったことは記憶に新しい。核関連施設への攻撃・破壊の結果、今後、放射能汚染によって地域の人々の命や健康、自然環境や生態系に長期にわたり影響が及ぶ可能性も懸念され、イスラエルと米国の行動は糾弾されなければならない。
同時に忘れてはならないのは、今回イランに対し国際法を無視する攻撃に踏み切ったイスラエルのネタニヤフ政権は、2023年10月以来ガザで市民全体を対象とする無差別殺戮を展開している政権であり、いまに至るガザの事態(ジェノサイド)と対イラン戦争とは、ひとつながりの現象であるということである。ネタニヤフ首相自身が繰り返し公言し、また(今回イスラエル全面支持の姿勢を示した)G7がその声明(6月16日)で「イランは地域における不安定とテロの主たる根源」であり、「イラン危機」の解決は「ガザでの停戦を含め、中東域内の諸紛争の緩和につながる」等と述べることで、皮肉にもイスラエルの作戦の真の意図と射程とを裏書きしてみせる結果となったように、イスラエルのイラン攻撃の背後にはガザの事態(あるいはパレスチナ問題全体)が存在する。イスラエルは、ガザおよびヨルダン川西岸も含めたパレスチナでの民族浄化作戦の延長線上に、レバノンのヒズボラを攻撃してその軍事力を徹底的に弱体化させ、シリアのアサド政権崩壊と同時に同国の旧国軍施設に空爆を加えて全面的に破壊すると共にシリア領内での占領も拡大し、完全な軍事的優位を確立した上で、今回の対イラン戦争に着手した。一連の展開の根底には、入植によって建設された国家であるイスラエルが、長年パレスチナに対し国際法違反の占領を続け、住民の抵抗を弾圧すると共に、自らの「安全」確保を口実に周辺諸国に戦争を仕掛け、中東域内における覇権拡大をめざしているという現実が存在する。中東を「不安定化」させてきたのは、客観的には、国際法違反の占領や戦争を繰り返してきたイスラエルと、それを放置するばかりか核武装さえ黙認してきた(中東で唯一核兵器を保有しているのはNPT非加盟のイスラエルである)米国はじめ先進諸国の姿勢だと言えよう。
今回の「イラン危機」をめぐっては、その過程で「ガザ」がいわば後景に退けられ、報道も減って、人々の意識から遠ざけられる傾向も観察されたが、両者が実は一続きの現象であることを考えると、イスラエル・米国がイランに甚大な被害を与えた今回の事態は、今後ガザの状況のさらなる深刻化につながる恐れがある。中東におけるイスラエルの覇権が拡大し、周辺諸国の制空権をイスラエルが事実上掌握するに至っていることが露わになったとも言える現状は、ガザの人々が置かれた状況をいよいよ絶望的なものとし、またパレスチナ問題の公正な解決をさらに遠ざけることが懸念される。
既に国際司法機関(ICCおよびICJ)により審理・指摘されてきたようにイスラエルがガザで続けている行為は明白に国際法に違反するもの、戦争犯罪であり、またその延長線上に実施された今回のイスラエル・米国による対イラン戦争も明らかな国際法違反である。もしこれが看過されるなら、国連憲章をはじめとする国際法に基づく秩序自体が消滅することになろう。ネタニヤフ首相は、今回の攻撃は中東の秩序を塗り替えるだけではなく「世界を塗り替える」ものだと豪語したが、イスラエル・米国の暴挙はまさに国際秩序全体を破壊しつつある。
日本政府はイスラエルのイラン攻撃について当初「軍事的手段が用いられたことは極めて遺憾だ。事態をエスカレートさせる行動を強く非難する」(岩屋外相)とし、G7出席前の石破首相も「平和的解決に向けた外交努力が継続している中、軍事的手段が用いられたことは到底許容できない」と言明した(6月13日)。私たちは、日本政府を含む国際社会がイスラエルと米国による対イラン攻撃正当化を受け入れることなく、国連憲章に基づく批判を堅持することを求める。国際法に反し、イランの主権を蹂躙する侵略は許されてはならず、今後いかなる口実によっても再開されてはならない。
ガザはイスラエルによる停戦破棄・戦闘再開(3月)以来、無差別攻撃・強制移住・人道支援遮断の結果、文字通りの極限状況に陥っており、現在は米国主導の食糧配給所でのイスラエル軍の発砲により連日多くの市民が殺害される一方、子どもを含む餓死者の増加も伝えられる。即時停戦と国連が主導する人道支援の再開、イスラエル軍全面撤退が必要である。さらに問題の根本的解決のためには、ICJの勧告的意見を受けて既に国連総会(2024年9月)でも合意されているように、パレスチナに対する占領の終結と、パレスチナ人の民族自決権実現のため、国際社会が一丸となって行動する責任がある。
とりわけヒロシマ・ナガサキの悲劇を経験し、国際紛争を解決する手段としての武力の行使を放棄する憲法をもつ日本の政府には、中東のみならず世界が戦争と核災害の淵にある今、自らの歴史的・道義的責任を自覚し、国際法遵守と平和を求める世界の民衆の側に立つ外交を展開することを求めたい。
2025年6月30日
飯塚正人(東京外国語大学)、鵜飼哲(一橋大学)、臼杵陽(日本女子大学)、大稔哲也(早稲田大学)、岡真理(早稲田大学)、岡野内正(法政大学)、栗田禎子(千葉大学)、黒木英充(東京外国語大学)、酒井啓子(千葉大学)、長沢栄治(東京大学)、長沢美抄子(ライター)、奈良本英佑(法政大学)、保坂修司(日本エネルギー経済研究所)、三浦徹(お茶の水女子大学)、山岸智子(明治大学)、山本薫(慶應義塾大学)以上16名