第4回 ゲノムの実体(2)
ー 染色体の構造
ー 染色体の構造
DNAに書かれたゲノム情報は単純な文字列の並びとして、捉えることができますが、そのDNAという分子が乗っている染色体という実体は有機的で複雑な構造をとります。その構造を説明するために、色々な専門用語が登場するのですが、少し注意が必要です。
染色体の構造を示す用語
細胞分裂期の染色体は顕微鏡での観察が容易で、150年以上前から研究されてきました。つまりDNAの発見よりずっと前から研究されていたのです。そのときから染色体という言葉を含め色々な構造を説明する語彙が生まれ、一部は現在も使われています。ただ時代の移り変わりとともに、見える構造や化学的特性の理解がかわり、それに合わせて「遺伝子」のように少しずつ意味が変わったり、複数の意味を持つようになってきました。例えばクロマチン(chromatin)は核内のタンパク質とDNAでできた高分子の複合体のことを言いますが、染色体とほぼ同じ意味で使われます。しかし、クロマチン構造というと染色体構造というよりは染色体のより詳細な分子レベルの構造についてよく使われます。また後述するヘテロクロマチンは染色体が染色液でより濃く染色される部分をもともとは指していたので概念的な定義ではなかったのですが、今は実際指していた部分の分子的特徴が明らかになって、どのような分子的特徴、機能を持つものがヘテロクロマチンなのか概念的にはっきりしてきています。最近になってわかった染色体の構造をクロマチン構造と言うべきか言わざるべきかなど考え方の違いも生じざるを得ません。したがって初学者にはわかりづらい面もあると思いますが、混乱がある程度は不可避になってしまうことを理解いただければと思います。
染色体の形態変化
撚られて太い棒となっている染色体は正確には細胞分裂中期(metaphase)にその形になりますが、分裂期の開始前(間期)は、非常に長い糸のようになっていて、細胞分裂前期(prophase)に核膜がなくなるとともにコンパクトな形に変容していきます。これを染色体凝縮(chromosome condensation)といいますが、長いDNAが分裂の際に絡まらないようにしてあるわけです。細胞分裂後期(anaphase)には細胞がくびれて二つになるとともに、二つの核膜が再構成されて、染色体はまたもとの長い状態に戻ります。
間期では、あまりにコンパクトだと他の分子がやってきてRNAの転写や複製などの作業がうまくできないでしょうし、かと言って非常に大事なDNAがそのまま裸の状態になっているとは考えづらいでしょう。以下、主にこの間期染色体の構造についてお話ししますが、複数の大きさの構造単位があります。これはとても複雑で、最近わかってきたことも多くあります。
ヘテロクロマチンとユークロマチン
染色体のセントロメア付近やその末端であるテロメア付近には染色が濃くなる部分があることが知られていました。他にも染色が全体的に濃くなる特殊な染色体などもあり、このような領域はヘテロクロマチン(heterochromatin)と呼ばれました。一方で通常の領域はユークロマチン(euchromatin)と呼ばれます。ヘテロクロマチン領域はDNAがより凝縮していて、遺伝子が転写されづらくなることが予想されます。実際に、遺伝子がその近傍にうつると、位置効果(Position effect)といって、機能しなくなることがわかっています。一部の遺伝子は特殊な機構を獲得して転写されることも知られていますが、例外的です。ヘテロクロマチンという状態になると、根こそぎ遺伝子が眠らされるというイメージでいいでしょう。セントロメアやテロメア周辺などの染色体のある領域はヘテロクロマチンになることが前もって決まっているようで、構成的ヘテロクロマチン(constitutive heterochromatin)といいます。一方で、発生の過程で後からヘテロクロマチンになる領域もあり、それは条件的ヘテロクロマチン(conditional heterochromatin)と言います。ヒトを含む哺乳類の有胎盤類のメスは一般的にX染色体を二つ持つのですが、発生のある時期に一つのX染色体がランダムに選ばれ、その全領域がヘテロクロマンになります。実は細胞によって違うX染色体がヘテロクロマチン化するので、働いているX染色体の遺伝子が体の部分によって違います。三毛猫というのは実は白にならない部分を、黒にするか茶色にするか決める遺伝子がX染色体にあり、それがランダムにヘテロクロマチン化することで、3つの毛が混ざっているのです。
核小体とNOR
間期の核のDNAを染色すると、ボール状の核の中にぽっかりと穴のようなものが見えます。そこはヘテロクロマチンと逆にDNAがうすいところで、この間期のこの構造を核小体(nucleolus)といいます。分裂期ではこの領域は極端にくびれて色が抜けたように見えて、二時狭窄またはNORと言います。これはリボソーマルRNA(ribosomal RNA, rRNA)という特殊なRNAがDNA(rDNA)から転写されているところになります。リボソーム(ribosome)というのはrRNAが結合して機能するタンパク質で、mRNAからタンパク質を合成する酵素です。あらゆる細胞の構造やその機能のためには、それだけのタンパク質の合成が必要なので、リボソームが大量に細胞内に必要です。タンパク質は自身をコードするmRNAが一つあれば、そこからいくらでも増えることができるわけですが、rRNAは一つ一つDNAから転写しなくてはいけません。そこでそのための領域は核の中でも特別に転写が活性化している領域になっているというわけです。転写の活性が細胞分裂期に至っても続いており、NORだけDNAが凝縮しないようになっているのです。ちなみに、rRNAは細胞内でも一番多いRNAで、細胞からRNAをとってきて、長さで分離してやると顕著にrRNAの存在を確認できます。実は全てのrDNAが核小体になるわけではく、転写されない不活性なrDNA領域もあります。その理由はあまりよくわかっていません。
核内配置とTAD
ヒトであれば23種類の染色体があるわけですが、そのそれぞれを違う蛍光で染めて、どこにあるのかを見るという染色体FISHという方法が生まれ、間期の染色体も核内でどこにあるのか、いわゆる核内配置(nuclear positioning)を調べることができるようになりました。このような研究により、一つ一つの染色体は核内に無作為に広がっているわけではなく、区画にとどまっていることがわかりました(例外はあります)。これを染色体テリトリーといいます。このテリトリーがどのように維持されているかなどまだあまりわかっていないのですが、これは染色体の細かな部位を示すトポロジカルドメイン(topologically associating domain)、通称TADの核内配置と関係しているはずです。TADは概ね1Mb(メガベース、100万塩基)ほどの大きさの領域で、染色体全体はこれが100個ほどつながったものと考えればいいでしょう。TADの領域はDNAがグループになってそれぞれ近づいていて、グループ移動のようにTADを単位として核内を動くこともあります。一般に核の外側は遺伝子の転写が抑制され、内側で活性化するので、TADの移動は遺伝子のオンオフを大きな単位で行っていると考えられます。
ヌクレオソーム
100万塩基ほどの大きさの単位から一気に200塩基ほどに小さくなりますが、この間にも30nmファイバー構造など中間レベルの構造が提唱されてはいます。また遺伝子の周辺領域は複製や転写などを通して機能的に関係していて、例えばエンハンサー(enhanser)というゲノム領域は近傍の遺伝子の転写を促進するのに重要で、転写の際には物理的に近づくのですが、DNAの配列上の距離では1Mbも離れる場合もあります(一般的にはそんなに長くはないですが。)。ただあまり一般的な構造であったり、確定的なことが言えないため、ここでは省略して、重要なヌクレオソームの話に移ります。
DNAはそれ自体も安定な化学物質ですが、ヒストン八量体(histone octamer)という八つのヒストンタンパク質があわさったものにまかれることでより安定になっています。一つのヒストン八量体に1.7回巻かれると巻かれないリンカー領域となり、また次のヒストン八量体が現れます。すると約200塩基対ごとに繰り返しとなり、その一単位のDNAとタンパク質でできた構造をヌクレオソーム(nucleosome)といいます。ヒストン八量体はヒストンH2A、H2B、H3、H4が2つずつ組み合わさってできています。ヒストンH1はリンカーヒストンと呼ばれ、リンカー領域に結合しますが、DNAを巻いてはいません。ヒストンタンパクの端っこは、巻かれる部分から飛び出たヒストンテールと呼ばれるしっぽのようなものとなり、それが実は大切な役目を持っています。そのDNAの領域をどう扱うかということの目印のようなものがついているのです。それはヒストン修飾(histone modification)といって、テールにあるリシンあるいはアルギニンなどの側鎖にあるアミノ基がメチル化またはアセチル化するのが一般的です。ゲノムには遺伝情報の全てが乗っているのにそこに情報が付け加えられるのは少し変な感じがしますが、あらゆる細胞のあるゆる条件でゲノムDNAの使い方はさまざまなわけで、利用しやすいようにここはこういう領域だとマークをつけておくわけです。例えば一般的なのはH3K4me(ヒストンH3の4番目のリシンがメチル化されているもの)ですが、転写が促進された遺伝子の転写開始点によく現れます。H3K9me3(ヒストンH3の9番目のリシンがトリメチル化しているもの)はよくヘテロクロマチンに現れます。
DNAの螺旋
第一回でもお話ししましたが、DNAはアデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)という塩基がそれぞれチミン、アデニン、シトシン、グアニンを相手にしてくっつき、一本のDNAの鎖に対して、逆向きの相補鎖(complementary strand)とよばれる鎖が対になっています。この二本の鎖は化学的性質上、捻ったように回転しながら繋がるので、二重螺旋となります。このとき、通常ネジをしめる方向のように右巻きの二重螺旋を取っています。一般的なその螺旋の形態をB-DNAと言いますが、螺旋の進行方向に対して塩基が傾いたようなA-DNAというのもあります。B-DNAでは10塩基対に一周DNAが回ります。ある条件下では逆の左方向に回る螺旋になり、Z-DNAになります。転写の際、二重螺旋は解けるのですが、このとき、Z-DNAが一次的に現れます。定常的にZ-DNAになりやすい部分もあり、Z-DNAの制御が重要な役割を持っていることもわかってきています。
第二回から、生物の個体レベルから分子レベルまでゲノムと呼ばれるもののの実体について、説明してきました。ゲノムの構造的な理解ができたと思います。注意していただきたいのが、多くはヒトを含む真核生物のゲノムの話だったので、バクテリアや古細菌は異なるということは念頭に置いておいてください。また真核生物でも生物や細胞によって全く違うゲノムのありようを持ち、その多様性は非常に面白いのですが、今回はよく研究されている一般的な細胞の理解に注力しました。次は、ゲノムの機能的理解を進めていきましょう。ゲノム配列上にどのようなものがあり、どのように機能し、作用しあって、進化するのか、ということについて今後、話していきたいと思います。
[2022.11.6 更新 吉田恒太]
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