性というのは生物学の一つの大きなテーマですが、実は謎の多い事柄でもあります。それを決定するゲノム領域「性染色体」もとても特殊な形態や機能をもっています。
性とは何か?
第一回でお話ししたハプロイドゲノム全体に対してアレルが二つずつ存在して細胞で機能する状態を二倍体(diploid)といいます。これはつまり、相同染色体の両方が細胞の中にある状態です。一方で、アレルが一つしかない状態を一倍体(haploid)といいます。単細胞生物を除く、多くの生物は二倍体という状態を少なくとも短期間は持ちます。私たちヒトは精子や卵子以外は二倍体の細胞なので二倍体は普通の状態と考えられるでしょう。しかし、より原始的な植物などでは一倍体のときも多細胞の個体となります。この二倍体というのは二つの一倍体の細胞、配偶子の融合で生じます。この融合は多くの場合不均等です。一方の配偶子は遊泳能力に特化し、もう一方を探し求めて動きます。もう一方は融合後に消費される栄養を蓄積するのに特化します。前者が精子(sperm)、後者が卵子(ovumまたは単にegg)と呼ばれ、前者を作り、繁殖する機能がオス機能、後者を作り、繁殖する機能がメス機能です。オス機能に特化した個体をオス(male)、メス機能に特化した個体をメス(female)、両方をもっているものを雌雄同体(hermaphrodite)といいます。基本的に個体の属性として性(sex)と言われるのはこの三種類の違いです。ただ配偶子が融合すること自体を性と言う場合もあるのでご注意ください。
私たちヒトのように二倍体の個体が減数分裂で配偶子を作る場合は二倍体性(diploid sex)を問題にしていますが、一倍体の個体が配偶子を作る場合は一倍体性(haploid sex)を問題にしています。一倍体性としてオスとメスがある場合は配偶子が融合したあとの二倍体ではオスとメスがないこともあるので、全く違うものだと考えてもいいでしょう。以下は、二倍体性について主に話します。
生殖システム
受精の不均等性により、オス機能とメス機能が共存しなければ繁殖することはできないので、三種類の性による性の存在の仕方は合計5種類になります。この様な生物の性の取り方を生殖システム(reproductive system)と言います。ダイエシー(dioecy)やハマフロディティズム(hermaphroditism)は一般的な生殖システムです。植物の場合、花ごとに性を決めることができて、花の組み合わせで個体の状態がまた異なるのでより複雑ですが、ここでは立ち入りません。以下は、一般的な議論となるダイエシーについて話していきます。
性決定と性発生
さて、ダイエシーが含むオスとメスは形態的、機能的に多くの点で違いがありますが、個体が発生する過程で自らの性を決定し、個体全体が同調して一つの性になる必要があります。最初の過程を性決定(sex determination)、その後を性分化(sexual differentiation)または性発生(sexual development)の過程といいます。性発生は個体の生存そのものよりも繁殖に必要なので他の発生過程よりも後に起こることが多いです。例えば、性転換する魚などには群れの中にオスがいるときはメスで、オスがいなくなった時にメスからオスに形態が変わるというものまでいます。
その魚のように性決定が周りの環境などで決まったり、完全にランダムで決まったりする可塑的な場合と遺伝的に決まっている場合とあります。遺伝的に決まっている場合は稀に複数の遺伝子座が関与している場合もありますが、多くは一つの遺伝子座であり、そのゲノム領域は頻繁に特殊な染色体となっています。
性染色体
古くからオスとメスでは染色体の数や形いわゆる核型(karyotype)が異なることが多く観察されました。特に哺乳類やショウジョウバエなどではオス特異的に小さな染色体が現れ、大きな染色体と減数分裂期に対合します。対してメスはこの大きな染色体を二つ持つのです。この染色体の遺伝情報が個体発生を司るので、この染色体が性を決定しているのは明らかです。このような染色体は性染色体(sex chromosome)と名付けられました。一方で、性染色体以外の染色体を常染色体(autosome)といいます。
哺乳類やショウジョウバエのオスのように性染色体が配偶子に分配されたとき、配偶子によってバリエーションが生じる場合の性を異型配偶子性(heterogametic sex)といいます。対して、このようにバリエーションが生じない方の性は同型配偶子性(homogametic sex)です。メスが同型の場合、メスのもつ染色体をX染色体(X chromosome)、オスが特異的にもつ染色体はY染色体(Y chromosome)といいます。多くの哺乳類ではメスはXXをもち、オスはXYを持つので、XX/XY型の性決定となります。一方でオスが同型の場合、オスの持つ染色体はZ染色体(Z chromosome)、メス特異的なものはW染色体(W chromosome)です。多くの鳥類はメスはZW、オスはZZなので、ZW/ZZ型の性決定となります。注意していただきたいのは、生物によっては、Y染色体やW染色体をもたないで、異型配偶子の性は一本の性染色体(X染色体かZ染色体)しかもたない場合があることです。つまり、YやWが存在しないで、XやZの数が性で違うのです。この場合、異型配偶子のものはXO(オス)あるいはZO(メス)と表現されます。線虫はXX/XO型が一般的だと考えられています。
以下、XY型を例に話しますが、ZW型も対応する性が違うだけで同じことが起こります。また、XO型はXY型のYが劣化し、無くなった極端な例と考えることもできます。
性染色体の二つの領域
Y染色体は一部X染色体と相同な配列を持っていて、そこでうまく対合することができることがわかっています。このような領域をシュードオートソーマル領域(pseudo-autosomal region)あるいはPARといいます。多くの場合はその領域でXY間の組み換えも行われます。
それ以外のX染色体の領域は常染色体のように多くの遺伝子がありますが、オスでは一つのアレルしかない一倍体のような状態になります。この状態をヘミ接合(hemizygote)といいます。ヘミ接合の時、相方のいないアレルは突然変異の影響を顕在化しやすくなります。つまりオス特異的にXのアレルのもつ特徴が示されるので、このようなX染色体のヴァリエーションの遺伝を伴性遺伝(Sex-linked inheritance, 性と連鎖する遺伝という意味です)といいます。Y染色体のPAR以外の領域もヘミ接合になりますが、こちらにはそれほど遺伝子はなく、遺伝子のような配列があっても転写されていません。一部の特殊な遺伝子だけが機能しています。
性染色体にある性決定遺伝子
性発生に関わる遺伝子が性染色体に複数あることはよくありますが、最初の性決定は多くの場合、性染色体上の一つの遺伝子が司ることが多く、性決定遺伝子(sex determination gene)といいます。性決定遺伝子は性染色体のPARじゃないところにあるわけですが、XY型でも性決定遺伝子がX染色体にあるのかY染色体にあるのか、どちらも可能性があります。哺乳類ではsryという遺伝子が性決定遺伝子であり、Y染色体にあります。このような遺伝子はオス決定遺伝子とも呼ばれ、あればオスになります。対して、ショウジョウバエではX染色体上のsxlという遺伝子が性決定遺伝子で、常染色体とX染色体の核内の比率で決める少し複雑な機構で性を決めています。性決定遺伝子は生物種によって違っていますが、一部の生物種によってはとても安定的です。例えば哺乳類のsryは有胎盤類と有袋類の共通の祖先で獲得されていて一億六千万年以上変わっていませんが、魚類では種で特異的に性決定遺伝子が見つかったりします。
性染色体のバリエーション
性決定遺伝子が種によって違うと言うことはそれが乗っている性染色体も種によって違うことは予想できるでしょう。性染色体が大きく変わる性染色体の転換は以下の三つの進化的原因で起こります。1)常染色体に新しい性決定遺伝子が生じた場合、2)性決定遺伝子が常染色体に転座した場合、3)性染色体と常染色体の間で融合が起こった場合です。以上のような進化が起こると、新しい性染色体領域が生じ、これをネオ性染色体といいます。この領域は一応新しいX染色体とY染色体と区別することができますが、当初はほとんどがPARになると考えられます。1と2の例では性染色体は全く新しいものに置き換わるのでこのときXY間で形の違いはほぼありません。このようなXY型性染色体は一般に同形性染色体(homomorphic sex chromosome)と言います。この新しいXY間で組み換えができなくなるとPARは短くなり、大抵はY染色体は進化的に劣化します。そうするとXとYは形も違うので異形性染色体(heteromorphic sex chromosome)となります。鳥や哺乳類の性染色体はこのようにしてできたと考えられています。このようにして、1)どの染色体が性染色体になるのか、2)どのような性染色体のシステム(eg XY, ZW)なのか、3)性染色体におけるYまたはWの劣化がどの程度なのか、と言う色々な点で生物間でバリエーションが観察されます。ただ一つの種の中でバリエーションが見られるのは稀です。
遺伝子量補償
Yの劣化が進み、X染色体の遺伝子のアレルの数はオスでメスの半分になってしまいます。常染色体はメスと同じだけあるので、性染色体だけで数がアンバランスになります。このときX染色体上の多くの遺伝子の転写されるRNAの量が性で異なってしまうので、問題であると予想されます。そこで、X染色体全体の遺伝子の転写レベルを調整する大胆なメカニズムが異なる生物種で別々に進化してきました。それを染色体レベルの遺伝子量補償メカニズム(dosage compensation mechanism)といいます。哺乳類、ショウジョウバエ、線虫の三種類で詳しいメカニズムが知られていますが、実は三つともに全く違う方法をとっています。哺乳類はメスの二つのX染色体のうち、一本を完全に転写しないように抑えてしまいます。線虫は似てますが、二本のX染色体どちらも半分だけ転写するように抑えます。ショウジョウバエはオスの方のX染色体をより転写するように活性化します。これによりオスとメスは同じだけの遺伝子の転写をするのですが、後者は無くなった分を増やすので合点がいきますが、前者の場合は無くなった方に合わせているので、X全体の遺伝子の転写を一度引き上げてからXXで下げる、というように複雑なことが起こっていた可能性があります。実は鳥類やイトヨの性染色体を見ると、染色体レベルの遺伝子量補償がありません。重要な遺伝子だけ転写が同じになるように調整されているのです。遺伝子の転写は個々の遺伝子の調節領域にタンパク質が作用することで調節されています。この調節では、タンパク質の量が少ないとき、その情報を転写制御に伝えて、転写をあげるということができます。このようなフィードバック制御(feedback regulation)により、必要な遺伝子を必要な量に増やすことができるので、必ずしも染色体レベルでの遺伝子量補償はなくてもいいと考えられるでしょう。
特殊な遺伝的性決定
XY, ZW, XO, ZOなど一般的な性染色体について話しましたが、この枠に入らない特殊なケースもあります。Y染色体のPARでない領域に常染色体と融合すると、新しいY染色体領域ができるのですが、その相同染色体は融合しないで新しいX染色体になるので、第二のX染色体になります。このとき性染色体はX1X1X2X2/X1X2Y型になります。Xが融合した場合も似たことになりますし、さらに融合が起こるとさらに複雑になります。カモノハシはなんとX1X1X2X2X3X3X4X4X5X5/X1X2X3X4X5Y1Y2Y3Y4Y5型のシステムをもっています。またB染色体というあってもなくてもかまわない染色体がシクリッドという魚の一種では性決定に機能を持つことを私は発見しましたが、最近になって他のケーブフィッシュという魚でも同じことが発見されました。雌化X染色体はY染色体があっても(つまり XYでも)雌にしてしまう特殊なX染色体で、ネズミの一部の種で確認されています。半倍数体性(haplodiploid sex)はとくに多くの生物種で観察されるものですが、性染色体による性決定とは全く違います。昆虫を中心とした一部の生物種で独立に進化していますが、ハチやアリなどで一般的です。雌は通常の二倍体なのですが、雄は同じような形態をしながらも一倍体なのです。この場合、雌の卵のうち、受精をして二倍体になると、雌に発生するのですが、受精しないとそのまま卵が発生し、一倍体の雄になるのです。半倍数体性をみると、いかに性決定というものがゲノムの様式の多様性に大きくかかわっているかがよくわかります。性染色体はヒトでは23分の1ですが、Drosophila albomicansというショウジョウバエでは祖先で性染色体と常染色体の融合が複数おこり、核ゲノムの半分以上が性染色体です。性染色体の特殊性は生物種のゲノムの特殊性につながっているのです。
[2022.12.04 更新]