地域包括ケアシステムは、高齢者が住み慣れた地域で生活を継続することを目的とし、医療・介護・福祉の連携を軸に制度設計が進められてきた。しかし、その実装過程においては、「自助・互助・共助・公助」といった手段が前景化し、結果としての生活の質や当事者の実感が後景に退く傾向が指摘されてきた。
この構造は、財政的持続可能性や制度運用の合理性を確保する一方で、支援対象の多様性や個別性、とりわけ標準化が困難な課題を十分に包摂できないという限界を内包している。
難病支援は、地域包括ケアのこうした限界を最も端的に示す領域である。難病は患者数が少なく、疾患ごとの経過や生活課題の多様性が大きいため、支援資源が分散しやすく、当事者や家族が孤立を経験しやすい。
もう一つの支援困難が生まれやすい認知症支援が、一般性と連続性を特徴とし、制度設計との親和性を比較的保ちやすいのに対し、難病支援は希少性と断絶性を特徴とし、既存の枠組みでは対応しきれない「周縁的課題」として扱われがちである。
しかし、この「周縁性」こそが、地域包括ケアの前提条件を問い直す契機となる。難病支援を通じて浮かび上がる課題は、将来的に他の慢性疾患や高齢期の複合的困難にも共通する可能性を持ち、地域包括ケアの再設計に資する重要な知見を含んでいる。
難病支援には多くの専門職が関わるが、その連携のあり方は、病院での「Multidisciplinary care(役割分担型連携)」とは異なる質が求められる 。
役割分担型連携 (Multidisciplinary care): 医師を中心に、それぞれの専門職が自分の役割を果たすための階層的な連携。診断や治療が中心の「単色のポートフォリオ」 になりがち。
協働型連携 (Transdisciplinary care): 生活の場では、医療・看護・介護・福祉・行政に加え、当事者やご家族の「経験知」も尊重し、すべての関係者が並列的に関わる連携が必要。状況に応じて役割を柔軟に入れ替えながら、知識を統合していく「多色刷りのポートフォリオ」のような支援。
現場で直面する解決困難な問題(アポリア)に対しては、後者のような柔軟な協働がより有効。
難病ケアカフェは、このTransdisciplinary careを実践的に成立させるための社会的装置として位置づけることができる。カフェという形式は、医療機関や行政機関とは異なり、専門職の制度的役割や上下関係を相対化し、当事者・家族・支援者が同じ地平で語り合うことを可能にする。
ここで重要なのは、難病ケアカフェが「支援を提供する場」ではなく、「支援が生成される場」である点である。そこでは、制度化された支援では捉えきれない生活上の困難や価値観が、当事者の語りとして立ち上がり、それが専門職の実践知と交差する。このプロセスそのものが、協働の質を高める学習の機会となる。
5.アウトカム以前の価値 ― アポリアを保持する場として
行政施策においては、定量的アウトカムや即時的成果が求められることが多い。しかし、難病支援においては、問題が明確に定義できない段階、あるいは解決不能な問いを含んだ段階での支援が不可欠である。
難病ケアカフェは、こうしたアポリアを排除せずに保持し、語りとして蓄積する場であり、制度設計に先行する質的モニタリングの機能を果たす。
この点において、難病ケアカフェは、重層的支援体制整備事業の理念と親和的であり、複数の事業や専門職が協働する際の「接続」および「翻訳」の場として機能しうる。
以上の考察から、難病ケアカフェは、単なる居場所づくりや交流事業としてではなく、地域包括ケアの限界と可能性を検証するための実践的基盤として評価されるべきである。
希少性と断絶性を特徴とする難病支援を通じて得られる知見は、2040年を見据えた地域包括ケアの再構築において、不可欠な示唆を提供する。
それは、高齢者対策としての地域包括ケアシステム(Aging in Place)から、対象年齢を問わない地域共生社会(Living in Community )への移行であり、そこにはStayingと Belongingの対比がある。
Aging in Place がそこに「留まる(Staying)」ことであるのに対し、Living in Community はそこに「居場所がある(Belonging)」こと。それはFrom "Patient" to "Neighbor"というプロセスに他ならない。