「我等の掌に心が宿り、指先に力が宿る。
意志に心が感応し、力が世界に干渉し、形を創り変えて行く」
『心子』とは、世界の仕組みに直接『触れる』ことの出来る『手』につけられた呼称である。
あるいは、その『手』を所持する者たちをそのまま『心子』と呼んだりもするが、多くの場合そちらは『心子宿し』と称され、区別される。
より端的にわかりやすく言えば、『心子』は『超能力』であり、『心子宿し』は『超能力者』だ。
彼等はその『手』を用いて、この世を構成する仕組み自体に働きかけ、様々な超常現象をこの世界に実現させる。
『心子』を最初にそう呼んだのは、史実上における“初めの心子宿し”、人形ほろろ、その人である。
彼女が、自身の『手のひら』に宿ったその力を、手のひらを掌と呼ぶのにかけて、『心子』称したのだ。
それを受けた、今や心子研究界の権威であり第一人者である橋爪祓教授により、正式に『心子』という名称が広められた。
二十一世紀初期に『心子』が発見されてから二十年と少し。
今では世間的にその存在は認められ、国立心子養成機関によって心子宿し認定証を発行してもらえば、普通に生活を送ることも可能である。
ライセンスを所持していない『心子宿し』は、心子専用都市である『千手』にての生活が義務付けられている。
しかし、ここでの生活は一般の土地での生活と変わらないほどに不自由がなく、ライセンスを得てなお、『千手』に留まる『心子宿し』も多いそうだ。
「では、問おう。ここに絵が在る。君が居る。
眺められているものは『何』で、眺めているものは『何』かな?」
『心場(ココロバ)』とは、現実世界の現象と精神的活動との狭間を取り持つ力場に名付けられた名称である。
既存の物理法則や因果関係を容易く覆してしまう『心子』の発見により、従来の科学はその理論体系の革新を余儀なくされた。
そんな中、橋爪祓(ハシヅメ ハラエ)教授が提唱した概念こそが、『心場』であった。
橋爪教授が注目した点は、『何故、この世界は、この世界に見えるのか』と言う、いわゆる意識における最終的な『認識』であった。
人体の仕組みや脳の構造についての研究が進み、人間がこの世界を認識し得る『過程』については、少しずつであるが現在も着々と解明されつつある。
しかし、最終的な意識との因果については――私達が『こう構成され』ており、世界が『こう存在している』からこそ、『そう見える』のである――と表現するしかなかったのだ。
その点にこそ、彼は(心子の発見を受けて)論点を置いた。
世界が今のように見えているのは、人の意識・精神が、世界を包む『心場』の影響を受けているに過ぎないのだと。
つまり、電場の変化に対応して磁場が変化するように、心場が変化すると対応して人の意識も変化を起こし、現実世界の『見え方』自体が変化を受けるのである、と言うことを述べたのだ。
『心場』が変化を起こさない限り、世界は安定したそれであり、従来の物理法則などは問題なく通用するのである――その点に於いて、この理論は見事に既存の理論と調和を見せ、広く受け入れられた。
すなわち『心子』とは、この『心場』に干渉し変化を引き起こすことで、我々の『認識』を根本から覆し、あたかも現実世界の法則を創り変えてしまうかのような現象を引き起こすのである。
『心子宿し』は、己の意志で『心子』を起動し、『心場』に影響を与え、人々の最も根深い『認識』をこそ操作するのだ。
なお、この理論に沿って橋爪教授は以下の可能性も述べている。
『心子』の出現が意味するところは、以前までは安定しほとんど変化する様子を見せていなかった『心場』が随所で胎動を始め、より流動的なものになりかねないと言うこと。
いうなれば『心子』の一側面は『心場』の断裂、裂け目であり、今後それは拡大して行きかねないのだと。
それは勿論、我々に大きな影響を与えることが必至であり、一つの大きな例こそが下記する『悪式連鎖』なのである、と。
「この世に絶対的善がないよう、残念ながら絶対的悪も存在しない。
それを決めるのは心だ。――ただし、心も絶対的などとは決して言えない」
『悪式(アクシキ)』とは、人の意に介さず、つまり『心子』の働き以外で生じた『心場』の裂け目である。
悪しき方式。
そこにたまたま、強い方向性を持った人の意志が介入すると、『心場』への干渉が起こり、反動をその人は強く受け、さらにその意志を強めてしまう。
多くの場合それは、もはや個人の精神では制御不可能の物となり、合わせ鏡のように互いに反響し合う悪循環が生じる。
これが、『悪式連鎖』と呼ばれる現象である。
それはもはや、暴走した『心子』より性質が悪い。
意図的に『心場』へ干渉する『心子』とは違い、『悪式連鎖』は始まりの意志のまま増大し、周囲の法則を狂わせ続ける。
人の精神における『心場干渉』力の限界に名付けられた【心炉】と言う概念。
しかし『悪式連鎖』には、その意志が最初に起きたものの劣化コピーであるがゆえに、【心炉】は存在しないに等しい。
さながら理性を失った化け物のように、もしくは異常な自然災害のように、甚大な被害を引き起こしてしまう。
世間の呼ぶココロコモリテーー社会に貢献する『心子宿し』の主な仕事の一つとして、この『悪式連鎖』を処理するものがある。
手段としては、『心場』の裂け目である『悪式』を閉じて無効化することが主であるが、干渉の大本である人間自体を排除しなくてはならない場合も、稀に存在する。
「刀には鞘が、人には服が、命には器が、そして意志には言葉が必要だろう?
同じように、心子には手衣が必要なのさ」
『手衣(タゴロモ)』とは、『心子』の出力抑制装置であり、見た目は手袋である。
世界の現象、厳密には『心場』へ直接干渉する『心子』は、『心子宿し』の意志を引き金として発動するが、それゆえに彼等は精神に反動を受ける。
また、しばらく『心子』によって意志の投影を『心場』に行っていると、反動を『心子』の方も受け、干渉力をしばらく失ってしまうこともある。
総じて、これらの『心子』の発動限界は【心炉】と名付けられている。
【心炉】が尽きると、一時的に『心子宿し』は『心子』を発動できなくなるのだ。
何も処置がなされていない場合、『心子』の発動や【心炉】の回復は非常に不安定であり、意図してない時に超常現象を引き起こしてしまったり、あるいは使いたいと思った時に発動しなかったりする。
その安定化を図るために開発されたのが『手衣』であり、着用時は『心子』が『心場』に引き起こす影響は非常に微細なものとなり、【心炉】はほとんどすり減らない。
『心子宿し』がその力を発揮したい場合は、『手衣』の一部を開いたり外したりなどして、一時的に抑制を外す。これを、『心子』の『解放』と言う。
一度の『解放』目安は5分であり、5分経つごとに『心子宿し』の所有する『心子』の規模――通称『心位』に応じた分だけの【心炉】を消費することが知られている。
つまり、発動の安定化や周囲と自身の安全、『心子』の活用限界の見極めなどに、『手衣』は欠かせない道具なのだ。
現在では、様々なデザインの『手衣』が開発されており、『心子宿し』達は望めば好みの色や形の『手衣』を入手することが可能である。
ただし、凝った物ほど値段が高くなる点は、普通の商品と同じである。
勿論、政府からの無料の支給品はあるが、いかんせんデザインがあまり良くないため、好んで使っている者は少ない。
『心子宿し』ともなると平時の『手衣』着用が義務付けられるため、普段はほぼ丸一日手袋状態であるので、やはりこだわることが多いようだ。
ちなみに、きちんと水仕事用や入浴時用の『手衣』も存在する。
最近は何と『心子』を擬似人格として投影する、最新型『手衣』――『語手(カタリテ)』なる物が開発された。
通常の『手衣』の機能に加え、名の通り手が『喋る』のだ。
これにより、『心子』のコンディションをより正確に把握したり、自らの『心子』への愛着を増したりと、得るところも多いそうだ。
ただし、無論普通の『手衣』よりも値段は高いし、静かなのが好みの人には向いていない。
「まさか私も、名付けた言葉がそのまま政府機関になってしまうとは……、
露ほども思ってなかったよ。――恥ずかしいからやめてくれないか」
国家的な、『心子』ならびに『心子宿し』達のための機関。
『心子』が最初に発見されたのは日本であり、舞台が日本所属であるため、ここでは日本政府における心子省の説明をすることとなる。
今では各国に、同様の組織がみられる。
心子省の設立には『心子』が発見された直後から働きかけがあったが、正式な設立そして実質的な力を持って活躍し始めるまでには、実に10年以上もかかっている。
初代省長は、心子の研究教授権威としても知られる橋爪祓氏だが、その後三度の代替わりをしている。
基本的に『心子』に関する事業はすべてこの心子省が統括することになっており、国立心子養成機関(通称手心学園)や『千手』はこの省の直属である。
また、国家警察などとも協調をしており、心子犯罪や『悪式連鎖』などに対応して、心子省に登録してある『心子宿し』=ココロコモリテの派遣なども行っている。
『心子宿し』の擁護、人権の確保などに欠かせない機関であり、また一般人との兼ね合いも行っている、非常に多忙で重要な組織である。
「『心子宿し』になることも、ならないことも、我々は決めることが出来ない。
けれど、そもそも、望んだものが望んだ形で与えられることは、とても少ないんだ」
今でこそ広く認知され受け入れられ始めている『心子』と『心子宿し』であるが、ここに至るまでには大変な道程が在った。
かつては世間から差別を受けるのは勿論、迫害なども当然のように行われていたのだ。
それは危険であるからと言うのもあるし、奇怪化が起きた彼等の手が気味悪がられたからでもある。
また、『悪式連鎖』などの異常事態を収拾付けるのに、政府が大変手間取ったせいでもあるだろう。
解明が進んでおらず、多くの根も葉もないうわさが飛び交ったのもあり、大きな混乱とともに甚大な社会現象も起きた。
前記の心子省設立を受け、徐々に政府からの解説や国立心子養成機関、『心子宿し』達の都市『千手』(隔離自治区としてとして初めは建設された)など、対策が充実することによって、やっとそこそこの人権などを得るに至ったのだ。
5年前には正式に国家から『心子宿し』達の人権が一般人と変わらなく認められ、心子宿し認可証さえ在れば、一般の仕事に就き、日本国内どこで生活することも可能となった。
しかし今でも民間に於いて差別は存在し、特別視されていることは否めない。
『心子宿し』達を快く認め、分け隔てなく接してくれる人間はまだまだ少ないのだ。
ただ、あらゆる犯罪や事件、災害の解決に際して彼等が非常に優秀であることも広く知られて来たためか、少しずつ『心子宿し』達に期待を寄せ、人の実力や才能の一部として見る向きも出て来ている。
心子宿し認許証(ライセンス)とは、心子宿しが日常生活をおくるうえで、社会から存在を認められるために必要な証明のことである。一口にライセンスと言っても、実際はいくつかの種別に分かれる。
ライセンスにはID登録が成され、該当の心子宿しが所有した時のみ、確認用の色模様が浮かび上がるようになっている。加えて全てのライセンスには内部に記録装置が埋め込まれており、該当の心子宿しの手衣と連動している。そのため、所持者が心子開放を行えば、その日時と大まかな場所が全て記録される仕組みとなっている。
心子開放が許可される場面については、ライセンス取得時に十分な説明が徹底されるため、無闇な乱用は裁かれる。
また、一部武器登録を行えるライセンスがある。
登録された武器は、手衣の技術を応用した鞘や安全装置が取り付けられており、該当の心子宿し以外は起動できないようになっている。武器の使用についても、心子解放と同様に監視される。
ライセンスの内容改竄は難しく、プロテクトがかかっている。
シナリオ中にライセンス改竄を行う場合は、判定によって定められた目標達成値以上が必要となる。失敗すれば改竄のあとが残る。
・甲種心子宿し認許証
白(ホワイト)と呼ばれるライセンス。
乙種と丙種のライセンスを入手した上で、1年間以上の監視期間を経て、再度公式の試験に合格することで取得できる。
『千手』外での生活と、『千手』内外での登録済みの武器携帯・使用が認められる。
機能としては乙種と丙種を併せ持ったものだが、実績の保証にもなっている。
そのため甲種取得後は、乙種と丙種のライセンス更新は必要なくなり、甲種として一元管理されるようになる。(査定・試験が若干厳しくなるため、本人の意志で乙種と丙種としての別個管理を申し出ることは可能。)
ホワイトを持っていると、グリーンよりもさらに心子宿しとして信頼を得られ、給与や待遇が良くなることも多い。
更新は5年おき。更新の際には、指定の系列機関で査定と確認試験を受ける必要がある。
ハッキング等防止のため、目標達成値25のプロテクトがかかっている。
・乙種心子宿し認許証
緑(グリーン)と呼ばれるライセンス。
一般的にライセンスと呼ぶと、これのことを指す。
『千手』外での生活が認められるようになる。
最低2年以上の心子養成プログラムを受け、満15歳以上が公式の試験に合格することで取得できる。『手心学園』系列のカリキュラムには、もちろん心子養成プログラムが必須授業として組み込まれているため、多くの心子宿しは中高部の最中に取得する。
更新は5年おき。更新の際には、指定の系列機関で査定と確認試験を受ける必要がある。ハッキング等防止のため、目標達成値20のプロテクトがかかっている。
・丙種心子宿し認許証
紫(パープル)と呼ばれるライセンス。
『千手』内外での登録済み武器の携帯・使用が認められるようになる。
とはいえ、実際はグリーンが無ければ『千手』外へ出られないので、パープルだけでは『千手』内での使用に限られる。
最低1年以上の武器管理に関する倫理プログラムを受け、満15歳以上が公式の試験に合格することで取得できる。
『手心学園』系列の授業には、選択授業として武器管理に関する倫理プログラムが組み込まれている。これは、心子の扱い自体が武器携帯の基準をもとにして管理されているためであり、ついでの感覚で取得している生徒も多い。
更新は5年おき。更新の際には、指定の系列機関で査定と確認試験を受ける必要がある。ハッキング等防止のため、目標達成値20のプロテクトがかかっている。
・心子宿し証明書
青(ブルー)と呼ばれるライセンス。正確には心子宿し認許証ではないが、同系列のものとして扱われる。
国家に登録済みの心子宿しであることを証明する。生活は『千手』内に限られる。
取得条件は「心子を宿していること」と「国家の定めた法に従う意思があること」の二点のみであり、IDの登録が済めば速やかに取得することが可能である。
簡単に言えば、心子宿し専用の身分証明書である。
所有していれば、『千手』内での居住や手衣の支給など、最低限の保障を得ることができる。
逆に、心子を宿しているのにブルーライセンスすら持っていない状態は、未登録とみなされ、法的には裁きの対象である。
更新は10年おき。更新の際には、指定の系列機関で心子を宿している確認を受ける必要がある。ハッキング等防止のため、目標達成値20のプロテクトがかかっている。
・緊急心子宿し認許証
赤(レッド)と呼ばれるライセンス。
非常に特殊な事態においてのみ発行されるライセンスで、実質的にホワイトと同じだけの権限を持つ。
発行には、国家が必要と判断した任務等に参加が認められる必要があり、必ず有効期限が明記されている。
発行条件は様々だが、規定の査定や試験ではなく、権限を持った委員会の決定のみで発行される。年齢制限もない。
有効期限は基本的には1週間~1か月。場合によって数か月に渡る場合もある。
任務継続のために更新されることもあるが、これも所有者の一存では更新できない。
ハッキング等防止のため、目標達成値25のプロテクトがかかっている。
・特種心子宿し認許証
黒(ブラック)、または特権証と呼ばれるライセンス。
一部の国家機関構成員のみが所有し、一般には流通していない。
『千手』外での生活と、『千手』内外での登録済み・未登録問わない武器携帯・使用が認められる。
ホワイトよりも更に広い権限を有し、状況によっては強硬手段すらも許されるライセンスである。
取得条件は機密となっており、一般的な手法で入手することはまず不可能である。
有効期限は5年から無期限。
ハッキング等防止のため、目標達成値30のプロテクトがかかっている。
「君たちは歩く異常事態だ。自覚せよ。
されど枷として受け取るな。可能性だと考えよう」
国立心子養成機関とは、心子たちが社会に適合できるよう、正しく使い方や制御の仕方を教育する、心子省直属の国家機関である。『手心(タナゴコロ)学園』と呼ばれ、親しまれている。
彼らがその素質を伸ばし、将来的に国家の役に立たせるべく養成する機関でもある。
年齢層は幅広く、幼年期から大人に至るまでの教育を受け持っている。
その内実は大きく分けて。
3~6歳を受け持つ幼育部。
6~12歳を受け持つ初等部。
12~18歳を受け持つ中高部。
18歳以降の覚醒者を受け持つ大成部。
の、四段階である。
大成部以外は、同年齢の者達が受けるであろう一般教育も同時に施している。
また、大成部に置いては様々な大学機関との提携が行われており、勿論ここで大学並みの教育を受けることも可能だ。
「ようこそ、最果ての都市にして釈迦の掌――
――赤き血潮の心子の町、千手へ」
◆幼育部
「最も不安定にして最も危険、扱いが最難関の心子宿し達だ。
生まれついての意志ある天災――数が少ないのだけが救いだね」
◆初等部
「違いを知れ、同じと知れ。
異端な手を持っていても、人間なのだから」
◆中高部
「持つもの持たざるもの、そして持つべきもの。
悩むのが上手い内に、思う存分悩んでおきましょう」
◆大成部
「社会はそんな手のひらにとっても、変わらず存在する。
傲慢に厳しく、信念に優しい。怠惰に甘く、努力に苦い」
◆心子省
「なんだかんだでもはや国家の『管轄外』だよね。
硬い頭や鈍い集団じゃ、揺れる心に追いつかないもん」
◆心子犯罪
「はっきり言おう。『心子宿し』全員が、最初は『犯罪者』だ。
――許可証無しで刃物や拳銃を持ってたら、犯罪だろう?」
◆悪式連鎖
「あえて言うなら、悪くない。悪くないさ。そいつはただの現象だからね。
だけど素直に言うなら、それはとてもツゴウガワルイ」
◆学園卒業後
「さあ。君達にはもう、知るべき倫理と良心と概念を叩き込んだ。
だからもう、好きにして良いんだよ」