被爆したアオギリ(広島)

移植年月日

1973(昭和48)年5月

アオギリ

樹皮が緑色で葉がキリに似ているので、青桐と名がつきました。

幹や枝は緑色で小枝はやや太くなります。

枝先に30~50cmの枝分かれした花の茎を出し、6~7月頃、黄色い花を数多く咲かせます。

特記事項

1. 被爆前のアオギリ

爆心地から約1.3km離れた、中区東白島町の広島逓信局の庁舎(現在の日本郵政グループ広島ビル。以前の中国郵政局)の中庭にありました。

2. 熱線・爆風の影響

爆心地方向にさえぎるものがなかったため、熱線と爆風をまともに受けました。そのため枝葉はすべてなくなり、幹は爆心側の半分が焼けました。

3. 奇跡的な再生

枯れ木同然だったこの木は、翌年の春になって芽吹き、被爆と敗戦の混乱の中で虚脱状態にあった人々に生きる勇気を与えました。

4. 平和記念公園への移植

中国郵政局の建替えに伴い、1973(昭和48)年5月、現在の場所へ移植され、原爆の被害を無言のうちに語り続けています。

5. アオギリ2世

移植で枯死するのではないかと心配されたアオギリは、その後も毎年、種子をつけています。これらの種子は国内外へ贈られ、多くの2世が元気に育っています。

平塚市では昭和60年12月に、恒久平和を願い、美しい地球を守るため「核兵器廃絶平和都市」を宣言して以来、「アイラブピース」を合言葉に様々な平和推進事業を実施しております。

平成27年は、この宣言から30年、平塚空襲及び終戦から70年の節目の年となることから、その記念事業として「被爆樹木植樹式」を実施しました。