能登塩橋の人柱~上東郷に残る伝説
上東郷より円成寺に通ずる道路に能登塩橋がある。昭和八年陸軍大演習の節に、現在のコンクリートの橋に架替えられたものであるが、実際に此の伝説に残る橋は現在の地点より二十米程下流にあったものである。
昔此の橋を架設する事になり、工事に着手したのであるが、底が泥沼で深く橋台が中々かからないので困って居る。此処を通りかかった能登の塩売りが、此の様子を見てこれには人柱を入れるに限ると色々説明をして勧めたので、区民は早速協議をしたが、だれも此の人柱になるものがない。そこでいっその事あの塩売りをと衆議一致して哀れにもこの商人を無理やり人柱に川へ埋めて仕舞った。商人は「きんきん雉も鳴かず打たれまい」と切々たる哀調を残して死んだと云う。それからと云うものは毎夜岸辺の柳に火の玉が現れて、人々は恐れおののいて夜歩くものはなかった。ところが商人の妻は風の便りに良人の殺害された事を知り、遠路はるばる訪ねて参り、泣く泣く石板に「南無妙法蓮華経」と書いて河の中に投げ入れ、夫の霊をなぐさめた。それからは火の玉も出なくなったと云う。 引用:『東郷村誌 後編』『我がふるさと 上東郷区誌』
能登塩橋の人柱
上東郷より円成寺に通ずる道路に能登塩(のとえ)橋あり、今の新橋には能登江橋とあり。昔此橋の架設工事に難みし折り、能州の塩売商通行し、此状況を見て人柱を入るるに若くはなしと勧めしにより、村民は協議の結果、適当の人なく、哀れ、其商人を人柱とせり。商人死に臨み「きんきん雉も鳴かず打たれまい」と哀調を残したりという。爾来毎夜岸辺の柳に火玉出づという噂あり。商人の愛妻は風の便りに良人の殺害を聞いて此処に来り、石板に「南無妙法蓮華経」と書して河中に投じてより火玉は出現せざりしという。此橋は昭和八年の陸軍大演習に際し、コンクリト橋に架替えられたり。 引用:『福井県足羽郡誌 前編』
地蔵菩薩立像(供養仏)
上東郷から円成寺に行く道の途中にかけてある橋が能登塩(のとえ)橋である。昔此処に橋をかけようとしたがどうしてもかけられず、困り切っている所へ能登から塩売が来た。塩売は、「それは人柱を入れるとよい」といったので、村人同志は誰が人柱になると言い合ったが相談が定まらなかった。終いには其の事を言い出した塩売を人柱にしてしまった。塩売は死ぬ時に「きんきん雉も鳴かず討たれまい」と悲しい歌を残して死んだそうである。こうして柱をわたして見ると立派に橋が出来上がった。それからは毎晩川の側にあった柳の木に火玉が出た。塩売の妻は夫が殺されたことを聞いてびっくりして飛んで来て石板に南無妙法蓮華経と書いて川の中に投げ込んだ。するとそれからは火玉が出なくなったそうである。此の能登塩橋は大演習があったためコンクリートの新しい橋に代ったがもとは木橋であった。橋より離れた田園の中に地蔵さんと石の墓を入れたお堂が建ててある。墓は二つに割れているが右側には永正十六年、真中には南無妙法蓮華経窓灌國靈と書いてある。 引用:『福井県の伝説』
上東郷から円成寺に通ずる道に能登塩(のとえ)橋がある。今は能登塩橋と書いている。むかしこの橋をかけるとき工事が難行した。たまたま能登(石川県)の塩売り商人が通り、人柱をたてるよりほかないと勧めた。村の人はその商人を捕えて人柱とした。商人は死にぎわに「きんきんきじも鳴かず打たれまい。」と嘆いた。それ以来夜岸べの柳に火の玉が出た。商人の妻はこれを聞いてここに来たり、石板に「南無妙法蓮華経」と書いて川の中へ投げてから、火の玉は出現しなくなった。この橋は昭和八年コンクリート橋にかけ替えた。
引用:『越前若狭の伝説』
人柱と橋地蔵 ー東郷地区ー
旧足羽町東郷の中央を流れている今の徳光用水が、上東郷をはなれる近くに、無名の橋があります。
この橋のたもとに、石の地蔵さんが一体安置してあります。
昔から水の豊富なこの川にかかっているこの橋は、丸太木を並べた上に、土をのせた土橋ですから、一時に水が出たり、なが雨が降り続いたりすると、その度毎に橋が流れて、村人はたいそう困りました。
あるとき、大ぜいの村人が、流れた橋の復旧に何かよい工夫がないものかと相談していました。
たまたまそこへ一人の旅人が通りかかりました。
そして村人たちからいろいろくわしく話を聞いた旅人は、「それにはだれかこの橋の人柱にならなければだめでしょう」といいました。
前からも人柱の話はありましたが、誰も人柱になる人がいなくて困っていた村人たちは、無理やりにその旅人を人柱にして、川底に埋めて、橋をかけました。
その翌日から夜になると橋のたもとから火玉(人魂)が出ては、戸の口坂の方へ飛んでいきます。
そしてまた夜明けごろになると、火玉はこの橋のところに飛んでかえって消えてしまいます。
このようなことが毎日のように続くので村人たちは人柱にした旅人の亡霊が火玉になるに違いない、迷わず成仏してくださいと真心こめて地蔵さまを橋のたもとに安置し、その霊を慰めたということです。それからあとは橋も安全だし火玉も出なくなったということです。 引用:『福井むかしばなし』