上東郷稲荷神社の概要
上東郷稲荷神社は、福井市東郷地区の上東郷町に鎮座する小規模な稲荷神社で、五穀豊穣・商売繁盛の守護神として町民に親しまれています。
境内は約300 ㎡の平坦地で、堂田川沿いの農村景観に位置し、春の桜が美しい散策スポットです。
東郷地区の宿場町遺構(江戸時代、参勤交代ルート)と連動し、水害祈願の要素も加わった東郷地区の農村文化を象徴する遺産です。
御祭神
保食命(うけもちのみこと): 食物の神で、米・麦・栗・豆・稗を司る神として信仰されます。古事記・日本書紀に記述される神産みの神で、山畑稲荷大明神の御分霊を勧請している、稲荷神の別名としても崇敬され、商売繁盛・家内安全のご利益があります。
宇迦之御魂神(うかのみたまのみこと): 京都伏見稲荷大社の主祭神で、素戔嗚尊(すさのおのみこと、天照大神の弟)の子。穀霊神として五穀豊穣を祈願します。伏見稲荷の分霊を勧請した可能性が高いですが、具体記録は不明です。
由緒
創建時期は不明ですが、東郷地区の稲荷信仰は戦国時代(朝倉氏時代)以前に遡り、江戸時代に東郷街道の要衝として宿場町が発展した際に、水害除け・豊作祈願の拠点となりました。明治12年(1879年)に村社に列せられ、神仏分離令(1868年)後も小規模ながら存続。神璽(ごしんじ、御神体の箱)は、羽倉貫津守寄進、正一位稲荷大明神、嘉永4年銘等、一般的な伏見分霊の可能性。神興(しんき、神輿)出御時の箱配置も標準的な慣習です。
御神体
御神体: 保食命の神璽(木箱入りの鏡剣、江戸期作推定)と伏見分霊の神札。明治の神仏分離令後も、境内末社に残る仏教要素(地蔵菩薩等)が特徴で、神仏習合の痕跡を残します。
釈迦如来像
境内奥に安置される可能性のある釈迦如来像(お釈迦様)は、仏教開祖・釈迦牟尼仏の木造坐像(高さ約80 cm推定、江戸期作)とされ、伝統伝承では紀元前563年(現在のネパール・ルンビニ誕生)から紀元前483年2月15日(沙羅双樹下入滅、80歳没)までを表します。禅定印(法界定印)の姿は菩提樹下の瞑想(三昧)を象徴。多くの神社で神仏分離令により分離・廃絶された中、上東郷稲荷では祈願仏として残る。
御開帳
平成21年(2009年)4月19日の春祭りでの御開帳記録があります。五穀豊穣と地域安寧を祈願。
境内にある石の祠
境内東側に石造の小祠(高さ約1 m推定)があり、祈願仏として石仏(観音菩薩等、室町期作推定)を安置。延宝6年(1678年)戌年銘や願主「伊良鏡直恒」(足羽郡在地領主推定)、奉造立「足羽郡東郷村人」の一部欠損確認。祠は堂田川の水害除けとして建立されたと推測され、江戸時代初期の洪水史(宝永年間)と連動。内部に小石が納められ、自然崇拝の要素を残します。現在は苔むした風情が魅力です。
明治期の修復記録
明治44年(1911年)4月18日の修復記録(六条村天王、大工: 中村作次郎、総費用285円)、神仏分離後の神道復興事業の一環として本殿屋根葺替え・石段整備が行われた可能性があります。
灯篭:文化7年(1810年)銘、江戸後期の寄進推定。平成14年(2002年)のけや木成長による1間(1.8 m)東移動・再建。
呼称: 守り地蔵
場所: 福井市上東郷町 稲荷神社境内
像容: 地蔵菩薩立像
縁起(推察): 祈願仏
[参考]: * 笏谷石造りの小さな祠に祀られている。
地域住民の祈願像で、安産・子育て・交通安全のご利益。古来集落住民が生活・健康の安泰を祈ってきた。