「実務家教員」
「実務家教員」について,大学設置基準(昭和三十一年文部省令第二十八号)では,第十四条の三と六が根拠となっているようである。
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/003/gijiroku/06102415/006/004.htm
(教授の資格)
第十四条 教授となることのできる者は、次の各号のいずれかに該当し、かつ、大学における教育を担当するにふさわしい教育上の能力を有すると認められる者とする。
三 学位規則(昭和二十八年文部省令第九号)第五条の二に規定する専門職学位(外国において授与されたこれに相当する学位を含む。)を有し、当該専門職学位の専攻分野に関する実務上の業績を有する者
六 専攻分野について、特に優れた知識及び経験を有すると認められる者
その後,文部事務次官通知「大学設置基準の一部を改正する省令の施行について」(昭和60年2月5日))※第14条第6号、第15条第5号の改正時の施行通知において,以下のような改正が行われている。
一 改正の趣旨
大学における教育研究の一層の発展を図るためには、大学や研究所のみならず広く社会に人材を求め、その優れた知識及び経験を大学において活用することが必要であることにかんがみ、各界にあつて、優れた知識及び経験を有し、教育研究上の能力があると認められる者について、大学の教授等の資格を認めることとしたものであること。
二 留意点
(一) 今回の改正によつて定められた規定は、大学で担当させようとする専攻分野について優れた知識及び経験を有する者について、学位、研究上の業績又は教育の経歴の有無にかかわらず、広く大学の教授又は助教授へのみちを開くものであること。
この場合において、知識及び経験については、大学の教授会等学内の機関において個々に審査し判定すること。
(二) (一)に掲げる審査及び判定に当たつては、当該専攻分野について優れた知識や経験を有する者を広く教授等に採用しようとする趣旨にかんがみ、単に論文や著書の有無によることなく、例えば
1 当該専攻分野に関連する職務上の業績
2 当該専攻分野に関連する職務経験の期間
3 当該専攻分野に関連する資格
などを考慮して審査、判定すること。
(四) なお、今回の改正は、教授等になることのできる資格を拡大し、広い範囲に優れた人材を求めることができることとしたものであり、資格の水準自体を変更したものではないこと。
教職大学院を含む,専門職大学院に関しては,設置基準(平成十五年文部科学省令第十六号)(抄)において,以下のように示されている。
第五条 専門職大学院には、前条に規定する教員のうち次の各号のいずれかに該当し、かつ、その担当する専門分野に関し高度の教育上の指導能力があると認められる専任教員を、専攻ごとに、文部科学大臣が別に定める数置くものとする。
一 専攻分野について、教育上又は研究上の業績を有する者
二 専攻分野について、高度の技術・技能を有する者
三 専攻分野について、特に優れた知識及び経験を有する者
3 第一項に規定する専任教員のうちには、文部科学大臣が別に定めるところにより、専攻分野における実務の経験を有し、かつ、高度の実務の能力を有する者を含むものとする。
「専門職大学院」
https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/senmonshoku/index.htm
専門職大学院は、科学技術の進展や社会・経済のグローバル化に伴う、社会的・国際的に活躍できる高度専門職業人養成へのニーズの高まりに対応するため、高度専門職業人の養成に目的を特化した課程として、平成15年度に創設されました。
特徴としては、理論と実務を架橋した教育を行うことを基本としつつ、
1:少人数教育、双方向的・多方向的な授業、事例研究、現地調査などの実践的な教育方法をとること、
2:研究指導や論文審査は必須としないこと、
3:実務家教員を一定割合置くことなどを制度上定めています。
制度創設時から法曹(法科大学院)、会計、ビジネス・MOT(技術経営)、公共政策、公衆衛生等の様々な分野(その他には,知的財産,臨床心理,教員養成(教職大学院)等がある)で開設が進み、平成20年度には、実践的指導能力を備えた教員を養成する教職大学院が開設し、専門職大学院は、高度で専門的な知識・能力を備えた高度専門職業人を養成することが期待されています。つまり,研究者の養成ではありません。
「教職大学院」 #54大学へのリンク
https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/kyoushoku/kyoushoku.htm
近年の社会の大きな変動の中、様々な専門的職種や領域において、大学院段階で養成されるより高度な専門的職業能力を備えた人材が求められています。教員養成の分野についても、子供たちの学ぶ意欲の低下や社会意識・自立心の低下、社会性の不足、いじめや不登校などの深刻な状況など学校教育の抱える課題の複雑・多様化する中で、こうした変化や諸課題に対応しうる高度な専門性と豊かな人間性・社会性を備えた力量ある教員が求められてきています。このため、教員養成教育の改善・充実を図るべく、高度専門職業人養成としての教員養成に特化した専門職大学院としての枠組みとして「教職大学院」制度が創設されました。そして,教職大学院では,実務家教員の配置が4割以上と,他の専門職大学院(3割以上,法科大学院は2割)よりも実務家教員を多く配置することになっています。
教職大学院では、以下の人材を養成することを目的としています。
1. 学校現場における職務についての広い理解をもって自ら諸課題に積極的に取り組む資質能力を有し、新しい学校づくりの有力な一員となり得る新人教員
2. 学校現場が直面する諸課題の構造的・総合的な理解に立って、教科・学年・学校種の枠を超えた幅広い指導性を発揮できるスクールリーダー
「教師教育者」(Teacher Educator)
「先生の先生」と言うとわかりやすいだろう。つまり、先生を教える(育てる)先生とは、アカデミックな言葉では「教師教育者(Teacher Educator)」と表現されている。では、教師教育者とは一体誰のことを指しているだろうか…。広義には教育委員会の指導主事や学校現場の管理職、同僚教師など、教師の成長に影響を与える立場の人も含まれるという。しかし、一番に思い浮かぶのは、大学の先生ではないだろうか。
”よい教育”ができる”よい教師”を育てる”よい教師教育者”をいかに養成するか?
ー ❝研究と教育のできる教師教育者❞の養成・研修モデルを世界に発信する ー
広島大学教育ヴィジョン研究センター https://evri.hiroshima-u.ac.jp/%E3%80%90teacher_educator-cluster%E3%80%91
「教師の教師」は、本質的に初等及び中等教育の教師の専門職性とは異なる役割が求められることが言われている。教師教育者は、高等教育の教師であり、確かなアカデミックベースの知識が求められ、その仕事の性質上、固有なグループに属する人と見なされる。そして「教師の教師」としての役割は、7 つの重要な点がそこにあるとされている。(Lunenberg, Dengerink and Korthagen (2014))
①成人の学習者を活動させ、指導できること、
②状況に応じて対応できる知識と根拠となる理論を明確にできること、
③あるヴィジョンを持って、学習者が能動的(自己管理的)な学習をできるように、それを推進できること、
④実際に子どもたちを指導する上で必要となることを実践してみせること、
⑤その選択行動を取る理由を明確に語れること、
⑥モデル化する際にそれを受けとめる教師志望者の心情的側面に注意を払える(発達支援できる)こと、
⑦精神的な緊張やディレンマとうまくつきあえること、
の7つである。
そして「教師の教師」としての成長を支援するには、
①教師教育者の成長支援と自信を与える上で重要となる専門的スタンダードや知識ベースの参照フレームなどの利用、
②以前の知識や経験(子供理解、関心のある教科)と結びついた職能開発を支援する個人的な資質を豊かにしていく取組、
③ピアコーチング、セミナー、カンファレンス、また専門的な学習の共同体(Professional LearningCommunity)を通じて、同僚からまた同僚と共に行われるインフォーマルな学習の機会の設定、
④自身の養成での実践を研究し示すように促すこと、があげられている。
教員養成における教師教育者のアイデンティティに関する基礎研究
小柳和喜雄(奈良教育大学 教職開発講座(教職大学院))
次世代教員養成センター研究紀要 巻 2, p. 27-35 https://nara-edu.repo.nii.ac.jp/records/10888
「セルフスタディ」(self study)
セルフスタディという言葉が教師教育等で用いられ始めるのは1990年代初頭からと考えられます。その背景となる問題から教師教育、教育実践とセルフスタディの結びつきをとらようとすると、以下のようなことがあげられます。
1. 伝統的な教育研究パラダイムへの不満
伝統的な教師教育研究では、教師を被験者として扱うことが多く、積極的な参加者として捉えていなかった。それに対して、セルフスタディは、教師主導の研究アプローチとして登場し、広く教育者が自身の実践と文脈を内側から分析することを目指そうとした。これは、教師教育に役立つ、真実味のある,教師の職能成長に関連性の深い知識を取り上げることにつながっていた。
2. 文脈固有な知識の必要性
大規模な調査研究等から得られた一般化された知見は、この当時問題視されていた教室の複雑で文脈に依存した現実に対応できないことが多くあった。セルフスタディは、教師が自身の生徒、コミュニティ、カリキュラムに適合した地域に根ざした知識を創出する取り組みとつながっていた。
3. 反省的実践の重視
ドナルド・シェーンなどの研究者によって提唱された「反省的実践者」という概念は、専門的成長における批判的自己反省の重要性やその意味を強調していた。セルフスタディは、この教師の教育実践にこれを反映させようとする見方・考え方や体系的な方法を考えようとすることにつながり、教師の継続的な学習と指導の改善を支援することにつながっていた。
4. 実践者による探究的な研究への着目
上記のことと関わり、教師を教育実践の研究者として位置付け、自身の実践を調査する重要な役割を果たす人として見る動きが強く主張されるようになってきた。セルフスタディはこの潮流に適合し、その専門性と実践者による探究を正当な学術的営みとして見る動きにつながっていった。
5. 教師教育改革とその責任への応答
教師教育プログラムは、エビデンスに基づいた成果重視のものをますます求められるようになってきた。セルフスタディは、教師教育者が自身の指導実践を記録し、評価し、改善するためのツールを提供し、プログラムの責任への応答、イノベーションへの説明責任,結果責任に果たすことにつながっていた。
私たちの研究は,実務経験を持ち,現在大学に籍を置く教師教育者に着目しており,その教育実践研究と職能成長支援と関わって,教師教育者によるセルフスタディの研究のあゆみに着目している.(小柳)
教師教育学における「セルフスタディ」は、
1.研究は現場の「自分の」問いから始まる。
2.実践の改善を目的とする。
3.一緒に研究を検討するクリティカルフレンドとの協働が必要である。
4.目的に合致した、しっかりとした研究方法を選択して採用する。透明性のある体系的なプロセスを経なければならない。
5.専門家コミュニティの構築を目指す。研究結果は現場で役立つものでなければならない。得られた知見は一般化され、公開される。公表して他の実践に役立つようにするところまでが研究の役割である。
という特徴を持ちます。(『J.ロックランに学ぶ教師教育とセルフスタディ 教師を教育する人のために』(学文社,2019)P150, 参考 LaBosky,2004 ならびに、”Self Study Teacher Research”( Anastasia Samaras SAGE) 第4章)
武田信子氏のnote「セルフスタディとは」から引用 https://note.com/nobukot/n/na5a01d822e42
さて、セルフスタディという言葉は、既に国際的に意味が確立した言葉ですが、日本の教師教育の文脈で間違った形で用いられている場合があります。私が監修した書籍『J.ロックラン に学ぶ教師教育とセルフスタディ』(学文社)も誤読されて紹介され、大変困っています。
※ この本は、教師教育の本ですので、当然、教師教育者のセルフスタディ(S-STEP)を中心に記述されています。でも、セルフスタディは当事者による研究全般を指す言葉であって、教師教育者の研究に限りません。誤読は、セルフスタディが教師教育者によるものだという思い込みによるもので、書籍にはそのようには書かれていません。どうぞ注意深く読んでください。
武田信子氏のnote「教員のセルフスタディとは」から引用 https://note.com/nobukot/n/nee47f447c41b