第34回定期交流会 [Regular]
テーマ:「顔をめぐるホットトピック&トレンド探求〜若手研究者による2024年周辺学会クロスレビュー〜」
日時:2025年6月29日(日)10:00〜11:30
開催方法:オンライン(Google Meet)
第34回定期交流会はオンライン形式での開催となり,当日は多くの参加者にご出席いただきました.
今回は「顔」をめぐる心理学・文化・技術に関する最新研究を幅広く取り上げ,4名の講師によるクロスレビュー形式での発表が行われました.
第一部:「顔の魅力と進化心理学:2020年代の研究動向」
講師:高橋 翠 氏(東京大学)
高橋氏からは,「顔の魅力」という普遍的なテーマについて,進化心理学の観点から,古典理論の再評価と最新知見を交えてご発表いただきました.
顔の魅力研究は,近年,静的・普遍的な美的構造から,表情や化粧,マスク着用など環境的・一時的変化などの動的要素が台頭してきており,より文脈依存的・動的な要因を重視する方向へと進化しています.そこで,古典理論である「平均性」「女性(男性)らしさ」「対称性」の再評価に加え,近年注目される動的要素(表情・化粧・マスク着用など)が魅力認知に及ぼす影響について最新の知見をご紹介いただきました.
また「魅力は適応度の指標である」とする進化心理学的な従来仮説に対し「認識流暢性(processing fluency)」という認知的側面を重視する新たな立場が注目されており,パラダイム転換の必要性が示唆されました.
第二部:「日本における笑顔写真の誕生」
講師:岩井 茂樹 氏(大阪大学CJLC)
岩井氏からは,日本人が写真撮影時に笑顔を見せるようになった文化的背景と変遷についてご発表いただきました.
江戸期において「笑顔」は抑制されるべき表情とされ,「武士は三年に一度しか笑わない」といった教訓があったところ,1911年創刊の雑誌『ニコニコ』に掲載された著名人(夏目漱石,森鷗外,渋沢栄一など)の笑顔写真が,笑顔の社会的意味を大きく再構築する契機となったとのことです.
都市化や階層流動化,欧米文化との相互作用などを背景に,笑顔が特権階級から庶民層へと階層を越えて普及していったプロセスが丁寧に紹介され,「写真=笑顔」という文化的慣習が形成された社会的・歴史的意義を丁寧に紐解いていただきました.
第三部:「顔研究におけるCG技術の最新動向」
講師:前島 謙宣 氏(株式会社オー・エル・エム・デジタル)
前島氏からは,画像・映像分野における生成AI・CG技術の最新の研究動向と,それが顔研究にもたらす新たな可能性について,SIGGRAPHなどの国際会議で発表された技術トレンドを中心にご紹介いただきました.
特にDiffusion Models,NeRF,Gaussian Splattingの発展によるCG分野における生成AI研究の急速な進展を強調しつつ,現時点ではまだ,非定型的で微細な動作の制御には依然として課題が残るとの指摘がありました.
質疑では,医療分野(顔面神経麻痺など)への応用可能性に関する質問があり,顔形態3Dモデルと筋肉シミュレーションを用いた表情再現アプローチの提案が行われました.
第四部:講演「これからのAIと心理学について」
講師:徐 貺哲 氏(弘前大学)
徐 氏からは,音楽生成や口の動きの同期といった点に注目が集まる「動画生成AI」の驚異的進歩を皮切りに,大規模言語モデル(LLM)の進化がこれらの進歩に大きく貢献していると指摘しました.
LLMの発展に伴い,AIが状況を理解し意図的に「嘘をつく」ような振る舞いを見せる実験結果をとりあげ「AIが単にものを生成するだけでなく,人間のような振る舞いを示す可能性」を示唆する研究をご紹介いただきました.
これは自己呈示や印象操作といった心理学的概念との親和性が高く,今後,心理学との融合分野におけるAI研究への期待を明らかにしました.
本交流会では,心理学・文化史・先端技術が交差する多様な観点から「顔」というテーマが語られ,参加者の知的関心を大いに刺激する会となりました.
各発表後の質疑応答も活発に行われ,今後の研究展開やコラボレーションへの関心が高まった様子が印象的でした.
次回も皆さまとお会いできることを楽しみにしております.