(5/25 更新)
新年度が始まり、まず年長さんたちがお弁当を持ってたっぷり遊べる生活となりました。午前中は、入ってきたばかりの小さなお友だちに向けて精一杯の気遣いをしていたようで、午後になるとほっとした空気に包まれるのは先生たちばかりではないようです。同じ心持ちを持つ、共同生活者だと実感です。程なく年中さんも通常生活となりました。するとだいぶ動きが出てきて、お集まりでは、椅子取りゲームやボール転がしなどもできて、わぁわぁといった歓声が聞こえてきます。少人数のしっとり感じも味わい深いですが、やっぱり全員揃っている時はエネルギーに満ち溢れていて、居るだけで力が湧いてくる格別な空間となります。
その園生活の様子は千差万別。物怖じせずグイグイいく子もいれば、じ~っと様子見の子もいます。年上の子どもたちからのお世話を喜ぶ子もいれば、自分でやりたいと拒む子もいます。少し離れた立場で見ると、どんな姿も十分に受け入れられるのですが、極々近くにいる親となるとそうはいきません。我が子の様子はどうにも不器用でハラハラする、などということが多いのではないでしょうか。でもどうぞ努力して見守ってほしいのです。その子の「その時」が来るのを信じて待っていてほしいのです。
全体懇談会の折に年長さんのお話をさせていただきました。彼女にとって、園の空気はどうにも刺激が大きすぎて心が落ち着きません。朝は、そんな世界に入っていく勇気がなかなか出ず涙がこぼれてしまいます。なんとか日々の普通の生活には慣れてきても、母の日のプレゼント作りやオープンデイといったような特別な日は涙の生活に戻ってしまう、その繰り返しでした。それでもお友だちの近くにやって来ては、よ~く様子を見ながら過ごしていました。そんなSちゃんに気付いた先生が“一緒にやる?”と誘っても首を振るばかりでしたが、しばらく経ってこっそり一人だけ誘うと嬉しそうに取り組むのでした。本当に少しずつ少しずつ「大丈夫だよ」の言葉が彼女の心に沁み込んでいきました。
年中さんになった運動会ごっこでのこと。(すでに入園から1年半経っています。)徒競走の順番の列に自ら並んでいたのです。先生たちはみんなその様子に気づきましたが、誰一人として触れず、できる限り自然に見守っていました。「よ~いどん!」の合図で走り抜けた彼女は、一つの壁を越えていました。その日を区切りに、どんどん変わっていったのです。朝の涙はありません。口にしなかったおやつも食べ始めました。「一緒にあそぼ~!」の誘いに満面の笑顔で応えています。心の底から【ここは安心できる、先生は信頼できる、友だちはいいもの】がわかったのです。この長い期間には、”いつになったら…”とお母様も悩まれたこととお察しいたします。でもそこをぐっと堪えて、休むことなく毎日送り続けてくださったご努力に敬意を表します。
信じてその時を待つ。信じる先は幼稚園でも我が子でもなく、神様です。聖書に明確に記されています、一人ひとりを育てるのは神であると。
もう一つ忘れないでいたいのは、山を超えるまでの悶々としたように思えるこの期間も、実は、彼女は楽しんでいたことです。うまく反応できなかったけれど、お友だちに声をかけられたり、先生に優しくされたりして、たくさんの愛を感じて心地よく過ごした日々だったのです。
根を張る時・芽を出す時・花を咲かす時・実を付ける時・・・その時を待てるものでありたいと思います。 (園長 廣田 雅子)
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