仮想通貨の不思議

2018.4.9 林 文夫

<初出:キヤノングローバル戦略研究所 機関誌 Highlight Vol. 59, 2018年4月>

仮想通貨、ブロックチェーンという言葉を最近よく聞く。ブロックチェーンは社会の仕組みを根本的に変える情報技術で、仮想通貨には現金や銀行を過去の遺物にする破壊力があるとみる論者は内外に多数いる。

ブロックチェーンとは、インターネット上で誰でも閲覧でき、改ざん不可能なので公的認証が不要の登記簿、と私は理解している。ビットコインに代表される仮想通貨は、ブロックチェーンに登記された電子情報である。

仮想通貨の出現以前は、決済手段は現金か銀行振込だった。カードやスマホのおかげで銀行振込が便利になったので、現金の役割は縮小している。現金に代わって仮想通貨は、銀行間決済に対抗できる決済手段になるのだろうか。

現金は政府が発行する不換紙幣である。発行体が保有する担保資産との交換が保証される兌換紙幣と異なり、不換紙幣が流通するためには、各人が「自分以外の人々がこの紙幣を受け取ってくれる」と信じる共同幻想が条件となる。どうして現金が共同幻想を獲得したのかについては、経済学の定説はない(モデルの均衡が多数存在し、そのうちの一つでは不換紙幣は価値を持たない)。税金の納付に使えることが理由だと私は考えるが、政府の何らかの強制力が関係することは間違いない。

ビットコインは、現金と同様、不換紙幣である(紙でなく電子情報だが)。しかし発行体は政府ではない。私にとっての驚きは、それにもかかわらずビットコインが流通したことである(例えばビックカメラではビットコインで買い物ができる)。共同幻想がどう形成されたのか、私にはわからない。媒体が紙でないことが理由なのかもしれない。

不換紙幣型の仮想通貨が流通するのなら、仮想通貨に兌換性を付与して価値を安定させれば、より広く流通するだろう。兌換紙幣型の仮想通貨はすでに存在するようだが、なぜかビットコインほどには流通していない。聞いたこともない発行体の仮想通貨は、大多数の人々には詐欺と映るのかもしれない。しかしこの問題は、信用のある民間組織が発行体になれば解決するのではないか。

ブロックチェーンが本当にハッキングに耐えられる認証制度だとすると、いろいろな仮想通貨がこれからも発行されるだろう。「れば」の話だが、それらの仮想通貨の流通が十分広がれば、手数料のかかる銀行振込は決済に使われなくなる。銀行預金を持つ人はいなくなるので、中央銀行を核とする銀行間決済システムは不要になる。銀行は融資に特化した単なるファンドになる。

仮想通貨は多くの検討課題を提起する。仮想通貨だけで決済サービスの需要は満たされるのか。物価水準の決定はどうなるのか。金融政策の効果は残るのか。政府が不換紙幣型の仮想通貨を発行したら民間の兌換型は駆逐されるか、等々。

ブロックチェーンの基本原理は、Satoshi Nakamoto と名のる人物が2008年に公表した。このたった9ページの論文が世界を変えつつあるのかもしれない。