シカゴ大学滞在記

林 文夫

2023年107

<初出:キヤノングローバル戦略研究所 機関誌Highlight Vol. 125, 2023年10月号掲載>

現役ノーベル経済学賞教授8人を誇るシカゴ大学から、時系列分析という分野のコースを担当してくれという依頼を受けた。時系列分析はもう学界では流行らないので、教えられる若手がいない。後継者不足に悩む茅葺職人に県外から注文が舞い込むのに似ている。

世の中的にはまだ時系列分析の需要はあるようで、定員(40人)を超える履修希望があった。経済学専攻が半分、コンピューターサイエンス、数学、統計専攻が半分いた。女子比率は4割弱。

オフィスアワーの小会議室は、21世紀生まれの若者のサロンになった。彼らの進路は、金融のほかコンサルやテック企業で、経済学PhDの上司の下でレポートを書く機会も多いそうだ。彼らはインターンシップでそれを知っているので、どのような数量的スキルを身につければ就職に有利かを当然意識する。私のコースで扱う応用例(上場株の分析、GDPナウキャスティングなど)が役に立つと思われたのかもしれない。ナウキャスティングの有力研究者がAmazonでサプライチェーンの最適化を指揮している話も参考になったようだ。

履修者の多さ以上に驚いたのは、その履修者の7割以上が中国系だったことだ。彼らのおそらく半分の15人ほどが中国からの留学生、残りの大半が移民の二世。中国人留学生の何人かに尋ねると、多額の奨学金は請求せず入学している。学費は寮費も入れて9万ドルほどだから、彼らの多くは日本円にして毎年1300万円払える親を持つ。

彼らが話す英語は流暢だ。高校は英語で授業する上海やニュージーランドだったとかで、既にその頃から米国留学の準備をしてきている。こういう学生が、シカゴ大学をはじめ米国有力大学に多数存在するほど、中国の富裕層は厚い。

成績は、女子が少し上だった。私の東大で教えた経験では、2年に一度ぐらいは、目の覚めるような答案を書く学生がいたが、少なくとも今回のシカゴ大では、それはなかった。

しかし学びの量ではシカゴ大が東大を凌ぐ。東大での私の授業の出席率はせいぜい2割だったが、ここでは9割。もっと宿題を出してくれと言われて、新作のために膨大な時間を使うはめになった。平均的なシカゴ大卒は、東大卒に大差をつけていると思う。日本の大学は、政府による機関補助のおかげで授業料が安い。安いサービスは、消費者に粗末に扱われる。

あと、大学関連ではないが、黒人の社会的状況に今昔を感じた。少なくともシカゴの普通の黒人は、社会に根付いている。レストランに行くと、同じテーブルで黒人が白人と談笑しているのを何組も見た。彼らは一見無愛想だが、実は親切だ。私は、切符を買うときなど、わざわざ黒人の窓口を選ぶようになった。