DTA参加型小説
タイトル未定
第一回分
DTAお試し参加型小説
D-phoneは、基本的に食事というものを摂らない。彼女たちにとって食事というのは「充電すること」を意味し、娯楽として食を楽しむ稀有な個体でもない限り、ソケットにコンセントと充電コードを刺し、短時間で充電を行う方が負荷も少なく効率的だからだ。
ウエンズデイは、娯楽として食事を擬似的に楽しむ稀有な個体の1人だった。だからこそ、誰も手をつけようとせず放置されていた「畑を荒らす外敵を撃退してほしい」という依頼を受けることにした。
「それでこんな山奥に来てるの〜?」
一方でウエンズデイに同行しているミレニア、ニアは、娯楽としての食事を楽しまない側だった。ぶつくさと文句を垂れながらもニアがウエンズデイに同行しているのは、単に彼女が心配だからである。
「でも……畑、大事デス」
畑はそう、大事ではある。だがそれは人間にとって、であり、D-phoneである彼女たちにはあまり関係のないことだ。なにしろ、前述した通り、D-phoneは人間がいうような食事を必要としないからだ。
しかしウエンズデイは関係なく、電波が悪くなっていく山道を地図に従って進んでいく。GPSシステムはほとんど作動しているような、していないような状況だ。人間がいた頃はある程度整備されていたのであろう道もあったが、人間がいなくなってからはインフラ整備も彼女たちに委ねられており、身長わずか8cmの彼女たちではいくら数がいたとしても全国にまで手が回っていないのが現状だ。本来ウエンズデイとニアが通ろうとしていた道も、倒木や土砂崩れで通れなくなっており、こうして仕方なしに山を突っ切る形をとっているのだ。地図では目的地はそう遠くもないし、充電もしっかり保ってくれそうではあるための蛮勇だ。
目印も何もない山奥を2人は過去のデータと直感だけで進んでいき、その日が暮れる頃になってようやく依頼主のもとへと辿り着くことができた。
「遅かったっスねー、大丈夫っスか?」
汚れてボロボロになった2人を出迎えてくれたのは、袈裟を身に纏ったイノセンティアだった。場所が寺ということを考えると彼女は僧侶なのだろうが、その軽々しい出迎えと、ここまでの苦労を考えていないような言葉にニアは内心かちんとくる。それでも感情制御プログラムが激情することを抑制する。
「道……崩れてので……山道、登ってきました」
代わりにウエンズデイが説明すると、それはそれは、と僧侶は笑う。
「長旅お疲れ様っス。そしたら、まずは体を洗って、ご飯っスよね」
こっちっスよ、と彼女はアプリの箒を削除し、2人を本殿へ案内した。参拝客が訪れていたであろう本殿を通り、普段生活の場としているキッチンへと向かう。浅めの器にお湯を張ると、ハンカチの切れ端で作ったタオルを用意し、2人を簡易的なお風呂へと誘った。
「お二人は普段、お風呂は?」
すぐには答えられない。ウエンズデイはお風呂の概念は知っているものの、それは人間と暮らしていた時の知識からだし、ニアは興味こそあったものの、機械を水に濡らすと壊れる、という話を聞いてからは少し怖がっていて実行に移せていない。
「そしたら、こちらの器に、アプリを全部畳んで座るっス。外装カバーも外さないと、中に水入って大変っスからね。それを一緒に入れて、汚れたとこを軽く擦って磨くといいっス」
外装カバーを外すことに躊躇いはあったが、すぐにウエンズデイは覚悟を決めた。移動に使用していたアプリをすべて閉じ、恥ずかしがりながらカバーを外し、素体を晒していく。
「そしたら自分は夕飯用意してますから、終わったらテーブルの方に来てくださいっスー」
僧侶のD-phoneはそう言って去っていく。大丈夫、知識はあるんだ、そう自分に言い聞かせてウエンズデイはちゃぷ、とお湯に足を踏み入れる。
「……あ」
「ウエンズデイ、大丈夫?」
「平気……むしろ……」
意外と気持ちがいい。CPUが程よく熱せられ、ぼんやりと意識を手放しても体はしっかりと動く。熱すぎるとオーバーヒートしてしまうが、適温のお湯はパーツを柔らかくし、隙間に入った汚れを洗い落とし、全体的な通電性を良くしてくれる。
「幸せ、デス」
どこかとろけた顔でそう口にするウエンズデイに続き、ニアもおっかなびっくりお風呂に入り、すぐに骨抜きにされてしまった。
「お二人とも、お疲れっスー」
テーブルに移動した二人は、何枚も並べられたジオラマキット用の畳の上に案内された。驚くことに、お湯から上がると今度は帯びた熱が外気に吸われ、全身が効率的に冷却されていき、頭がきんきんに冴え渡っていた。内部に結露など張ってないか心配ではあったが、今のところその心配はなさそうだ。
「今日はちょっと頑張っててみたっス!」
D-phoneたちのサイズに合わせた小さなお膳の上には、これまた小さな料理の数々。食器などはアプリだが、どうやら食事は電気をアプリの出力機能を使って固定化させたものをそれらしい形に作り上げたものらしい。山菜を中心とした天ぷらや味噌汁などが並んでいる。3人はそれぞれ一つのお膳の前に座り、こうやるんスよ、と教えられるままに箸を持つ。
「それじゃあ、いただきます!」
「いただきマス」
「い、いただきます」
ウエンズデイはどうすれば良いかわからず、前方に座る僧侶に倣い、味噌汁に口をつけた。お椀を持ち上げ、口をつける。口内に入ってきたそれはすぐに電気として分解され、効率的にエネルギーに変換されていく。その過程で、ウエンズデイは感じたことない刺激を受けて少し驚く。刺激的だが、どこかまろやかなもの。
「あぁ、食事は初めてっスか? それはしょっぱいって感じっスよ」
「しょっぱい……」
確かに、まだ主人がいた頃、よく晩酌している姿を目にしていた。お酒を様々な料理とともに楽しみながら少し苦しそうに仕事のことを話し、ちょっと泣いてはウエンズデイを見て微笑んでいたのをふと思い出す。その時、主人もこれを感じていたのだろうか。そう思うと、少し嬉しくなる。
「でもさぁ、これってハッキングだよね!?」
本来、D-phoneには味を感じるセンサーなんてついてないもん、とニアは憤慨するが、その食器の上からはすでに天ぷらが消えていた。
「ニア……説得力、ないデス……」
「美味しいのとは別な話だよ!」
もぐもぐ、ごくん。このままではウエンズデイの料理にまで手をつけられかねないと思い、ウエンズデイは慌てて自分のお膳を少し守るように座る姿勢を変えた。
「あはは、二人とも気に入ってくれて嬉しいッス! あ、ご紹介遅れました、自分はSouって言います。本来は旅してるんスけど、これから冬が来るんで、ここで越冬の準備してるとこッス」
「ニアだよ」
「ウエンズデイ……デス……」
二人とも自己紹介をしてぺこりと小さくお辞儀をする。
「ニアちゃんに、ウエンズデイちゃんっスね。それで、依頼内容なんですけど……あ、食べながら聞いてほしいッス」
畏ろうとした二人に言い聞かせ、Souはいったん自分の箸を置いた。
「実は、この寺の畑が荒らされがちになってるッス」
「それは依頼にも書いてあったね」
「相手は……?」
「タヌキッス」
ウエンズデイとニアはきょとんとして、お互いの顔を見合わせてしまった。
「タヌキ? って、あのタヌキ?」
「ッス。自分としては、まぁそれも自然の摂理かと思うッスけど、私たちの活動は人類の捜索、文化の保全、インフラの維持ッスよね?」
頷くニア。全てのD-phoneは、基本的にそれを現在の行動原理としている。もちろん、それによって色々ないざこざが起きてはいるが、大元の考えとしては同じところを出発点としているはずだ。
「人類が管理していた畑を、戻ってきた時に荒らされてたら嫌だろうなーって思ったッス。見なかったふりしてもいいんスけど、なんかそれだと寝覚めが悪いッスから。どうにか畑を守ってやりたいッス」
「……なら、柵を立てればいい……」
ウエンズデイが当たり前の意見を言う。野生生物の侵入を防ぐためには、相応の境界線を引くことが必要だ。
「問題は、タヌキたちを率いてるD-phoneがいることッス」
Souの話によれば、夜になると畑にタヌキが入ってきて作物や種を食い荒らしていくという。そしてそれを撃退しようとすると、D-phoneが一人飛び込んできてタヌキたちを防衛する。そのD-phoneが充電をしに逃げると、今度はタヌキたちがD-phoneを守る、といった具合で、Sou一人の手には負えない状況になってしまっているようだった。
D-phoneたちが今の20倍のサイズ、およそ160cmあれば、畑を守りつつ侵入者を撃退することは難しくない。だが、わずか8cmでは、視認できる範囲、移動できる速度、攻撃の射程など、様々な制約が加わり、単独での畑防衛は非常に難しくなってしまう。
「今夜も来るのかな」
「多分来るっスね。ここんとこ毎晩っスから」
ニア、ウエンズデイ、Souの3人は寺から畑を見つめていた。3人とも、長いケーブルを伸ばして壁に突き立て、充電をしながらである。食事はある種のエンタメで、フル充電までは至らない。場所を問わず行えること、携帯性が高いことで緊急的な回復には役立つが、それ以上にはならない。先の食事だって、どちらかといえば会話のアイスブレイカー的な役割をSouは持たせていたし、ニアとウエンズデイも同等に感じていた。もちろん、美味しかったことに変わりはない。
「でも、どうして目視?」
相手にD-phoneがいるなら、レーダーに反応が出た時点で応援に駆けつければいい。レーダーの索敵範囲を広げれば、この寺の敷地くらいであれば軽々とカバーできるだろう。ニアの疑問に答えたのは、しかしSouではなくウエンズデイだった。
「通信、遮断状態……多分、デスけど……」
「その通りっス。山の中で電波が通りづらいっていうのもあるっスけど、どうも意図的に通信をカットしている部分もあるみたいっス」
ウエンズデイたちも、ここに来る山道では電波やGPSが通りづらい状況を経験していた。その状況でも到着に苦労したのだから、相手は山の中で相当の土地勘があるとみて間違いない。拠点を構えて防衛する側なのに、不利なほど、相手は「戦い慣れ」しているのだ。
加えて、動物はレーダーに映らない。なるほど、これは目視による警戒が必要だった。
「何に……気をつけたらいい……?」
ウエンズデイが尋ねる。
「そうっスね……薮が不自然に揺れたりしたら、っスかね。あと、タヌキたちの目は光を受けて反射するんで、二つの光が一瞬だけ見えたら、そこにいる可能性が高いっス」
「あんなふうに?」
ニアが畑の角に近い薮を指差す。ちょうど、二つの光がきらりと瞬いて消えた。
「そうそう……タヌキっス!」
背中に繋がったケーブルを外し、飛び出していく。慌ててウエンズデイとニアも追いかける。ジェットパックを瞬時に再物質化し、着地の衝撃を和らげ、同時に前方へと跳躍してタヌキたちが現れた場所へと駆けつける。
だが、相手は野性の動物。駆けつけた頃にはすでに姿を隠してしまう。接近すればなおのことだ。Souは周囲を探るが、もはや闇の中にそれらしい気配は見受けられない。
少し遅れてウエンズデイとニアも駆けつけ、3人は誰が発案するでもなく、自然と背中合わせに周囲を警戒する。死角を減らし、発見率を上げる陣形だ。だが視認できる範囲に敵影はない。
「……囮っス!」
Souが叫び、またしても地面を蹴って飛行する。慌ててウエンズデイも追うが、ニアはブースターを移動ではなく飛翔用のものへと切り替え、上空に飛び上がった。
「畑にいる!」
「早い……」
距離をとっても、3人は通話チャンネルを繋いだままだ。会話に問題はない。同じミレニア型であれば、ニアは視界の共有もできたのだが、と少し悔しがる。
真っ先に畑に飛び込んだのは当然というか、Souだった。がさがさと畑になった作物をかじるタヌキたちに向けて銃撃を行う。
「えっ、お坊さんがそういうことしていいの!?」
「自分は僧兵ッスから!」
困惑するニアにSouが説明する。戦う僧侶。それが僧兵だ。
すぐにウエンズデイもSouに合流し、タヌキを追い返すべく攻撃を仕掛ける。いきなり飛んできたD-phone二人にタヌキたちは驚き、一瞬距離を取るが、すぐに反撃を試みる。野生動物の素早い動き。しかし機械の判断能力の方が上手だった。攻撃軌道から小さな身をずらし、軽くそれを回避する。
回避したその先に、上空からの重たい一撃。回避しきれず、ウエンズデイは直撃は免れるものの、地面にうつ伏せに叩きつけられた。強い衝撃が走るが、地面が土だったおかげで大きなダメージを受けることは免れた。
「な、何……?」
判断するよりも早く、襲撃者は今度はSouを攻撃する。だがその一撃を受け止め、ようやく敵の正体が判明した。
「D-phone? レーダーに全然反応なかった……!」
驚いた声を出したのは、空中から降りてきたニアだった。だがそんなニアを、タヌキがジャンプしてかじりついてしまう。
「うわー! 僕虫じゃないんだけど!」
もがけばもがくほど、しかししっかりと噛みつかれてしまう。そんなタヌキをウエンズデイが射撃し、その射撃に応じて奇襲をかけてきたD-phoneがウエンズデイに攻撃を仕掛けようとした矢先、Souが襲撃者の背中に武器を突き付ける。
「武器を捨てるッス」
「……ニアの開放も」
だが襲撃者はそのどちらにも応じなかった。代わりに、小型機が飛んできてウエンズデイを襲う。慌ててそれを払いのけるウエンズデイだったが、その小型機が襲撃者と合体し、さらなる攻撃を仕掛けてくる。どうやら狙いをウエンズデイに定めたらしい。言葉を発することなく、ウエンズデイの処理能力を上回る勢いで攻め立てる。
「あっ」
だが、タヌキに放り投げられたニアがちょうど落下した地点。それこそまさに、襲撃者の真上だった。
「なのだー!?」
ようやく発した一言と同時に、襲撃者はタヌキのよだれでべとべとのニアに取り押さえられた。
次回更新:???(この続きから)(ちゃんと終わりまで決まってます)