マーモセット正常脳と神経毒 MPTP (1-methyl-4-phenyl-1,2,3,6-tetrahydropyridine) 皮下投与によるパーキンソン病モデルマーモセット脳との比較(いずれも冠状断面)。
本画面目次
神経毒 MPTP (1-methyl-4-phenyl-1,2,3,6-tetrahydropyridine) を小型サル類コモンマーモセットの皮下などに末梢投与すると,振戦,無動,姿勢保持障害,筋固縮などの行動変化が数ヶ月以上にわたり持続的に観察される。このマーモセットの脳を in vivo (生存のまま) レベルの Positron Emission Tomography (PET) あるいは in vitro レベル (死後摘出脳)の免疫組織学的方法で,それぞれ検索すると,黒質-線条体系ドーパミン神経の変性あるいは脱落がみられている (Ando et al., 2012)。
このようなMPTP処置マーモセットは,行動的症候上も,脳の神経変性上も,パーキンソン病 (PD) の病態に極めて類似している。従って,これは, PD に関する疾患妥当性の高い実験動物モデルと考えられ,これまでも多くの研究者によって利用されてきた (Jenner and Marsden, 1986, 野元,1995)。MPTP 利用による PDモデルについては,マカク属サル類やリスザルなどでも同様であり,歴史的には,むしろこれらのサル類の方が,マーモセット以上に利用されてきたといえる (Langston et al., 1984)。
しかしながら,マーモセットの MPTP処置PDモデルには,マカク属サル類とは違った,むしろ,それを凌駕する利点が存在すると考えている。ここでは,MPTP処置マーモセット利用実験の実際的側面について,項目別に以下に記載した(安東,2018)。
本WEBサイトページ 実験動物マーモセット 参照
マーモセットMPTP処置モデルについての著者の和文解説PDFは下記 URL 参照
https://researchmap.jp/read0179769/published_papers/19447809
まず,本課題の前提条件として,MPTP の神経毒性は,ヒトとサル類に発現することを述べておきたい。ラットならびにマウス(一部系統を除く)では,薬物代謝の種差による違いから,当該毒性発現を観察できない。したがって,MPTP による PD モデル作成は,基本的にはサル類が第一選択となる。
マーモセットは,大型のマカク属サル類に比べて小型であり,攻撃性も少なく,実験動物としては取り扱いやすい。さらに,MPTP の毒性からの安全性の面に関して,マーモセットの利用には,マカク属サル類に比べて大きな利点があると考えている(実験動物マーモセット) 。
この神経毒は極めて慎重な取り扱いを必要とする。もともとは,ヒトが摂取し,重篤なPD様症候発現がきっかけで,MPTP がサル類を含む実験に使用される様になった経緯を考えれば当然であろう。ただし,その時の薬物乱用者が積極的自発的に MPTP を大量摂取した場合と,実験者が実験場面で MPTP を注意深く慎重に取り扱う場合とは区別して考えるべきである。そうは言っても,実験使用目的での MPTP 純末の保管,その溶液の調製,調製液の保管,調製液の投与,投与後の動物排泄物処理などのプロセスは,実験者の安全のためにも極めて慎重にすべきである。これら一連の手順については,標準操作手順書 (Standard Operating Procedure: SOP) に定めて,これを遵守する必要がある。さらには,実際の業務が手順書どおりに遂行されているか否かについての監視も必要である。また,次亜塩素酸ナトリウム溶液は,適切な濃度と時間経過の中で,MPTPの毒性を弱めることが知られており (Przedborski et al,1996),これを適切に利用することが重要である。なお,当該標準操作手順書の見本は,下記の追加ノート1に記載した。
マーモセットの PD モデル作成における MPTP投与手順は多くの試行錯誤を経て確立してきた。MPTPは,生理食塩液などに溶解させるために, MPTP HCl を購入し,使用する。投与スケジュールは以下の通りである。MPTP を,連続した3日間に,それぞれ 2 mg/kg, 2 mg/kg, 1 mg/kg (マーモセットの症候によっては 3日目も, 2 mg/kg) を皮下に投与する (Ando et al, 2020)。ただし,この用量は,MPTP を base dose として計算したものである。MPTP HCl として塩込みで計算する場合には,それぞれ,上記用量の 1.2倍の MPTP HCl を用いることになる。念のために述べておくと,MPTPは,水溶性ではない MPTP base 純末を入手するのではなく,MPTP HCl を入手する。
MPTP投与後のマーモセットには自発的な摂食と摂水が2週間以上にわたり殆どみられなくなる。そこで,水分と栄養の補給,電解質とブドウ糖の補給などを,休日を含めて1日複数回実施する必要がある。この労を惜しむと,マーモセットは衰弱して死亡してしまう。MPTP投与実験を実施する場合には,ここが,最も重要なポイントのひとつとなる。
一方,マカク属カニクイザルの場合には,MPTP HCl 1 mg/kg 程度を1回のみ皮下などの末梢に投与して,様子をみる。1 ないし 2 週間ごとの間隔をあけて,同程度の用量のMPTP投与を数ヶ月にわたり反復する。この間には,マーモセットの場合同様に,実験者が1日複数回の栄養補給を休日を含めて実施する必要がある。また,MPTPを含む大量の排泄物処理なども加わり,マーモセット以上の労力と手間がかかる。おまけに,カニクイザルの場合には,MPTPに対する感受性の個体差が,マーモセット以上に大きく,あるサルには,明確な症候発現があるが,他のサルには,同じ投与条件でも何の変化も見られないことがある。また場合によっては,理由が分からずに,急激な身体的衰弱などで突然死亡してしまう頻度がマーモセット以上にある。
以上のことから,マーモセットの PDモデル作成には,実験者の安全性,実験実施の効率性,データの信頼性などの面において,マカク属サルを超える利点が存在すると考えている。マーモセットの MPTPに対する感受性の個体間変動の低い理由については,マーモセットが,管理された条件下で多世代にわたり,永年繁殖飼育され,このことで個体間に均質性が保たれていると考えている。そして,これは,データのばらつきも相対的に小さく,データの信頼性にも関わってくる。
PD モデルというからには,MPTP投与後の行動変化が,PD様症候を発現し,それが持続する必要がある。直後には,急性の MPTP毒性効果が発現し,自発的な摂食や摂水がなくなり,マーモセットは衰弱する。これから回復してくる 2週間後くらいから,前記の通り PD様症候としての運動時振戦,姿勢保持障害,筋固縮などがみられる。また,MPTP投与直後の急性毒性や衰弱などにより動かないこととは違った形で,無動もみられる。
そこで,これらの PD様症候をどう的確に測定するかという課題が存在する。まずは,症候の全体像をとらえることが必要である。あらかじめ,運動機能などについて項目立てしてある Dysfunction score などにより,熟練した観察者が,MPTP処置マーモセットの症候の有無について,処置前と比べてどう変化したかを観察,記録する (Ando et al, 2008, Ando et al, 2012)。このような肉眼による観察記録は,マーモセットの行動を全体的鳥瞰的に把握する上で極めて重要である。医師が PD患者を診断し,投薬などの治療効果を把握する上でも,Unified Parkinson’s Disease Rating Scale (UPDRS),Hoehn and Yahr の重症度分類やその他のスコアを利用していることが参考となる (Yahr, 1993) 。これらのスコア観察は,PD患者の症候を全体的に把握する上でのスタートであり,治療の効果をみる上でのゴールでもあり,極めて重要な観察である。なお,パーキンソン病モデル・マーモセットの症候観察用の運動機能障害シートを下記の追加ノート2 に記載した。
一方,マーモセットの実験では,肉眼観察によるスコアとは別に,マーモセットのPD様症候を客観的定量的に測定することが重要となる。なぜなら,医薬品候補物質や神経細胞移植などの処置に,症候改善効果が存在するか否かについては,客観的定量的に明確に判定する必要があるからだ。そこで,個別飼育ケージ内のマーモセットについて,運動感知(近接)センサーにより,その自発運動量 (Locomotion or Spontaneous Motor Activity) を何ヶ月にもわたり連続的に記録する (Ando et al, 2020)。MPTP投与 1ないし2週間後からの運動低下については,PD様症候の重要な指標の一つである無動の客観的定量的指標となる。薬物や神経細胞移植などの処置の効果判定において,無動が改善するか否かを一義的かつ鋭敏に捉えることができる点,この指標を利用する大きな理由が存在する (Ando et al, 2008)。
振戦なども客観的定量的にコンピュータ画像解析などにより把握できる。しかし,この行動は,自発運動量のように全体的かつ統合的な行動として把握できるものではなく,時としてみられるエピソーディックにして部分的な行動として現れる。それゆえ,振戦の測定だけで,薬物投与や神経細胞移植など処置の効果を鳥瞰的かつ大局的にとらえるには十分とは言えない。その他の症候である姿勢保持障害,筋固縮などについても,個別に測定した場合には,振戦と同様に部分的側面の観察にとどまるといえよう。しかしながら,これらを的確に客観的かつ定量的に測定把握することは,学問的には重要な研究テーマである。医薬品や神経細胞移植の効果の有無を一義的に判定することを目的とした前臨床医学研究と学問的な病態解明のための研究とは,研究を進める上で,最終目的が異なり,区別して考える必要があろう。
以上により,前臨床医学研究におけるPD モデル マーモセットは,医薬品や神経細胞移植などの効果を判定するために有用でなければならない。その意味において,PD様症候に関する全体的な症候を肉眼観察によりスコアで把握し,同時に自発運動量をセンサーにより,客観的定量的に把握するのが適切と考えている。これにより前臨床医学研究において,動物実験による科学的基礎的データを,ヒトPD への処置の適否判定のための一つのベースとして提供できると考えている。
MPTP 投与による上記の症候発現は,主として脳の黒質線条体系ドーパミン神経の変性脱落によると考えられている。実際に,多くの研究において,病理組織学的にも,生化学的にも,神経細胞学的にも神経変性を裏付ける事実がすでに公表されてきた。また,PD モデルサル類における Positron Emission Tomography (PET) などによる in vivo 画像解析によっても,ドーパミン神経変性などが,症候発現と並行してとらえられている(本WEBサイト マーモセット脳画像解析 参照)。
前臨床評価研究においても,PD モデル マーモセットを用いて PET 測定を実施した (Ando et al, 2012)。その結果,ドーパミン神経トランスポーターへのリガンド [11C]PE2I の線条体(被殻)での結合能と無動の症候指標である自発運動量低下は,r = 0.98 という高相関を示した。このことは,マーモセットの PDモデルにおいて,ドーパミン神経変性と症候発現は,ほとんどパラレルであることを物語っている。また,マーモセット の死後脳については,tyrosinhydroxilase(TH)による組織学的検索でも,MPTP処置マーモセット脳の TH染色部位は著しく減少し,ドーパミン神経を含むカテコールアミン神経が脱落していることがよくわかる。NIH Image J による染色部位の定量化による検索において,線条体の TH 染色面積の減少と症候の運動量減少は,相関があり,その係数は 0.83 あるいは 0.93 であった(マーモセット脳画像解析 )。
医薬品や細胞移植などの前臨床医学研究においては,症候改善とそれの神経学的裏付けが重要であるために,PDモデル マーモセット の神経変性とその保護作用や薬効などについて,定量的に明確にとらえる必要がある。 マーモセット PDモデルは,その症候同様,神経変性についても明確にその脱落とその保護作用などを検出できる実験系が完成している。このモデルは,ヒトの PD の症候発現と神経変性の点で類似性があり,医薬品開発やその他の治療法に関する前臨床医学研究において有用である。この点で,当該モデルは,神経精神疾患研究領域においては数少ない疾患妥当性の高い有用な実験動物モデルといえよう。その理由は,PD モデルが,ヒトとサル類で共通性の高い運動機能障害に関するものだからである。この点においては,統合失調症や双極性障害などのより高次な脳機能に係る精神疾患などの動物モデルとは異なる事実の存在を挙げておく必要があろう。
Ando K, Inoue T, Hikishima K, Komaki Y, Kawai K, Inoue R, Nishime C, Nishinaka E, Urano K, Okano H (2020) Measurement of baseline locomotion and other behavioral traits in a common marmoset model of Parkinson's disease established by a single administration regimen of 1-methyl-4-phenyl-1,2,3,6-tetrahydropyridine: providing reference data for efficacious preclinical evaluations. Behav Pharmacol 31:45-60.
Ando K, Maeda J, Inaji M, Okauchi T, Obayashi S, Higuchi M, Suhara T, Tanioka Y (2008) Neurobehavioral protection by single dose l-deprenyl against MPTP-induced parkinsonism in common marmotsets. Psychopharmacology 195:509-516.
Ando K, Obayashi S, Nagai Y, Oh-Nishi A, Minamimoto T, Higuchi M, Inoue T, Itoh T, Suhara T (2012) PET analysis of dopaminergic neurodegeneration in relation to immobility in the MPTP-treated common marmoset, a model for Parkinson's disease. PLoS One 7:e46371.
Jenner P and Marsden CD. (1986) The actions of 1-methyl-4-phenyl-1,2,3,6-tetrahydropyridine in animals as a model of Parkinson's disease. J Neural Transm Suppl 20:11-39.
Langston JW, Forno LS, Rebert CS, Irwin I (1984) Selective nigral toxicity after systemic administration of 1-methyl-4-phenyl-1,2,5,6-tetrahydropyrine (MPTP) in the squirrel monkey. Brain Res 292:390-394.
Przedborski S., Jackson-Lewis V., Yokoyama R., Shibata T., Dawson V. L. & Dawson T. M. (1996) Role of neuronal nitric oxide in MPTP (1-methyl-4-phenyl-1,2,3,6-tetrahydropyridine)-induced dopaminergic neurotoxicity. Proc Natl Acad Sci USA 93, 4565–4571.
Yahr MD (1993) Parkinson's disease: new approaches to diagnosis and treatment. Acta Neurol Scand Suppl 146:22-25.
安東潔 (2018) 神経毒MPTP 投与によるコモンマーモセットのパーキンソン病モデル – 行動解析による前臨床評価を中心として –. オベリスク Vol. 23,1:14-22.
https://researchmap.jp/read0179769/published_papers/19447809
野元正弘 (1995) コ モ ン ・マーモ セ ッ ト(小 型 の サ ル)の 薬 理 学 研 究 へ の 応 用. 日薬理誌 (Folia Pharmacol Japan) 106, 11-18. PDFをダウンロード (6345K)
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実験実施施設 XXX
1. 本標準操作手順書の目的:
神経毒であるMPTP (1-methyl-4-phenyl-1,2,5,6-tetrahydropyridine) を実験に使用する際に,この化学物質を適切にマーモセットに投与し,またMPTPが人体に触れることのないように,その使用法を本標準操作手順書に定める。
2. MPTPの購入:
MPTP は原則として Sigma Aldrich社の MPTP HCl を購入する。また,購入時にはMPTP出納簿に購入量およびその他必要事項を記載する。
3. MPTPの保管および使用:
MPTP 保管管理責任者を定めた上で,購入した MPTP は所定の薬品保管庫に施錠して保管する。また,使用時には出納簿に使用量およびその他の必要事項を記載する。
4. MPTPの調製:
MPTP の調製に際して,必要事項を調製記録に記載する。MPTP は所定の室内で,MPTP専用の電子天秤により重量を測定する。調製時には,所定のディスポ帽子,同マスク,同手袋,防護服を着用し,これらは調製に用いた器具類とともに1%次亜塩素酸ナトリウム液に10分間以上浸して,解毒処理し,その後は下記記載の産業廃棄物として業者に処理を委託する。次亜塩素酸ナトリウムは,6% 濃度のピューラックス-S(株オーヤラックス)などを用いる。1% 濃度溶液に調製するために,ピューラックス100 mlとり,500 mlの水を加える割合で希釈する。
5. MPTP調製液の保管:
調製液保管容器はビニール袋などで2重につつみ,MPTP調製液であり,有害であることを表示して,所定の冷蔵庫に保管する。
6. MPTP調製液の投与:
調製液のマーモセットへの投与では,あらかじめ定められた投与担当者のみが所定の投与経路内に正確に投与する。投与時には所定のディスポ帽子,同マスク,同手袋,同腕カバー,同防護服,エプロン,保護面,革手袋,長靴を着用する。
7. 残存調製液および投与器具の処理:
残存調製液は吸湿製の素材に染みこませ,使用済み投与器具(ディスポ注射筒および同注射針),ディスポ帽子,同マスク,同手袋,同防護服,同頭巾,同腕カバ−とともに上記の解毒処理後に産業廃棄物として処理する。た,投与時に使用する保護面,革手袋はMPTP投与期間中には,使用の都度1%次亜塩素酸ナトリウム液で解毒するか,この液を噴霧処理した上で使いまわすが,投与期間終了後には前記同様解毒し、産業廃棄物として処理する。エプロンと長靴は解毒処理後に再使用する。
8. 投与動物の管理:
MPTP の投与を受ける動物は,他の動物から隔離されたケージで飼育し,動物の一般状態については投与期間中観察する。投与期間開始時から最終投与終了日までの動物の糞尿は飼育ケージの床下に敷いた吸湿製の素材に吸収させ,最終投与日の翌日および最終投与から3日以上経過したところで,床下に敷いた素材を2重に密閉したビニール袋内に入れ,MPTP廃棄物で,毒性があることを表示し,産業廃棄物として処理する。最終投与から3日以上経過したときには止まり木は十分な解毒をするか,新しいものと交換する。給餌箱は投与期間中にはそのつど当該飼育室内で解毒処理後再使用する。最終投与から3日以上経過したところで餌箱を廃棄処理するか,十分な解毒を行って再利用する。また,MPTP最終投与から3日以上経過したところで,動物を一時取り出し,ケージ内を1%次亜塩素酸ナトリウム液で憤霧し,10分以上おいてから水をしみ込ませた布またはキムタオルなどで拭き取る。一般状態観察時には所定の帽子,マスク,手袋,防護服を着用し,これらは使用後には解毒し,産業廃棄物として処理する。投与期間中および最終投与終了3日以内に動物が死亡した場合には,体重のみは測定し,死体を1%次亜塩素酸ナトリウム液に10分間以上浸して, 解毒処理し,2重に密閉したビニール袋内に入れ,MPTP投与動物であることと人体に有害であることを記載して,所定の動物死体処理冷凍庫に保管し,廃棄を業者に委託する。動物死亡記録には必要事項を記載する。
9. MPTP投与実験場所の処理:
MPTP 調製液を動物に投与した飼育室については,ケージ内同様に投与終了3日以降に,1%次亜塩素酸ナトリウム液を壁などに
噴霧解毒後,水で拭き取る。また,ケージ内の空気の流れにそった箇所には,1%次亜塩素酸ナトリウム液を憤霧し,解毒する。
10. 産業廃棄物としての処理:
上記の MPTP 含有廃棄物焼却処理は,実験実施機関と契約した業者との間で締結された依託契約書に基づいて,それぞれ廃棄物と動物死体の処理を委託する。処理物搬出までの間は, MPTP含有処理物であることを表示し,バイオハザ−ドマークを添付した袋を特定の場所に保管する。実験実施機関はこれら業者と通常の契約を締結するときに,MPTP含有物の処理も含まれることが文書で交わされてある。
11. 人体への過剰なMPTP暴露時の対応:
MPTP 取り扱いには厳重な注意を払うことが求められるが,万一相当量のMPTPあるいはその調製液に従事者が暴露された場合には,MPTPを使用する研究に関する Principal Investigator (PI) に連絡し,その対応について速やかに相談する。PI は,あらかじめ内諾を得ている都内大学病院の脳神経外科医に処置を依頼する。なお,PI は,実験実施開始前に,その機関の所属長からあらかじめ任命を受けているものとする。
運動機能障害スコアシート説明
MPTP処置マーモセット・パーキンソン病モデル:
当該モデル・マーモセットは,ヒトのパーキンソン病の主要症候に類似した,無動,振戦,姿勢反射障害,筋固縮などを数ヶ月以上にわたり持続的安定的に発現する。運動機能障害スコアにおいては,実験者が肉眼的/主観的にこれらの症候を含めた運動機能障害について,項目ごとに観察し,その全体プロファイルを,おおまかに把握する。一方,この肉眼的観察とは別に実施するメインの観察は,個別ケージ内のモデル・マーモセットの自発運動量 (Spontaneous Motor Activiey OR Locomotion) を近接センサーで客観的定量的に測定する。これは,主要症候のひとつ「無動」について,客観的に測定することになる。この指標は,当該モデルの被検薬などのテスト前のベースラインに関する安定性を確認すると同時に被験物質などの当該モデルでの改善効果の有無に関して,一義的に判定する最も重要なものである。
したがって,ここでの主題である運動機能障害スコア値は,上記客観的定量的指標である自発運動量の背後を支える補佐的指標と考えることもできる。ただし,補佐的指標だからといって,決して軽視すべきものではない。自発運動量の背景にある全体的症候プロファイルを把握することは,極めて重要である。
運動機能障害の観察とそのスコアシート記録:
上記の主要症候などを含む運動機能障害は,実験者が,肉眼で,モデル・マーモセットについて,その症候を項目ごとに観察記録する。このスコアシートには,パーキンソン病様の主要症候を含めた様々な運動機能障害に関する項目があり(項目1 から項目11),それぞれの項目について,それの発現の有無についてのみ,1 あるいは 0 で,実験者が記録する。そして,これの合計得点を,運動機能障害スコア得点とした。
項目12 ジスキネジアと項目13 過剰興奮は,陽性対照薬の L-DOPA などを反復投与した場合の,いわば副作用発現の有無を確認するための参考項目であり,上記の運動機能障害に関する得点には加えない。
運動機能障害スコアの得点方式:
当該スコアについては,実験者が,その項目ごとに,該当するか否かを, 1 あるいは 0 としてのみ記録する。一般的な他の多くのスコアでは,重症度に応じて,1, 2. 3・・・・・と,加点する方式がある。ここでは,あえてそのような方式を取らなかった。その理由は,明確な変化のみを記録し,実験者による主観の違いを最小にとどめるためである。また,当該運動機能障害スコア値は,各項目についての発生頻度をマーモセットごとに合計する。この値は,比率尺度スケール上のデータであり,コントロール群と被験物資投与群との間で統計解析に耐えうる数値となる。一方,スコアに,1, 2. 3・・・・などの加点方式で得た数値は,順位尺度スケール上のデータに過ぎない。すなわち,得点2 は,運動機能障害の程度において,得点 1の 2 倍という保証はなにも存在しない。ただ,その程度が,得点 2 の方が,得点 1 よりも大きいと言えるだけである。このような,順位尺度スケール値の場合には,それを配慮した統計解析を別途実施するほかなく,一般的統計解析には耐えられないと考えている。一般的な統計解析 ( Analysis of Variance & Dunnet 多重比較など) の実施は,被検薬などの改善効果の有無を一義的に判定する上で極めて重要である。
運動機能障害スコアの症候観察実施時のポイント:
まずは,被検薬などのテスト以前にある前提条件として,モデル・マーモセットが,病態としての症候をどれだけ,明確かつ安定的に発現しているかについてのベースライン確認が重要となる。これが不十分である場合には,モデル作成に用いた神経毒 MPTP の投与条件あるいは使用したマーモセット側に問題があり,再検討ならびにモデル作成に関して再実施が必要となる。
一方,パーキンソン病様症候を明らかに発現しているモデル・マーモセットについて,運動機能障害スコアに基づく観察を実施しても,振戦,姿勢反射障害,筋固縮などが,観察時点で常に発現しているとは限らず,その発現は,episodic であることが多い。
したがって,このモデルでは,先に述べたとおり,MPTP処置前から個別ケージ内のマーモセットの自発運動量(Sponteneous Motor Activity OR Locomotion)を ,1日24 時間,連続的に長期間にわたり観察記録することが重要となる。この自発運動量は,MPTP処置により,持続的かつ安定的に低下する。これは,前述のとおり,パーキンソン病の主要症候のひとつである『無動」の客観的定量的指標である。すなわち,MPTP処置前の安定的な高頻度の自発運動量をベースラインとして確認した上で,MTPT投与後の持続的運動量低下とその後の被検薬などの処置による改善効果としての自発運動量の低下からの回復を確認する。これにより,「無動」という主要症候をとおして,被検薬などの改善効果の有無について,客観的定量的に判定することができる。前臨床試験では,このような指標による一義的な効果判定の意義が極めて大きいと考えている。
前臨床試験には明確な結論が必要:
以上により,前臨床試験を実施した場合には,被験薬のモデル・マーモセットの症候に改善効果が存在したのか,しなかったのかについて,明確な結論づけが求められる。明確な結論が得られなかった場合にも,試験のどの部分に問題があって,はっきりしなかったについて,これも明確に述べなければないらない。この意味でも,まずは,モデル・マーモセットの症候改善については,自発運動量に関する客観的定量的指標の改善をとらえて,その背景にある様々な症候の状況をできるだけ実験者間の主観を取り除いて,運動機能障害スコアにより,補足的に,しかし全体像として把握することが重要と考えている。