イランとアメリカの協議、成果得られずと米副大統領 パキスタンで21時間
2026年4月12日 BBC
アメリカとイランの停戦協議は、仲介するパキスタンの首都イスラマバードで11日始まり、直接協議は12日早朝まで続いた。アメリカの代表団を率いたJ・D・ヴァンス副大統領は日本時間12日午前10時50分(現地時間午前6時50分)ごろに記者会見し、合意が得られないまま自分たちはパキスタンを離れると述べた。イランの代表団はモハンマド・バゲル・ガリバフ国会議長とアッバス・アラグチ外相が率いていた。
ヴァンス副大統領は、アメリカは「誠意をもって」柔軟に対応する姿勢で21時間にわたり交渉に臨んだものの、「合意にたどり着かなかったというのが、悪い知らせだ。それは、アメリカにとって悪い知らせというよりはるかに、イランにとって悪い知らせだと思う」と話した。交渉を仲介したパキスタンのシャバーズ・シャリフ首相とアシム・ムニール陸軍参謀長に感謝し、「交渉に何か問題があったとしても、それはパキスタンのせいではない。パキスタンの働きは素晴らしかった」と述べた。
ヴァンス氏は、「非常にシンプルな提案を残して私たちはここを離れる。これが我々の最後で最善の提案だと、理解する方法を提示した。イランがそれを受け入れるか、様子を見ることになる」とも話した。
「(イランが)核兵器を追求しない、核兵器を素早く実現できるようになる道具を追求しないという、前向きな約束を、我々は見る必要がある。それがシンプルな事実だ」と副大統領は述べ、これがドナルド・トランプ米大統領の「核心的な目標」だと話した。
副大統領は、イランの核開発計画は「破壊された」ものの、イランは今後決して核兵器を開発しないという「根本的な意志表示を伴う約束」が必要だとして、「それをまだ目にしていない。いずれ目にできることを願っている」と話した。
ヴァンス氏をはじめとするアメリカ代表団はこの会見から間もなく、政府専用機でイスラマバードをワシントンに向けて出発した。
イランの準国営メフル通信は、イランの代表団が現地時間午前9時過ぎに、イスラマバードを離れたと伝えた。
ヴァンス氏の記者会見に先立ち、イラン外務省のイスマイル・バガイ報道官は、アメリカとの和平協議について声明を発表した。ソーシャルメディアへの投稿で、協議は「徹底した」ものだと表現する一方、交渉の成否は「相手側がいかに真剣で誠実かにかかっている」と述べた。
報道官はアメリカに対し、「過度な要求や違法な要請」を控え、イランの「正当な権利と利益」を受け入れるよう求めた。
協議項目は、ホルムズ海峡、イランの核開発計画、そして「イランにおける戦争の完全な終結」だと報道官は説明した。
バガイ報道官はその後さらに半国営SNN通信に対し、「1回の協議で合意にたどり着けるなど、最初から期待するべきではなかった。誰もそのような期待はしていなかったと思う」と話した。
報道官は、今回の協議は「(イランに)押し付けられた戦争」が40日間続いた後のものだけに「不信と疑念にあふれた雰囲気」で行われたとした上で、「外交は決して終わらない」と述べた。
パキスタン外務省はソーシャルメディア「X」で、イスハーク・ダール副首相兼外相の声明を発表。「双方が引き続き前向きな精神で、地域全体とそれ以外における恒久的な平和と繁栄の実現に取り組むことを願う」として、アメリカとイランの「双方が引き続き、停戦の約束を堅持することが不可欠」だと強調した。さらに、「パキスタンはこれまでも今後も引き続き」イランとアメリカの「関わりあいと対話の便宜を図るために役割を果たしていく」と言明した。
これに先立ち、まだ交渉が続いていた時点で、ドナルド・トランプ米大統領はホワイトハウスで記者団に協議について質問されると、「何がどうなっても、我々は勝つ」、「こちらはあの国を完全に敗北させた」と述べた。
トランプ氏はさらに、イランとの合意がまとまるかどうかは「自分にはどうでもいい」ことだとして、アメリカはすでにイランの指導部と海軍と陸軍を滅ぼしたという持論を繰り返した。また、焦点となっている石油輸送の要衝ホルムズ海峡については、「怖がっているか弱いかけちな」国々に代わってアメリカが、海峡開放を実現しようと努力しているのだと主張した。
ホルムズ海峡については、アメリカ中央軍が11日、アメリカ海軍の誘導ミサイル駆逐艦2隻がホルムズ海峡を通過したと発表した。イランが敷設した機雷が航路上にないことを確認するためだとしている。
「X」に投稿した中央軍の発表の中で、中央軍司令官のブラッド・クーパー提督は、「新しい航路を確立するプロセスを本日開始した。自由な商業の流れを促すため、この安全な航路を近く海運業界と共有する」と述べた。
これについてイランは、アメリカ側の主張を否定した。イラン国営のファルス通信は、軍司令部報道官の話として、「アメリカ艦艇がホルムズ海峡に接近し、進入したとする米中央軍司令官の主張は、断固として否定する」と伝えている。
報道官は、「いかなる船舶の通航についても、その主導権はイラン・イスラム共和国の軍にある」と述べたという。
政府専用機を降りたスーツ姿のヴァンス氏が、スーツ姿のパキスタン高官たちに囲まれ、右手の人差し指を立てて話しながら前へ向かって歩いている画像提供,Reuters
画像説明,イランとの交渉のためパキスタンに到着したJ・D・ヴァンス米副大統領(中央)と、出迎えたパキスタンのムニール陸軍参謀総長(左)やダール外相(右)(11日、イスラマバード)
夜の空港に敷かれた赤いじゅうたんの上を、迷彩服姿のムニール元帥と、ダークスーツ姿の他の高官たちが横に並び、前に向かって歩いている画像提供,パキスタン外務省/EPA
画像説明,パキスタンに到着したイラン代表団と出迎えたパキスタン政府高官たち。左から、パキスタンのムニール陸軍参謀総長、イランのアラグチ外相、イランのガリバフ議長パキスタンのダール外相(10日夜、イスラマバード)
レバノンの死者2000人超える
他方、イスラエルがレバノン攻撃を続けていることが、停戦協議の不安材料となっている。アメリカとイランがパキスタンで協議を続ける間、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は11日、レバノンとの和平協議を「承認」したと発表した。
ネタニヤフ首相は、レバノン側が過去1カ月の間、直接協議の開始を何度も働きかけてきたと述べ、「私は(協議を)承認した。ただし条件が2つある。ヒズボラの武装解除と、世代を超えて続く真の和平合意だ」と強調したとAFP通信は伝えている。
レバノンとイスラエルの両政府は10日夜、ワシントンで14日から停戦について協議すると発表した。両国のアメリカ大使が電話で話し合い、停戦協議の手はずを整えたとされている。
レバノン保健省は11日、3月初めにイスラエルが攻撃を開始して以来、レバノン国内の死者数が2000人を超えたと発表した。
国営通信社ナショナル・ニュース・エージェンシーによると、保健省の保健緊急オペレーションセンターは、3月2日以降に2020人が死亡し、6436人が負傷したとしている。
この発表に先立ち保健省は、イスラエルがレバノン南部トゥファフタを攻撃し、8人が殺害され、9人が負傷したと発表していた。負傷者のうち5人は重体だという。
こうした状況でレバノンのタレク・ミトリ副首相はBBCに対し、協議を「意味のあるもの」にするためには、イスラエルがレバノン攻撃を停止するべきだと話した。
ミトリ副首相は、「私はそれが交渉の条件だと言っているわけではない。しかし、会合を有意義なものにするには、たとえ暫定的であっても、敵対行為の停止が何かしら必要だと思う」と述べた。
「何十人、何百人もの人が殺されたり負傷したりしている最中に、意味のある協議にどうやって取り組めるというのか。あらゆる問題について話し合うための、本当の交渉の準備ができるというのか」と副首相は強調。「建設的な対話ができるようにするには、(攻撃を)やめさせて、(攻撃を)いったん保留にしなくてはならない。それでも私たちは、国務省で火曜日に開かれる会合には出席する」と話した。
【解説】 オルバン首相の「実験」、国民がついに拒む ハンガリーで政権交代へ
2026年4月13日 BBC
ハンガリーのオルバン・ヴィクトル首相が政権を握っていた過去16年間でやってきたのは「実験」だった。ただ、それを何と呼べばいいのか、彼自身わかっていなかった。「非自由主義的民主主義」は、あまりに否定的に聞こえた。
彼のアメリカ人の友人らは「国家保守主義」と好んで呼んだ。こっちの方が響きはいいが、厳密には決して正しくなかった。保守派のほとんどとは違い、オルバン氏は反逆者だった。
オルバン氏は絶えず自らを過激化させた。そうした状態で、何を保守できたといえるのか。
彼は主流派や「ブリュッセルの官僚たち」をあざけるのが大好きだった。官僚らにとって、彼は目の上のたんこぶだった。反撃しても、そのたび彼は、それを自らの利益に変えたのだった。
オルバン氏は自らを「反グローバリスト」と呼んだ。それでいて、ドイツの自動車メーカーや、中国や韓国の電気自動車(EV)用バッテリーメーカーをハンガリーに誘致した。
国家主権の擁護者だとも自称した。だが、ロシアに対して主権を守ろうとするウクライナの味方をすることは拒んだ。
オルバン氏は移民政策を激しく非難しながらも、スリランカ、フィリピン、ウクライナ、トルコからの移民を密かに奨励し、新工場建設を進めた。
子どもの数を増やそうと、巨額の資金を投入した。だが、合計特殊出生率は昨年1.31まで低下した。これは、彼が社会党から政権を引き継いだ2010年と同じ数値だ。
12日夜に素早く選挙での敗北を認めたのは、オルバン氏が自らのイメージを強く意識していることの表れたった。彼は「多数決主義」の民主主義者として振る舞った。「勝者総取り」の考えを支持し、政権運営でもそれに合った行動をした。
2010年の総選挙で3分の2の議席を獲得すると、1年後には新憲法を制定した。自分がイメージする国へとハンガリーを再構築し、自らの政党の主張に合うよう変えてきた。
議会での圧倒的な勢力を背景に、彼は法案を次々と可決させた。司法制度も選挙制度も、経済も変えた。
だが12日、ハンガリー国民はついに断固とした意思を示した。「これ以上、実験台にされるのはごめんだ」と言ったのだった。
マジャル・ペーテル氏が勝利したのは、彼がすべての集会でハンガリー国旗を掲げ、排他的ではなく包摂的な国家メッセージを打ち出したからだった。そしておそらく何より、ハンガリー国民が絶え間ない対立に疲れ果てていたからだった。
国民は、富裕層がますます豊かになり、貧困層がますます貧しくなって、中間層が縮小していく状況を嫌っていた。
オルバン氏は闘いに勝つことも多かったが、国民が求めていたのは、平和と静けさだった。自らの意見をもつ普通の国だった。
マジャル氏が約束しているのはそれだ。彼はドナウ川の岸辺で踊る大群衆に向かい、「今夜は祝おう」と語りかけ、こう続けた。
「だが明日、私たちは仕事に取りかかる」
政府 「5類型」撤廃を決定 「武器」移転が原則可能に
2026年4月21日 NHK
防衛装備品の海外への移転をめぐり、政府は「防衛装備移転三原則」と運用指針を改正し、これまで「救難」や「輸送」などに限定してきた「5類型」を撤廃しました。これにより、殺傷能力のある「武器」の移転が原則可能となり、安全保障政策の転換となります。
政府は21日、閣議と持ち回りのNSC=国家安全保障会議の閣僚会合で、「防衛装備移転三原則」と運用指針を改正しました。
改正された運用指針では、装備品の移転を「救難」や「輸送」などに限定してきた5類型を撤廃し、殺傷能力のある「武器」の移転を原則可能とするとしています。
「武器」の移転の可否は案件ごとに国家安全保障会議で審査し、「歯止め策」として、移転先は装備品の輸出に関する協定を結んだ国に限定するとしています。
また、戦闘が行われている国への移転は原則不可とする一方、「安全保障上の必要性を考慮し、特段の事情がある場合」は例外的に認めるとしています。
さらに、移転後の「武器」の管理状況を確認するため、必要に応じて現地調査を行うなどモニタリング体制を強化するとしています。
また、「防衛装備移転三原則」には国会の関与のあり方について、政府が移転を認める決定をした際に、すべての国会議員に事後的に通知することを盛り込みました。
今回の改正によって、護衛艦やミサイルなど殺傷能力のある「武器」の移転が原則可能となり、安全保障政策の転換となります。
高市首相、大型連休中にベトナム・豪州訪問で調整…新たな「自由で開かれたインド太平洋」構想表明も検討
2026年4月5日 読売新聞
高市首相は大型連休中の4月末から5月にかけて、ベトナム、オーストラリア両国を訪問する方向で調整に入った。安全保障や経済などの分野で2国間関係を強化し、首相が外交方針に掲げる「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」を巡る協力を推進したい考えだ。緊迫する中東情勢を見極めて最終判断する。
首相官邸に入る高市首相(2日午前)
複数の政府関係者が明らかにした。政府は両国を「インド太平洋地域の重要なパートナー国」(高官)と位置付けており、首相の新たなFOIP構想を今回の外遊中に表明する案もある。〈1〉経済基盤の強化〈2〉課題解決を通じた経済成長〈3〉安全保障面の連携――の3本柱を掲げる方向だ。
両国首脳との会談では、南シナ海などで軍事力を背景とした一方的な海洋進出を続ける中国を念頭に、安保協力の強化について議論する。レアアース(希土類)を含む重要鉱物のサプライチェーン(供給網)の 強靱きょうじん 化など、経済安保分野での協力拡大も確認する。
エネルギー資源の安定確保も議題となる見通しだ。日本にとってオーストラリアは、液化天然ガス(LNG)と石炭の最大の調達先で、首脳外交を通じ安定供給にもつなげたい考えだ。
《参考》Quad 日本、米国、オーストラリア、インドの4カ国でつくる協力の枠組み。Quad(クアッド)は英語で「4つの」を意味する。2004年のスマトラ沖地震と津波被害で4カ国がチームを組んで国際社会の支援を主導して以来、連携体制が定着した。最近は部隊間の共同訓練も展開している。
首脳間では米バイデン政権が誕生した21年の3月に初めてオンラインで協議し、9月にワシントンで対面会議を開いた。今回は米東部デラウェア州ウィルミントン近郊にあるバイデン大統領の出身高校で開催する。
「自由で開かれたインド太平洋」の実現を目指し、民主主義、法の支配といった共通の価値観を持つ。インフラや海洋安全保障、テロ対策、サイバーセキュリティーなどの分野で協力している。日米は、台頭する新興・途上国の「グローバルサウス」の重要国のインドをひき付けておく体制として重視する。
新型AI「ミトス」のサイバー攻撃対策は喫緊の課題、金融機関や病院など重要インフラの被害は深刻に
2026年5月7日 ダイヤモンドオンライン
システムの「穴」を見抜く能力、格段に優れる
日本でも与党・金融庁が対応策を議論
アメリカの新興企業アンソロピック社が最近開発した生成AI「ミトス(Claude Mythos)」は、システムやソフトウエアの「穴」を見抜く能力が格段に優れ、これまで開発されたもっとも強力なAIだといわれる。
ミトスのような高性能AIが悪用されてサイバー攻撃に使われたら、脆弱(ぜいじゃく)性の発見や攻撃手順の組み立て、そして侵入後の展開が高速化し、防御の難度がこれまでより大幅に上がる恐れがある。
これに対処するための取り組みが、アメリカや日本でも始まった。
アメリカでは、金融機関のシステムが突破された場合のリスクなどについて、FRB(連邦準備制度理事会)のパウエル議長と銀行のトップが非公開の場で議論し、日本でも4月20日、自民党がアンソロピック社を含むAI企業3社と金融庁などの政府関係省庁を招いた会議を開き、対策の議論を始めたことが報じられている。
実際、日本でもこれまで金融機関や病院、民間企業を対象に、インターネットなどを経由して、サーバー、パソコン、スマートフォンなどのIT機器に対して、データ窃取や破壊、システム利用の妨害や盗み出した情報の公開をほのめかして金銭を要求するなどの「サイバー攻撃」が行われてきた。
原理的には、どんな企業も個人も標的になり得る。社会的影響が特に大きいのは、電力、通信、交通、自治体、物流、金融、医療などの重要インフラだ。
中でも金融機関と病院は、決済・取引・診療という社会機能に直結するため、被害が深刻化しやすい。
「ミトス」対策は喫緊の課題だ。
データの窃取・破壊や乗っ取りのソフト
システムの妨害や「身代金」要求の攻撃も
サイバー攻撃ではどういうことが行われるのか。マルウエア(Malware)とは、利用者の端末やサーバー、ネットワーク上で不正に動作し、データ窃取・破壊・暗号化・乗っ取りなどを行う「悪意のあるソフトウエア」の総称だ。ここにはウイルス、ワーム、ランサムウエア、トロイの木馬などが含まれる。
ランサムウエア(Ransomware)とは、端末やサーバー上のデータを暗号化したり、システムの利用を妨害したり、盗み出した情報の公開をほのめかしたりして復旧や非公開の見返りに金銭を要求したりする、不正プログラム・攻撃手法のことだ。
これらの攻撃を受けると、ファイルが開けなくなってデータを使用することができなくなり、業務が停止してしまう。近年は暗号化だけでなく、事前にデータを盗み出し、「公開する」と脅す二重脅迫型も多い。
ランサムウエアは、不特定多数の対象を狙って電子メールを送信するといった手口が一般的だったが、最近では、企業などのVPN機器(注1)をはじめとするネットワーク機器の脆弱性を狙って侵入する手口が多くなっている。
これまでも攻撃者は、VPN機器やリモートデスクトップ、サーバー、業務システムなどの脆弱性や設定不備を突いて侵入してきた。ミトスのような高性能AIが悪用されれば、脆弱性の発見、攻撃手順の組み立て、攻撃の自動化などが、容易になる恐れがある。
社会の重要なインフラ、中でも金融機関と病院は、決済・取引・診療という社会機能に直結するため、被害が深刻化しやすい。
侵入後にデータを暗号化して業務を停止させたり、機密情報を窃取して公開をほのめかし、身代金を要求したりする事態が考えられる。金融機関の場合には、情報流出だけでなく、決済・取引・顧客対応などの業務継続に影響が及ぶ。
病院がランサムウエアに狙われた事例
電子カルテが読めず診療停止の被害も
日本では、病院を標的としたランサムウエア攻撃がこれまでも起きている。
病院がランサムウエアによる攻撃を受けると、電子カルテが読めなくなってしまうため、診療停止に追い込まれる。また、患者の個人情報が流出する場合もある。
2021年に生じた徳島県つるぎ町立半田病院や、22年の大阪急性期・総合医療センター、24年の岡山県精神科医療センターなどの事例は、深刻な被害を受けたものとして記憶に新しい。復旧に数カ月を要した事例もある。
つるぎ町立半田病院の場合、電子カルテシステムが完全に停止し、紙カルテ運用へ移行せざるを得なくなった。電子カルテを含む院内システムが約2カ月停止し、通常診療に大きな制約が生じた。
主な原因は、病院システム内のセキュリティーの脆弱性だ。具体的にはVPN機器の脆弱性や、パスワード管理の水準の低さだ。
医療機関の被害では、VPN機器など外部接続機器の脆弱性、認証情報の管理不備、バックアップ体制の弱さ、委託先を含むIT管理体制の不備などが問題となることが多い。
金融機関では個人情報の大規模流出や
取引、決済の停止などの事例
金融機関では、これまでのところ日本では社会全体を揺るがす規模のランサムウエア被害はまだ起きていない。しかし、それをもって安全と見るべきではない。
金融機関本体の防御が比較的厚いとしても、委託先、周辺システム、古いシステム、認証情報管理の弱点を経由して被害が及ぶ可能性は残るからだ。そしてミトスの突破力は、これまでよりもずっと強いからだ。
15年11月に、三菱東京UFJ銀行に不正アクセスがあり、会員制サイトのサービス運営者の預金口座入出金明細が流出した。これはランサムウエアによるものではないが、明細書に記載された振込依頼人の情報が、架空請求詐欺に悪用されていることもわかった。
同行へ口座振り込みをしている会員サイトなどの運営者に振込依頼人として自分の電話番号を入力した場合には、架空請求詐欺に悪用される恐れがあった。
アメリカではCapital One事件がある。これは個人情報の大規模流出事件だ。
Capital Oneはアメリカの大手金融機関で、個人向けの銀行、クレジットカード、自動車ローンなどを手掛けている。銀行ではあるが、ITに特化したことが競争力の源泉になっていた。
ところが、クラウドの設定不備を突かれた情報流出事件が19年に起き、1億人超の個人情報が流出した。
流出したのは、米国で1億人、カナダで600万人という非常に多くの個人情報で、この中には与信の情報も含まれていた。また、社会保障番号や銀行口座番号などの個人情報が盗まれた。
23年11月には、中国工商銀行の米国子会社ICBC Financial Services がランサムウエア攻撃を受け、米国債取引・決済に支障が生じた。これは、金融機関へのサイバー攻撃が市場インフラに波及し得ることを示した重要な事例だった。
25年には、米国の金融機関向けサービス企業Marquis Software Solutions が攻撃を受け、複数の銀行・信用組合の顧客情報に影響が及んだと報じられた。これは、銀行本体だけでなく、委託先・取引先を経由したサプライチェーン型のリスクが大きいことを示している。
KADOKAWAやJAXAも攻撃対象に
先端技術情報を狙った諜報型攻撃も
これらの事例のほかに、日本でもいくつかのランサムウエア被害や不正アクセス事件があった。
24年には、KADOKAWAグループとニコニコ関連サービスが大規模なサイバー攻撃を受けた。
この事件は出版や動画配信、決済、物流、社内業務などに広く影響し、デジタルサービス企業がランサムウエアで長期間の事業停止に追い込まれるリスクを示した。
また、JAXA(宇宙航空研究開発機構)への不正アクセス事件があった。これは23年に認知され、24年に公表された。JAXAは、外部機関からの通報を受けて内部サーバーへの不正アクセスを認識し、悪性通信の遮断などの初動対応を行った。
これは、金銭目的のランサムウエアとは異なり、宇宙・防衛・先端技術情報を狙う諜報型攻撃だった。
このように、サイバー攻撃はこれまでも深刻な被害をもたらしている。
ミトスは、デジタルシステムの欠陥を見いだす能力に優れているが、それが悪用されれば、攻撃用の強力な武器になってしまうことが懸念されている。
アンソロピック社はミトスの一般公開を中止し、グーグルやアップルなどごく一部の企業だけに公開して、この問題の対処法を探ろうとしている。しかし、それによって対処法が見いだされる保証はない。
世界はいま、新たなAIによる大きな危機の前に立たされている。
注1 VPN:Virtual Private Network:仮想専用線とは、インターネット上に暗号化された専用の「トンネル」。通信内容が暗号化されるため、盗聴や改ざんのリスクが軽減される。VPNに必要な装置は、VPNゲートウェーやゲートウェーの機能を搭載したルーターなど)。
(一橋大学名誉教授 野口悠紀雄)
2026年の夏はエルニーニョ現象で冷夏それとも猛暑?夏の暑さはどうなる?
2026年4月7日 防災ニッポン(読売)
今夏にかけてエルニーニョ現象が発生する可能性が高まっています。本来、エルニーニョの夏は冷夏になりやすいとされていますが、2月24日に発表された最新の暖候期予報(6〜8月の夏期の天候)では、全国的な高温が予想されました。なぜエルニーニョ現象が予想される中、猛暑が懸念されるのか、その理由と今から備えるべき対策について解説します。
2026年夏はエルニーニョ現象が発生する可能性がある
気象庁が2026年3月10日に発表したエルニーニョ監視速報(No.402)によると、2026年の夏はエルニーニョ現象が発生する可能性が60%と平常の状態が続く可能性(40%)に比べると高くなっています。現時点ではエルニーニョ現象もラニーニャ現象も発生していない平常の状態ですが、今年の夏にはエルニーニョ現象が発生する確率が高まっています。
エルニーニョ現象とは
そもそもエルニーニョ現象とは、太平洋赤道域の東部で海面水温が平年より高い状態が続く現象です。通常、この海域では東よりの風によって暖かい海水が西側に吹き寄せられていますが、エルニーニョ現象が発生するとこの東風が弱まります。すると、西側に溜まっていた暖かい海水が東側へ広がり、同時に東部で深い海から冷たい水が湧き上がる動きも弱まるため、海面水温が高くなるのです。
なお、これとは逆に、東風が平常時よりも強く吹いて西側に暖かい海水がより厚く蓄積し、東部で海面水温が低くなる現象をラニーニャ現象と呼びます。
エルニーニョ現象が発生すると、積乱雲が盛んに発生する海域が平常時よりも東へ移ります。この変動が、地球全体の気圧配置や風の流れに変化を及ぼすことで、日本を含め世界各地に異常気象をもたらす要因の一つと考えられています。
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エルニーニョ現象が発生するとどうなる?
日本においてエルニーニョ現象が発生すると、一般的には冷夏になりやすい傾向があることが知られています。本来であれば、夏は太平洋高気圧が日本付近を覆い、厳しい暑さと晴天をもたらします。しかし、エルニーニョ現象が発生して積乱雲が発生する海域が東へずれると、日本付近への太平洋高気圧の張り出しが弱まってしまいます。その結果、梅雨前線が日本付近に停滞しやすくなって日照時間が減少したり、北からの冷たい空気が流れ込みやすくなったりするため、気温が低くなります。
気象庁:エルニーニョ現象が日本の天候へ影響を及ぼすメカニズム
2026年夏はエルニーニョ現象でも冷夏とは限らない
しかし、2月24日に発表された最新の暖候期予報では、エルニーニョ現象の発生が予測されているにもかかわらず、6月から8月にかけての気温は、全国的に平年より高いと予想されています。
気象庁「夏の天候の見通し全国 (6月~8月)」
全国的に平年より気温が高い確率が50%~60%、平年より気温が低い確率は10%となっており、冷夏になる確率はかなり低くなっています。暖候期予報で夏の気温が高くなると予想される根拠として以下が挙げられています。
・地球温暖化の影響により、地球全体で大気全体の温度が底上げされた状態にある
・偏西風が北寄りに通るため南からの暖かい空気が入りやすい
・太平洋高気圧の張り出しが強い
これらの要因が重なることで、日本付近は暖かい空気に覆われやすく、エルニーニョ現象の兆候がありながらも高温になると予想されています。
過去のエルニーニョ現象の事例
以下に、過去のエルニーニョ現象の事例と夏の天候との関係をまとめています。
エルニーニョ現象が発生した際の日本の夏の天候は、過去を振り返っても一様ではなく、地域によって傾向が大きく異なることがわかります。
そして、2026年はこれまでのパターンとは異なる全国的な高温が予想されています。これはエルニーニョ現象の影響以上に、地球温暖化等の要因が強く働いているためと考えられます。
今から夏に向けて対策すべきこと
2026年の夏は、エルニーニョ現象が発生する兆候がありながらも、地球温暖化や偏西風の蛇行などの影響によって全国的な高温となる可能性が高いと予想されています 。
「エルニーニョ現象=冷夏」というイメージで油断せず、記録的な猛暑にも対応できるよう、今から以下の準備を進めておくことが大切です。
・エアコンの早期試運転を済ませる
┗本格的な暑さが始まってからエアコンの故障に気づいても、修理や買い替えの工事が数週間待ちになる可能性があるため
・暑熱順化(しょねつじゅんか)で体を暑さに慣らす
┗急激な気温上昇に対応できるよう、今のうちから暑さに強い体作り(暑熱順化)を始めておく
異常気象が日常となりつつある現在、エルニーニョ現象という一つの指標だけで天候を判断することは難しくなっています。過去の経験則にとらわれすぎず、最新の気象情報を柔軟に取り入れながら、早め早めの備えを心がけましょう。