理論編 第1回
「子どもの哲学」が育む「考える力」と「居場所」
~学校現場で注目される理由~
川﨑 惣一 KAWASAKI Soichi
宮城教育大学 教授。専攻は哲学。
2013年度より仙台市内の公立小中学校で、主に道徳の時間にp4cを実践。
2024年度より宮城教育大学 上廣倫理教育アカデミー所長。
第1回は全国の学校現場で広がりを見せている教育手法「子どもの哲学(p4c:philosophy for children)」についてご紹介します。
「主体的で対話的な深い学び」が重要視される中、p4cはまさにその実現を可能にする、実践的で有効なアプローチとして注目を集めています。特に、道徳の授業に取り入れることで、子どもたちが自ら「考え、議論する道徳」へと自然につながっていく点が大きな魅力です。
「子どもの哲学(P4C)」は、1960年代の終わりごろから1970年代にかけて、アメリカの哲学者マシュー・リップマンが子どもたちの思考力を育むために考案し発展させた教育手法です。
そして日本で「p4c」として実践されているものの多くは、リップマンのもとで研修を受けたハワイ大学のトーマス・ジャクソンがアレンジを加えて作り上げた独自のスタイル、通称「p4cハワイ」のスタイルをベースにしています。
「p4cハワイ」の特徴は、「毛糸で作ったコミュニティボールを使って、円座になった子どもたちと、子どもたちの立てた問いをめぐって対話する」という点にあります。リップマンが思考力の育成に重きを置いたのに対し、「p4cハワイ」は、子どもたち自身の問いを出発点とし、対話を通じてお互いを認め合うコミュニティづくりに焦点を当てています。
p4cが全国の学校現場で広がりを見せている最も大きな要因は、p4cが「主体的・対話的で深い学び」を可能にする、実践的で有効な手法であると考えられているためでしょう。
特に、道徳の時間にp4cを実践することは、そのまま「考え、議論する道徳」につながります。子どもたちは、与えられた問いだけでなく、自ら問いを立て、多様な意見に耳を傾け、議論を深めるプロセスを通じて、道徳的な思考や判断力のほか、多面的かつ多角的な視点を養うことができるのです。
p4cの実践には、対話が円滑に進み、誰もが安心して発言できる環境を作るためのいくつかの重要なルールがあります。
①ボールを持っている人だけが話せる/ボールを持っていない人はじっと話を聴く
このルールは、誰が発言しているかを明確にするだけでなく、子どもたちが人の話にじっと耳を傾け、相手の意見や考えを尊重する習慣を身につけるのに役立ちます。
②まだ発言していない人にボールを回す
このルールによって、一部の子どもたちが対話を支配することなく、普段あまり発言しない子どもにも発言の機会を与えることができるようになります。これによって、あまり発言しない子どもも自分なりの意見や考えをもっていることが他の子どもたちに理解されるようになり、お互いを尊重する態度が養われます。
③ボールが回ってきても、話したくない時はパスをすることができる
このルールは、発言を強制されないという安心感を子どもたちに与え、話すかどうかを自分で決めるという主体性を育みます。
無理強いがないからこそ、安心して対話に参加できる土壌が生まれます。
④相手を傷つけるようなことは言わない
このルールによって、お互いを思いやるという姿勢や態度が育まれます。
そして、最も大切なのは、どんな発言も馬鹿にされたり否定されたりしないという経験を積み重ねることです。これにより、クラス全体が「知的な安全性(インテレクチュアル・セーフティ)のある集団(コミュニティ)」へと変容していくのです。
子どもたちが「安心感・安全性(セーフティ)のある集団(コミュニティ)」の中で対話を行う経験を積み重ねることで、クラス内には少しずつ、落ち着いた雰囲気が醸成されていきます。
これによって、子どもたちは徐々に自分のクラスを「自分の居場所」だと感じられるようになります。これは、学級全体のまとまりや、子どもたちの心理的な安定感にも良い影響を及ぼすと考えられます。互いを認め合い、安心して意見を交わせる場所があることは、子どもたちの自己肯定感を高め、学校生活をより豊かなものにするための土台となるでしょう。
「子どもの哲学(p4c)」は、単に子どもたちの思考力や対話力を育むだけでなく、クラス全体の居心地の良い雰囲気作りに貢献し、ひいては学級づくりにも良い影響を及ぼす、まさに現代の教育現場に求められる実践的な手法と言えるでしょう。子どもたちが自ら問い、考え、対話を通じて成長するp4cの可能性にフォーカスし、今後連載して参ります。
探求の対話p4c概要について
(宮城教育大学上廣倫理教育アカデミーYoutube)
次回は、「p4cの始め方」についてご紹介します。