心情円を活用した授業 — 基礎編 —
1.心情円とは何か
心情円をご存じでしょうか?
心情円とは、道徳 授業のなかで話し合いの質を高めるために活用されてきた授業支援ツールの一つです。一般に、心情円は気持ちや心情を視覚的に表すためのものと思われていますが、実際には児童生徒の思考力や判断力を高める「思考ツール」として活用されています。
心情円をつくるために用意するものは二色の色画用紙です。
それぞれ同じ大きさで円に切って、半径に1本の切り目を入れて2枚を重ねます。大きさも色の組み合わせも自由ですが、パステル調の色合いだと見た目に優しくうつり、DVDディスクくらいの大きさであれば話し合いの際に手元で動かしやすいでしょう。(図1)
道徳科では、「発達の段階に応じ、答えが一つではない道徳的な課題を一人一人の児童が自分自身の問題と捉え、向き合う『考える道徳』、『議論する道徳』へと転換を図る」ことが期待されています。これからの道徳授業、児童生徒が教師の考えを推論して「正解」 を答えるのではなく、思考や議論を深化・活性化させながら「納得解」へいたることが目指されます。そのために、どのような工夫をこらせるかが教師の腕の見せどころとなるでしょう。
話し合い活動への主体的な参加を促すための授業支援ツールとしては、他にも「心情曲線」、「心情帯グラフ」、「イメージマップ」、「ミニボード」、 「クリッカー」や「哲学対話」(Philosophy for Children : P4C)で用いられる「コミュニティボー ル」なども知られています。心情円のいいところは、手軽に扱うことができて、言葉で表現しにくい微妙な心情や思考の移り変わりを視覚的に何度でも表現できる点です。そのため「考え、議論する道徳」授業の導入ツールとして全国的な注目を集めてきました。
図1 心情円
2.心情円の活用例
心情円の具体的な活用例を紹介してみましょう。
例えば、読み物教材の登場人物がAとBとで迷いを示している場面において、教師は「このときの気持ちはAとBでどれくらいの割合だと思う?」と問いかけます。さらに、読み物教材の登場人物に対する「自我関与」(=教材を自分とのつながりで考えること)を促す際には、「みんなが同じ立場だったらAとBの割合はどれくらいかな?」と問うこともできます。その後、場面がかわったところで「登場人物の気持ちはどうかわったと思う?それはなぜだと思う?」と発問を重ね、あわせて黒板にそれぞれの心情円を貼り付ければ、児童生徒の思考の幅や深さを自然と広げていくことができるでしょう(図2)。
また、心情円は葛藤教材を用いた授業、すなわちAかBかの二者択一を迫るような教材を扱う際に、効果的に活用することができます。
AかBかに割り切れない理由は何か。そこではどのような思いや道徳的価値がせめぎ合っているのか。判断の根元にある理由を問いかけながら、話し合いを続けます。児童生徒は心情や思考を色に投影し、表現することで、客観的に自分を見つめ直すこともできます。あわせて、クラスの他の仲間の考えにも興味関心が及び、人の意見を聴く姿勢が養われていきます。
心情円を使った活動では、お互いの理解や考えの共通点を確認し合うことによって「共感」、「安心感」を芽生えさせるだけでなく、お互いの相違点を知ることによって他者への「興味関心」や「好奇心」を目覚めさせることも重要となるでしょう。クラスのなかに「他者理解」や「多様性」に対する気づきが広がれば、存在を相互に認め合う姿勢が育まれ、ひいてはお互いが持っている「道徳的価値への理解を共有する雰囲気」(moral atmosphere)も醸成されるはずです。
図2 心情円を貼り付けた板書例
3.心情円とワークシート
心情円のその他の発展的な活用例としては、評価への対応としてワークシートのなかに心情円を併記しておくことが考えられます。
話し合いの局面に応じた思考の変容を、ワークシートに併記しておくことで児童生徒は思考の軌跡を後から確認することができます(図3)。また、体験的な活動を行う際には、活動前と後での心境の変化を心情円で表現し、活動の振り返りを充実させることもできるでしょう。個別面談や健康観察の際に用いれば、児童生徒の心身の問題への対応を円滑にすすめることに役立てることも可能です。
図3 心情円を併記したワークシート
4.考え議論する道徳に向けて
2017年に改訂された『学習指導要領解説 特別の教科 道徳編』では、「人間は、友達や回りの人々に親切にしなければならないと分かっていても、心が動かないこともあるし、それを態度化し、行動に移せないこともある。また、人間を尊重するといっても、意見や感情などの対立がある場合にどうするのかといった問題も出てくる。こうした個々の具体的な状況に即して内面的な葛藤や感動などを体験し、道徳的価値の自覚を深めていくことによって道徳性が発達する」と記されています。私たちは他者との価値観の相違や利害の不一致などによる心理的葛藤を避けて生きていくことはできません。さまざまな葛藤を乗り越える力こそが困難な時代を生き抜く力ともなります。心情円をはじめとする「思考ツール」を柔軟に活用し、児童生徒とともに答えが一つではない課題に対話を通して向き合いながら、それぞれの道徳性の発達をねばり強く支援していく道徳教育が始まりました。新しい道徳をともに創り上げていきましょう。
(本稿は『教室の窓・中部版』(2018年)心情円を使った道徳授業 からの転載)
藤井 基貴 Fujii Motoki
静岡大学教育学部 准教授、国際連携推進機構 副機構長、静岡大学現代教育研究所 所長
1975年岐阜県生まれ。名古屋大学高等教育研究センター特任講師、2008年4月より現職。
日本卓球協会スポーツ医・科学委員会・委員(2017~)ほか。