内容項目:Ⅾ(19)生命の尊さ
ねらい :日常生活で生命に対して真剣に考える経験の少ない生徒が、避難中に起きる生命の危機が差し迫った葛藤場面において自らの判断を下すことを通して、自他の生命を尊重する道徳的な態度と判断力を養う。
準備するもの:心情円
本時の展開
導入10分
気づく
○避難所の環境(凍えるような寒さ・限られた食料・多くの人との共同生活など)を確認する。
「 避難所生活で、どのように暖をとりますか?」
「 電気が通っていなかったとしたらどうしますか?」
過程に適した形態で授業を進める。
展開30分
迫る
○教材を読む。
「ガソリンを求めて」
震災によって避難所生活を余儀なくされた、とある家族の話。
マグニチュード7を超える大きな地震による避難指示を受け、家族は急いで荷物を車に積み、避難所へと向かった。車のガソリンメーターを見るとほとんど残量はなく、避難所に着くのがやっとだった。
12月で、避難所の中は凍えるように寒く、布団にくるまってじっとしている生活が続いた。避難所は物資の供給が困難な場所であるため、限られた食料や布団などを使いすぎないよう、節制した生活を送っていた。
ある日の夜、8歳の息子が38℃の熱を出した。風邪薬を飲ませ、様子を見たが体調は一向に回復することはない。避難所のリーダーに、息子を病院まで連れていってもらうようお願いをしたが、限られたガソリンを一人のために使うことはできないと断られた。他の避難者にお願いするも、貴重なガソリンを分けてくれることはなく、返答は同様だった。
避難所から病院までは数十キロと離れており、とても担いでいける距離ではない。2日経っても息子の病状は回復する気配がなく、悪化しているようにも見えた。熱はなかなか下がらず、ひどい咳をしながら苦しそうな表情を浮かべている。いてもたってもいられなくなった父は、深夜、駐車中の車や軽トラックの給油口を開け、ガソリンを抜き取ると、車に息子を乗せて病院へと向かった。1時間後、病院に到着し、息子は診断を受けて救急治療室へと運ばれた。
治療を受けた翌日、息子の病状は安定し、回復の兆しも見せた。父は安堵した一方で、改めて自分が昨夜したことを省みていた。
教材作成:静岡県小山町立北郷中学校・静岡大学藤井基貴研究室
「父の行為は許されますか? 許されませんか?」
! 一人で考えるための時間を十分にとる。
! 自分の考えがもてていない生徒には、何に迷っているのかを聞き、状況を整理する手助けをする。そして、思いを明確化させる。
○グループで話し合う。
! 心情円で各自の意見を表示させたうえで、「現時点での自分の意見」「その理由」「迷い」を、共有させる。
○対話を通して、さらに深く考える。
! それぞれの意見にゆさぶりをかける。
○グループでの話し合い後、もういちど自分の考えをまとめ、クラス全体で意見を共有する。
! 意見が変わっても変わらなくても良いことを伝える。
! クラス全体で意見を共有する際は、机をコの字形にする。
○対話を通して、さらに深く考える。
「あなたが父だったら、どうしますか?」
! 生徒から出た意見を全体に投げかけ、ゆさぶりをかける。
! 父の行為が、非常に危機的な状況下で行われたことだったということに気づかせたい。
終末
10分
見つめる
「父の行為は許されますか? 許されませんか?」
! 生徒どうしの議論の中から、ねらいとする命の尊さに気づけるよう、教師はファシリテーター役を務める。
許される
例 なぜなら、命よりも大事なものはないから。でも、父の行為は周りに迷惑をかける身勝手な判断かもしれない。もしも、ガソリンを盗んだことによって、他の避難者が命を落とすことになってしまったらと考えると、一概に正しいとは言えないのかもしれない。
許されない
例 なぜなら、多くの避難者に多大な迷惑をかけているから。でも、実際に自分の息子が同じような状況になったら、息子を見捨てられないし、父と同じ行為をするかもしれない。もしも自分が周りにいる避難者だったら、できる限り助けてあげたい。
○今日の授業の感想を書く。
授業のポイント
「父」、「息子」、「避難者」と、さまざまな立場に自我関与しながら議論が進んでいきます。この事例は実際にあった話を基にしており、刑法における「緊急避難」や民法の不法行為法といった法学分野の高度な議論にも関わっています。
防災や災害に関する内容を扱うときには、倫理学、社会学、法学といった近接学問領域の知識を参照することで、より深みのある授業をつくることができます。
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