研究内容

何を目指して研究をしているのか?

本研究室は,流域に降った雨が川に流れて海に注ぐまでの水文(すいもん)過程に関わるあらゆる現象をなるべく正確に理解することを目的として,学内外の研究室と連携しながら研究活動を行っています.従来の学問分野にあてはめると,工学部の土木工学科や社会基盤工学科に属する河川工学や水文・水資源工学に位置付けられる研究室です.理学部の地球科学科や農学部の農業土木工学科や林学科にも近いです.なお,研究のキーワードおよび現在進行中の主な研究は以下の通りです.

キーワード① 「水資源(みずしげん)」

「水資源」の危機が広く注目され始めてから10年以上が経過しました.日経サイエンス2001年5月号は「しのび寄る水資源の危機 世界的な水争いが始まった」という特集を組んでいます.週刊エコノミスト2007年10月号は「水資源争奪 水不足が起こす食糧危機/水源崩壊/国際紛争」という特集記事をまとめています.1995年に世界銀行副総裁が「20世紀の戦争が石油を巡る争いであるなら,21世紀は水を巡る争いの世紀になる」と指摘したことが現実になりつつあるのかもしれません.背景には,気候変動による旱魃や砂漠化の進行,発展途上国における人口増加による水需要の増大,工業化・都市化による水質汚染の悪化などがあると指摘されています.このため,水を重要な資源として再認識し,時間とともに変化する自然・社会環境下において,いかに水資源を維持・管理していくのかという課題について真剣に取り組むことが重要になってくるのではないでしょうか?

音無井路十二号分水(おとなしいろじゅうにごうぶんすい)@大分県竹田市九重野百木 

キーワード② 「水循環(みずじゅんかん)」

より良い水資源の維持・管理を実現するには,何が必要なのでしょうか?まず,国の内外を問わず,流域ごとに水資源の量や流れの現状をなるべく正確に理解する必要があるのではないでしょうか?特に,水は循環する資源ですので,いつ,どこで,どれくらい流れるのかということを把握することが重要になると思います.具体的には,流域に与えられる降水がいつ,どこを,どう流れるのかについて,正確に理解する必要があります.しかし,現在はこれを完全に理解できているとは言えない状況にあります.もしこれを正確に理解できれば,以下のような我々の日々の生活と密接した問題に答えることができるようになると考えています.

本研究室の主な研究課題

観測データに基づく降雨流出過程の逆推定とモデリングに関する研究

流域に降った雨が川に流出する過程に関する研究には非常に長い歴史があります.これまでの研究の歴史を大まかに振り返ると,まず降水量に簡単な関数をかけて流出量に変換する比較的シンプルなモデルがまず広まりました.本研究室ではこれを第1世代の降雨流出モデルと捉えています.その後,物理法則に則り,現地観測の結果とも照合しやすい,流域の時空間情報を反映した複雑なモデルが数多く提案されました.本研究室ではこれのモデルを第2世代の候流出モデルと捉えています.しかしながら,これらの第2世代のモデル開発を経た現在まで,野外観測研究の成果に照らして正しく表現されており,かつどこでも適用可能なモデルは開発できていません.これは要素還元思考で構築したモデルでは,降雨流出過程の理解や説明を発展させることができない可能性が高いことを示していると考えられます.

2000年頃から,これらの問題点が水文科学の分野で認められるようになり,観測データをベースにモデルを構築し,流域ごとのオーダーメードの降雨モデルを一意に構築する方法論が模索されるようになりました.これにより,水文過程に関する我々の理解と予測能力が大きく向上すると考えられます.本研究室ではこれを第3世代の降雨流出モデルと捉えています.

本研究室ではこの第3世代の降雨流出モデルの構築法を目指して,河川の流量データと水質データの変動から,降雨流出過程の正しい理解に関するヒントを得て,それに基づいて降雨流出モデルを構築する可能性について研究を進めています.この研究を通じて,世界のどこでも適用可能な降雨流出モデルを提案したいと考えています.

現在までに,河川流量データをその逓減特性に基づいて複数の異なる成分に分離し,各成分に対応する流域スケールの雨水貯留高を推定する手法を開発しました.これにより,流域内の主要な降雨流出機構を推定する考え方を提示することができました.土砂災害が発生した時刻において,一部の雨水貯留量の推定値が急激に増加することが分かってきております.これにより,流域スケールの雨水貯留量の変動から,土砂災害の発生時刻を推定・予測できるのではないかと考えております.

さらに,流域内の主要な降雨流出機構が,流域面積やその平方根である空間スケールに依存することが本研究室において確認されております.現在,このメカニズムについて,詳しく調べております.空間スケール依存性の発現メカニズムが説明できるようになると,現在バラバラになっている,降雨流出機構に関する観測研究とモデリング研究を融合させ,流域水文学を新たなステージに押し上げることができるのではないかと考えております.

山地森林域における水源涵養ポテンシャルマップおよび流況曲線形状に関する研究

山地の森林はいわゆる「緑のダム」として,(限界はあると考えられるものの)雨を地中に蓄えてゆっくりと川に水を供給してくれる機能があると考えられています.では,このような機能を森林に期待する場合,どのような森が我々にとって望ましいのでしょうか?また,森林の足元に広がる土壌の給排水特性,地質構造,地形がどのような条件にあると雨が浸透しやすくなり,川に安定的に水を供給してくれるのでしょうか?

これらの疑問に対する答えを求め,本研究室は日本の山地河川の流量と流域の植生・地形・地理条件の関係を調べ,より多くの河川流量を安定的に得られる流域の条件を探しています.河川に安定的に流れる流量は地下水をその起源としているはずですので,そのような流域条件を満たす場所を水源涵養ポテンシャルが大きい流域であると仮定し,そのような場所を地図上に表示した全日本水源涵養ポテンシャルマップとして作成しています.この研究を通じて,地下水の利用を促進しても良い地域と控えるべき地域の提供をしたいと考えています.

この研究の基礎として,河川の流況と流域の気候・地理条件との関係を考察した研究があります.流況曲線は,一定期間の河川流量データを大きい順に並べた曲線です.横軸は,流量の超過確率である場合や,超過日数である場合がありますが,どちらでも大差はありません.この流況曲線は,流域固有のものとなりますので,曲線の形状に流域全体の特徴が表現されています.この形状を世界のどの流域でも推定できるようにすることで,降水量や河川流量などの水文データが不足している流域においても,河川流量の変動特性を把握することができるようになります.そのような知見は,水文データが不足する地域における水資源の効率的利用に貢献できるものと期待しています.

さらに現在,水資源が逼迫する傾向がある島嶼の河川において流況曲線形状を推定する試みに挑戦しています.現在はまだ,米国のハワイ州や沖縄など,データが揃っている環境でデータ解析を進めておりますが,将来的には,データ不足流域における応用の可能性を追求したいと考えております.

<終了> 裏磐梯毘沙門沼流域の降雨流出過程に関する研究

裏磐梯の五色沼はその特徴的な色に魅力があり,福島県を代表する観光地になっています.その水の色が昔に比べて変化しているとも考えられておりますが,変化 の有無のみならずその水質形成過程についてもまだ明らかになったとは言えない状況にあります.五色沼は磐梯朝日国立公園内にあり,1888年の磐梯山の噴 火以降,周辺環境は変化し続けています.このため,同国立公園内の環境変化を把握しつつ,水の色の変化の有無や水質形成過程について理解する必要がありま す.

本学共生システム理工学類の環境システムマネジメント専攻では,有志の研究室が参加して,磐梯朝日国立公園内の環境変化の把握と生物多様性の保全に関する研究プロジェクトを推進しています(http://www.sss.fukushima-u.ac.jp/bandai-asahi-project/index.html). この中で,本研究室は,毘沙門沼流域を対象として,降雨流出過程の把握ならびに表流水の水質変動に関する調査を行い,降雨・貯留・蒸発散・流出に代表され る流域内の水の動態を把握しようとしています.2012年度から調査に着手し,これまでに,毘沙門沼の水収支を明らかにすることができました.これによる と,基本的に毘沙門沼は流入・流出する表流水が支配的であること,沼底から水が湧出しておりその水量が2番目に支配的であることが分かりました.現在は, 流入水の水量と水質のモニタリングを行い,毘沙門沼流域における降雨流出過程の把握を目指して研究を継続しております.

本 研究では,毘沙門沼流域を主要な調査地点に定め,現地調査に関する実践的教育の場とするとともに,研究室内で開発した理論・モデリング手法の応用研究の場 としても利用しいます.研究室に籠るだけではなく,現地に赴いて自然を満喫するのは非常によいリフレッシュにもなりますし,理論と実現象との間のギャップ の埋めたりや新しい研究を模索したりすることもできますので調査を楽しんで行っています.最近では,珪藻の専門家である廣瀬先生にも調査にご同行いただ き,新しい共同研究の可能性も探っています.

なお,現地調査では,五色荘の皆様,環境省,福島県庁の皆様に多大なるご支援を頂戴しながら研究を進めております.