第23回東京例会
日時:2019年1月26日(土)13:30~17:00
会場:国立音楽大学 5-208教室
伊藤 彰
ヘルムート・ラッヘンマンの創作における音色的連関に関する一考察――《マッチ売りの少女》(1997―99/2007)を含む声楽作品を中心に――
本発表はヘルムート・ラッヘンマ《マッチ売りの少女》を中心とする声楽作品、或いは声が用いられる作品を分析し、それらの作品の関係性を明らかにする。ラッヘンマンの70年代前後に作曲された一連の独奏曲は「楽器による具体音楽」の考えに基づいて実践され、これは70 >年代から80年代にかけて室内楽、オーケストラ、コンチェルトなどの様々な編成において探求されている。そして《マッチ売りの少女》は、ラッヘンマンの創作の中でも最も規模の大きな編成であり、《マッチ売りの少女》に至るまでの創作における試みが、この作品に集約されており、とりわけ重要な作品であると言える。
《マッチ売りの少女》とその他の声楽作品、或いは声が用いられる作品との関係性について、いくつか指摘することができる。合唱作品である《慰めⅠ、Ⅱ》と《慰め》、《マッチ売りの少女》の一部として構想された《二つの感情》、《マッチ売りの少女》以後の作品である《ヌン》と《ゴット・ロスト》、例外的な試みである《テムアー》と《コードウェルへの礼砲》としてそれぞれを位置付けることができ、とりわけ《二つの感情》は、当初《マッチ売りの少女》に組み込まれていたことからも伺えるように《マッチ売りの少女》の重要な役割を担っていたと言える。本発表では《マッチ売りの少女》の東京初演を担当した東京交響楽団、及び本作品の笙を担当しておられる宮田まゆみ氏への取材などを基に《マッチ売りの少女》の概観を示し、その他の作品との関係性について「テキスト」、「声の扱い」、「声と器楽」の3つの観点から分析を行う。またラッヘンマンの音楽において重要な観点である音色的連関についても分析を通じて、音色的連関が持つ意味を考察する。
陣内みゆき(国立音楽大学大学院 博士課程(音楽学)3年次在籍)
オリヴィエ・メシアン《世の終わりのための四重奏曲》《抑留者たちの歌》《われ死者の復活を待ち望む者なり》における多層構造
20世紀フランスを代表する作曲家オリヴィエ・メシアン(1908-1992)は、2度の世界大戦に対して3つの作品を遺した。1940年に作曲家自身がドイツ軍の捕虜となっている間に収容所内で書かれた《世の終わりのための四重奏曲》、「抑留者たちの霊にささげたフランス音楽の演奏会」のための委嘱作品として1945年に書かれた《抑留者たちの歌》、2度の世界大戦の死者の記念のために文化大臣から委嘱を受けた1964年の《われ死者の復活を待ち望む者なり》の3作品である。
メシアンは、自身が捕虜となり捕らわれていた期間に関しても多くは語らず、ただ《世の終わりのための四重奏曲》の初演の様子を、なかば伝説的に語るのみであった。この作品に関して、初演を行った演奏家やその遺族への取材と資料からその伝説に真正面から取り組んだRischinの著作は示唆に富むものであったし(Rischin, 2003)、1943年から1947年に活動したConcerts de la Pléiadeを扱ったSimeone(2000)、フランスの戦時下の作曲家の活動を比較したSprout(2004)や、冷戦下のメシアンの動向を追ったFallon(2009)などの重要な論考が同時期に書かれたものの、メシアンの一連の作品を体系的に読み解くには至っていない。
本発表では、上記3作品の形式における「多層」構造を、作品の表題および歌詞と合わせて考察をすすめる。メシアンの作品構造の変遷に跡付けることで、これらの作品にみられる多層構造が、メシアンの「語らざるもの」を表す装置として機能することを示す。
蒋 斯汀(国立音楽大学博士課程創作領域)
「ゴースト」の開発に向けて――ライブ・エレクトロニクス音楽と生演奏とのシンクロ理論――
コンピューター音楽の領域において、フィクスト・メディアと楽器演奏を同時に行う際には、時間の同期的問題が生じてしまう。そのことから、これまでにも様々な演奏同期システムが考案されてきた。本発表においては、タイムストレッチ技術を応用した、発表者が開発した演奏同期システム「ゴースト」の基本概念を紹介し、その音楽的な実践を紹介することを目的としている。
ゴーストは、ライブ演奏において、演奏者が時間キューを与えることによって(トリガー)、コンピュータに演奏者の時間的な情報を作用させてゆく。このとき、フィクスト・メディアの再生時間との相互的作用が重要となる。「ゴースト」では、たんに時間キューを与えるというシンプルな仕組みを取り込むことにより、これまで実現できなかったフィクスト・メディアと楽器演奏との、より柔軟な同期演奏を期待することができる。
本発表では、3つの観点で「ゴースト」を紹介してみたい。第一には、従来の方法論を概観しながら、同期演奏システムの必要性を論じてゆく。第二には、「ゴースト」の開発の過程と擦り合わせながら、その基本概念を紹介する。この段階において、「ゴースト」の進化の過程を明確にさせることができるであろう。第三には、実際に「ゴースト」を使用したライブ演奏の映像を見た上で、「ゴースト」を実際にデモストレーションする。映像には、発表者の作品”Equal-G”(於Tokyo Media Intraction~Acousticlub vol.3、2018年4月)を使用する。「ゴースト」のデモンストレーションには、同じく発表者の作品”Tension、for Tuba and electronics”を聴いて頂く予定である。
本発表は、同期演奏のためのシステム「ゴースト」を、初めて世に問うものとなる。開発の発端となった歴史的背景、「ゴースト」の仕組み、およびその実際な演奏効果を公表することが、ひとつの問題提起となればと考えている。現時点では、発表者の創作活動の実践のみに留まっているため、このシステムが他の作曲者や演奏家の創作的活動の貢献に繋がれば幸いである。