日時:2018年4月14日(土)(土)13:30~17:00
会場:国立音楽大学5-219教室
呉嘉欣(電気通信大学)
「楽曲記述言語 MusicXML を用いた 楽曲分析の自動化」(清水祐輔,沼尾雅之)
※論文要旨をそのまま掲載させて頂きました。共著者の名前は括弧に記しました。
概要 本研究では,計算機による楽曲分析の自動化を行なうことを目的とする.楽曲分 析を自動化することが出来れば,様々な応用が期待できる.情報科学分野において は,昨今注目を集めている自動作曲や作曲支援システムへの応用が考えられる.音 楽学においては,作曲技法や楽典をはじめとする音楽理論の学習や,楽曲の構造や演 奏における表現技法を把握する演奏支援といった応用が考えられる.
楽曲分析は様々な要素があるが,本研究ではその中でも和声と,旋律の構造に着目 する.現在楽曲分析の自動化に関する研究は幅広く行われている.旋律に関する研 究では,類似のデータをひとつのかたまりにするクラスタリングを用いて,頻出す るモチーフを抽出するモチーフ分析の自動化や,データ集合の中から繰り返し出現 するパターンを列挙・抽出するパターンマイニングを用いることで繰り返し出現す る旋律を抽出研究などが存在する.和声に関する研究では,和音進行のスムーズさ を定量化する計算論的音楽理論 TonalPitchSpace を用いた計算機による和声の推論 や,機械学習手法のひとつである Hidden Markov Model を用いて,計算機に学習 させた和声から任意の楽曲の和声を推論する研究などが存在する.
これらの研究は,計算機科学の理論を用いて音楽理論の近似を試みているが,解析 の対象が音符のみであることや,実際の楽曲を入力とせず音符以外の音楽記号を考慮 しない問題点がある.音楽は音符のみでその構造が決まるわけではなく,休符や拍 子,調号といった様々な要素が考慮されるため,楽曲分析を自動化するに当たり音楽 記号の考慮は必須である.また,楽曲分析を楽譜に還元していない問題点も存在す る.楽曲分析の自動化は計算機科学への応用だけでなく,演奏支援といった演奏者 へ向けた応用も考えられる.既存研究では,解析結果を楽曲へ対応付けする事は少 なく,ただのテキストデータとして扱う事が多い.楽曲分析によって得られた構造 を別のフォーマットで記述すると楽譜から離れた領域で音楽を扱うことになる.演 奏支援に応用するためには,解析結果を実際の楽譜へレンダリングする必要がある.
そこで我々は楽譜記述言語である MusicXML に着目した.MusicXML は楽譜を 計算機で記述するためのファイルフォーマットであり,楽譜上で必要な要素を全て記述している.そのため実際の楽譜をそのまま使う事が出来る.記号楽譜楽譜データ には MusicXML といったフォーマットの他に Standard MIDI といったフォーマッ トが存在するが,Standard MIDI はバイナリデータを用いているため, 直感的に理 解する事が難しい. MusicXML は, 楽譜を計算機で記述するためのファイルフォー マットであり, 楽譜上で必要な要素を全て記述している. そのため, 実際の楽譜をそ のまま使う事が出来る. バイナリデータと比べるとデータ量が大きくなる問題がある が, タグを用いた記述方式を採用する事で, 様々な記号が出現する楽譜において, 意味 が分かりやすいタグ名を用いている. タグは入れ子構造であり, 小節単位, パート単 位で情報を取り出す事も可能である. そのためデータの意味やデータ構造が直感的で 分かりやすい.
これらの利点により, XML 形式を利用したフォーマットである MusicXML は研 究目的で利用するに当たって, 効率的で柔軟なフォーマットである. また,オープン フォーマットであり, 楽譜情報を全て記述することが出来るため, 音楽情報において 非常に汎用性が高い.
本研究では,楽曲記述言語 MusicXML を用いる事で音楽記号を考慮した楽曲分析 を行った.既存研究では困難であった楽譜から拍子ごとの音符収集や,計算機によ る音楽記号の解釈を行った.旋律分析についてはパターンマイニング手法の一つで ある Prefixspan を用いることで,類似するフレーズの抽出を行った.和声について は計算論的音楽理論 TonalPitchSpace を応用し,既存研究の課題であった転調を検 知する手法を提案した.
提案手法の評価として,人手による分析結果の比較とレビューを行い,提案手法 が有用であることを示した.また,解析結果も記述できるように MusicXML を拡張 し,楽曲分析に用いた解析手法をモジュール化することで,旋律抽出や和声分析以外 の高度な楽曲解析への応用も可能になり,楽曲分析における有用性を示した.
土屋 憲靖(国立音楽大学修士課程)
「ドビュッシー《前奏曲集第二巻》より〈枯葉〉の楽曲分析――近代和声書法の分析および文学的背景についての総説――」
本研究は前回に引き続き、ドビュッシー《前奏曲集第二巻》より第二曲〈枯葉〉を総合的かつ詳細に分析し、その芸術性を論ずることを目的とする。
〈枯葉〉は単に詩的・抒情的な楽曲として捉えられがちだが、実際には緻密に考え抜かれた近代和声の技巧が詰まっている。音楽書法に関して最も特筆すべき点は、「クリスタル和音」(島岡譲発案の概念)、「移調の限られた旋法」の第二番(MTL2)、長三和音、という3つの和声語彙が、共通性と相違性によって対照されると同時に、それらの関係性が楽曲全体を構成する軸として用いられている点である。この他にも、短い楽曲の中に様々な近代和声の語法がふんだんに盛り込まれる点や、それらによって形作られた種々の動機や要素などが類似性と対照性によって互いに関連し合い、見事な構成術によってまとまりのある楽曲として完成させられている点は興味深い。本研究では、それら個々の要素ならびに要素同士の関係性などに対して詳細に考察しまとめることで、楽曲の総合的分析を行う。
また〈枯葉〉は詩的な印象をもつ楽曲であることから、様々な文献で文学との関連性が推量されている。それらの推量は主に3つの見解に分けられ、それぞれ、ヴェルレーヌの詩、ムーレイ(G.Mourey)の詩、ドビュッシー自身による文章との関連を示そうとするものである。本研究では、この楽曲における文学と音楽書法との関連性への分析的考察によって、既存の推量に対する信憑性を検証するとともに、それらを踏まえた文学的背景の総説によってさらに奥深い推量を導く。
よって本研究は、〈枯葉〉に見られる近代和声語法やそれらの緻密な対照と構成の技法に対して、初めて細密かつ論理的に考察し論ずるものであると同時に、既存の文学的推量に対する初めての調査論(サーベイ)および文学的背景の総説論となるものであり、作曲理論研究ならびにドビュッシーに関する研究に広く資するものである。
ファティ・フェヒミユ(Fati Fehmiju)(国立音楽大学博士課程)
「コンピュータ音楽への『ポリスタイリズム』導入の可能性」
20世紀後半のポスト・モダン以降の芸術様式の1つである「ポリスタイリズム」は、音楽、建築、文学、映画でも用いられている。音楽分野でのポリスタイリズムは、1つの作品の中に2つ以上の作曲技法や音楽様式を導入する手法である。この「ポリスタイリズム」という用語は1971年にアルフレート・シュニトケが書いた論文"Polystilistic Tendencies in Modern Music"(現代音楽におけるポリスタイリズムの傾向)で初めて使用したものである。シュニトケは1934年、旧ソビエト連邦のエンゲルスに生まれた現代音楽の作曲家で、「ポリスタイリズム」音楽の先駆者として広く知られている。本発表で取り上げる彼の作品《コンチェルト・グロッソ第1番》は、ヴァイオリン奏者であるギドン・クレーメルとタティアナ・グリンデンコによって委嘱され、1977年3月20日に初演された。初演の後に改定され、1977年8月にサルツブルグ音楽祭において初めて録音されている。シュニトケの一連の作品の中でも「ポリスタイリズム」を代表する作品であり、彼の傑作でもある。《コンチェルト・グロッソ第1番》は2つのソロヴァイオリン、プリペアード・ピアノ、ハープシコードと21の弦楽器のために作曲され、6楽章からなっている。そしてこの「ポリスタイリズム」をコンピュータ音楽での創作活動に作曲手法として取り入れるにあたり、模倣の場合、模倣する作曲技法や音楽様式の研究に数時間を要する点がデメリットであろう。しかしその結果、模倣している部分と、そうでない部分との融和性が高く、ユニークな構成を実現することが可能となる。引用の場合、作品の構成は容易になるが、引用している部分と、そうではない部分の関係性を高めることが難しい。そして、引用するパッサージュの幅が広ければ広いほど作品はオリジナリティーを失い、短ければ短いほど作品の中に取り入れられている印象が衝撃的になる可能性が高くなる。そのため、引用するパッサージュを、作品のどこで用いるかを一概に計画することは困難である旨を指摘し、本発表の結論とする。