心理療法の統合

心理療法の統合についてのノート


心理療法への統合的アプローチとは、いったい何のことでしょう?  自著からその定義を引用します。

単一の学派にもっぱら依拠するのではなく、多様な学派の理論や技法に開かれた態度で接し、慎重に吟味・検討を重ねながらそこから何かを学ぶことによって、目の前のクライエントに対して少しでもより効果的な治療を模索しようとするオープンエンドな試み     ---『統合的アプローチによる心理援助』(杉原、2009)

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単一の学派への忠誠は、しばしば、臨床の現実の複雑性に対する防衛として機能します。臨床現場で多様なクライエントからの多様な苦悩の相談を受けていれば、どの1つのアプローチも、(多くのクライエントに効果があるものの)あらゆるクライエントに有用であるわけではないということが分かると思います。

実際、単一学派に依拠に依拠している人は、大学の教員など現場から遠い研究者に多く、統合的な立場の人は、現場の心理臨床家に多いと言われています。心理臨床においては、臨床現場と研究者との間にはかなり大きな溝があります。心理療法の統合は、臨床現場と研究との間のこの溝を埋めようとする運動でもあります。

これまでになされてきた心理療法についてのリサーチは、多様なセラピーの治療効果には大きな違いがないことを示しています。それぞれのセラピーの治療手続きそのものよりも、むしろ治療関係のあり方や、治療手続きのクライエントに合わせた選択や調整のような、どのようなセラピーにも共通する要因が治療効果を左右する重要な要因であること示唆されています。

これについては、「心理療法において有効な要因は何か?:特定要因と共通要因をめぐる論争」(2020)にまとめましたので、よければこちらを参照してください。

https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/handle/2433/254124

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伝統的に、研究者たちは、学問的な興味から研究を進めています。それは、しばしば現場のセラピストたちの関心事とは一致しません。田嶌誠一先生がおっしゃっているように「現場は学問のはるか先を行っている」のです。

こうした事態を受けて、近年の心理療法統合運動では、実践と研究の統合が重要なテーマとなっています。実践志向のリサーチ(practice oriented research: POR)は、この不一致をなんとか緩和しようとする試みですが、まだあまり知られていません。実践と研究の統合は、まだまだこれからだと言えるでしょう。

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心理療法は非常に多様な要素の複雑な統合体であると思います。心理療法には科学の要素とアートの要素があります。心理療法におけるセラピストとクライエントの関係は、職業的な関係であると同時に、極めてパーソナルなつながりでもあります。心理療法は個人の深い内面を扱うものであると同時に、個人の生活環境やそれを取り巻く社会・文化のありようを問うものでもあります。心理療法には、心理学的理論やそれに基づく介入のテクニックが必要ですが、それらは倫理や価値や人間性の深い探究によって裏付けられている必要があります。心理療法の効果的な実践には、こうしたものすべてがハーモニーを奏でるように調和的にブレンドされている必要があるのです。

また、心理療法は、それを行う人から独立して存在しえないものです。にもかかわらず、研究の焦点は心理療法の手続きにばかり注がれてきました。心理療法を行う人への研究は非常に少ないのが実情です。

心理療法の研究の多くにおいては、セラピストは出来るだけマニュアル通りにセラピーを遂行できるよう訓練されます。セラピストは、あたかも交換可能な技術者であるかのように扱われています。そこではセラピストによる効果の個人差は、出来るだけ取り除かれるべきノイズと見なされています。

しかしどれだけマニュアル通りにできるよう訓練しても、異なったマニュアルに基づくセラピー間の効果の違いよりも、セラピスト間の効果の違いの方がずっと大きいのです(Imel & Wampold,2013)。

こうしたセラピストによる効果の違い(セラピスト要因)をどう意味づけるかによって、大きく異なる2つの心理療法観がもたらされます。1つは、この個人差をノイズとみなす見方です。治療手続きがもたらす効果を重視する立場ではこの見方が優位です。もう1つは、この個人差そのものを重要な治療要因とみなす見方です。セラピスト要因、クライエント要因、関係要因、そして治療手続きの要因が複雑に相互作用しながら全体としての治療効果をもたらすと考える立場ではこの見方が優位です。私は後者の立場にシンパシーを感じています。

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スコット・ミラーは2013年に行った講演で、心理療法のモデルは1970年代の半ばからの40年余りの間に大きく増え、たくさんの書籍が書かれ、マニュアルが作られ、多くの研究がなされ、複雑に発展してきたけれども、その間に心理療法の効果はまったく向上していないと述べています。

https://www.youtube.com/watch?v=eEKgv5zOdHA

それゆえ、彼は、心理療法のモデルの進歩を求めるよりも、セラピスト個人の成長を求めることの方がはるかに重要であると主張しています。私は彼の考えに共感する1人です。

心理療法統合学会

心理療法統合に興味のある心理療法家や研究者の学術的交流の場として、日本心理療法統合学会があります。

https://www.japanesesocietyforpsychotherapyintegration.com/