本邦の癌罹患率は高水準で推移しており、癌の進行に伴う多臓器転移は治療成績を大幅に低下させる。しかし、マクロ転移した癌細胞を除去することは現時点においては不可能であることから、転移を未然に防ぐ転移抑制療法の開発が切望されている。癌の進行には様々な因子が関与すると考えられているが、生活習慣病である高血圧もその一つとされている。しかし、降圧治療による転移抑制効果について明確なエビデンスは得られておらず、詳細な関連メカニズムの解明が必要とされている。当研究室では、血圧調節において重要な役割を持つレニン・アンギオテンシン系(RAS)のなかでも昇圧ペプチドとして広く知られているアンギオテンシンII(Ang II)に着目し、研究を行っている。
Ang IIを持続的皮下投与した高血圧マウスでは、メラノーマ細胞の血行性肺転移が血圧正常マウスと比較して有意に増加した1。この肺転移の増加は、カルシウム拮抗薬の投与で血圧を低下させても改善されなかった。一方、Ang II受容体拮抗薬の投与では血圧低下と共に肺転移の有意な抑制が確認された。また、Ang IIを投与したマウスでは、肺への癌細胞接着が亢進していることを見出した。乳がん細胞を用いた自然転移モデルにおいても同様にAng IIによる転移増加したことより3、RASの亢進が見られる高血圧癌患者では、血行性癌転移の発症が促進することが示唆され、適した降圧薬の選択によって転移発症リスクを抑えることができる可能性がある。
現在、Ang IIやRAS関連ペプチドによる癌転移調節メカニズムの解析を進めるとともに、新たな癌転移抑制療法の確立を目標に臨床試験に着手する準備を進めている。
【文献】
Ishikane S, Hosoda H, Nojiri T, Tokudome T, Mizutani T, Miura K, Akitake Y, Kimura T, Imamichi Y, Kawabe S, Toyohira Y, Yanagihara N, Takahashi–Yanaga F, Miyazato M, Miyamoto K, Kangawa K. Angiotensin II promotes pulmonary metastasis of melanoma through the activation of adhesion molecules in vascular endothelial cells. Biochemical Pharmacology. 2018; 154: 136-147.
Ishikane S, Takahashi-Yanaga F. The role of angiotensin II in cancer metastasis: Potential of renin-angiotensin system blockade as a treatment for cancer metastasis. Biochemical Pharmacology. 2018; 151: 96-103.
Takiguchi T, Takahashi-Yanaga F, Ishikane S, Tetsuo F, Hosoda H, Arioka M, Kitazono T, Sasaguri T. Angiotensin II promotes primary tumor growth and metastasis formation of murine TNBC 4T1 cells through the fibroblasts around cancer cells. European Journal of Pharamacology. 2021; 909: 174415.