タナイスの多様な生殖様式の研究成果.
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タナイスは,軟甲綱(Class Malacostraca)というグループの一員です.軟甲綱には,エビやカニ,シャコ,ワラジムシなど,皆さんにもなじみのある動物が所属しており,これまでに22,000種以上が報告されています(Martin & Davis 2006).
軟甲綱に含まれる種のほとんどは,雌雄異体で他家受精を行います.雌雄異体とは,オスとメスがそれぞれ存在すること,他家受精とは,別の個体の精子と卵(例:オスの精子とメスの卵)が受精する様式のことを言います.(我々ヒトも雌雄異体の他家受精種です.)
しかし軟甲綱には性転換をする種や,同時的雌雄同体の種も含まれています.同時的雌雄同体とは,1匹の体の中にオスとメスの生殖器官が同時に存在する状態のことをいいます.いわゆる雌雄同体ですね.
タナイスは,軟甲綱でトップクラスの多様な生殖様式を持ったグループです.大多数の雌雄異体の他家受精を行う種に加え,雄発生二型の雌性先熟の性転換種(Diandry (cf. Sadovy & Domeier 2005);論文が出た時に詳細は説明します),同時的雌雄同体種などが含まれます.
私は多様なタナイスの生殖様式に興味を持ち,研究を進めてきました.以下それぞれ(まだ一報ですが)の研究について簡単に説明します.
1. 同時的雌雄同体種の生殖様式について
同時的雌雄同体は,軟甲綱では非常にめずらしく,タナイスとエビの仲間にしか知られていません.
エビではLysmata属を中心に30種程度の同時的雌雄同体種が知られています.飼育実験を含めた生殖様式に関する研究が盛んに行われており,自家受精はせず,他家受精のみを行うことがわかっています(cf. Baeza 2009).(なお自家受精とは,1個体の精子と卵(その個体自身の作った精子と卵)が受精する様式のことを言います.)
タナイスではアプセウデス科とカリアプセウデス科に同時的雌雄同体だと言われている種が15種ほどいますが,これまでほとんど研究は行われていませんでした.
私は,名古屋港水族館で発見した同時的雌雄同体タナイス,Apseudes sp.(Apseudes属の1種)について蛭田千鶴江さんと研究を行い,自家受精を行っていることを明らかにしました.
具体的には,以下の流れで検証を進めました.
①体内にオスとメスの生殖器官(精巣と輸精管/卵巣と輸卵管)はあるのか?
②体外に精子と卵の出る穴(生殖孔)は開口しているのか?
③1個体で子供を作ることがができるのか?
④1個体で子供が出来た場合,自家受精が起きたのか,受精を必要としない生殖(単為生殖という)が起きたのか?
①体内にオスとメスの生殖器官(精巣と輸精管/卵巣と輸卵管)はあるのか?
これは,タナイスを薄く切り薬品で染めたもの(組織切片という)を光学顕微鏡で観察することで調べました.その結果,1対の精巣と輸精管,1対の卵巣と輸卵管が確認でき,輸精管と輸卵管は合流していないことがわかりました(図1).
図1.ヘマトキシリンエオシン染色した輪切り像.♂,精巣;♀,卵巣.輸精管・輸卵管は映っていない.
②体外に精子と卵の出る穴(生殖孔)は開口しているのか?
これは,体表を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察することで調べました.その結果,第4胸節に1対のメスの生殖孔,第6胸節の突起の頂端に1対のオスの生殖孔を確認できました(図2).
図2.胸部腹面のSEM写真と各部の拡大.♂,オスの生殖孔;♀,メスの生殖孔(片側のみ).
③1個体で子供を作ることがができるのか?
これは,タナイスを幼体のころから単独で飼育して確認しました.(ちなみにタナイスの幼体はプランクトンではなく,親と同じような形をしており,同じような生活をします:直達発生といいます)その結果,親から放出された幼体は50日程度経つと単独で卵を産み,その卵は幼体になること,また,複数世代にわたって単独で子供を作ることができることがわかりました.
④1個体で子供が出来た場合,自家受精が起きたのか,単為生殖が起きたのか?
これは,産卵後一定時間ごとの卵を用意し,DAPIという薬品で染まった点の数を数えることで確認しました.(ロジックの詳細を書くかは悩み中です;込み入っているため)その結果,卵内の染色点数は第一核分裂前までに3-4-3と推移し,自家受精のパターンに合致しました(図3).
図3.卵のDAPI染色点数の推移.矢印:DAPI染色点
以上のような方法で,Apseudes sp. が自家受精をしていることを明らかにしました.
この成果は軟甲綱初となる自家受精種の発見として,マイナビニュースにも取り上げてもらえました(Web).私自身初となる総合学術誌に掲載されたことと合わせて,とてもうれしかったです.
ちなみに.名古屋港水族館で見つかったApseudes sp.ですが,おそらく野外で採集した岩(ライブロック)などを水槽に入れた際に,一緒に少数個体が侵入,その後増えたものだと考えています.
本研究で用いたタナイスの採集では,名古屋港水族館の松田乾さん,小串輝さん,柿添太さんにご協力いただきました.練習船長崎丸の調査航海で松田さんと同席したこと,名古屋港水族館で開催された学会大会に参加したこと,いずれが欠けても成しえなかった,奇跡の(?)研究です.
※図1-3はいずれもKakui & Hiruta (2013) Naturwissenschaften 100より改変・転載.