参考文献
・ヒグマ(増補改訂版) 北海道新聞社発行 著者:門崎允昭、犬飼哲夫
・熊のことは 熊に聞け 株式会社つり人社発行 著者:岩井基樹
・よいクマ わるいクマ 北海道新聞社発行 著者:萱野茂、前田菜穂子、稗田一俊
・羆撃ち 小学館 著者:久保俊治
・クマにあったらどうするか 木楽舎 著者:姉崎等
紹介させていただいた5冊の本から 釣り人が「クマとの遭遇を避ける」、「クマに襲われた時に生還する」ことに注目させていただき抜粋しましたが 各著者が研究され経験されたことは 羆に出会ったことがない私にとってはとても重要なことばかりが書き込まれているというのが率直な感想です
私たち釣り人は 自然の懐深くまで入り込むことで その自然に深くかかわって釣りというものを心から楽しんでいますが そこは野生の動物が生息していて その場所に私たちが入り込むのであって 私たちの優先権より野生の動物たちに主導権があることを自覚させられます
よく「クマ出没注意!」といった注意を喚起する看板を見ますが 、私たちの方からクマに近寄っているのであって「クマ生息地注意!」としたほうが正しいのでしょう。 とにかく 釣り人の心構えに参考としていただきたいのですが ここに掲載させていただいたのは ほんの一部ですので 興味がある方は実際に本を手に取ってみてはいかがでしょうか
参考までに私のクマ対策として携行・実行していることは、『クマ除け鈴、熊撃退スプレー、ホイッスル、鉈(なた)、大声』で人間が近くにいることをヒグマに知らせる事です。加えて『回避ルート』の確認と『回避方法』のイメージをしています。が、ヒグマとの遭遇率が高い地域を釣行することは避けているため、ヒグマと遭遇したことはありません。(と記載しましが、2022年9月名寄川で対岸に熊の気配を確認しました)
(画像はインターネットヒグマ画像集から)
ヒグマ(増補改訂版)より
北海道では「山菜採りができるような場所はクマと遭遇する可能性があること」を自覚しなければならない そしてクマによる人身事故を避け生還するためには クマの出没地に入るときは「保険に入ったつもりで鳴り物と鉈(なた)」を携帯することである 猟師以外の一般人を襲うクマは「精神的に不安定な二、三歳(まれに四歳)の若グマか 子を連れた母グマ」に限られている 鳴り物で遭遇による被害を予防できる また 万が一クマが襲ってきた場合には「鉈で死にものぐるいで クマのどこでもよいから叩きつける」ことだ 過去の事例から 死なずに生還するには「反撃以外ない」ことを自覚して欲しい クマは人から反撃されて「痛い目に合うと 必ず攻撃を止め」逃げている 頭顔部以外の体の皮膚下にも痛感があるので 頭顔部以外を叩いてもクマは痛さを感じる たたく部位は鼻先でなくてもよいということだ
クマ除けスプレーは有効距離が四メートル以内であり クマはそれよりも離れた地点から 瞬時に襲いかかるからスプレーは通用しない 北海道ではこのスプレーで「襲ってきたクマ」を撃退した事例が一つもないことを知ってほしい(と本書では記載しているが、2023年6月知床においてシカ捕獲を依頼された男性がヒグマの襲撃にあったがスプレーでの撃退に成功している 野遊人追記 2024年6月美唄市においてジョギング中のランナーが熊と遭遇し10mの距離でスプレーを噴射、熊はそのまま接近してきたが3~5mの距離でスプレー剤を嫌がり追い払いに成功 野遊人追記) クマの棲み処では「鉈と鳴り物を持ち歩くことが生還する」ための鉄則で これは越冬期の穴グマによる人身事故対策にもいえることで これを実行すればクマを恐れることはない
多くの人が「クマは総て 人を襲う」ように考えているが 決してそうではない(中略)それでは一般人を襲うクマの存在率はどのくらいかといえば それは二千分の一頭である その算出根拠は次の理由による 最近三十年間(1970~1999年)に一般人がクマに襲われた件数は三十一件である すると 年平均件数は約一件である そして この三十年間のクマの生息数は年によって多少の変動はあるにせよ ほぼ二千頭と推定されることから 一年間に一般人を襲ったクマの存在率は約二千分の一頭となることによる これで 人を襲うクマはいかに少ないかお分かりいただけたと思う(2023年5月朱鞠内湖においてポイントに渡船で渡った釣り人を熊が襲撃し釣り人が亡くなる事故が起きた。その熊はすぐに捕殺された 野遊人追記)
一般人はヒグマを過度に恐れたり 侮ったりせずに ヒグマの棲み場に立ち入る場合は ヒグマとの無用の遭遇 軋轢を避けるために 鈴や笛などの鳴り物(軽いものがよい)と、万が一襲われても被害を最小限に食い止めるため 刃渡り二十三センチ前後の鉈(刃渡り二十~二十五センチで 振ってみて手が疲れないもの 軽すぎないもの)を携帯すべきである(中略)
① 最も重要なことは まず人の方でヒグマとの遭遇を積極的に避けることである そのために鈴や笛などの鳴り物を鳴らして歩くこと 時々大声を出すのもよい(5分に一度ぐらい) これによって ヒグマとの遭遇をほとんど予防できる 一部に音を立てることによって 逆にヒグマを人の方におびき寄せたりしないかと心配する向きもある だが音を聞いて人の方によって来るヒグマは極めて稀である それよりも無音が原因で不覚の出合による事故が はるかに多いのである
② 不幸にして万が一ヒグマと遭遇した場合は 勇猛心を奮い立たせて絶対に気合い負けせず ヒグマから出来得る限り離れることを念頭におき 次の方法をなすこと
鈴や笛でヒグマが嫌がる高い音を出して追い払う
※クマの威嚇
頭を下げ 車のエンジン音のようにググググと低くうなる フッフッフッフッフッと息を出しながら奥歯をカチカチと打ちならす 興奮すると口から白い泡を出します さらに強く威嚇する場合は 激しく前足で地面をバタバタとたたいて 突進しては立ち止まり それを何回か繰り返すことがあります これを威嚇突進行動(ブラフチャージ)といいます
※クマの威嚇を受けたときの行動
大声をあげたり いたずらに騒いだり 走って逃げたりしたら攻撃されてしまいます(パニック状態にならないこと) あくまでクマは脅かしているのですから クマの行動を監視しながら ゆっくり後ずさりしてクマから後退しましょう
③ クマとの距離10m以上
クマがひるまずに接近してきたら クマ目がけてできるだけ遠くにザックを投げる ザックにクマが気をとられている間に後ずさりして距離をおく その後逃げる
④ クマとの距離5m以内
クマよけスプレーを目と鼻めがけて発射させる クマは瞬時に逃げるので その間に退く
⑤ 最終手段
襲いかかるクマにはナタで抵抗する。狙いは柔らかい鼻の下 ここが一番痛がるところだ
2 現場で行うこと
-1 野山に入って車から降りたらまず 現場の様子を見回し ゴミなどが捨てられていないか クマの痕跡がないか確かめます
-2 次に 森や山の入り口で鈴を鳴らし 手をたたいてクマの家の扉をノックするつもりで「おじゃまします」と声をかけてあいさつし 様子をうかがってから山の中に入ります
-3 クマが出そうだなと思ったら そのつど笛の音を出したり声をかけながら歩きます
-4 目新しい足跡 食跡 フンなどクマの痕跡がないか気を付けて歩きます あったらためらわず すぐ帰りましょう
-5 休憩 昼食 キャンプ場所の設定は念入りにして新しいクマの痕跡がないか調べてから決めましょう もし痕跡があったらすぐ場所を変更します
●足跡の特徴
クマは哺乳類の中で唯一人間と同じようにかかとをつけて歩くので、後ろ足は人間の靴跡に似ています 決め手はツメ跡があるかどうかが見極めのポイントです
足跡の前掌から体の大きさ 性別 年齢を知る方法があります
1.前足の最大幅 14cm以上 体重が180kg以上のオトナのオス
2.前足の最大幅 14cm以下 大人のメスか若い亜成獣のオス
3.前足の最大幅 12cm以下 体重90kg前後 母グマから離れ 独り立ちして間もないこの年齢は好奇心が強く世慣れていない無鉄砲な年ごろで 最近の事故はこの年齢によるも
のが多く注意が必要
4.前足の最大幅 10cm以下 小グマの 近くに母グマがいるのでより注意が必要
※萱野茂氏の一言
男は腰の左にタシロ(ナタ) 右にマキリ(ナイフ)を 女はタラ(背負い紐)を必ず身に付けているのが“たしなみ”とされています これはクマに攻撃されそうになったときの護身用でもあったのです どちらか もし ナタかナイフのいずれかをクマにとられても かならず武器はもてるように両腰に差しています タシロには返しがついているので クマに差すと抜けずクマが暴れれば中で切れて絶命する 女性のタラはぱっと紐が解けるようにいつもきちんとたたんで やはり腰にさげています。いざというときにその紐を蛇のようにくねらせて撃退します
・Wikipediaより
1926年6月15日―2006年5月6日 日本のアイヌ文化研究者であり 彼自身もアイヌ民族である アイヌ文化 および アイヌ語の保存 継承のために活動を続けた 二風谷アイヌ資料館を創設し 館長を務めた
第二章 応用編
川岸や湖畔を歩くときは クマもしばしば同じ道を利用しているので注意が必要です 初めての釣り場に入るときは そこがクマの餌場でないか 生活の場でないか用心し よく観察することこと 魚や魚の餌のにおいを服などにつけない 川幅が狭いなど閉ざされた場所では釣りはしないように そのような場所はクマが現れてもお互いに回避しにくいからです 釣った魚は臭いをなくすため すべて水の中に入れて保管します 魚の内臓は 魚を釣った川の中に戻しましょう 魚の生餌や他の餌もクマを引きつけるので きちんと管理しましょう クマの生息地で魚を料理するのは クマを呼び寄せることになり危険です 魚を釣ったり料理するために使った道具はすべてきれいにすること においをつけたまま放置するのもクマを呼び寄せます
1.クマの食べ物となる植物や果実類の豊富な場所 クマの痕跡のあるところ 人が捨てたゴミなどがある場所などは避けて 安全なキャンプ地を選びましょう
2.食料は寝るテントには置かず 車の中や密封性の高いコンテナなどに保管しましょう
3.残飯 ゴミは必ず持ち帰ること 深く埋めてもクマは簡単にかぎ付け 掘り出して食べてしまいます
4.キャンプした痕跡は残さないこと キャンプ地は食べ物の供給源という認識をクマに持たせない
5.登山 山菜取りは一人で行くのは避け 早朝 薄暮 夜は行動しないようにしましょう
釣った魚は釣った水の中に入れて保管し シカなどの獲物も狩猟後はきちんと管理しましょう
第三章 基礎知識編
1.野生のクマに対しては 私たちが野生のルールを守ることでしか問題解決の方法はありません そのルールは事実に基づいた正確な知識から学ぶことが大切です
2.ドングリの実などクマの食べ物が豊富な広葉樹などの自然林を減らさず 森林を回復させること つまり豊かな森づくりが事故防止につながります
3.クマの一番重要な知覚判断の間隔は臭覚です 人間は目の動物 クマは鼻の動物と言われ 犬よりもはるかに良いです
4.母グマと別れ 独立した2、3歳のころのクマは好奇心が強く 行動も判断も不安定で 最も危険な年ごろです
クマは想像以上の身軽さと敏捷さで行動します そうした能力を秘めていても 普通は静かで慎重な行動をとります
羆撃ちより
序章
日没まであと一時間と少し エサ場となっているミズナラから10メートル程度離れたササ藪の中で待つことにした すぐに勝負はつかないかもしれないなどと考えながら 静かに耳を澄ませて待つ 私が藪に忍んでいるのも知らず 脇の草地を キツネがトコトコと歩いてきた 瞬間 そのキツネがヒタと止まり 小川の方の一点に注意を向けた 座り直し 耳までもジッとその方向に向け 注意を集中している そして微動もしなかったキツネが 急に身をひるがえし 尾っぽを回しながら隣の草地へと姿を消していった 「来たな」と思ったが 私の耳にはまだ何の音も聞こえてこない それから1分ほども過ぎたとき ササ薮を分け 川岸の崖をのぼる音がかすかに聞こえてきた 私にとって自分の手のひらのように よくわかっている地形である どこに何があるのか 藪がどこでどのくらいの幅で途切れ また続いているのか 見なくてもよくわかる ササを分ける音が その地形の通りにだんだんと大きくなりながら聞こえてくる 歩調に何のためらう様子もない 逃げる時以外 藪の中でこんな音をたてる羆は初めてである エサ場に来ることを喜び勇み それだけしか眼中にないという感じである それにしても 歩き方に自信が満ちている まわりを警戒する様子が 近づいてくる音からまったく想像できない ザッザッザッザッ・・・・・・ 50メートル 「今は3本かたまって生えているあのエゾマツの下だ」 30メートル 20メートル 10メートル・・・・・・ 静かにライフルのボルトを下げる「カチッ」という音に 初めて不信を感じ 遅ればせながら 不注意にもそれを確かめようと上半身を薮から出し のっそりと立ち上がり こちらを見つめる それが最後だった ただの一発で 首を打ち抜かれ 丸く藪の中へとくずれおちたまま ピクリとも動かない 留め矢を撃つ必要もなかった 自身が過剰になり 慎重さを失ってしまっていたのだ
私がハンターになってから42年 野生動物の状態も少しずつ変わった 数が減ったもの 増えたものさまざまである 減ったものの最たるものには オオジシキとノウサギがいる 五月になると 急降下する羽音と鳴き声で夜も眠れぬほどうるさかったオオジシキは 今ではその羽音と鳴き声に懐かしさを覚えるほど少なくなった 雪の降るころには 日が沈むとまわりの景色より一足早く 白く冬毛に変色したノウサギが 周辺の藪の中から無数に群がり出ていたものだが 今ではそのような風景は見ることができない 農作業の機械が大型化され 草刈りの能率が上がり 刈り採り時期が早まったことと 繁殖時期が重なったのが主な原因になっていると思われる ヒナや 仔が生まれるころに草刈りの機械に巻き込まれてしまうのだ エゾライチョウも減った 山に隠れ住めるような環境が少なくなってきたのだろう ヒナのときに林道付近でよく生活しているので 特に山菜採りの車にひき殺されることも最近は多いようだ その一方 増えた動物の最たるものはエゾシカである 一時は絶滅したとさえいわれた時期もあったが 1989年ごろから 北海道の一部で少しずつ増えだした それまでは十勝の一部と 日高の一部でしか猟が解禁されておらず獲りづらいものであった 私が標津で羆猟を始めたころには まだまったく標津管内にはいなかった その後 数年経って山の奥で春の硬雪の上に たまに足跡を見るようになった しかしそれからの増え方が急激だった 今や全道的にに増え 農作物や森林にまで影響を及ぼすほどになっている 私の牧場でも ここ数年は200頭ほどのエゾシカが入れ替わり立ち替わり 牧草を 牛を押しのけてまで食いに来るようになりだした そのあげく 積んである保存用の牧草まで ラップのフィルムを踏みつけ 食い破り100個ものロールをだめにしてしまう 駆除の開始の時期が決まっているのだが 本当に必要なときには駆除の許可が下りないものだ そのように増えたシカは 猟の獲物としても 誰にでも獲れるようになってしまった 十勝の山に籠り 雪の中を苦労して探し回った時代のことを思うと 考えられぬほどの変わりようである こうした中でも変化が著しいのは羆だ
本来のエサである木の実や植物を求めて山の中を歩き回るより 手軽にサケやマスを食料とする羆が昔より多くなっていることは確かなようである 以前 山で 夜 暗い中をテントに帰るため川を歩いていると 川縁の倒木の陰などから「ファー」という 聞く者の身の毛をよだたせるような威嚇の声を聞くこともたまにあった 翌日その場所に行ってみると ほとんどの場合 死んで打ち上げられた魚をあさっていた跡があった 川の中を元気に泳いでいる魚を獲っていたような形跡は見られないものだった よく報道写真などで 羆が飛びはねるサケを獲っている姿を見ることがあるが それはこれまで日本では珍しいことだったのだ しかし 最近では川の中で群れをなし 元気に泳いでいるサケやマスを狙うことが多い 弱って死んだものには見向きもしないような羆が増えている 道東ではサケ マスの漁が盛んなところも多く サケ マスの孵化事業も 各河川で多く行われている 多くの河川で海からそれほど離れていない 人間の仕事に便利な場所に堰をつくり 魚の遡上を止めているので そこから上流には魚が上れない 人に慣れ 人を恐れなくなった羆が 魚がたまった堰に現れ 魚を獲るようになった 20年以上前に ある写真家が サケ マスを咥えた羆の写真を撮りたいがために 餌付けをしたことが始まりだったともいわれている それが羆の間に一つの文化として 広まったようなのだ
羆の頭数が増え 木の実の少なくなった山からはみ出さざるを得ないものが多くなってきたということも考えられるが それよりも人間と同じように 楽をしてエサを得ようとするものが多くなったと考えるほうが当たっているかもしれない 2008年9月に 私の住む標津町で男性が羆に襲われ死亡する事故が起きた 禁漁のサケを獲ろうとして不幸にも事故に遭ってしまったのだが このように人馴れした羆のエサ場となっているところに 不用意に近づきすぎたためと思われる また 同じ月に家畜用飼料となるデントコーンの畑で 羆が草刈のトラクターに巻き込まれるという信じられないことも起こった 普通 羆は 夜 畑に出てきて腹いっぱいにエサを食ったら藪に帰っていく そして夜になったら再び畑にエサを求めてやってくるということを繰り返すのが普通であるが この羆は横着にもそのまま明るくなっても畑で寝ていたのだろう しかも トラクターが大きな音を出して近づいてきても 逃げようともしなかったのだ 羆は本来非常に警戒心が強く 常に人間とは距離を置こうとするものである 仔羆を守らねばならぬときとか 自分のエサだと決めたものを守るとき以外 相手を威嚇する声は出さない 逃げるか 遠ざかろうとすることがほとんどなのだ 注意深さ そのことが今まで羆を生き延びさせてきた 大きな要素ではなかったか 人間の生活しているすぐ近くで 人に慣れ 人を恐れなくなり 本来の注意深さや 慎重さ 野生を失った羆が多くなってきている 不幸な事故はこれからも増加するかもしれない
クマにあったらどうするかより
第五章 クマに会ったらどうするか
逃げてはいけない
-クマに出会ったらどうするか よく日本では死んだふりをして地面に寝るのがいいとか 木に登るとか いろいろあると思うんですけれど まず一番にやっていけないのはなんでしょうか
「逃げるということは一番だめです どんなことがあってもクマに背を向けるということは一番よくないです。まず絶対に背を向けない」
-だけどやっぱり逃げたいですよね怖いから
「逃げることは自分の命はいらないよというサインをクマに送るのと同じです。 だから絶対に逃げないこと 助かりたいと思ったら逃げるんではないよと私はいつも言っています。 それから昔の人の笛を吹くとか空き缶を叩くとかっていうのは 現在のクマにはあまり効かなくなっているんですよ」
-そんなのでは今のクマににはあまり効かないわけですか
「今のクマにはあまり効きません ですからクマも人間もその時代によっていろいろ変わっているんだな 人間だけが変わっているのではなくクマも変わっているんだなと考えてやらないといけないと私は思っています」
-それで最初の質問に戻りますが クマに出会ったらどうするか どうしたらいいんでしょうか
「私はまず逃げないですね 棒立ちに立っている 私の体験を話してみます 普通は 八月はキノコが採れない時期なんだけど私は山で栽培していたので八月にキノコを収穫に行ったことがあるんです 三〇か四〇くらいしかキノコが出ていなかった小さな木だったけど それを採ろうとしたときにクマがサワ サワッと接近してきました ガサ ガサというのは秋のクマの表現であって 八月のクマはサワ サワ サワと音が柔らかいんですよ 音が柔らかいというのはゼンマイなど青草が伸びきっている中をクマが歩いてくるので サワ サワ サワという音で接近して来ます 私は当然クマがそこにいることは知っていたので すぐ直感で『あっ 来たな』と思いました けれども私はクマを知っているだけにそんなに怖さは感じていなかったのでまずシイタケを先に早くとってしまおうと思って音を聞いてもまだ立たなかったんですよ」
-余裕があるんですね
「はい だいたいもう五~六メートルまで接近したなと思うくらいのところまでサワサワと音がして」
-相手は成獣ですか
「はい 私が立ち上がって見たときにはゼンマイより背中がぐっと上に出ていたから」
-大型ですか
「大型のクマです 真っ黒いクマです」
-雄雌もそのときにわかりましたか
「だいたい顔でわかりますね」
-そのときはどちらでしたか
「そのときは雄だったと思います そしてサワサワっていう音で私が立ち上がったときには だいたい五メートルのところまでそのクマは接近していました そこでまず私は立ち上がって『ウォーッ』と 喉からではなく腹の底から出すような声で『ウォーッ』って声を出したんです しかし クマにしてみれば 自分のエリアを歩いていたのでそんなに気を遣わないものだから 私の大声が聞こえなかったんですよ。 それでまだ頭を下げたままでした クマは草の中に頭を下げて歩く動物だから 頭はまだ草の中にあって下を向きながら私の方に接近してきた 一回目の声のときはまだ接近し続けていて もうだいたい四メートルくらいまで接近してきた そこまで近くなると『オイ オイ』といったような焦った声は禁物です。 ワッて犬が吠えるような声もだめです それで人間も落ち着きを見せて クマに落ち着いているよと知らせるために『ウォー』って言った そして間を置いてまた『ウォー』って言ったんです そうすると二回目のときにようやく ウッと止まって 草の中からひょっと覗くようなそぶりで私を見た そのときはクマ特有の上目づかいでキョロキョロと見る そういうときにまず第一に落ち着いてクマを人間の方から観察する。 このクマは一頭か 親子連れか それを見極めるのが先決なんです オスと大型のクマにはほとんど子連れはいないんですよ ですから大きければ恐ろしくない 大きいクマだと知るだけで私の場合は少し安心なんです ああおおきいよかったなと」
大きいクマは安心
-大きいと安心というのは どういう意味ですか
「大きくなるまで 悪さをしないで育ってきたんだな だから大きくなったんだなって思うんです 大きさがそういう目やすになるんですよ そういう考え方があるから大きいクマほど安心なんです」
-そこまで歳を取ることができたということは そのクマも立派な生き方をしてきたというふうに見るわけですか
「そうです 私たちはそういう考え方なんです 今でもその通りだと思って信じています 人を襲ったりするクマは比較的大きいものはいないです それでわたしがウォーと言ったら キョトンと私も見て 私を見たけれど私は銃もない 籠一つです そういうときでも『逃げるなよ』と私が言う意味は 逃げると弱いということを相手に知らせることになるんです 自分はあんたより弱いっていうことを相手に悟られてしまう だから逃げないで とにかく絶対逃げないで相手の動作をゆっくり見る 真正面からこちらは立った姿勢で そして体を揺り動かさないんです 棒立ちに立ったら動かない 動かない姿勢で相手をじいっと見て『ウォー』と言う」
-目をそらさないで
「目は絶対そらしません 二回目の声を出したときに 相手もはじめてボーンと立ち上がったんです クマが立ち上がったのは襲うために立ち上がったのだとよく錯覚するんですよね」
-普通はそう思いますよね
「ところがそれはクマの側では自分の安全を確認しているんですよ 周囲より高くたって自分の視野を広くする 広くすることによって声を出した人の他にまだ人がいるのかいないのかとクマは確認しているんです ですからクマの動作をそこら辺まで読めると焦らなくていいんです そしてグワーと立ち上がったら 人間はクマから絶対に目をそらさないでいると クマの方が逆に目をそらしてヒュッと見回します そうしてクマが立っても まだそれでも去ろうとしないときにはまた声を出すんです」
-もう一回
「はい それもしばらく見ていて相手が立ち去ろうとしないときに『ウォー』っと 声を出すとクマは周囲を見て これでこの人以外に他の人間はいないんだなということをクマは考えて それで自分の逃げる方向を定めて逃げます ですからクマを知っていれば 私はクマは怖い動物ではないと常に話するんです そして なぜそんなにクマが怖くないと断言するのかというと これからのお話の間にそれを証明する場面が出てくることでしょう」
(中略)
-だって もう怖くてしょうがないのに声を出せって言われても腰抜けみたいな声しか出ないと思うんです だから気の弱い人に対してはその忠告はちょっと酷じゃないかと思うんですけど
「そうですね それからたとえば死んだまねをして助かるということだけど それには一つそれなりの意味があるんではないかと思う 昭和に入ってからのことなんですけど 七~八人の営林署の作業員が朝 山に向かって行ったらクマと出くわして クマに出くわしたら逃げるという心理が誰しも一番はやいんですね そして『ワァー クマが出た』って言って逃げた 若い者は足が速いからどんどん逃げる そのとき一人だけ襲われてクマに殺されたんですよ 七~八人のうち誰が殺されたのかっていうと なんと一番足が速い人 一番先に逃げた人だった だからクマは転んで倒れた人を襲うのか そうじゃなくて逃げて先に行った人を襲う方が多いんですよ」
クマは竿をこえて近づかない
「それから 畑を耕すクワがあるでしょ そのクワを放さなかったから助かった例もあります その人は そのクワをガラガラと引きずってクマから逃げた そのように引きずるものがあると クマはそれを飛び越える習性はないんですよ ものを引いて歩いて実際に大丈夫だったという例はほかにもあります クマは引っ張っているものを飛び越えてはこないんです 紋別林道というところに魚釣りに行った人がいたんですよ アメマスの四〇~五〇センチのものが釣れるものだから それを釣りに行っって 捕った魚の口に通して竿を持って川から上がって来たら フッ フッていうから見たら クマが後をついてきていた 魚をぶら下げているから それが欲しいんです とにかく魚が欲しいからついてきたと 私はそう考えるんです エサが欲しいけど 人がなかなかエサを置かないしどんどん行くから クマの方はエサ欲しさに後についてきた その人は釣竿をたたむヒマがなかったので竿を引きずりながら逃げたんです そうすると クマは ついていって釣り竿の先まで来るけど それを飛び越えてまでは来ない だからそういう習性があるんです」
クマを避ける方法 ペットボトルの音
-では クマに出会わない方法としてはどんなものがありますか
「私が一人で山を歩いているうちにクマの一番嫌いなことを見つけたんです 空のペットボトルを押して出る音をクマは嫌います だから自分が寂しいところを歩いているときは たまにペットボトルを押してペコッペコッという音を立てていると この音を嫌うからこの音で向こうが避けてしまいます」
(中略)
-あとはどんな音が耳慣れないですか
「もう一つは山へ入って効果があると思ってやっていることがあります 細い棒で立ち木を縦に 木なりに当てて叩くと これはビーン ビーンとよく響くんです 横に叩いても音は響きません こういうことをやって人間がここにいるよって知らせる 特にやるのは六月だね 発情期 そうやればクマは絶対に来ないって思っています 発情期のクマというのは鳴いて歩くんですよ モー モーって牛のような声を出して ずっと遠くで鳴いているなと思っていても 発情期のクマは結構歩くのは速いんです ある雨降りのとき いつの間にかクマが私のそばまで来て 後ろでモーっやられたことがある そういうときでも 棒でもって立ち木をタテに叩いてバチーン バチンてやると 姿は見かけなくなります それっきりクマの方が鳴くのをやめてどこかに立ち去っているから」
姉崎さんのすすめる10か条
一 ペットボトルを歩きながら押してペコペコ鳴らす
二 または 木を細い棒で縦に叩いて音を立てる
三 背中を見せて走って逃げない
四 大声を出す
五 じっと立っているだけでもよい その場合 身体を大きく揺り動かさない
六 腰を抜かしてもよいから動かない
七 にらめっこで根くらべ
八 子連れグマに出会ったら小グマを見ないで親だけを見ながら静かに後ずさり(その前に母グマからのバーンと地面を叩く警戒音に気をつけていて もしもその音を聞いた
ら その場を速やかに立ち去る)
九 ベルトをヘビのように揺らしたり 釣り竿をヒューヒュー音を立てるようにしたり 柴を振り回す
十 柴を引きずって静かに離れる(尖った棒で突かない)